俺達の……俺の、俺だけの物語の始まりだ。
気が付くと、俺は白い場所に立っていた。
右を見ても、左を見ても真っ白な場所。
「冥土って所か?案内板くらい立てとけば良いものを」
不親切な場所に文句を言いまくっていたが、背後に気配を感じて振り返る。
「…………よぅ、お前ら。待たせたな」
軽く手を挙げながら近付いて行く。
そこには戦友達が待っていた。
勿論、レイナとタケルもだ。
レイナは少し悲しそうに微笑み、タケルは仏頂面のまま。
戦友達も少しだけ困ってる表情をしていた。
色々と言いたい事はあるのだろう。
だけど、俺は確かに証明する事が出来た。
「さぁて、逝こうか。道中、色々土産話をしてやるからさ。覚悟しろよ?俺の……自慢話をさ」
俺は前を歩き出す。
しかし、何かに引っ張られる。
後ろを振り返ればレイナが俺の服の端を引っ張っていた。
「どうした?あぁ、もしかしてOS使った事を怒ってるのか。それは本当に悪いと思っているよ」
謝るがレイナは下を向いたまま。
俺はタケルに視線を向けて助けを求めるが、明後日の方向を向かれてしまう。
「……参ったな。けど、デルタセイバーを倒すには使えるモンは全部使わないと無理だったからさ」
結局、一人ではデルタセイバーを破壊する事は不可能だった。
レイナの力を借りてやっと出来た事なのだ。
「悪かったよ。けど、これ以上の犠牲者は出ないさ。少なくとも、戦闘データもOSも木っ端微塵になっただろうからな」
ついでに俺の身体も木っ端微塵さ。と、冗談っぽく言ったけど。
多分、本当に木っ端微塵になってるだろうから、タチの悪いブラックジョークになったな。
若干滑った感があるが仕方無いと自分に言い聞かせる。
「まぁ、良いか。立ち話も何だ。歩きながら色々話してやるよ。何だかんだで波乱な人生だったからな」
しかし、レイナは俯いたままだ。
レイナが何を思っているのか、何となく理解した。
生き急いだ事に怒ってるのだろう。
命を紡いだのに、こうも簡単に皆が居る場所に来てしまった。
レイナは優しいから文句を言いたくても言えないのだろう。
きっと、自分が原因だと思っているに違いない。
俺は静かにレイナの肩に手を置いた。
「俺は……後悔してねぇよ。俺が生かされた確かな記録を残せた。誰も、お前達の死を無かった事には出来やしない。そう、誰にも……だ」
そう言ってから俺はレイナを抱き締める。
華奢な身体だ。
こんな身体なのに、ずっと地獄みたいな環境を耐え続けて来たんだ。
「………………」
掛ける言葉が見つからない。
もっと、自慢しようかと思っていた。
生かされた命は無駄にはしなかった……と。
けど、結局困らせてしまっている。
どの位の時間が経っただろうか。
結局、俺はレイナを抱きしめ続けていた。
それ以外、どうする事も出来なかった。
恋人を上手く慰める事が出来ないとは。
もう少し、女性には優しく接した方が良かったのかも知れん。
「次の機会があったら優しくするか」
尤も、その機会は永遠に来ないだろう。
そう、思っていた。
声が聞こえた。
誰の声だ?そう思い後ろを振り返る。
しかし、誰も居ない。
代わりに漆黒の宇宙に煌めく星々が見えた。
綺麗な場所。
夢と希望と絶望と現実がある場所。
あの場所に行くのは駄目だ。
俺の勘がそう告げた。
だから俺はレイナを連れて前に歩こうとしたんだ。
トン
軽い力で俺は押された。
誰に?
