逃亡2
公園は緑豊かな場所だった。水場もあれば、砂場もあり、ストレッチやランニングしているエルフがチラホラ見える。
『そこのベンチで暫く待機して下さい』
俺はベンチに座り周りを見渡す。
「平和だねぇ。こんな状況じゃなかったら、ピクニックでもしたくなる気分だぜ」
『ピクニックですか。貴方とは無縁のモノですね』
「そんな寂しい事言うなよ。俺はこう見えて、平和主義者なんだぜ?」
唯、傭兵やってたから荒事の依頼が多くあっただけ。
その依頼を完遂しないと困っちゃう人達が居たんだよ。
だから、俺達の様な存在も平和に貢献してるって訳さ。多分な。
『そうですか。確かに、以前そんな事を言っていたと記録に有りますが』
「……ん?記録?変な言い方するな。普通は記憶じゃねぇの?」
少しだけ言い回しに違和感があったので訂正してみた。
しかし、端末に映るナナイの表情は変わらない。
『そう言えば、まだ自己紹介をしてませんでしたね』
そう言うと、画面の中のナナイは姿勢を正す。
『初めまして。私は、ナナイ・ササキによって生み出された人工知能を搭載しているAIです。以後、宜しくお願いします』
礼儀正しくお辞儀をするナナイ。
しかし、突然のカミングアウトに若干混乱してしまう。
「いや、ちょっと待って。AI?マジで?全然見分けが付かなかったんだけど。だが、よくよく考えてみたら、何でオペ子と会話出来てたのか不思議だったんだよね。近くにスマイルドッグの艦隊がが来てるとは思えなかったし」
半年前に通信出来たのも、軍事宇宙ステーションからある程度の距離まで来ていたから。
無論、星系経由の超高速のネット回線もあるものの、情報が伝わるのに数時間〜数日間は必要だ。
その為、傭兵ギルドにある通信施設だけでは、星系経由で通信する事は実質不可能なのだ。
『驚くのも無理は無いでしょう。しかし、電子の妖精の能力を使えば、本人に限りなく近い人格複製くらい問題有りません』
「ふぅん……取り敢えず、めっちゃ凄いって事だけは分かったぜ」
『……そうですか』
ナナイ(仮)はジト目になりながら、凄く不服そうな表情になる。
まぁ、普段のオペ子と大差無いから良いんだけど。
「しかし、そうなると名前がナナイだと被るよな。本人からは何て呼ばれてたんだ?」
『普通にナナイと呼ばれてました』
「電子の妖精としてのセンスはあっても、名付けのセンスは無さそうだな」
仕方ないなー。此処は俺が一肌脱いでやろう!
少しだけ考えてからナナイ(仮)に提案する。
「そうだなぁ……ナナイタンとかどうよ?」
『拒否します』
「そっかぁ。まぁ、本人も嫌そうな顔してたからなぁ」
いつだったかな?ナナイタンって言ったらゲンナリした表情してたっけ。
だが、このままではナナイ(仮)と呼び続ける事になる。それに、オペ子はオペ子でナナイのもう一つの名前だからなぁ。
(ナナイが作り出したAIだっけ?なら、これで良いか)
パッと考えて思い付いた名前。これでも拒否されたら、お手上げになりそうだけどな。
「じゃあ、ナナイの次だからエイティはどうよ?」
『次ですか?』
「おうよ。折角、この世界に生まれたんだ。ナナイとしてでは無く、エイティとして頑張って生きてみろよ」
『私は人工知能です。生死の概念はありません』
「細かい事は気にすんなって。高性能な人工知能搭載のAIなんだろ?」
俺がそう言うとエイティは微妙な表情をする。
うん、流石ナナイお手製の人工知能AIだ。良い反応をしてくれる。
「大体、これから最低一年は嫌でも俺と一緒に居るんだ。きっと、画面の外に出たいって思う時が来るさ」
それに、エイティには色々と頼る場面も多くなりそうだしな。
頼むぜ、エイティちゃん。
『そうですか。期待せずに待つ事にします』
