総合評価試験
回想が終わり、ベッドから起き上がる。そして、水を冷蔵庫から取り出す。
残り半年間は大人しく過ごすのが一番良い事だろう。下手に目立つ行動をすれば、ボロが出てしまう可能性は上がる。
「まぁ、成るように成るさ」
結局、俺に出来る事は今の生活を無難に過ごすだけ。
監禁、拷問されてる訳じゃ無いからな余裕だよ。余裕。
俺はコップを取り出し水を注いでから一気に飲むのだった。
俺は残りの半年を無難に過ごして行った。
訓練生共を扱きながらも成長を褒めたり、クリスティーナの誕生日を祝ったり、セシリア准将からのアイアンクローを貰ったり。
色々あったが、無事にこの日を迎える事が出来た。
総合評価試験。
AWパイロット候補生から艦隊指揮候補生など、様々な分野の評価試験が行われる。
そして、今回の目玉となっているのが俺が指導し続けた訓練生共だ。
何せ、エースパイロットが直々に懇切丁寧に指導してる部隊になる訳だからな。そこら辺の正規部隊には負ける訳には行かん。
「なぁ、ヒヨッコ共に聞くけど。エルフェンフィールド軍ってさ、暇人多いの?」
「いえ、流石に時間を作って来てるかと思いますが」
俺は301訓練大隊のメンバーと最後のブリーフィングを始めようとしていた。
しかし、見物しに来てる連中のリストを見ると色々面倒な名前がある。
「ふぅん、今リスト見てるんだけどさ。凄いねぇ……リリアーナ姫とか来てるぜ?」
「問題ありません。教官殿」
「あ、そう。他にも色々来てるんだけど。言おうか?」
「必要ありません。教官殿」
「そうか。まぁ、お前達は俺が操縦してたバレットネイター相手にも、後一歩の所まで行けたからな。心配する要素は……無いか」
301、302、303訓練中隊を301訓練大隊に統合する前に、各部隊は無事にサラガンを撃破する事に成功した。
流石にバレットネイターの実機は無いので、シミュレーターでの訓練がメインになる訳だが。
それでも、301訓練大隊はバレットネイター相手に果敢に挑んだ。
結果として、俺はコイツらに教える事は殆ど無くなった。
本物のエースパイロットが操る専用機。生半可なやり方では勝てない事が、本当の意味で骨身に染みたのだろう。
訓練が終われば、各々が自然と集まり互いの良い所、悪い所を言い合う。
そして、再びシミュレーター室に引き篭もって行く。
「さて、諸君。間も無く開会式が行われる。総合評価試験などと言われてるが。実質、お前達の将来が掛かっている分岐点だ」
以前なら、将来とか配属先とか言えば反応があった訓練生達。
しかし、今や無表情がデフォルトである。悲しい。
「お前達は特に厳しい評価を受ける事になる。何故なら、現役のエースパイロット直々に指導を受けて来た訳だからな」
厳しい訓練を耐えた結果、更に厳しい評価を受ける。
そう言われても、訓練生達は眉一つ動かす事は無い。
「だが、お前達はそのエースパイロットから与えられた厳しい訓練にも耐えて来れた。この総合評価試験が終わり、結果を出せば晴れて正規のAWパイロットに成れるって訳だ」
シミュレーターや実機訓練とは言え、殺気全開で訓練生達を叩き潰して来た。
最初の頃は泣き出す奴も居たのだが、今や逆に殺意マシマシで返して来る始末。
結果、肝っ玉が据わり過ぎるのが出来た。
「並の部隊に行けると思うなよ。幸い、第一近衛師団の隊長マリエル大佐。第五機動艦隊のマッセナ中将。戦艦アルビレオを旗艦とした独立艦隊のセシリア准将。後、オマケでリリアーナ姫だ」
何で第三皇女リリアーナ姫が来てるの?マジ分からん。
だって、来ても専属の護衛とかもう居るやん?枠埋まってますやん?
冷やかしか?冷やかしなのか?