俺は自分の目を疑った。
「レイナ?どうして」
レイナは涙を流しながら、薄らと微笑みを浮かべる。
手を伸ばす。
それでも皆と離れて行く。
「待ってくれよ。ようやく、皆に会えたんだぞ。なのに……何でだ」
何で……皆、敬礼して見送るんだよ。
手を伸ばしながら戻ろうとする。
___シュウ少尉殿。これからの活躍を願っております。
「ハラダ曹長!待ってくれ!」
___上手くやんなさい。シュウ少尉なら出来るわ。
「ミャオ曹長!俺は……俺は!」
___お前なら、もっと上に行ける。先に行って、向こう側で自慢させて貰うぞ。
「ロイ軍曹……無理ですよ。もう、俺は」
___シュウ少尉。オマエ、ヤサシイ、良イ子ダ。オレタチノ自慢。
「アラン軍曹。誰よりも優しいのは……アンタだろうが」
___泣くなよ。貰い泣き……しちまうだろ?
「もう……泣いてますよ。エドガー伍長」
___大丈夫、ずっと見てたから。もう、私達は必要無いくらい強くなったわ。
___私達が居なくても。シュウ少尉なら、もっと、もっと沢山の希望を皆に与えられる。
「ケイト伍長、サーシャ上等兵……そんな、立派な奴じゃ」
___…………生きろ。生きて、生き続けろ。
「ザニー上等兵。俺、生きて……良いのかな?」
___僕以上に良い人を見つけるんだよ?絶対に……だよ。
「リロイ上等兵……アンタ、男の娘だけど。女以上に良い奴だったよ」
___シュウ。貴様に……託せて良かった。
「タケル。俺、お前に謝りたかった。あの時、お前に八つ当たりして」
___俺も同じだ。俺はお前を許す。だから、お前は……自分を許せ。
「ア……アァ…………ごめん。本当に」
___シュウ。貴方の背中に触れて良かった。
「守ってやれなかった。誰よりも、守りたかった」
___その気持ちだけで私……幸せだよ。
「生きて……もっと、一緒に居たかった。ずっと……一緒に」
俯きながら泣いているとレイナに抱き締められる。
だが、もう……レイナを感じる事が出来ない。
(そっか、時間切れなんだな)
このまま情け無い別れ方は駄目だ。
誰一人として目を逸らさずに見送ってくれている。
俺の我儘にずっと付き合って来てくれてたんだ。
皆の希望が……情け無い姿をしてて良い訳が無い。
俺は顔を上げ、姿勢を正しながら皆の方へ顔を向ける。
「行って来ます」
しっかりと顔を上げながら敬礼をする。
戦友達、親友、恋人の顔を忘れない為に。
意識が遠退いて行く。
視界がボヤけて行く。
もう、声は聞こえない。
___さようなら。私の……大好きだった人。
それでも、最後に聞こえた。大好きな人の声。
あぁ、さようなら。俺の……大好きだった人。
だから、安心させる様に返事をした。
もう、過去に縛られないと宣言する様に……。
別れは誰にでも訪れる。
それを受け入れるかは人それぞれだ。
俺はずっと想い続けた。
間違いだとは思わない。
過去を振り払い、前に進む事にも勇気が必要だ。
結局、最後は背中を押される形になっちまったがな。
それでも、俺はこの一歩をしっかりと踏み締めて歩いて行こうと思う。
もう、俺の側には誰も居なくても。
先に逝った戦友達が自慢出来る様に。
俺の……俺自身の…………人生を歩む為に。
光が眩しい。
身体に感覚が蘇る感じ。
妙に喉が乾いている。
瞼に力を入れて開けると、見慣れた感じの部屋に居た。
鼻に付くのは薬品の独特の匂い。
どうやら俺は医務室のベッドに寝ているらしい。
誰かの気配がする。だからお願いする事にした。
「ケホ……水、くれ」
「……ん?おぉ、凄まじい生命力だね。キサラギ少尉。水だな、少し待っていなさい」
俺は軍医のエルフから水を飲ませて貰う。
この軍医、何処かで見た事がある様な?
