面倒な奴
一週間前。俺は傭兵ギルドへと一人で向かっていた。
大概、御付きのエルフが監視目的で行動を共にする。
しかし、今回は傭兵ギルドに更新しに行くと言う、しっかりとした理由がある。その為、一人でも大丈夫だと思われたのだろう。
まぁ、逃亡防止の為に現金所持は禁止されている。普段はクリスティーナ中佐殿から貰った、何でも買えるブラックカードを使用して買い物を済ましている。
最早、完全にヒモと化した男である。
「便利だし、優越感も味わえるブラックカード君。まぁ、全部借り物だし、購入履歴が見られるから下手な物は買えないんだけどさ」
普段の生活で買う物なら文句は言われない。
外食や娯楽品を買う事。酒やタバコと言った酒肴品も問題無しとされている。
何なら、何処かの実況者にスパチャする事も許されている。
まぁ、限度はあるけどな。
つまり、俺は単独での逃亡は実質不可能となっている。
考えてみて欲しい。俺が今居る場所はカルヴァータ国防訓練学校。そして、軍事宇宙ステーションなので正規軍の駐屯地でもある。
常日頃から監視の目は付いてるって訳さ。
「これが最初で最後のチャンスなんだよなぁ。次の更新なんて三年後になるから」
基本的に傭兵ギルドでの更新は三年に一度。無論、理由があって一年や二年での更新も問題は無い。
理由は様々だが、例えば長期間戦場に赴くからとかだな。
傭兵ギルドで更新しないとMIA扱いになる。
まぁ、MIAなんて建前上だけでな。実際にはKIA扱いにされるけどな!
「とは言えだ。俺が頼れる人は少ない」
正直に言うと、傭兵企業スマイルドッグしか頼れない。
大体、正規市民になって最初に入った傭兵企業がスマイルドッグだった。
設備やAW関連にはクレジットは使ってるし、戦果を上げれば給料も上がり、臨時ボーナスも貰えた。
金銭面やAWに関しては何一つとして不自由はしなかったので、別の傭兵企業に行く気は起きなかったからな。
「さて、勝負だ。俺の今後の人生が懸ってるんだからな。いや、割とマジで」
傭兵ギルドの門を潜り、案内板を確認する。
(通信室は……あった)
後は迅速に更新を済ませて、隙を見て通信室を使う。
一番ベストなのはナナイが対応してくれる事なんだがな。
取り敢えずの行動を計画してから受付に向かう。
傭兵ギルド内は少しSFチックな普通のオフィスみたいな感じだ。
幸い、それほど混雑はしていなかったので直ぐに対応して貰う。
「ようこそ、傭兵ギルドへ。本日はどの様な御用件で?」
保護欲を中々にそそられる系の兎の獣人お姉さん。少々タレ目だが全体的に整ってる顔立ちに、服の上からでも分かるスタイルの良さ。
何より、ふわふわの耳と丸い尻尾が一番のチャームポイントだろう。
「更新を頼むよ」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
ギルドカードの更新作業を尻目に通信室の場所を再度確認。
幾つか空席があるので使う事自体は問題無さそうだ。
「お待たせしました。ギルドカードの更新は終わりました。次回も三年以内の更新を宜しくお願いします」
「あぁ、ありがとう。それから、トイレはあそこで良いかな?」
「はい、あちらになります」
俺は笑顔でお礼を言いながらトイレに行く振りをする。
そして、俺の後に別の奴が受付に行ったのを見て直ぐに通信室へ入る。
(多分、そこまで警戒する必要は無いだろうけど。もし、逃げた後に色々と調べられたら面倒だし)
俺は通信機を使い、傭兵企業スマイルドッグの旗艦でもある戦艦グラーフへと周波数を合わせる。
何度も見てきた数字だ。間違える事は無い。
(本当に賭けだよな。大体、この宙域にスマイルドッグが居るとは限らないし)
理由も無くエルフが管轄する宙域に来る事は有り得ない。
そもそも、色々と閉鎖的な側面が大きいエルフだ。外部の連中を頼る事自体が稀と言っても良いだろう。
(そう考えると、第三皇女リリアーナ姫の捜索はマジで切羽詰まってたんだな)
少しだけ過去を振り返っていると通信が繋がった。
『こちら、傭兵企業スマイルドッグ。案内担当のナナイ・ササキ軍曹です。本日はどの様な御用件でしょうか?』
そして、対応してくれたのは安心と安定のナナイ軍曹。
いや、これマジで運の流れがキタコレ!