他にも、それ相応の階級や部隊所属の連中が来ている。だが、これ以上言ってもプレッシャーに成りそうに無い。
「まぁ、普段溜まりに溜まった鬱憤を相手にぶつけるチャンスだ。存分に楽しんで来い」
そして時間となり開会式へ向かう訓練生達。
俺は訓練生達の背中を見送りながら呟く。
「もう、ヒヨッコ共とは呼べねぇな」
少なくとも、301訓練大隊と同じ戦場に出るとしたら、背中を任せられるからな。
開会式には教官も出る事になっている。最後に教え子達を鼓舞する為らしい。
俺は特に台詞も考えてないし、言う事は殆ど無い。
「どーすっかなぁ。まぁ、適当にそれっぽい事言えば良いか」
取り敢えず、当たり障りの無い感じの台詞を考えているとロングスキー教官と鉢合わせした。
「これはこれは、キサラギ教官。貴方の教え子達に恥を掛かせるおつもりですかぁ?何と言っても、今回は第三皇女リリアーナ姫も私の指導力を拝見しに来て」
「あ、お疲れ様。ロングスキー教官。後、話が長いから適当な所でカット宜しく」
「誰の話が長いですか!私の話は普通の長さです!」
相変わらず神経質なロングスキー教官。
しかし、今回に限っては神経質になるのは無理はない。何せ、多くのお偉いさんが見に来ているのだ。
ロングスキー教官以外の者達も神経質になるのは仕方ない事だ。
「全く、キサラギ教官はどうして普段通りに過ごせるのですか。もう少し神経質になるべきですな!」
「んな事言われてもな。今更、お偉いさんくらいでビビる精神して無いし。それより、マザーシップに突っ込む方が余程緊張するよ」
「参考にならない意見を有難うございます!」
「どういたしまして」
ロングスキー教官も俺と同じ様に開会式で訓練生達を鼓舞する。
尤も、俺と違って長い言葉になりそうだが。
そして、それは見事に的中する。
開会式から始まり、各部隊が次々と模擬戦を繰り広げて行く。
艦隊戦に関しては大画面のモニターから中継で見れる。
(もう、こんなん祭りみたいなもんだな。まぁ、普段から刺激に飢えてるのかも知れんけど)
長命種だからこそ、やる時は大きくやるのかも知れんな。
そして遂に301訓練大隊の評価試験が始まる。
本来なら一個中隊で試験は行われる。しかし、それだと時間も掛かるし、一個大隊に纏めてやる方で上に提案したんだ。
「一個大隊と三個大隊で戦わせましょう。盛り上がりますよ?」
提案した時は良い反応では無かったらどうしようかと思ってたんだが。特にロングスキー教官を筆頭に他の教官達に配慮しないと行けないからな。
だが、ロングスキー教官達は了承。それ以降、向こうの訓練は多少厳しくなったとか。
まぁ、ロングスキー教官達の訓練生の中には偉いさんの息子、娘が居るので難しい塩梅で調整をしていたみたいだが。
え?俺?失う物が何も無い無敵の人ですけど。何か問題でも?
「さて、私は先に行かせて貰いますよ。ちゃんと考えて台詞を言うんですよ。貴方の教え子達も将来は国防の為に身を捧げるのですから」
そしてロングスキー教官は行ってしまう。
しかし、あの性格は中々憎めない。
ちゃんと訓練生達の事も考えている。その上で、俺に対して苦言を言うのだから無下には出来ないし。
「まぁ、安心しろって。ちゃんと、生きて帰れるくらいの実力は身に付けさせたからな」
俺もアイツらを鼓舞する台詞を考えながら、301訓練大隊の元へと向かうのだった。
「……で、あるからして!諸君達には、これまでの努力を思い出し、その実力を思う存分に発揮して欲しい!そうする事で惑星カルヴァータはより!安全に!民衆達からの支持も!」
「いや、長いから。もう、10分も演説しちゃってるよ。ロングスキー教官さんよぉ」
名前がロングスキーだからって、話まで長くする必要は無いって。
それにしても、向こうの三個大隊も素直に話を聞いてるのは感心するぜ。
(アレか?やっぱり、エルフと人間だと時間の流れが違うのか?)
だとしたら、国防の面に於いては致命的になると思うんだけどな。
いや、流石にそれは無いかぁ。しかし、話が長い。
因みに俺は真顔で背筋を伸ばして、姿勢良く立ってるぞ。
何故かって?一応、301訓練大隊の教官だからな。態度の悪い教官の教え子なんて印象を与えたくは無い。
取り敢えず、朝一で受け取ったメールを思い出しながら今後の脱出計画を再確認する。
時間は指定しません。総合評価試験の途中で抜け出して下さい。
その後、タクシーを使っても構いません。ナサール駅の南口に向かって下さい。
ナサール駅の南口に到着した後、右手前にロッカーがあります。ロッカー番号は09番。暗証番号は36475を入力すれば開きます。
ロッカーの中には新しい端末と護身用の拳銃を用意してます。
手持ちの端末とブラックカードはロッカーの中にある袋に入れて、ロッカーに仕舞って下さい。
後の指示は新しい端末から出します。以上になります。
では、ご武運を。
「では、諸君達の健闘を祈る!」
「あ、やっと終わった感じ?長かったなぁ」
ロングスキー教官は凄く満足した表情をしながら離れて行く。
次は俺の番だ。
整列して待機している301訓練大隊の前まで行く。
俺にはロングスキー教官の様な長い言葉を言うつもりは無い。そもそも、俺な小洒落た言い方するのはキャラじゃない。
301訓練大隊の前に立ち、全員の顔を見る。
全員、緊張してる様子は無い。
ならば、俺が言うべき事は殆ど無い。
「俺からお前達に言える事はただ一つ。敵を倒し、戦場を支配しろ。そして、魅せ付けろ。エース部隊が戦場に来た事を凡人共にな」
「「「「「「「「「「 了解!」」」」」」」」」」
一糸乱れぬ敬礼に答礼してから離れる。
そして時間になり、301訓練大隊VS304、305、306訓練大隊の模擬戦が始まるのだった。




