シュウ・キサラギ教官3
303訓練中隊の実機訓練を終え、軍事宇宙ステーションへと帰還し現地解散とした。
帰還後は訓練生達にレポートを書いて貰う事にしている。
とは言え難しく書く必要は無い。自分自身が得たモノと今後に活かすにはどうするべきか。
色々と細かく書いて貰う必要はあるだろう。だが、不備があろうと返却したり、減点したりはしない。
「そもそも、レポートや書類関係は専門外だからな」
俺の担当はAWの実戦的訓練。そして、エースパイロット並の実力を身に付けさせる事。
「まぁ、簡単にエースパイロットが量産出来たら苦労はしないんだけどな」
暫く軍事宇宙ステーション内を移動して、別区画に入る。
そして、無機質で汚れ一つ無い通路から出ると空間が一気に広がった。
人工的な光に照らされ、緑豊かな場所。また、水辺も豊富に作られており、別学年の訓練生達が浜辺を走っていた。
少し離れた場所には立派な校舎があり、射撃訓練所や格納庫も存在している。
更に少し離れた区域には街もあり、小金持ち以上の連中がそこから通学している。
エルフェンフィールド軍が管理、運用しているカルヴァータ国防訓練学校。
カルヴァータ王家の関係者が初代校長を勤めていた事から、この名前が付けられたらしい。
「……ハァ、自由になりてぇなぁ」
綺麗な校舎に充実した設備。出力や各部のリミッターが強化されているとは言え、正規軍と同じ規格のAW、MWが扱える環境。
更に教員、生徒共々は殆どエルフなので美男美女ばかり。
カルヴァータ訓練学校に通い、国防の為に日々訓練している生徒達にとっては最高の場所。
しかし、俺にとって監獄と言っても過言では無い場所。
「今は耐える時。チャンスは半年後にある」
遠く無い未来に希望を抱きながら、萎え落ちてる気分を奮い立たせるのだった。
今の俺の立場は一応教官というものだ。平時では階級は軍曹になっているが、戦時になれば大尉になるらしいがな。
まぁ、俺自身が下手な奴より戦力になるのは間違いない。戦争に介入する時、OLEM相手に防衛戦する時には招集される。
別にその辺りに不満は無い。そもそも、今の俺がエルフェンフィールド軍に不満を言う立場では無いのだ。
いや、正確に言えば言えないが正しい。
何せ、89億クレジットと言うバグかな?と勘違いする額の借金をしているのだからな。
莫大な借金を返す代わりに、エルフェンフィールド軍が俺に提示した条件。
それは、訓練生をエースパイロット並の戦力にする事だった。
これが数年間だったら耐えれたかも知れない。
だが、あのクソエルフ共はとんでもない年数を言ってきやがった。
教官、及び正規パイロットとして300年間エルフェンフィールド軍に在籍せよ。
馬鹿じゃねぇの?俺、人間だよ?30、40辺りで身体にガタが来始める人間様だよ?
無論、エルフの連中もその辺りは百も承知だ。だから、俺にはある薬が与えられている。
エルフの秘薬。
実物を見た事があるが、無味無臭で真水みたいだった。そんな代物が食事、飲料に混ぜられた物を食べてる状況。
味?全然分からん。水と大差無いので、その辺の水道から出てるって言われても納得するレベルなのだ。
唯、他の多種族にとって良い薬と言う訳では無い。
特に短命種の寿命を延ばす訳だからな。一気に大量のエルフの秘薬を摂取させれば拒絶反応が出る。
だから、最初は薄味にしながら様子を見つつ増やして行くらしい。
「知らない内に長命種になるんだよなぁ。ある意味エルフ共の執念が生み出した代物だぜ」
排他主義と差別的思想が根強いエルフ。しかし、一度相手を認めれば、深い愛情と厚い信頼を寄せる。
そんなエルフ達にとって短命種との恋愛は、深い深い悲しみを生み出してしまう。
なら、短命種をエルフと同程度まで寿命を延ばせば良い。
そして、エルフの秘薬は長い長い年月を費やし改良が加えられ現在に至るのだ。
因みに、最初の方のエルフの秘薬はクソ苦い代物だったらしい。
その為、多くのパートナーが呑むのを拒否してしまうので、少量の秘薬を料理やお菓子に混ぜて提供していたらしい。
恐らく、現在でも食事に混ぜてるのは昔ながらのやり方なのかも知れんな。
結果として、今では無味無臭までに改良出来てしまった。
これは間違い無くエルフ達の執念と愛情が生み出した産物だ。
俺は一度職員室に戻る事にした。
次は301訓練中隊のシミュレーション訓練を実施する予定だからな。
因みに、今の俺の教え子達は現在301、302、303訓練中隊の計36名。
当初は108名教える予定だったのだが、俺の訓練内容に付いて行けず次々と脱落したのだ。
勿論、脱落した連中は別の教官に任せている。