「オペ子!いや、お前の声で安心するとは。それに、マジで繋がるとは……半分以上、諦めてたからな」
『お久しぶりですね。キサラギ少尉。それで?本日はどう言った御用件で?』
相変わらずクールな女だ。だが、そこが良いのは間違いない。
「あぁ、社長に繋げて貰えるか?後、お前の力も貸して欲しい」
『……相変わらず、貴方は無茶な事だけ言いますね』
そして、以前の様にジト目で見て来るナナイ軍曹。
いやー、実家に帰って来たかの様な安心感が湧いて来たぜ。
「それに関しては悪いと思ってるさ。それに、お前から……いや、お前達から逃げた男だ。正直、通信が繋がった瞬間に切られる事も覚悟してたからな」
色々と放り出してデルタセイバーに挑んだからな。
特に、俺に向ける好意に対して返事もしないまま……な。
「まぁ、そんな訳でだ。色々、精算する事も含めて社長に繋げて欲しい。頼む」
『……全く、貴方と言う人は。直ぐに社長に繋げます』
「あぁ、ありがとうな」
そして数秒待つと直ぐに通信が繋がる。
『フン!どの面下げて儂に連絡してきおったんだ。で?要件は何だ』
不機嫌全開の顔を前面に押し出して来た中年男。
しかし、クレジットを稼ぐ事と企業運営に関しては頭一つ飛び抜けている。
我らが素晴らしき傭兵企業スマイルドッグの社長、キアナ・リーバス。
後、人を見る目がある。コレは間違い無い。
「社長、アンタだけが頼りなんだ」
『切るぞ。馬鹿者』
「待って待って待って待って!本当に助けて欲しいんだよ。今の俺の状況を知らない訳じゃ無いでしょう?」
『先に言っておくぞ。借金返済の肩代わりは無理だからな』
嫌々な顔を前面に出しつつも、話を聞いてくれる辺りチャンスがあると思いたい。
「誰もそんな無茶な事頼まねーよ。後、さっきも言ったんだけど、ナナイの力も借りたい」
社長は溜息を吐き、ナナイは相変わらずジト目のまま俺を見続ける。
『やれやれ、私も巻き込むつもりですか?』
「本当は巻き込みたくは無いんだがな。だが、お前達が無理となると、頼れる奴が……面倒な奴と大っ嫌いな奴しか残らねぇんだよ」
面倒な奴とはジャン・ギュール大佐。傭兵団シルバーセレブラムの団長を務めている。
因みに企業と団の違いは殆ど無い。強いて言えば運用が多少違うくらいかな?
まぁ、その運用自体も色々あるので特に気にする事は無いだろう。
「あの野郎、俺がバグみたいな借金をしたのを、何処からか聞き付けたんだろうな。態々、艦隊連れて煽りに来やがったんだぜ?」
少しだけ回想する。
泣く泣くエルフェンフィールド軍所属となってしまった哀れな俺。
そんな俺を珍しい動物の見学にでも来たかの様に、艦隊引き連れて現れたのがジャン・ギュール大佐だ。
『ダーッハッハッハッ!お前程の奴がポカするとはなぁ!』
「うるせー!俺にも色々事情があったんだよ!理由は思い出せねぇけどな!」
『いやー、お前には色々と苦汁を舐めさせられた事もあったからなぁ。大分、大分……スッキリしたぜ』
「何やねん、その間は。てか、もう帰れよテメェ。ウチのお嬢様が、凄い不機嫌オーラ出てるんだからさ」
因みに、この時の通信にはクリスティーナ中佐殿が同伴していた。
そして、互いに嫌いな存在なので、一言も挨拶しない素晴らしい関係で涙が出て来そうだぜ。
「で?本当に煽りに来ただけ?だったら通信切るぞ。明日もヒヨッコ共をボロボロにする予定なんだからさ」
『あー、成程な。借金返済の代わりに、エースパイロット量産させる訳か。ズル賢いエルフが考えそうな事だぜ』
「89億クレジットだから妥当……いや、寧ろ譲歩しまくってるだろ」
まぁ、300年働け言われてるけどさ。
『だが、いざとなれば戦場に出るだろ?お前』
「そらそうよ。俺、今軍属やもん」
エースパイロットによる教導を行う事で、短期間で新兵を使い物にする。
とは言え、俺がやるからには特務や親衛隊に行かせても問題無いくらいにはしたい。
『なぁ、キサラギ。単刀直入に言う。俺の所に来い。89億クレジットくらい肩代わりしてやる』
この時、ジャン大佐の表情は真剣そのものだった。
正直、野生味が強いがカリスマが高いし、声も顔も良いので一瞬で靡いてしまう。
「……え?マジで?じゃあ、俺「巫山戯た事言わないで頂戴!誰が貴方みたいな野蛮人に渡すものですか!」ちょっと待て。クリスティーナ、落ち着け」
『部外者が口出しすんな!サッサと俺の前から消え失せろ!雑魚が!』
「私は関係者よ!それに、雑魚は貴方の方がお似合いよ」
『ハン!聞いたぜぇ?デルタセイバー破壊されたんだって?お陰で、三大国家との秘密協定も御釈迦になったそうだなぁ』
この時に初めて知ったのだが、エルフェンフィールド軍上層部と三大国家の上層部はデルタセイバーの封印を条件に色々と融通を利かせる予定だった。
しかし、俺がデルタセイバーを大破させた。
現行のAWでだ。
例え、そのAWがリンク・ディバイス・システムを使用していたとしてもだ。
デルタセイバーが大破した事実は変わらないのだ。
三大国家、特に連邦は大喜びだっただろう。何せ、自分の所の名誉市民が成し遂げたのだから。
まぁ、連邦から救いの手は今だに来ないんだけどな。俺ちゃん、待ってるよ?
「秘密協定?マジかよ。そいつは悪い事したな」
「シュウは気にしなくて良いのよ。どうせ上が欲を出した結果なんだから」
「いや、普通に俺が原因だと思うよ?」
そこからジャン大佐とクリスティーナ中佐の罵り合いが始まる。
もう、こうなってしまうとシルバーセレブラムに入る事は無理になる訳で。
『じゃあな、キサラギ。次に会う時は、お前を買うからな』
「安心して、シュウ。絶対にこの野蛮人には会わせないから」
『テメェには言ってねぇよ』
こうして、一つのチャンスが失われた訳だ。
正直に言うと今の借金地獄が終わっても、次の借金地獄が始まるだけなので意味は無いのだがな。