「連れないねぇ。まぁ、その辺りはナナイそっくりだぜ。エイティ」
それから再び待つ事になる。
しかし、待てどもエイティからの指示は無い。
だから、俺はエイティに聞く事にした。
「なぁ、エイティ。俺はいつまで待機してれば良いんだ?」
『後、一時間程です』
「結構、長い事待つじゃん。追手とか大丈夫なの?」
『問題はありません。相手が計画通りにやってくれればですが』
「安心出来る要素が一気に減る発言に、涙が出そうだぜ」
それからエイティと話しながら適当に時間を潰す。
因みに端末に多少のクレジットがチャージされていたので、自販機から飲み物を買えたのは助かったぜ。
それから一時間くらい時間が経っただろうか。待機していると背後から足音が聞こえた。
「チッ、早く来い」
『来ました。彼と一緒に行って下さい』
「アイツ、今舌打ちした?」
『良いから付いて行って下さい』
そして、シルバーのワゴン系の車まで案内される。
「乗れよ」
「…………」
車に乗り込み、荒い運転で車は走り出す。
「後ろの座席にチケットと荷物は用意した。全く、ガキの遠足の準備かよ」
「……何だ?随分と不服そうだな。簡単な指示をこなせば、お前はまた日常に戻れると言うのに」
何か不満な事でもあるのだろう。
道中は常に苛ついているし、運転も荒い。
おいおい、こんな所で躓くのは御免だぜ?
「チッ、ウルセェよ。兎に角、やる事はやったんだ。文句を言われる筋合いはねぇ」
「なら、安全運転を心掛けるんだな。今は俺が乗っているんだ。その意味を考えた上でハンドルを握れ」
「……クソが」
俺が優しく注意すると、途端に安全運転になる男。
しかし、この男の苛つきは正直に言うと過剰だ。
恐らく、相当握られたく無い弱味を握られてるのだろう。
そして、その弱味を知ってる可能性が高い奴が助手席に乗ってる。
(取り敢えず、知ったか振りしとこーっと)
「……フッ」
「ッ!……チッ」
俺が鼻で笑えば面白いくらいに直ぐに反応する。
道中はこんな感じに、この男を弄る事にしたのだった。
車から降りて、荷物のキャリーケースを受け取る。
男は用は済んだと言わんばかりに、鼻息を荒くしながら車を走らせて去って行く。
「さてと、空港に着いた訳だが。このチケット通りで良いのか?」
『はい、問題有りません。後は時間までカフェテラスで待機してるのが良いかと』
「そうだな。少し小腹も空いてるからな」
次いでにサングラスの充電も、出来る事ならやりたいからな。
「因み、あの男は何してたんだ?」
『俳優、スポーツ選手、有名配信者、一般人など多くの方達に誹謗中傷を行う悪質な常習犯です』
「即捕まりそうだけどな。ギフト保有者か?」
『はい。電子系のハッキング能力に長けています。痕跡を消したり、ダミーを仕掛けたりするので足取りが掴み難い人物です』
ハッキング能力としては中途半端なのだろう。
しかし、電子の妖精の様な絶対的なギフトでは無いが、上手く使い熟すタイプだった可能性が高い。
まぁ、ナナイに目を付けられた時点で逃げられる筈も無いんだが。
とは言え、小細工上等な奴は嫌いじゃないが素行が悪いのは減点だ。
「残念な奴だったな。やり方さえ間違えなければ、表参道を大手を振るって歩けただろうに」
『しかし、電子の妖精相手にも上手く立ち回ってる様です。経歴を調べましたが、一度だけ大企業所属の電子の妖精からの追撃を振り切ってます』
「いや、普通に凄い奴じゃん」
電子の妖精はハッキング能力の中では暫定一位だ。
そんな暫定一位から逃げ切る事が出来る奴は、普通に三大国家からスカウトが来ても可笑しく無いレベルだ。
『はい、ギフト以上に努力して来た方なのでしょう。しかし、自分以上の才能の前に挫折してしまった結果ですね』
