シュウ・キサラギ教官
モニター越しに見えるのは、近接用コンバットナイフがスピアセイバーのコクピットハッチを貫いている光景。
しかし、訓練が終わるのと同時に無傷のスピアセイバーが映る。
今回の訓練は実機を使用した実戦形式だ。過去の戦闘データなどを利用して、実弾と殆ど変わらない戦闘を可能としている。また、近接武器は全て刃を潰しているので、傷が付くくらいで済む。
「エネミー1より303訓練中隊へ。帰還した後、今回の評価してやる。心して聞く様に」
『『『『『『『『『『『『了解』』』』』』』』』』』』
303訓練中隊を率いて宙域を離脱。そのままエルフェンフィールド軍保有の軍事宇宙ステーションへ帰還する。
『しかし、惜しかったな。後一歩でキサラギ教官に勝てたのにな』
『あそこまで追い込むのに戦力を失い過ぎてた。最初の狙撃で対処を誤ってたのかも知れない』
『そうかも知れないわね。皆、評価を聞いた後に反省会よ』
『当たり前よ。今度こそ、今度こそキサラギ教官に勝つんだから!』
今回の模擬戦で得た事に関して、互いに意見を言い合う303訓練中隊のメンバー達。
最初の頃は血筋が〜どうのと言っていたが、俺の誠意ある教育の結果、そんな戯言を言う奴は居なくなった訳だが。
(ふむ、部隊内の不和は無さそうだな。まぁ、そんな事やってても俺に勝てる訳無いからな)
尤も、一人で俺に勝てるなら苦労はしないからな。
「エネミー1よりレパルス。これより303訓練中隊は帰還する」
『こちらレパルス、了解しました。第一格納庫に移動して下さい』
「エネミー1、了解」
練習巡洋艦レパルス。主に士官候補生、AW・MWパイロット訓練生の慣熟訓練に使用されている。
武装は巡洋艦としては控えめで、扱い易さを重視している。
無論、緊急時には実戦運用も可能であり、予備戦力としてカウントされる。
教官仕様のサラガンと303訓練中隊のスピアセイバーを順次格納庫に収容。そしてサラガンのコクピットのハッチを開けて降りる。
「全員、整列。これより先程の訓練評価をする」
俺が床に足を付けてる間に、既に訓練生12人は整列していた。
いやはや、半年の間に本当に成長してくれて嬉しい限りだ。
「さて、諸君。今回は初の狙撃機に遭遇した訳だが。感想があるなら言っても良いぞ」
俺が訓練生達に感想を求めた。すると、303訓練中隊の隊長でもあるルイーズ・ナルシー訓練生が一歩前に出る。
「では、僭越ながら自分が。最初はいつもの教官機が来ると思ってました。正直に言いますと、自分は狙撃で来る事は想定外の事でした」
「成程。この半年の間で、貴様等の目の前に現れたエネミー1は近〜中距離の汎用性の高い武装構成だったからな」
「それと高機動戦も合わさってます」
想定外か。半年程教えているが、まだまだ甘い部分はあるな。
幸い、技量的な面では良い感じになってるのは救いではあるが。
「軍に所属していると、狙撃での待ち伏せに遭う事は少ないだろう。特にエルフェンフィールド軍なら尚更だ。何故なら、スピアセイバーの性能は大半のAWより頭一つ分は高い。それに、艦隊なら尚更手を出し辛くなる」
エルフェンフィールド軍は基本的に戦争や内戦に介入する事は無い。
そもそも、他の惑星に頼らなくても既に自分達で完結しているからな。資源ルート、政治、軍事でも強いのだ。
それに、下手に介入してスピアセイバーやガイヤセイバーを解析されたくは無いだろう。
特に今だと、戦艦アルビレオに関する技術漏洩は絶対に防ぎたい筈だ。
「だが、世の中には例外もある。敵の偵察任務に就いてるパイロットが、殺れると判断すれば殺られる可能性は高くなる」
如何にエルフェンフィールド軍が精強だとしてもだ。正面からの戦い以外で攻められると厳しいだろう。
戦い方なら幾らでもあるし、卑怯と言う言葉は存在しない。
勝った奴が正義なのは歴史が既に証明している。
「そもそもだ。偵察任務を任されるパイロットは熟練者が多い。確実に情報を本隊に持ち帰らなければならんからな」
