シュウ・キサラギ教官2
最初は順調に進んでいた。
キサラギ教官が操るZC-04サラガンは縦横無尽に暗礁宙域を駆け抜けて行く。
だが、GX-806スピアセイバーの機体性能を活かして徐々に追い詰めて行く。
暗礁宙域なだけあって、多数のデブリも漂う宙域。射線を切る場所は豊富だ。
無論、デブリの陰に設置されているターレットも発見次第即破壊。
キサラギ教官らしく、実に嫌らしい場所にターレットは設置されていたが予想していた通りだ。
被弾しても多目的シールドでしっかりと防いで、確実に対処して行く。
だからこそ、今度こそは勝つと意気込んだ。
『ッ⁉︎何機生き残っている!』
『私達6機だけみたい。こんな狭い場所にレパルスがいるだなんて!聞いて無いわよ!』
そして、味方2機の損失だけでキサラギ教官を追い詰めていたんだ。
だが、それは罠だったんだ。
【そぉれ!レパルス!全砲門開け!鴨撃ちの時間じゃい!】
【了解しました。各砲座、敵をレパルスに近付けさせないで下さい。攻撃始め】
キサラギ教官のサラガンが、戦艦の残骸を左に避ける様に移動していた。
今思えば、軌道が見える様にスラスターを全開に吹かして視線を誘導していたのだろう。
そして、僕達の視線が左に向いた瞬間だった。
【鴨撃ちの時間だ。楽しめ】
突然のオープン通信。同時に残骸の右側から練習巡洋艦レパルスの船体が現れたのだ。
後は地獄だった。
僕達は巡洋艦の主砲、副砲、対空砲の射程内にまんまと誘い込まれていたんだ。
『ッ⁉︎ランダム回避‼︎』
咄嗟に命令して回避機動を取る。しかし、4機の味方機が一瞬で失われてしまった。
(レパルスとキサラギ教官……まだ、他にも戦力があるのか?)
もしかしたら、本当に正規軍の部隊が潜んでいるのかも知れない。
『02より01!このままだと不利よ!一度後退するべきよ!』
『サラガンの接近を確認!俺達を逃さないつもりだ!』
『ど、どうする?先にレパルスを沈めた方が勝率は高いと思うけど』
仲間達も混乱している。今の状況で勝てる見込みはあるだろうか?
『但し、暗礁宙域にどの程度の戦力が潜んでいるのかは不明。状況によっては撤退も視野に入れろ。何か質問は?』
訓練が始まる前、キサラギ教官が言っていた事を思い出す。
撤退も視野に入れろ。
訓練にも関わらず撤退する。果たして、コレが正解なのだろうか?
(僕達だけで勝てる相手じゃない。ならば……)
「……撤退だ」
『え?撤退?』
「各機!煙幕展開!そのまま全力で後退し、暗礁宙域を離脱する!」
6機のスピアセイバーから煙幕が展開される。
一時的に視界とレーダーから消える事が出来る。だが、そんな事は相手も承知している。
『でも、撤退したら意味無いんじゃ?』
『それに、敵を撃破しないと勝った事には成らないと思うんだけど』
確かにその通りだ。
これは訓練であり、勝つ必要がある。
だが、それは勝算がある時だけだ。
「敵の戦力が不明な上、まだ伏兵がいる可能性もある。今、僕達が全滅すれば暗礁宙域に敵巡洋艦が存在している事を誰が伝える?」
情報を伝える事も大事な任務だ。
勝てない戦いなら、勝てる戦いに変える。更に戦力を増やして、この宙域を奪還する。
「少なくとも、巡洋艦の存在を伝えれば小規模ながらも艦隊を派遣する事にはなる」
最低でも巡洋艦2隻。もしくは、パトロール艦隊規模の増援は見込める。
そうすれば、相手も危険を察知して撤退する可能性は高くなる。
戦わずして奪還出来るのも勝利と言える筈だ。
「それに……悔しい事だが、今の僕達ではキサラギ教官には勝てない。勝てない上に、巡洋艦も相手にするのは論外だ」
キサラギ教官は強い。それこそ、僕達303訓練中隊を含め、他の訓練中隊を相手にしても完勝している程だ。
「だけど、今の僕達の実力を鑑みて最大限の成果を出す。そうすれば、戦略的には僕達の勝利だ」
勝負には負けても、試合で勝たせて頂く。
僕達は栄えあるエルフェンフィールド軍人になる存在。
エルフェンフィールド軍にとって有利な情報を伝え、有利な状況を作り出す。
傭兵上がりとは違う所を見せてやろう。
『……そうね。なら、私はリーダーの決定に従うわ』
『おいおい、俺達がリーダーの決定に楯突いた事あったか?……あったな』
『何一人でツッコミ入れてるのよ。ほら、行くわよ』
煙幕で視界を切りながら後退。
そして、僕達はキサラギ教官に宣戦布告する。
「撤退信号を出す!各機、全力で後退するぞ!」
さぁ、キサラギ教官。今度は貴方が僕達を追い掛ける番ですよ?
