記録に残す事
色々と準備はして来た。だが、一番肝心な事を調べ無くてはならない。
「傭兵ギルドで情報屋でも探すか」
それはデルタセイバーの居場所である。
デルタセイバーはエルフェンフィールド軍が管理、運用している。
専属パイロットでもあるクリスティーナ・ブラッドフィールド少佐はエルフェンフィールド軍所属の軍人。デルタセイバーさえ見つかれば一緒に居るのは予想出来る。
俺が分かる事と言えば、戦艦アルビレオに配備されているであろうと思われる。だが、いつ出撃しているかが分からない。
それに、戦艦アルビレオは間違い無く艦隊旗艦として運用されている。
つまり、最悪を想定するとデルタセイバー&一個艦隊の戦力を相手にする可能性が高い。
「考えれば考えるだけジリ貧だぜ」
勝ち目は殆ど無い事は最初から分かっている。例え、デルタセイバーとの一対一を要望しても拒否されるのは明白。
「チャンスがあるとしたらデルタセイバーが単独での任務中の時だけ」
可能性は低くは無い。何せ、無駄に性能が高過ぎるデルタセイバー。
デルタセイバーの性能に追従出来るAWが無い以上、足を引っ張る事に成りかねない。それならデルタセイバー単機での運用をした方が理に適っているだろう。
「まぁ、一番厄介なの中身なんだけどな」
俺はそう呟き傭兵ギルドへ足を運ぶ。
傭兵ギルドへ向かう道中は特に問題は無かった。
強いて言うならバンナムコーポレーションが手掛けて来た軍事兵器が所々に展示されているくらいだ。
そして一番目玉と言えるのがAW関連で、最初期から現在販売されているAWが展示されている。
その中にはZCM-08ウォーウルフも展示されている。
俺はウォーウルフの足元にある展示パネルに表示されている紹介文を読む。
その一文の中にZC-04サラガンに続く傑作機とあった。
「傑作機……か」
俺も開発に関わったZCM-08ウォーウルフ。そのAWが傑作機と言われているのは誇らしい事だ。
(俺は……この世界に残せたんだな)
エースパイロットとして、新型AWの開発に携わった一人として。
俺の存在を世界に刻む事が出来た。
なら……あいつらは?
俺しか知ってる奴は居ない。
レイナもタケルも精一杯足掻いた。
戦友達は俺を生かす為に命を散らした。
なのに、誰も知る事は無い。
「当然だよな。赤の他人が何処でどんな死に方をしようが」
俺だってそうさ。
今も誰かが嘆き、悲しみを叫びながら死んでいる。そして、誰かの記憶に残る事無く消えて行く。
だったら、俺は……戦友の死を残してやりたい。
例え、名前も顔も残してやれなくても。
俺を生かした結果を刻み込んでやる。
俺は決意を改めて確認する。そして傭兵ギルドへと向かう。
だが、この時の俺は己の行動に矛盾している事に気付いてはいなかった。
何故なら、既に生かされた結果は出ているのだ。
エースパイロットとしての名声。
連邦の名誉市民の授与。
ZCM-08ウォーウルフの存在。
全て、自分が生きているからこそ成し遂げれたのだ。
それは、戦友達により生かされた結果の一つだと言う事を。
俺は何一つとして気付く事は無かった。
傭兵ギルドで情報屋を紹介して貰う予定だった。だが、此処に来て嬉しい誤算が起きた。
「まさかな。こんな表通りに店を構えているとは」
傭兵達のコミュニティでも信頼が高い情報屋。飲み屋も兼業しているM&Mだ。
以前はお姫様救出作戦の時に、宇宙ステーションベルモットに店が置かれていた。だが、今は俺の目の前に鎮座しているではないか。
「これは必然と言う名の運命だな」
正直に言えば偶然だろうが必然だろうが関係無い。
やると決めた以上、引き退るつもりは無いからな。
準備中の看板が立て掛けてある扉を開けて店内に入る。
誰も居ないが人の気配はある。俺はカウンター席に静かに座りながら待つ事にした。
ママにも人前に出る前の準備があるだろうからな。
「あら?あらあら!シュウちゃんじゃな〜い。少しやつれたかしらん?」
「やぁ、ママ。ベルモット以来だね」
バッチリメイクと肉体を決めたママに会釈する。
相変わらず暑苦しい見た目だが、情報屋としては確かだ。