「挫折か。まぁ、人生の中で一度や二度の挫折は当然ある。後は、本人がどう乗り切るかだ」
他人と比べてしまうのは仕方ない事だ。
だが、そればかり気にし過ぎた結果、自分自身を疎かにしてしまったのだろう。
同情はしないが、哀れに思えてならんよ。
「他人の心配が出来る立場じゃ無いけど。まぁ、頑張れとだけ言っとくよ」
俺はカフェテラスに入り、一番奥の席に座る。
メニューを適当に吟味してから注文。後はサングラスの充電も行いながら端末を弄る。
幸い、充電コードは長いのでサングラス掛けながら充電出来たのは良かった。
「それはそうと一つ言いたい事があるんだ」
『何でしょうか?』
俺は封筒に入ってる百万クレジットを見ながら言う。
「色々と手配した手際は見事だよ。こうやって、ゆっくりしてるにも関わらず、追われる気配も無いし」
そして無糖のカフェオレを一口飲む。
「流石はオペ子だ。唯、もう少し手持ちのクレジットを増やしてくれても良いんだよ?」
『エルフェンフィールド軍に通報しておきますね。後、私はエイティです』
「待て待て待て待て。今通報されたらマジで洒落にならん」
どうやら、この金額で我慢しろと社長とオペ子からの餞別らしい。
とは言え、現実問題として百万クレジット程度では二ヶ月は厳しいだろう。何せ、全部一から用意する必要があるからな。
家具やら食器やら色々な。
「まぁ、何とかなるさ」
取り敢えずプー太郎になるつもりは無いからな。
それから、暫く待機してると時間になる。
俺は立ち上がり、高速輸送艦に搭乗する準備をする。
キャリーケースと銃を預ける。そして、指定されている座席に座る。
「…………」
今の所、エルフェンフィールド軍が動いてる気配は無い。
いや、違うな。この短時間で、空港から脱出しようとは想定して無い可能性は高い。何より足取りが掴めてないのが大きいのだろう。
(ジェームズ・田中。確かに怪しい国籍だ。だが、黒じゃない)
ジェームズ・田中の経歴は比較的少ない。
25歳で自由惑星共和国の正規市民となる。それから、AWの資格を取りつつ、観光目的で惑星カルヴァータ周辺に来ている。
今は観光が終わり、自由惑星共和国へと帰路に就いている所だ。
(年齢は25歳。AW搭乗資格持ち。それ以外は無し。いやはや、この辺りは要望通りなのが泣けるぜ)
とは言え、これ以上の贅沢が許される立場では無い。
あのまま監禁生活を送るか、再び傭兵企業スマイルドッグに戻り成り上がるか。
え?ブラッドフィールド家に嫁げば良いって?
一生奴隷確定になるけど良いんか?おん?
(それに、そんな情け無い生き方はしたく無い。いや、しちゃ駄目だ)
何故かは分からない。
だが、誰かの機嫌を伺いながら生きる事。
この生き方は駄目だと、俺の中の何かが訴え続けている。
俺の背中は安売りなんぞして無いってな。
「まぁ、俺のキャラじゃ無いし。何とかなるだろ」
時間になり高速輸送艦は発進する。
護衛の駆逐艦1隻とフリゲート艦3隻と共に
行き先は自由惑星共和国領内の惑星サマナ。その軌道上の宇宙ステーションになる。
治安は良好で、経済的にも潤っているので貿易港としての役割も担っている。
つまり、人手は常に不足している。そうなると、仕事も溢れてるって訳さ。
「新しい人生に……乾杯だ」
俺はそう呟くと寝る体勢を取る。
自由惑星共和国まで行くのは長い航路になるからな。
こうして、俺は無事に逃走する事に成功した。
無論、エルフェンフィールド軍やクリスティーナには悪い事したなと思う。
だがな……89億クレジットの返済は流石に無理っす。
若干開き直り気味になりながら、俺は静かに眠りにつくのだった。
燻り続けるナニカ。