情報は大事だ。それこそ、一個艦隊よりも貴重になる事もある。
だからこそ、下手な攻撃はされない。だが、攻撃されたとなれば自分達は殲滅される可能性が非常に高くなる。
生かして帰せば、自分が殺されるからな。
「故にだ。狙撃機に遭遇した場合は敵の配置、デブリを直ぐに把握しなければならない。敵はデブリを利用している。なら、こちらも射線に入らぬ様にデブリを利用する必要がある」
まぁ、そのデブリの影にターレットが設置されている可能性もある訳だが。
それでも何も考えずに突っ込むよりはマシだろう。
「でだ、今回の貴様等の評価だが……非常に宜しく無い」
俺の評価を聞いて全員漏れなく落ち込んだ表情になる。
いや、だってねぇ?1機の狙撃機に全滅した訳だし。例え、俺で無くても半分は失っていただろうからな。
「最初の狙撃で2機失わせたのは減点だ。1機だけに抑えろ」
突然の強襲に対処しろとは酷な事を言っているのは理解している。
だが、敵にとってそんな事は関係無い。寧ろ、不意を突いて相手に大きな被害を与えたいからな。
だからこそ、一人一人の技量を上げて行くしか無いのだ。
何もかも、センサーやレーダーで済む訳では無い。
結局、最後の最後は己自身の腕に任せるしか無いんだ。
「次に煙幕を焚いたのは良かった。だが、その後が駄目だ。煙幕を焚いて終わり……では無い。煙幕焚きながら接近しろ。煙幕が切れたらミサイルを自爆させ、爆煙に紛れろ」
見えなければ狙撃は困難になる。
つまり、敵が嫌がる状況を作り出すのだ。そうすれば勝率は一気に上がり、被害は一気に抑えられる。
「敵の射撃地点に牽制するのは良かった。だが、せめて前衛がしっかりと囮になるべきだったな。敵の目を惹き付けなければ牽制射撃中でも反撃される」
後は牽制射撃をする側も回避を怠っては駄目だ。
敵としても牽制射撃されれば鬱陶しい。なら、その鬱陶しい機体は排除すれば良い。
「そして、最後に……貴様等は軍人だ。簡単に味方を囮にするんじゃない。無論、話し合って決めたなら、俺からは何も言うつもりは無い。だが、生き残った方は必ず後悔する事になる」
俺の様な傭兵……いや、今は傭兵じゃ無いけど。
少なくとも、傭兵の様に簡単に消耗して良い戦力では無いんだ。
エルフェンフィールド軍人としての自覚と立場を、しっかりと理解して貰わんとな。
「無論、接近戦に引き込めた事は褒めてやる。自分が得意とする土俵に立つ事は良い事だからな」
相手が狙撃機なら接近戦に入った方が有利になるだろう。
だが、相手は熟練者の場合が多い。つまり、接近戦でも戦えると考えるべきだ。
「結論として言うが、狙撃機だからと言って甘く見るなよ。相手も接近戦が出来ない訳じゃない。寧ろ、長時間待ち伏せ可能な程の精神的耐性が高いと思え。下手なプレッシャーは通用しない」
そもそも、狙撃機だからと言って接近戦や射撃戦が出来ない訳じゃ無いんだ。
人型汎用機動兵器であるアーマード・ウォーカーは戦場を選ばない。
要らない固定観念は今の内に全部捨てさせる。
「狙撃機の厄介な所は、たった1機の狙撃機が邪魔でそのルートが通れなくなる可能性もある点だ。補給ルートの確保、増援を早期に最前線へ送る必要がある」
最悪なのは一番重要なルートを抑えられた場合だ。
無論、軍も馬鹿じゃない。狙撃機を処理する為の部隊は送る。
しかし、何度も失敗すれば常に一個艦隊の護衛付きでの輸送任務を行う必要もある。
敵からしたら、一個艦隊を護衛任務に張り付かせる事に成功したと見るべきだろう。
そうなれば、戦略的に敗北したと言っても良いだろう。
「だからこそ、狙撃を掻い潜り、敵を撃破出来る技量を貴様等は何が何でも手に入れて貰う。その為なら、俺は貴様等を徹底的に追い詰めて分からせてやるからな!」
「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」
うん!訓練生達の元気の良い返事には安心したよ。
これなら、もう少し攻めたやり方でも大丈夫そうだな!