「アーロン大尉の事は残念だったわね。チュリー少尉も辛かったでしょう?」
「あぁ、そうだな。でも、チュリー少尉は強い女だから大丈夫さ」
既にアーロン大尉が戦死した事は知っていたようだ。
アーロン大尉は歴戦の傭兵だった。戦死した情報自体は直ぐに入手したのかも知れないな。
「そんな事無いわ。誰だって大切な人を失ったら崩れちゃうもの」
「……そう、だな。そうかもな」
大切な人を失う気持ちは理解している。
俺の場合は泣いてる暇が無かった。ゴーストでもある傭兵なら、次の日には使い捨ての駒にされる可能性が非常に高い。
正規市民の様に多少の融通が利くわけじゃ無い。
自分自身が生き残る事に精一杯だったんだ。
悲しむ余裕が無かった。
それでも、涙を流す時はあったがな。
「だとしたら、チュリー少尉には悪い事をしたな。無理矢理立たせたからな」
「戦場なら仕方ないわ。悲しむのは生き残った後からにしないとねん」
「だとしてもさ。第一に俺が生き残る可能性を上げる為にやった事だからな」
俺は少しだけ反省していると、グラスに入った酒が置かれた。
無言でママを見るとウィンクだけされた。俺はママの好意に感謝しながらグラスの中身を飲んだ。
「……美味いな」
「良かったわ。私のオリジナルカクテルなのよん」
「そうか。道理で美味い訳だ」
そして暫くの間、沈黙が続く。居心地は良いのだが、いつまでも入浸る訳には行かない。
それに、開店前なので余計にな。
「さて、早速だけど情報が欲しい。出来れば早急にだ」
「どんな情報かしら?」
「エルフェンフィールド軍が保有するAW。宇宙一最強の機体。デルタセイバーの所在と今後一ヶ月の行動だ」
デルタセイバーの名前を出した瞬間、ママの表情が固くなる。
だが、仕方ない事だろう。デルタセイバーはエルフェンフィールド軍にとっても切り札的な存在だ。簡単に情報を調べられる訳じゃ無いだろうからな。
「デルタセイバー……ね。何をするか聞いても?」
「大した事じゃない。唯、最強の名を返上して貰う。それだけさ」
「襲撃するつもり?だとしても一個艦隊を同時に相手する事になるわよ」
「勿論、分かってる上でやるのさ」
その為に対デルタセイバー用に急ピッチでASまで用意して調整しているんだ。
「クレジットは……そんなに多くは出せない。だけど、どうしてもデルタセイバーの所在が必要なんだ。頼むママ。こんな無茶な事はママ以外に頼れ無いし」
「そうねぇ。因みに、デルタセイバーに勝てる勝算はあるの?」
「……零じゃない。勝率は低いだろうがな」
実際、あの強固なエネルギーシールドと高い機動性はかなり厄介だ。並大抵の火力では防がれて終わってしまう。
だが、エネルギーシールドも無限に出せる訳じゃない。
「唯一の突破口。それは、俺自身のテクニックだけだ」
如何にしてデルタセイバーのパイロットであるクリスティーナ少佐を翻弄出来るか。
どんな兵器も完璧は無い。なら、その場所を徹底的に突くだけだ。
「曖昧な言い方ねん。まぁ、でも良いわ。教えて上げる」
「本当か!流石ママだせ。地獄に仏とはママの事を言うんだな」
「次いでに、お代も要らないわ。どうせ徒労に終わっちゃうから」
「……ん?どう言う事?」
情報は時には命より大事な物となる筈。なのに依頼料は要らないと言うではないか。
凄く嫌な予感がする。
「デルタセイバーはね、封印されるのよ。余りにもバランスブレイカー過ぎたのよ。だから、三大国家と秘密裏に協定を結んだわ」
「…………え?封印?協定?何それ」
確かにデルタセイバーはバランスブレイカーだ。戦場に現れれば敵側は大損害必至になってしまう。
「そして、封印は一週間以内に行われるわ。仮に……襲撃をするとしても、今から三日以内には出ないと間に合わないわねん」
「三日……以内?え?え?えぇ……嘘でしょう?」
余りにも残酷で残念過ぎる情報に頭を抱えてしまう。
(え?ちょっと待って?一週間以内にデルタセイバーが封印される?俺のガンギマリ覚悟はどうなるん?もう、リンク・ディバイス・システムの接続手術もやっちゃったよ?三大国家も巨大国家群としての意地を見せろよ!何やってんだよ!だから無駄な税金喰らいって陰口言われるんだよ!)