「ふぅ、サンキューな。てか、思い出した。アンタ、戦艦アルビレオの軍医だったな」
「覚えていたのか。マザーシップ戦以来だったね」
「そうだったなぁ。あの時は医療用カプセルに入れられてたっけ?」
「今回もそうだったよ。君が目覚めるより1ヶ月程医療用カプセルに入っていたんだ」
「え?マジで?俺、結構重症だったりする?」
1ヶ月も気を失ってたのか。
まぁ、デルタセイバーと死闘を繰り広げてたからな。
正に精魂尽き果てたって奴だな。
「内臓の殆どにダメージが入っていた。更に、君はリンク・ディバイス・システムにまで手を出してたじゃないか」
「あー、そうだったな。後は、身体がバラバラになってないね。もしかして……培養した?」
失った身体を復活させる為に、俺の細胞一つから新しい身体を作ったのだろうか?
でも、あの爆発だと頭も含めて木っ端微塵になったと思うんだけど。
「培養はしてないよ。不思議な事に、君の身体には多数の打撲があるくらいだったよ。悪運に感謝しとくと良い」
「悪運ねぇ」
まぁ、悪運はある方だろうな。
ゴーストから連邦の名誉市民になったんだ。これは実力と悪運が上手い事組み合わさった瞬間だっただろうからな。
そう考えると悪運の一言では済まない気がするんだが。
「それから、キサラギ少尉。勝手ながら君のリンク・ディバイス・システムは切除させて貰ったよ。装着する事も、使う事も違法だからね」
「……そうか。まぁ、別に良いさ。既にデルタセイバーには勝てたからな。もう、リンク・ディバイス・システムのお役目御免ってやつだな」
「デルタセイバー…………あぁ、そう言えばセシリア准将に連絡する事を忘れていた」
「何だ?アンタも見た目詐欺かよ。だからエルフは皆年増ばかりなんだよ」
軍医はセシリア准将に連絡をしている。
声を聞く限り直ぐに此方に向かって来る感じだった。
しかし、セシリア准将か……会いたくねぇなぁ。
いやさぁ、絶対怒られますやん。
正論を武器に淡々と言うだけならまだしも、あの鋭い眼付きと睨みもセットだからなぁ。
「やだなぁ。怒られたくないなぁ」
「怒られる事をしたのは少尉自身だろ?諦めて怒られなさい」
「……なぁ、軍医権限使って面会謝絶にしてくれないか?」
「駄目です」
「駄目かぁ……つっかえな!」
諦めて布団を頭から被る。何とか良い言い訳を考えてみるが何も思い浮かばない。
(強いて言えば、デルタセイバーの性能を最大限引き出してやったから感謝しろって言ったら殺されるだろうな)
暫く待っていると足音が聞こえる。
カツカツと床を踏み抜かんとする勢いがある軍靴の音。
足音だけでセシリア准将がどんな気持ちなのか理解した。
「いや、ガチで怒ってますやん。もう、足音から察せるやんけ」
「ご愁傷様。怖いなら手でも握っていようか?」
「張っ倒すぞテメェ!イケメンなら女を堕とせや!」
「そうかい?でも、怖いのだろう?ほら、心拍数上がってるから」
軍医が視線を向けた先には心電計があったが無視する事にした。
それに、軍医の言葉で俺の思考が一瞬だけ止まる。
怖い?誰が。俺が?セシリア准将を怖がる?
笑わせるな。俺を誰だと思ってやがる。
デルタセイバー相手に勝利する事が出来たSuper Ace Pilot様やぞ!
「こ、怖くなんかねぇ。誰が准将を怖がる?准将なんか怖かねぇ!掛かって来いってんだ!」
「ほう、元気そうで何よりだキサラギ少尉」
「………………」
「どうした?私が怖いのか。ん?」
今、俺の横にセシリア准将が居る。
俺には分かる。本気で怒る一歩手前って所だ。
此処は慎重になるべきだ。
でなければ……俺が死ぬ。
「あー、これはこれは。相変わらず美しい……んー、ごめん。やっぱり、怖いわ」
「……チッ、軟弱者が」
「嘘は良くないだろ?それに、お見舞いに来た訳じゃ無いでしょうに」
「その豪胆だけは褒めてやる」
「いや、怖いのは事実だから。ほら、心電計がめっちゃ速くなってるし」
心電計がかなりの速度で反応している。だが、恥ずかしいとは思わない。
正直に言おう。俺はセシリア准将にマジでビビってる。
マジで怖いんだよ。きっと、容赦って言葉を母親の腹ん中に自主的に置いてきたんだろうな。
(全く、お茶目さんだぜ。今から取りに戻っても良いんだよ?)