まぁ、不公平、不平等、何やらと言う奴も居たがな。その度にこう言ってやったよ。
「エースパイロットは一握りの奴がなれる存在。貴様は落ちたのだ。諦めて熟練パイロットを目指せ」
滅茶苦茶睨まれたし、罵詈雑言を言いながら別クラスに移動して行く落第生達。
そして、俺はそいつらを指差して教え子達に言い放つ。
「アレが負け犬の遠吠えだ。そして、そんな遠吠えも貴様等との圧倒的な実力差によって沈黙する。その瞬間は……凄く、最高だ」
教え子達のドン引きする表情を見ながら、俺は次々と訓練を課して行く。
半年耐えてる訓練生達。恐らく、このまま俺の訓練には耐え続ける事が出来るだろう。
後は、俺が何処までアイツらを鍛え上げれるか。
(幸い、ギフト持ちも何人か居たからな。最初にしては良い手札が揃ってる)
後は半年後の総合評価試験で結果を出すだけ。
まぁ、最低でも同数の正規部隊相手には圧勝して貰わんと困るけどな。
俺は色々考えながら職員室へと戻る。
「おやおやぁ?これはこれは、キサラギ教官。今日も大事な大事な生徒達を虐めておられるのですかな?全く、生徒達の中にはそれなりの権力者の御子息、御息女が居ると言うのに」
職員室に戻り、次の訓練内容を考えていると声を掛けられた。
常に誰かを見下す様な目付きで教鞭を振るっている美男エルフ。確か、ナンチャッテ・ショートスキー教官だった筈だ。
「ナンサロ・ロングスキーだ!もう半年は共に教鞭を振る仲だろうに!何故、未だに名前をまともに覚えられないんだ!全く、これだから人間は低能で嫌いなのだ」
「勝手に人の心を読むなよな。親しき仲にも礼儀ありって言うでしょう?まぁ……俺達、そんなに親しく無いけども」
相変わらず不機嫌そうな顔をするロングスキー教官。
まぁ、こうやって絡んで来るのには理由がある。然も、原因は俺にあるのだ。
「それで、落第生共は元気そうですかな?まぁ、根性は無いので厳しい訓練内容が丁度良いと思いますがね」
落第生共を引き取り、普通のカリキュラムで再び教育し直す。
元々、ロングスキー教官にも教え子達はいる。そこに、落第生72名が追加されたのだ。
然も、たったの半年間だけでだ。
そりゃあ、文句の1つ、2つ……いや10、20は言いたくなるのも頷ける訳だ。
「フン!キサラギ教官。君の指導の仕方に関して私は干渉するつもりは無い。だが、私の教え子達を落第生呼ばわりは止めて頂きたいものですな!」
しかし、見た目の割に普通に良識人なので生徒達からの人気は地味に高いロングスキー教官。
この辺りは俺も見習うべき所だろう。
「そうですか。では、半年後の総合評価試験で結果を出せば良いかと。そうすれば俺は黙りを決め込む事しか出来ませんからね」
そして俺は教材を持って職員室から出て行く。
ロングスキー教官は俺の背中を睨むだけで何も言わなかった。恐らく、俺に何を言っても無駄だと悟ったのだろう。
「そろそろ中隊を合併させるかな。多分、残りの連中は耐え続けれるだろうし。一個大隊規模で運用出来る様にするか」
訓練生達も、度胸と根性と腕前は付いて来たからな。
一個大隊になっても問題無く運用出来るだろうし。
「あーあー、俺のキャラじゃねぇよなぁ」
真面目に教官として教鞭を振るう。
一応、AWに関わる仕事なので不満はそこまで無い。
借金さえ無ければ文句は出ないのだが。
「ま、取り敢えず今日もボロ雑巾みたいにしてやろう。うん、そうしよう」
それでも、アイツらなら耐える事が出来ると確信している。
何故かって?最近、俺が敵になっても対処出来始めているからな。
「贅沢だよな。エースパイロット様と何度も実戦的に戦えるんだからな」
俺の教え子達は普通の部隊には行かない。いや、行かせるつもりは無い。
最初から高い技量と精神的耐性が備わっているのだ。
辺境警備に回される可能性は限り無く零に近いだろうからな。
「親衛隊か特務部隊に推薦してやろうかな?それか本土防衛軌道艦隊でも良いかも」
教え子達の将来を色々と吟味しながら、次の訓練内容を決めるのだった。
長い一日が終わる。全ての中隊の訓練を終えて再び職員室に戻る。
明日の訓練に必要な施設の許可証も用意したり、実機訓練での申請手続きも行う。
流石に連日続けての実機訓練は出来ない。他のクラスの訓練生達も使うからな。それでも、カルヴァータ国防訓練校にはスピアセイバーが結構な数が揃っている。
他種族が支配している惑星と一応協定などは結び、自国の周辺宙域の安全は確保している。
しかし、そこはエルフ特有の排他主義的な性格が災いし、基本的に自分達で対処しようとする。
このだだっ広い宇宙で、外敵を全て自分達だけで対処する考え。