【撤退信号を確認しました。如何致しますか?】
【……不味いな。このまま逃せば、次はパトロール艦隊規模で来る可能が高くなる。逃すな!追撃しろ!】
【了解しました。これよりレパルスは追撃に入ります】
練習巡洋艦レパルスはデブリを避けながら追撃を開始する。
しかし、この場所は暗礁宙域。多くの暗礁とデブリが浮遊しており、巡洋艦サイズでは追撃は難しい。
【レパルスは敵の後退進路に向けて攻撃しろ。暗礁宙域から逃せば、俺達の負けだ】
【了解しました。各砲座、射撃用意。敵の後退進路を予測して下さい】
【後退進路の予測データ確認】
【各砲座の射撃用意良し!】
【砲撃始め】
練習巡洋艦レパルスから次々と砲撃が始まる。
暗礁、デブリに当たり、303訓練中隊の後退進路を塞いで行く。
しかし、宇宙なら360度で進路変更は可能。
『下方8時方向なら抜けれる!行こう!』
『容赦無いなぁ。エミリー艦長代理も段々キサラギ教官色に染まってるよな』
『分かる!ミサイルの自爆タイミングとか段々嫌らしくなってるもん!』
『うぉッ⁉︎爆煙に隠れてるのに艦砲撃ち込んできやがった!』
更にミサイルの自爆範囲に入れようとするし、爆発の威力を使ってデブリを無理矢理移動させたり。
段々、戦い方が正攻法から搦手になりつつあるのは気の所為だろうか?
【ほぅ、エミリー艦長代理は俺色に染まってるのか?】
【わ、私……染まって、ませんから!キサラギ教官!セクハラで訴えますよ!】
【おー、怖い怖い。これ以上突っつくと、味方から撃たれそうだから止めとくわ】
303訓練中隊からは好き勝手言われ、更にキサラギ教官からの追撃も受けるエミリー艦長代理。
最初こそ周りからは高嶺の花みたいな雰囲気があったが、今では立派な弄られキャラにまで成長している。
【まぁ、士官候補生達は俺の管轄外の筈なんだけどね】
【キサラギ教官が私達を無理矢理引っ張って行くじゃないですか。お陰でターシャ教官が時々寂しそうな表情してますよ】
士官候補生の教育担当のターシャ教官を思い出す。
最初の頃は厳しい美人教官だったのが、段々自分の教え子達を勝手に使われてションボリする表情が多くなっている。
幸い、実戦的な経験を得る事が出来るので半分黙認されている訳だが。
【そうかい。今度適当に慰めておくよ。それより、追撃の手は緩めるなよ】
【既に退路を断つ様にしています。敵は死角に入っていますので】
【任せろ。軽く狩って来る】
俺はヒヨッコ供を逃さない為に機体を動かす。
暗礁宙域は多数の障害物が浮遊している。そうなると簡単に逃げる事も、追撃する事も難しくなる。
だが、俺にはギフトがある。
3秒先読みを行えば、見えない障害物も見える様になる。
だから速度を落とす事無く追撃は出来る。
【俺みたいな奴と敵として出会うとな、絶望しか無くなるんだよ】
だから生き残れ。プライドを捨ててでもな。
追撃しているとロックオン警報が鳴る。どうやら迎撃する事を選んだらしい。
機体を捻りながら回避機動を取る。レーダーを確認すれば2機のスピアセイバーが高速で接近して来る。
『02!援護に徹しろ!接近戦は僕がやる!』
『頼むわ!教官が相手でも互いにカバーし合えば!』
ビームライフルでの牽制射撃。更にミサイルを発射しながら援護に徹する2番機。そして45ミリサブマシンガンで攻撃しながら接近して来る1番機のスピアセイバー。
【……フン、互いに啀み合っていた貴様等がな。良いだろう。相手になってやる】
回避しつつ、デブリの影に隠れる。そして接近して来る1番機に対し、3秒後に自爆する様にセットしてグレネードを放置。
不用意に突っ込んで来る1番機。そして時間通りに爆発するグレネード。