そんな事を考えていると、クリスティーナ中佐殿が姿を見せた。
ずっとセシリア准将の後ろに隠れていたのだろう。
セシリア准将の後ろから顔を少しだけ出して、心配そうな表情をしながら俺を見ていた。
「えっと、身体の傷は大丈夫なの?」
「……まぁ、一応大丈夫ですかね。まだ痛みは有りますが」
「そう……よね。あんな、爆発の中から奇跡に近い状態で見つかったんだから」
「気を失う前に死んだと確信してましたがね。因みに、俺はどんな風になってました?」
「えっと、シートに座った形で漂ってたわ。それに、貴方を見つける為に艦隊総出で探したから」
艦隊総出とは豪勢な事だね。
まぁ、俺はデルタセイバーを破壊した主犯だからな。
意地でも捕まえたかったのだろう。
「しかし、良く生きてるって思いましたね。普通は死亡したと判断する筈ですが」
「……声が聞こえたのよ」
「声?誰のですか?」
「分からない。けど、女の人の声が通信に入ったのよ」
「…………」
「嘘じゃないわよ!何でそんな疑いの目で見るのよ!」
「いや、だって……ねぇ?」
女の声が聞こえた。それも通信してだと?オカルトでもあるまいし。
恐らくだが、バンタム・コーポレーションの連中が要らない世話を出したのだろう。
あの場に居たのは俺、クリスティーナ中佐。そして、戦闘記録を撮る為に待機していたバンタムの連中だけだったからな。
それにしても上手くやったもんだな。バンタムの連中は。
これで、更にAW関連ではバンタムが一歩リードする形になったな訳だしな。
「さて、キサラギ少尉。充分な話は聞けただろう。今度は私からだ。何故デルタセイバーを破壊した?答えろ」
「何だ?デルタセイバーに挑んだ理由を知りたいのか?答えるまでも無いさ。記録に残す為だ。例え、歴史に名が刻まれなくても記録になら残るだろうからな」
「何故、記録に残そうとした」
「何故って、そりゃあ決まって……アレ?何で何だろう?」
確か理由はあった筈だ。それも、全て放り投げる程の理由がだ。
なのに……思い出せない。いや、分からないのか?
「少し宜しいですかな?キサラギ少尉、君に簡単な質問をしよう」
「何だよ改まって。まぁ、良いさ。どうせ嫌と言ってもやるんだろ?好きにしな」
「君が所属していた傭兵企業は?」
「スマイルドッグ」
「君が搭乗した専用機の名前は?」
「全部でバレットネイター、ブラッドアーク……えっとくらい。いや、ならあの機体の名前は」
「次だ。君がリリアーナ様から授与された勲章は?」
「……ブルーアイ・ドラゴン」
「君の出身は?」
「グンマー星系。惑星の名前は忘れたよ」
「では、どうやって傭兵になった?」
昔を思い出す。
ゴミ捨て場から目覚めた俺と言う人格。
自身の立場に絶望しながらも這い上がる事を諦めなかった。
他者の犠牲を踏み台にしながらも、成り上がる事を目指し続けた。
全てはアーマード・ウォーカーに乗る為に。
「ガキの頃から働いて金貯めて傭兵ギルドに入った。それから直ぐに戦場に行ったよ。最初は惑星トミオーに降りた。そこで歩兵として配属」
「仲間達の名前は?」
「…………アレ?いや、ちょっと待ってくれ」
誰も思い出せなかった。
確かに戦場を共にした連中が居た筈。
だけど、誰一人として思い出せない。
顔も、名前も、性別、種族。
波乱な戦場だったのは間違いない。戦車やMWにも搭乗する機会もあった。
なのに、どうでも良い連中の顔だけは覚えている。
大切なナニかを忘れてしまった……と、思う。