「なら、今から1時間程休憩だ。次は別パターンでの狙撃戦を味わわせてやる。しっかりと休憩する様にな」
そして解散命令を出す。すると、直ぐに303訓練中隊は集まり出して意見を言い合う。
全員の表情は真剣……いや、必死かな?兎に角、次は絶対に負けないと言う強い意志を感じる。
「それじゃあ、次の準備に入ろうかね」
俺は訓練生達を尻目に艦橋に向けて移動する。
「さて、エミリー艦長代理。君の出番だぞ」
「はい?私の出番ですか?」
艦橋に到着して早速エミリー・バーネット士官候補生に伝える。
見た目こそ幼い美少女に見えるが、立派な50歳越えだ。まだ荒削りだが、指揮能力も高く、艦の性能を理解した上で行動して行く。
因みに艦長は立場上は俺になってはいるが、殆どエミリー艦長代理が練習巡洋艦レパルスを指揮している。
「そうだ。今から1時間後に再度303訓練中隊の実機訓練を実施する。303訓練中隊を出撃した後に暗礁宙域内に侵入。敵は12機のスピアセイバーだ」
「……それは、303訓練中隊の皆さんには」
「秘密に決まってるだろ。想定外の事に対処出来る様にする。それに、お前達にとっても悪い事じゃない。中〜近距離での対AW戦だ。貴様等も最前線に居る事をしっかりと肌で感じないとな」
「……了解しました。それで、指揮の方は?」
訓練とは言え対AW戦。然も相手は12機のスピアセイバー。
無論、狙撃で何機かは墜とす。だが、先程より生き残るだろう。
「基本的に艦の指揮は君にやって貰う。頼んだぞ、エミリー艦長代理」
「了解しました」
「但し、攻撃のタイミングは俺が指示する。それまで、この座標で待機だ」
俺はある座標を指定する。その座標の近くには大破した戦艦や巡洋艦と言った、デブリの残骸がある。
つまり、練習巡洋艦レパルスを隠すのには丁度良い場所になる。
その座標と立地を理解したのだろう。エミリー艦長代理の目付きも真剣になる。
「成程、分かりました。タイミングはキサラギ教官にお任せします」
「気張れよ?練習艦とは言え巡洋艦なんだ。簡単に墜とされて良い戦力では無い。艦隊の主戦力としてカウントされる艦だと理解した上で指揮しろ」
「了解しました」
どうやら俺が考えてる作戦を大方把握したようだ。
真剣な表情でモニターを見ながら、デブリや残骸の位置を把握しようとしていた。
「さて、しっかりと虐めて抜いてやろうぜ?303訓練中隊の絶望と悪態と悲鳴を存分に味わうチャンスなんだからな」
俺がエミリー艦長代理にそう言うと、微妙に引き攣った表情になるのだった。
1時間の休憩後、303訓練中隊は再び宇宙へと飛び出して行く。
「諸君、今回のシチュエーションを決めてやろう。303訓練中隊は敵偵察機を早期に発見。敵偵察機はそのまま暗礁宙域へ逃走。敵を撃破する事が勝利条件だ」
俺が提示したシチュエーションは単純なもの。敵を撃破すれば良い。
敵偵察機では無く、敵を撃破と言う所が一番気付いて欲しいポイントだ。
「但し、暗礁宙域にどの程度の戦力が潜んでいるのかは不明。状況によっては撤退も視野に入れろ。何か質問は?」
そして任務内容を伝えて質問を待つ。
一応不明戦力もある可能性を示唆した訳だ。これで少しは勘繰ってくれるだろう。
『質問、宜しいでしょうか?』
「構わん。言ってみろ」
『敵は教官のサラガンだけでは無いのですか?』
ふむ、中々良い線を突いて来る。
しかし、簡単に教えてやる程、俺も、世界も優しくは無い。
「さてな?ターレットや機雷が大量に設置されてるかも知れん。もしかしたら、正規軍のAW部隊1個大隊が待ち伏せしてるかもな。既に1時間も経ってる訳だからな」
『……分かりました。質問に答えて頂き有難う御座います』
「気にするな。可愛い可愛い教え子達の日々成長している姿を実感させてくれるだけで嬉しいからな」
俺がそう言うと全員が絶対に嘘だと確信した目で見て来る。
やれやれ、親の心子知らずとは、正に今みたいな状況の事を言うのだろうな!
「他に質問は無いか?無ければカウント10秒で開始だ」
俺は狙撃位置に待機。1時間にも満たない時間で設置したターレットを起動させる。
ターレットにも幾つかの種類は混ぜている。45ミリマシンガン、55ミリライフル、対AWミサイル等。
それでも充分な数では無いが、何とかなるだろう。
『カウント10、9、8、7、6』
練習巡洋艦レパルスのオペレーターがカウントを始める。
レパルスも既に所定の位置に待機している。後は303訓練中隊のヒヨッコ共をしっかりと歓迎してくれるだろう。
『5、4、3、2、1、作戦開始』
「本当の狙撃による恐怖を味わわせてやる」
俺は久々にやる本格的な狙撃戦に集中するのだった。