【勢いだけで勝てるなら苦労はッ!】
『教官!それは最初から読めてましたよ!』
多目的シールドでグレネードの爆発を完全に塞ぎながら、近接用ランスを構える1番機。
更に背後に回り込んで来た2番機。挟撃される形になるが対処は出来る。
【そうかい!なら、これも読めてただろうな!】
『しまった!01!距離を取って!』
『このまま対応する!02……後は任せたよ』
加速を緩める事無く、一気に間合いを詰める1番機。
的確に逃げる場所を塞ぐ様に射撃する2番機。
並の相手なら、この時点で敗北を認めてしまうだろう。
【だがな、覚えておけ】
近接用ランスを近接用サーベルで捌きながら、2番機からの射線を1番機で防御。
しかし、接近戦に適性が高い1番機ことルイーズ・ナルシー訓練生。
近接用ランスを愛用し、武器の特性を存分に活かして戦う事を得意としている。また、指揮、射撃共に平均を大きく超える程の優秀な生徒。
故に周囲の状況を把握する事も得意なのだ。
【世の中には理不尽な程に強い奴が居る】
突き出した近接用ランスを左脚で蹴り上げる。
近接用ランスはサラガンの左肩装甲を僅かに削る。
そして、75ミリスナイパーライフルの銃口が1番機のコクピットに零距離で向けられる。
【敵として現れれば戦意を失う程に】
1番機が撃墜判定を受ける。それと同時に2番機がビームライフルで追撃をして来る。
【だからこそ、手に入れろ】
爆煙の中を突っ切って2番機に向けて一気に間合いを詰める。
【貴様等は強くなる義務がある】
ビームライフルから放たれるビームを、最低限の回避機動だけで避けて行きながら間合いを詰める。
【何故なら……理不尽な強さを持つ存在が、貴様等を教育しているのだからな】
そして交差したのと同時に2番機は撃墜判定を受けるのだった。
1番機と2番機の尊い犠牲により、残り4機のスピアセイバーは暗礁宙域から脱出する事が確定した。
『キサラギ教官、追撃は致しますか?』
「……いや、残念ながら俺達の敗北だ」
『了解しました。では、303訓練中隊を回収致します』
「すまんが、後の処理は任せるよ」
俺はエミリー艦長代理に後処理を任せて、303訓練中隊全員に通信を繋げる。
「さて、303訓練中隊の諸君。レパルスに戻るまでに今回の評価を伝えよう」
俺がそう言うと訓練生達の表情が僅かだが強張る。
毎度毎度厳しい結果と多くの改善点を伝えているから仕方ないだろう。
だが、この半年の間に確実に改善点で言う事は減って来ているのも事実だ。
「おめでとう。今回は君達の戦略的勝利となった」
だからこそ、戦略的勝利を手に入れる事が出来た訳だ。
敵を倒す。
この固定観念から抜け出せた時点で、303訓練中隊は間違い無く成長していると言えるだろう。
「4機のスピアセイバーは無事に暗礁宙域から離脱。そして本隊と合流。それから、数日後には増援として巡洋艦3隻とAW部隊2個中隊が送られるだろう」
待ち伏せしている方が有利とは言え、物量と火力で圧倒されれば為す術が無くなる。
そうなれば、撤退するか玉砕するかの何方かしか選択肢は無くなる訳だ。
「また、失った仲間達の仇討ちも可能となった訳だ。だが……俺は、こんな惨めな結果を望んではいない」
戦略的勝利。普通の部隊なら別に文句は言わない。
だが、俺が直々に指導してる部隊がこんな結果で満足して貰っては困るんだよ。
「俺が望むのは唯一つ。敵を圧倒する力を貴様等が手に入れる事だ」
不利をひっくり返す実力。
誰からも文句を言われる事の無い実力。
他者から羨望と嫉妬の眼差しを受け続ける実力。