「ふむ、リンク・ディバイス・システムの後遺症だな。まぁ、幸い手術をした者の腕は良かった。それでもだ、これから先記憶を失う可能はある。要警戒だな」
「リンク・ディバイス・システム……何だろう。忘れてはいけないナニカを忘れてる気がする」
だが、思い出せない。
辛い記憶、悲しい記憶、楽しい記憶。色々あるのは覚えている。
なのに……一番大切な記憶が無い気がするんだ。
目が覚める前に夢を見ていた。
内容は殆ど覚えてはいない。
けど……もう、二度と思い出せないと何故か確信した。
「おいおい、マジかよ。泣いてんのかよ……俺。ダセェな……畜生が」
涙が頬を伝い落ちて行く。
誰の為の涙なのか思い出せない。けど、この涙に不快感は無い。
唯、純粋な寂しさを感じていた。
俺は静かに涙を流している。流石のエルフ達も気を遣っているのか静かにしていた。
しかし、此処には鬼のセシリア・ブラッドフィールドがいる事を忘れては行けない。
「キサラギ少尉。貴様の生い立ちには同情をする余地はあるだろう。だが、それとこれとは話が別だ」
「ハッ、覚悟は出来てるさ。煮るなり焼くなり好きにしな」
「その心意気は良し。クリスティーナ中佐、奴に渡してやれ」
「えぇ……?本当に渡すの?姉さん」
「幸い本人は腹を括っている様だしな。それに……お前にとっても悪い話では無いからな」
セシリア准将はクリスティーナ中佐に対して、何かを言い聞かせる様にしている。
その時のセシリア准将の表情は笑うのを堪えている感じだった。
「おいおい、人様の目の前で悪巧みか?良い根性してるぜ」
「ち、違うわよ!あぁん!もう!はい、コレ!」
「何だ?ファンレターでも渡そうってk………………」
渡されたのは一枚の紙切れ。
しかし、中々手触りの良い高価な紙を使ってる感触。
そして、文字が書かれていた。
その文字を読んだのだが、読めなかった。
いや、読みたく無い。理解したく無いが正しいのだろう。
その紙には【請求書】の文字が書かれていた。
内容はGXT-001デルタセイバーの修繕費に対する請求。
そして、気になるお値段はと言うとだ。
「一、十、百、千、万、十万、百万……千万…………一……億…………い、いやいや。見間違えだ。そ、そうだ、リンク・ディバイス・システムの後遺症の影響だな!」
俺は現実逃避をする様に水をコップに注ぎ、一気に飲む。
考えてみて欲しい。自分が生きてる間に、バグみたいな数字を請求書として見る事は無いだろう?
自分の目と脳味噌がイカれたと考えるのは当然だ。だが、俺の意識はしっかりしてるし、意外と元気なのだ。
深呼吸をしてから再び……渡された紙に目を通した。
「………………は、は、八十……きゅ、きゅ、キュ……」
言葉が出ない。
目の前の数字がとんでも無い額を示している。
呼吸が過呼吸気味になる。
心臓がバクバクとデカい音を立てて高速で動いている。
そう、請求書に示されていた金額。
【8.900.000.000クレジット】
ご丁寧にシュウ・キサラギ少尉様宛と達筆で書かれていた。
沈黙しているが心電計だけは動き続けている。
言葉が出なかったし、思考も完全に止まった。
まるで、この瞬間だけは心電計だけしか動いて無いのでは?と疑うくらいだ。
そんな状況の中、俺の心拍数を見ていた軍医が口を開いた。
「凄い勢いで心拍数が上がってるね。一度深呼吸をすると良い。目が覚めて直ぐに89億クレジットの借金から目を逸らしたい気持ちは分かるがな」
「喧しい!軍医だから何言って張っ倒されないと思うなよ!コノヤロー!」
畜生!こんな請求書を渡されるなんて人生初だよ!