内心混乱しつつ状況を整理する。
リンク・ディバイス・システム関連は何とか間に合うだろう。しかし、実機でのテストはぶっつけ本番になる可能性が非常に高い。
そして、ASの方も同様に実機テストは出来ない。最悪なのは、戦闘中に致命的なシステムエラーが出る可能性が高い。
ASもリンク・ディバイス・システム頼りにする予定だったのだから。
「つまり、俺の覚悟は……無駄ってコトォ⁉︎」
「落ち着いてシュウちゃん。語尾が可愛い生き物みたいになっちゃってるわ」
「……頭痛くなって来た。どうすんだよ、コレ」
スマイルドッグも辞めて、リンク・ディバイス・システムの接続手術もしたと言うのに。
だが、このまま諦める訳には行かない。
封印が決定事項になっているのなら悩んでる暇は無い。
「カヲリんに連絡しないと。ママ、封印の座標をメールで送ってくれ」
「本気で言ってるの?準備は間に合わないでしょう?それでデルタセイバーに勝てる程、甘い相手じゃ無いのはシュウちゃんが一番知ってる筈よ」
「知ってるよ。でもな、やるしか……無いんだ」
宇宙最強の存在。
デルタセイバーを破壊してこそ俺達の存在を証明出来るんだ。
誰にも知られず、何も残らないで消えて行く。
そんな事は絶対にさせない。
「そう、分かったわ。でも、コレだけ聞かせて」
「……何だよ。道徳的な事は勘弁だぜ?」
ママは真剣な表情で俺を見る。
よくよくママの顔を見るとカヲリんに似てなくも無い気がする。
考えたら外見では色々と共通点もあるからな。
もしかしたら、カヲリんと兄弟か親戚関係なのかも知れんな。
「デルタセイバーに戦いを挑む。その理由を教えて欲しいわ」
「理由……か」
目を閉じて考えれば色々出て来る。
クリスティーナ・ブラッドフィールドと俺の境遇は真逆。
搭乗するデルタセイバーも圧倒的な性能を保有している。
対して俺は泥水啜ってこの立場まで登り詰めた。
レイナとタケルを救う事が出来ないまま。
「贖罪の為さ」
絶対に消させはしない。
例え、歴史に残らなくても記録に残せる事が出来れば。
後世の兵器技術に大いに役立つのなら。
俺が生かされた意味の確かな証明になるんだ。
「後は……俺の隣に立てる存在は居ないって事の証明だよ」
そうだろ?レイナ。
「因みに俺からも質問なんだけどさ。ママの知り合いにカヲリ・テクマンって奴知ってる?」
「知り合いも何も姉妹なのよん」
「あー、やっぱり?そこは姉妹になるんだ」
「姉妹なんだから当たり前じゃ無いのよん」
ママの力強いウィンクを受け止めて、俺は席を立つ事にしたのだった。