「貴様等ヒヨッコ供が魅せてやるんだ。エースパイロットとしての実力をな」
俺の言葉に誰も反論出来なくなる。
模擬戦では戦略的勝利する事が出来た。
軍全体として見れば及第点だろう。
だが、俺からして見れば戦死した奴が出た時点で減点だ。
「つまり、最低でもZC-04サラガン1機相手に部隊が半壊するのは容認出来ないって訳だ。無論、サラガンを貶す訳じゃ無いが。スピアセイバーと比べるのは言うまでも無いだろう。性能差は中身でカバー出来るとは言え、限界はある」
確かに熟練者が操るZC-04サラガンは厄介だろう。
だが、GX-806スピアセイバーはエルフェンフィールド軍の主力AW。例え、技量で敵わなくても機体の性能差で押し潰す事も可能だ。
なら、その性能を全て活かせる技量を身に付ければ、勝てる確率は飛躍的に向上する。
「だからこそ、だ。一人で無理なら貴様等全員で勝てば良い。個人個人の実力は勿論だが、貴様等は軍人なのだ。今の実力と一度真摯に向き合い、互いの弱点を補う事も必要な事だ」
軍として動くなら、傭兵と違い単独行動をする機会は少ないだろう。
だが、可能性は零では無い。
戦場で不都合な状況に陥るのは良くある事だ。何せ、相手も必死になるのだ。死に物狂いで足掻いて来るのは当然だ。
並程度の腕前で対処出来る程、戦場は優しい場所では無いのだ。
「尤も、俺から言わせて貰うなら全員エースパイロット並みの腕前になれば、要らない苦労になるんだがな」
結局の所、最終的には自分自身の技量しか頼りにはならんのだ。
どれだけ高性能なAWであろうとも、性能を活かし切れないなら意味が無い。
GX-806スピアセイバー。
現行機として上位に位置する機体。そんな良い機体に搭乗しているんだ。
簡単に戦死したら言い訳をするまでも無く、無駄死にしたと言われても仕方ない。
だが、俺が教育してる以上無駄死にはさせない。
「考えろ。全員で強くなるにはどうすれば良い?分からなくても考え続けろ。もしくは誰かに聞けば良い。答えは無くても、ヒントくらいは得られるだろうからな」
幸い、俺を嫌ってる奴は多数在籍している。
最初から、かなり厳しい操縦訓練と肉体的訓練をしているので、多数の訓練生達が脱落した。
そして、俺は脱落した訓練生は放置して行く。
這い上がる気があるなら勝手に這い上がってついて来い。
お陰様で、この半年の間に2/3の訓練生達が俺の指導から脱落した。
お陰様で先任の教官、脱落した身内の正規兵、脱落した訓練生共。様々な方面から苦情が多数来ている始末だ。
今では俺が受け持つ訓練生は3個中隊分しか残っていない。
「もし、俺が搭乗するサラガンに勝てたら……そうだな。本当の理不尽と言う物を味合わせてやろう」
だから、俺は今指導している36名を徹底的に強くする。
歯を食いしばり、上を目指して行くならば。俺は喜んで強敵となろう。
強敵を倒す事が出来れば戦場で無駄死にする確率は零に近付けると信じている。
『い、今より理不尽な強さがあるんですか!』
「有るに決まってるだろ。まぁ、安心しろ。その時になったら存分に味わわせてやるから。後、ついでに正規軍でも良い部隊に配属出来る様に進言してやるよ。親衛隊とか?」
『ついでに⁉︎僕達の将来がついで何ですか!教官!』
「さぁて、楽しくなって来たな。幸い、お前達は確実に実力を身に付けている。半年後の総合評価試験が楽しみだなぁ。どうだ?嬉しいだろ」
サラガンよりも強い機体は沢山あるからな。
大体、大半のエースパイロットは専用機か高性能な機体に搭乗しているからな。
自分達の未来に色々と絶望している訓練生共を尻目に、次の戦闘シミュレーションを考えるのだった。