(え?ちょっと待って?意味が分からないんだけど。そもそも89億クレジットって何?90とかキリの良い数字にしろよ!いや、1億増えるのは勘弁だけど。え?え?え?俺、エースパイロットから借金王にジョブチェンジするんか?もう、何考えてるのか意味不明過ぎて分かんないよー!)
俺は一体、どうすれば良いんだ!
「…………フ、フフフ、フヒヒヒ」
「壊れたか?だが、この請求は我々エルフェンフィールド軍としてもだ。か・な・り、妥協した額だぞ」
「キサラギ少尉、大丈夫?その……手を、握った方が良いかしら?」
セシリア准将殿、こんな額を請求されたら大半の奴は壊れますよ。
クリスティーナ中佐殿、手を握っても89億クレジットは減りませんよ。
考えた。考えた結果、ある結論が出た。
もう、手段を選んでる暇はねぇ。
悪いなクリスティーナ。アンタの犠牲は無駄にはしねーよ!
「……この請求は、間違っている」
「ほう?その理由は?」
「フン、決まってるだろ。デルタセイバーのパイロット自身の技量不足による不手際で起きた結果だよ。うん、間違い無いね」
「…………HA?」
「HA?じゃねーよ。そもそもだ。デルタセイバーが敗北する理由が、俺にはクリスティーナ中佐の技量不足としか考えられないねぇ!」
あんなチートみたいなAWが簡単に破壊される方が悪いんだ。
大体、俺がデルタセイバーと戦う前から鹵獲され掛けてたからな。
それこそ破壊されるより、状況は悪化してた可能性は非常に高いだろう。
しかし、この言い訳に対してクリスティーナ中佐がキレた。
勿論、俺が逆の立場なら間違い無くキレ散らかす自信はあるからな!
「な、な、な、何ですってぇ⁉︎私が悪いって言いたいの!」
「ハン!デルタセイバーの性能を最大限引き出せても、パイロットの技量が追い付いて無かった。いやー、残念な結果だった。うんうん」
そもそも、もっと護衛戦力を多く出せば良かったんだ。
これはエルフェンフィールド軍の不手際でもある。
つまり、俺に責任は一切無い訳だな!
ヨシ!完璧!これにて閉廷!
「何よ!私に負けた癖に!」
「勝ちましたぁー!俺が最後トリガーから指を離してあげたんですぅー!最後の最後に手加減して上げたんですぅー!感謝しとけよ!」
「そんなの負け惜しみじゃない!諦めなさい!」
諦めて堪るか!諦めたら89億クレジットの借金地獄編に突入するんだぞ!
俺が一欠片も得しないストーリー何ぞ御免だよ!畜生が!
「カーッ!人の気遣いに気付かない奴は本ッ当に無いわー!マジで無いわー!だから、お前は俺の中ではポンコツエルフって言われてんだよ!」
「誰がポンコツエルフよ!」
「毎度毎度、戦場のど真ん中で気絶して寝こけてる何処かのエルフの事だよ!」
「私だって好きで気を失ってる訳じゃ無いわよ!」
「その言い訳を鏡に向かって言ってみな。次は……その言い訳が出来なくなるぞ」
突然の真面目モードにクリスティーナ中佐は口を噤んでしまう。
戦場のど真ん中で気を失うなんて、殺されても文句は言えないからな。
その辺りはクリスティーナ中佐も理解しているからな。
まぁ、デルタセイバーを壊したのは事実だから。俺が100%悪いんだけどな。
「キサラギ少尉、貴様の言い分は認めない。諦めるんだ」
「あー、そうかいそうかい。でもなぁ、金がな……無いんだわ。一銭も残って……無いんだわ。いや、マジでさ」
全てZQA-N017⬛︎⬛︎⬛︎とファントムに注ぎ込んだんだ。
足りないクレジット分は、デルタセイバーとの戦闘データをバンタム・コーポレーションが勝手に回収して補完する話になっている。
今の俺は本当に無一文なのだ。
