大っ嫌いな奴
次に大っ嫌いな奴だが。
俺が嫌いな奴ってのは、大概相手も俺の事を嫌ってるので、互いに無視する関係になる。そうなると、摩擦は起きないので意外と平和に過ごせる事が多い。
だが、奴は違った。
ある日、俺はいつも通りに帰宅して、いつも通りの時間を過ごしていた。
そして、自室に戻ろうとした時にクリスティーナから声を掛けられた。
「シュウ、少し時間貰っても良い?」
「別に構わないが」
「ありがとう」
そう言って自然と俺の部屋に入って行く。
この時に少しだけ違和感はあった。何だかんだで好意を見せて来るクリスティーナだが、自分から行動して来る事は殆ど無いからだ。
「……それで?一体、何の用だ?」
「もう、そんなに急かさないでよ。時間はまだ沢山あるんだから」
「いや、明日のスケジュールの確認とか色々あるから」
普段の雰囲気が違う気がしたんだ。
そして、それは的中する。
何故ならクリスティーナは俺に近付くと、ベッドの上に押し倒して来たのだ。
「フフ、抵抗……しないんだね?」
「まぁな。別にお前の事は嫌いじゃないからな」
「好きとは言わないんだぁ」
「簡単に言いたく無いだけさ」
俺の上に跨り、顔を徐々に近付けて来る。
蒼く長い髪のカーテンが俺の顔を覆う。
「私はぁ……貴方がぁ、欲・し・い・の」
普段とは違う色気全開のクリスティーナ。
綺麗な髪、綺麗な顔、抜群のスタイル。
こんな美貌溢れる女に言い寄られたら拒否出来る男は居るのだろうか?
だが、コイツの目が気に入らなかった。
手段を選ばず、どんな事をしてでも自分の思い通りにする。
宇宙の中心だと断言する様な傲慢さ。
何より、自分だと絶対バレない無駄に自信のある瞳。
間違い無い。コイツは、ゴーストを消耗品として使って目標を達成した人物。
「カリナ・スティングレイか」
「…………へぇ、見分けれるんだぁ?これが、愛の力ってやつぅ?」
僅かに驚きの表情を見せるカリナ・スティングレイ。
しかし、俺の上から降りる気配は無い。
「ハン!外見と性格を完璧にしても、その濁った瞳だけは変えられないみたいだなぁ。変装の精進が足りないんじゃないか?」
「フフフ、貴方以外は全員騙せるんだけどねぇ。本当……貴方の事、欲しくなっちゃった」
さっきまでの清純の中に色気を滲ませてる時とは違い、完全に獲物を狙う目で見下ろして来る。
いや、バレたんだから勘弁してくれませんかね?
「で?何の用だ。態々、遊びに来たって言いたいのか?」
「フフフフ、そうねぇ。それでも良いけど。でも、それだと貴方に殴られそうだから理由は言うわ」
「良く分かってるじゃん。ちゃんとリサーチはしてたみたいだな」
そして再び顔を近付けて来る。
いや、何で近いてくんねん。てか、早く降りろ。
「貴方、89億クレジットの借金があるでしょう?それ、全部無かった事にして上げるわ」
「……お前が建て替えるとかじゃ無くて?」
「違うわ。貴方の借金は、誰かに建て替えて貰う必要も無いし、返済する必要も無い。その代わりに……」
更に顔を近付けて来るカリナ・スティングレイ。
しかし、見た目は完全にクリスティーナなので、少しだけドキッとしたのは秘密だ。
「私のパートナーになって欲しいの♡」
「お疲れ様です。アッチのドアから帰れるぜ」
何で俺がコイツのパートナーにならんとアカンねん。
大体、コイツは混乱と戦乱を撒き散らすだけ撒き散らして、自分の目的を達成する様な奴だからな。
目標達成したら後は放置する外道野郎。つまり、人の心未搭載って訳さ。
仮にパートナーになったとしたら一生追われる人生になるだろうし。
「安心して頂戴。常に一生を共にする必要は無いわ。唯、私が来て欲しい時に来てくれれば良いから。普段は傭兵やってても大丈夫よ」
「それって、何気に気が休まらないパターンやん。断固拒否だよ。サッサと失せろ男女」
カリナ・スティングレイの性別は不明。
唯でさえ面倒で厄介な奴なのに、性別不明、外見は自由自在に変化。
これ以上、コイツと関わると人生破滅は待った無しだよ。
「あら、残念。振られてしまったわ」
「残念じゃねーよ。寧ろ、正体がバレたのに何でイケると思ってんだよ」
やっと諦めてくれたのだろう。俺の上から退いて立ち上がり、ドアの方へ向かう。
「気が変わったらいつでも連絡頂戴。それじゃあ、また会いましょう」
俺を手に入れると確信しているのだろう。連絡先が入ったIDチップを渡して、悠々とした表情のまま部屋から退室する。