悪いとは言わないし、それを可能とする高い軍事技術も保有している。
しかし、他惑星と比較として圧倒的に人口数が少ないのは致命傷と言えるがな。
「さてと、今日は終わるか。残りは明日の朝一で充分だな。では、お先に失礼します」
やる事やったので帰宅準備をする。
新入社員が定時になったら即帰宅する。周りの先任の方々からは眉を顰める者も居る。
だが、表立って文句を言う奴は居ない。
まぁ、言える訳が無いんだがな。
だってさ……。
「お帰りなさいませ。キサラギ様。さぁ、どうぞ」
「今日も送迎お疲れ様、セバスさん。そろそろ一人で帰宅させても良いんじゃ無いですかね?」
「ハハハ、それは私めが決める事では有りませんので」
白髪混じりの黒髪をオールバックにし、チョビ髭を綺麗に整えている壮年の男性エルフ。
目元や口元の小皺が目立ち始めているが、ダンディな雰囲気が出ており似合っている。
自分の事をセバスと名乗っていたが、多分本名では無い。
「まぁ、分かってた事だけど」
俺は大人しく送迎に来てくれた黒塗りの高級車に乗り込む。
高級車なだけあって静かで、振動も非常に少ない。加速しても身体に負担は殆ど掛かる事が無い。
まぁ、何よりもセバスさんの運転の技量も高いのだろうがな。
「…………」
車は綺麗な街並みに入る。窓の外を見れば多数のエルフが道を歩いている。
時々、人間や獣人を見るが殆ど他種族を見る事は無い。この辺りはエルフの特性でもある、排他的な考えが根強い影響があるからだろう。
(そのお陰で治安は良いからな。部外者から色々言われているが、一応成功してると言えるかも知れんな)
綺麗な街並みを眺めながら、治安の良さを確認しているとセバスさんが話題を振って来た。
「キサラギ様、教官役は如何でしょうか?年齢的にはキサラギ様より上の生徒達ですが、まだまだ未熟者達ばかりですので」
「んー?まぁ、そうだねぇ。取り敢えず一個大隊分は残りそうだから大丈夫だよ。脱落した連中はロングスキー教官に丸投げしてるし」
お陰でロングスキー教官の負担とストレスは爆上がりしたけどな。
当然、俺はロングスキー教官から目の敵にされている。今も自身の教え子達に俺を倒す様に言っているだろうからな。
まぁ、それで根性無し共が立ち上がるなら良いけどさ。
「ロングスキー教官は責任感が強い方ですからね。余り負担を掛けてしまうとキサラギ様に嫌がらせするのでは?」
「嫌がらせは無いな。良くも悪くも真面目な方だから。代わりに最初の頃より愚痴が酷くなってるけどな」
最初の方は見下すくらいだったが、次々と増える訓練生達を見て愚痴も増えていったがな。
「それは、仕方ない事……ですかな?取り敢えずキサラギ様が上手く馴染めている様で安心しました」
「俺は大概の場所でも生きて行けるから平気さ。それに、こんな治安が良い場所だと気を張る必要も無いから尚更だよ」
軽犯罪くらいなら治安維持部隊だけで対応出来る。
それに、曲がりなりにも軍の訓練学校があるのだ。変な事をする輩は物理的に即対処されるのがオチになるだけだ。
「到着致しました。キサラギ様。既にクリスティーナお嬢様は帰宅しております」
「あのエルフ、正規の軍人でしょう?アレか?デルタセイバー無くなったから窓際社員になってるのか?」
「ハハハ、まさか。今のクリスティーナお嬢様は独立部隊の部隊長ですから。余程の事態が起きない限り待機中になっています」
デルタセイバーと戦艦アルビレオはその性質上、独立した艦隊として運用される事が多かった。
デルタセイバーは封印されているが、戦艦アルビレオは健在。運用さえ上手く行けば単艦で敵艦隊を撃破出来る。
唯、最近では対戦艦アルビレオの攻略法が知れ渡っているらしい。お陰で運用するにも多少慎重に成らざるを得ない事態となっている。
色々な要素が重なった結果、戦艦アルビレオをベースとした量産計画は一時中断しているらしい。
「それから、特別顧問として近々カルヴァータ訓練学校に赴くとか。良かったですね、キサラギ様」
「……その話、聞いて無いんだけど。しかし、特別顧問ねぇ。まぁ、実戦経験は豊富だし、エルフで美人だから俺より人気でそうだな」
異性から人気出て、同性からは親の仇に見られるかも知れんがな。
あのポンコツエルフ、若干天然気味な所あるからな。あの見た目とギャップに堕ちる奴が出そうだ。
「まぁ、アイツらの前でクリスティーナに圧勝するのも悪く無いな。絶望に染まるアイツらの表情は見ものだろうからな」
「クリスティーナお嬢様も手強いと思いますが」
「知ってるよ。だから俺が勝つんだよ。誰よりも、クリスティーナの強さを知っている……俺だからな」