何なら連邦の名誉市民としての権限使って、普通以上の生活を今直ぐに送りたいわ。
「あの機体を見れば、貴様の手持ちが無い事くらいは分かる。然も、傭兵企業スマイルドッグも辞めたらしいな」
「まぁな、恩のある社長達を巻き込みたいとは思わないからな」
「それは立派な事だ。貴様にも最低限の情がある事が確認出来たのは行幸だ」
セシリア准将は僅かに頬と目付きを緩めた。
こうなると普通に美人エルフに早変わりするんだよな。
女って生き物は変身するのが上手いねぇ。全くよ。
「貴様には二つだけ選択肢がある」
「二つもあるとは嬉しいですねぇ。出来れば借金チャラにして貰えると更に嬉しいのですが」
「一つはブラッドフィールド家が肩替わりしてやる。代わりに貴様は返済するまで、一生使用人と言う名目の奴隷になる」
「……野郎の奴隷とか。誰得ですか?」
「幸い得する人物が一人居る。知りたいか?」
「……もう一つは?」
知りたく無いし、知りたいとも思わない。セシリア准将の隣で、そわそわしてるポンコツエルフを視界に入れない様にする。
それに、次の選択肢を聞いてからでも遅く無いからな。
「もう一つは、余りお勧めはしないが教えておこう。エルフェンフィールド軍に入隊する事だ。軍に入って馬車馬の如く働く事だ」
「……軍属。俺のキャラじゃないんだけど?まぁ、一般市民の盾になる前に、敵を撃滅するから良いけどさ」
「軍とは適合しない性格で安心したよ」
何処に安心要素があんねん。
何方を選んでも碌な未来が無い。
可笑しいな?俺、デルタセイバーに勝ったのに。
「有り得ない……俺が、奴隷?軍属?そうか、コレは……悪い夢だ」
「安心しろ。貴様にとっては、悪い夢よりタチが悪い現実だからな」
「……ガハッ、トドメ刺しに来てきますやん。セシリア准将殿」
「さぁ、選べ。使用人か、軍属か」
何方も碌な選択肢が無い。
確かに、デルタセイバーを破壊したのは俺だ。
だが、デルタセイバーの様な規格外なAWを作ったエルフ共が一番悪い。
あんな、あんな……色んな意味で魅力的な機体を作り上げたのは罪そのものだぜ。
「どっちも奴隷じゃねーか!使用人とか、軍属とかに言い換えてるだけじゃねーか!」
「私としてはブラッドフィールド家の使用人になる方を勧めて置いてやる」
「畜生、どっちに行っても鬼のセシリア准将と関わるじゃねーか!」
「誰が鬼だ!貴様は一度私が修正してやる!」
遂にセシリア准将の堪忍袋が切れた。
重症者でもある俺の顔面を掴む。そして見た目に似合わない馬鹿力で握り締めてきた。
「イタタタダダダ⁉︎アイアンクローはやめろっての!俺怪我人!俺重症者!軍医!クリスティーナ!この目付きが凶悪な准将を何とかアーッ!」
「姉さん、その落ち着いて。ね?」
「准将、流石にまだ怪我人ですので。せめて完治してからにして頂きたいですね」
セシリア准将のアイアンクローから解放されるが、痛みで悶える。
デルタセイバーに勝つ事が出来た。
自分の中にあったナニカは無くなり、代わりに前を向いて歩いて行けると確信している。
同時に89億クレジットと言う大きな負債を抱える事になった。
それでも……俺達は確かに記録に残る事が出来た。
俺が生かされた価値は確かに証明されたのだから。
「……有り得ない。こんなオチが、こんなオチがッ」
だから……これで良かった。
もう、俺は一人でも大丈夫だ。
「こんなオチがあって堪るかー!!!!!」
さようなら……大好きな人達。
そして、ありがとう。
________fin
「finじゃねーから!この借金を何とかしてから終わらせろや!逃げんな馬鹿作者ぁ‼︎‼︎‼︎」
第六章無事完結!