だが、生憎俺がカリナ・スティングレイに対する好感度はマイナスどころか氷点下。
俺はそのIDチップの連絡先を使って、片っ端から出会い系サイトに登録しまくったのだった。
「とまぁ、大体こんな感じになっててな。どうしたもんかな?と」
『どうしたもんかな?では無い!何故、貴様は余計に相手を怒らせる事をするんだ!よりにもよって、カリナ・スティングレイの連絡先を使うとは……』
『救い様の無い馬鹿とは貴方の事を言うのですね』
社長は頭を抱え、ナナイは相変わらずのジト目と呆れ顔のセット。
「よせやい。そんなに褒めるなって」
『ハァ……取り敢えず、貴様は何かしらの案があるのか?』
「まぁ、案って程じゃ無いけど。取り敢えず、シュウ・キサラギには今後死んで貰う事にしたい」
『成程、新しい国籍に変える訳か。で?仮に、儂が新しい国籍を用意したとしよう。それで、儂に何のメリットがある?』
社長は良くも悪くもメリット、デメリットで考える傾向がある。
だが、それは経営者として当然の事だ。そして、今回はデメリットよりメリットの方が大きい。
まぁ、バレなければの話だがな。
「メリット?あるに決まってるでしょう。誰になろうとも、俺の腕前は変わりませんよ。欲しくありません?デルタセイバーを破壊した腕前を持つエースパイロット」
『…………』
「以前と変わらない戦力が、スマイルドッグに再び戻る訳です。国籍と名前さえ変えちまえば、探す事は困難だ。それこそ、ナナイの力を借りれれば追跡はほぼ不可能になる」
此処で一番重要なのがナナイの持つギフト【電子の妖精】だ。
ハッキング系のギフトの中でもトップに君臨するギフト。聞いた話になるが、自身の精神を直接ネットワークの中に入る事が出来る。
また、ネットワークだけで無く映像とかの中にも入れるとか。
その高いハッキング能力を使えば、色々な痕跡も付けたり、消したり自由自在な訳さ。
『そうですね。確かに、私でしたら新しい国籍くらい用意出来ますが。唯、追跡防止を考慮して時間は頂きますが』
「半年後にカルヴァータ防衛訓練学校で総合評価試験が行われる。その時なら、通常より俺に向ける視線の隙は大きくなる」
今年は少し異例で、色々とお偉いさんが見学しに来るらしい。
恐らくだが、俺が鍛えてる訓練生達の結果を見たいのだろう。
「因み潜伏期間は一年。その間は適当な場所でAW使って、警備かデブリ回収でもやってるさ」
『相変わらずの貴様で感心する。つまり、正規市民でAWの搭乗資格が有れば良いのだな?』
「あぁ、それで問題無い。後は現金が少し必要だな。金銭面に関しては、監視されてるも同然な状況だから用意出来ない。それに、ゼロからやり直す訳だから。最初の衣食住は安全に確保したい」
好きに使って良いブラックカードとは言え、現金化すれば直ぐにバレる。
それに、現金化したら何か企んでると疑われるのは必須だ。
『ナナイ、やれるか?臨時ボーナスも払うし、この男を好きにしても良い』
「俺は安く無いぞ?何てったって、89億クレジットの男だからな」
『自慢して言う事では無い!』
社長に怒られつつ、ナナイな様子を見る。
相変わらずジト目のまま俺を見ている。そして、溜息一つ吐いてから頷く。
『分かりました。引き受けましょう』
「流石だオペ子。感謝するぜ。後、この通信記録と色々消しといてくれ。無断で使ってるからな」
『分かりました。では、半年後の総合評価試験の時に連絡します』
『キサラギ、一応言っておくが口外はするなよ』
「しませんよ。流石の俺でも無闇にリスクを上げるつもりは有りませんから」
そして通信が切れる。
しかし、通信が繋がる付近までスマイルドッグが近くに居たとは。
随分と都合が良いと喜ぶべきか。
「もしかして、本当に待っててくれた……のか?いや、流石にそこまで自惚れるつもりは無いけどさ」
俺は席を立ち、周りを少しだけ警戒しながら通信室から出る。
無論、監視カメラには録画されてる。だが、そこはナナイが何とかしてくれるって訳さ。
「そう言えば、なーんでナナイってスマイルドッグに居るんだろ?アイツくらいの腕前なら、ソロのフリーランスでも大企業のお抱えにも成れただろうに」
まぁ、何やかんやスマイルドッグの居心地が良いのだろう。
そう考えると、社長は社員達から信頼されてる方だな。
(結局、俺も社長くらいしか頼れんかったからなぁ。今度、美味い酒とツマミでも買って渡すか)
俺は半年後の総合評価試験の事を考えながら帰路に着いたのだった。