皆さん、お疲れ様でした。半年連載止まってましたが無事に終わらせる事が出来て良かったです。
そして改めて報告させて頂きます。
この小説III count Dead ENDのコミカライズ化が決まり、連載開始予定となっております。
現在もイラストレーターのGondさんが鋭意制作中で、既にラフ画や設定画も確認してOKサインを出しております。
キャラクターは勿論の事、艦艇、ロボ、通常兵器のイラストも素晴らしい出来ばかりです。
また、XやSkebなどにもアカウントがありますので一度見てみるのも有りだと思います。
それにしても、最後はデルタセイバーとの決着を書くことが出来て本当に良かったです。
何度も躓いてはアーマード・コア6やサイバーパンク2077をやって忙しい日々でした。
(後、去年の10〜11月の残業がエグくて泣いた)
それでも無事に完走出来たのは皆さんの支えがあったからだと確信しております。
最初はフロム成分不足を自己生産しようと思い始めた小説。
そして、アーマード・コアの新作が出るまでの間に、フロム成分不足の辛さを少しでも和らげる事が出来たなら幸いです。
自分で言うのも何ですが、結構綺麗に纏まった終わり方をしたなと自画自賛しております。
今後の展開は主人公自身が何とかするでしょう!
主人公シュウ・キサラギの未来に幸あれ!(丸投げ)
最後に、感想や誤字報告をして頂き本当にありがとうございます。
また、この小説が良かったと感じて頂けましたらレビューや評価の方を宜しくお願い致します。
それでは、皆さん。また何処かでお会いしましょう。
「おい、何綺麗に終わらせようとしてんねん」
おや?キサラギ君、お疲れ様でした。
でも、君は後書きに出る出番は無いんだけど?
「アレだけ馬鹿デカい風呂敷広げておいてだ。はい!お終い!解散!……出来る訳ねぇよな?」
いや、そのー……ほら、デルタセイバーと決着はついたやん?
キサラギ君としてもスッキリ出来て良かったでしょう?
「89億クレジット」
…………。
「大人だろ?責任……取るよな?」
…………テヘ。
「テヘじゃねーよ。作者さんよぉ、分かってるよな?このまま不完全燃焼で終わらせたら、今後に色々大きな影響が出ると思うんだよなぁ。大体、この後もコミカライズするんだろぉ?中途半端で放り投げたら失望されるぜぇ?」
そ、そうかな?でも、僕……この間、夜中の1時まで残業しt
「せっかく掴んだチャンスだろ?自分の不手際で大切な大切な読者達を裏切る事が出来るのかねぇ?」
う、裏切るだなんて。そんな事は……。
「じゃあ……続けるよな?な?」
……えっと、その。
「…………な?」
…………ウッス。
「いやー、良かったな。89億クレジットの借金地獄を何とかしろよ!じゃ!後頼んだぜ。作者様!ハハハハハ!」
……
…………
………………チッ、絶対地獄見せたろ。
と、言う訳でまだ続きます。宜しくお願い致します!
89億クレジット。
莫大な負債を抱えた一人の男が自由を求めて再び立ち上がる。
「社長、アンタだけが頼りなんだ」
『切るぞ。馬鹿者』
頼れる上司。
社長【キアナ・リーバス】
何気になろう小説内、然も後書きで名前初公開!
「流石、オペ子だ。唯、もう少し手持ちのクレジットを増やしてくれても良いんだよ?」
『エルフェンフィールド軍に通報しときますね。後、私はナナイです』
最高のギフト【電子の妖精】保有者。
ナナイ・ササキ。
そして男は選んだ。
自由への道を。
「いっけえええええ‼︎‼︎当たれえええええ‼︎‼︎」
人生はギャンブルだ。
一発逆転で成り上がりを目指すのだ!
周りに居る者達は全てライバルた!
「不採用……50社目」
しかし、立ち塞がる不景気の波。
それでも男は最後まで諦めない。
次回【借金踏み倒して逃亡する。文句は聞き入れねぇよ!】
「ジェームズ・田中です。宜しくお願いします」
この男は……一体何者なんだ?




