秘密結社E.G.F
「…………ん、終わった……のか?」
「あら?早いお目覚めね。勿論、完璧に仕上げたわ。リンク・ディバイス・システムにも接続可能になったわ」
「そうか、感謝するぜ。カヲリん」
目覚めと同時にカヲリんの言葉を聞きながら身体を解す。
日付と時間を確認すると、リンク・ディバイス・システムの接続手術自体は直ぐに終わった様だ。
元々、手術出来る機材はあったのだから当然だろう。それに、埃も被ってる感じも無かった。
恐らく、首が回らなくなった奴や復讐に燃えてる奴が定期的に来ているのだろう。
条約で禁止されている技術とは言え、適性の無い奴でもAWに搭乗出来る。
運が良ければエースパイロットになれる可能性もある。
夢と希望を求めて禁忌に手を出す。最後の結末が破滅だったとしても。
「まぁ、今の俺も似た様なものだがな」
後頭部と首の間に付けられた接続部分を軽く撫でる。
普段の日常生活には問題無い。だが、リンク・ディバイス・システムを使い続ければ脳に多大な負荷が掛かる。
短期間での使用なら軽度な後遺症で済むだろう。
だが、リンク・ディバイス・システムは一種の麻薬に近い。
リンク・ディバイス・システムを使えばAWを文字通り自分の手足の様に動かせるのだ。
通常の操縦方式よりラグが少ない。それは一瞬の判断が生死に直結する戦場の中で、非常に魅力的なモノなのだ。
ギフトが無い奴等にとっては特にだろう。
「さて、俺の機体はどうなっている?ちゃんとリンク・ディバイス・システムに対応出来るなら良いんだが」
「安心して頂戴。貴方の要望通りにしてるわ。幸い、規格が殆ど問題無かったのも良かったわ」
カヲリんと共に第七兵器開発課の格納庫に行けば、一機のAWと大型ASが鎮座している。
尤も、両機とも装甲は外されて中身が剥き出しな状態だ。そして多くの整備班と技術屋の人達が纏わり付いて作業をしている。
ブラッドアークをベースとして、ベスウームナの部品を使う事。
レイナに合わせられた機体。なら、その機体のパーツを使う事こそが最適解なんだ。
(きっと……俺はレイナ達と同じ場所には、行けないだろうな)
だが、覚悟の上だ。もう、止まる事は不可能なのだ。
「そうか、それは僥倖だな。後は……アレも使うのか」
「勿論よん。デルタセイバーと戦うなら長期戦は必須。なら、長期戦が出来る様にするしか無いのよ」
大型ASも今や半分解体してる状態だ。だが、これは必要な作業なのだ。
そして暫く大型ASを眺めていると、ネロが大型ASの中から顔を出した。どうやら整備班と共に作業を行っていたらしい。
「マスター、手術の方お疲れ様でした。お身体の方は大丈夫でしょうか?」
「あぁ、万全な状態だ。ネロ、お前はもう少しだけ整備班の連中の手伝いをやっておいてくれ。俺は今からリンク・ディバイス・システムに慣れる必要がある」
時間を掛けるつもりは無い。それに、デルタセイバーの動きを把握する必要もある。
たかが慣熟訓練程度に時間を掛ける訳には行かないんだ。
だが、カヲリんは違った。
「駄目よ!キサラギ少尉。直ぐにリンク・ディバイス・システムを使えば予想外の障害が出る可能性があるわ」
カヲリんの言う事は尤もだろう。
本来なら時間を掛けてリンク・ディバイス・システムに馴染ませる必要がある。
だが、俺は一人じゃない。
「俺には、レイナが居る。だから……大丈夫だ」
そうだろ?レイナ。
返事は勿論無い。だが、それで良いんだ。
此処にあるのは唯のOSであり、レイナでは無い。
本物のレイナは今頃天国でゆっくり休んでる。
「さて、早速シミュレーターの準備を頼むよ。勿論、対人戦でも一向に構わんぞ」
それでも、残された方を見捨てるつもりは無い。
レイナの全てが注ぎ込まれてるんだからさ。
三大国家の軍上層部にとってデルタセイバーは非常に厄介な存在であった。
単機でありながら一個大隊のAW部隊すら対処してしまう性能。また機体全体を覆うエネルギーシールドから重力下での高い飛翔能力。
火力も機動力も既存のAWでは追い付く事は非常に困難である。仮に対デルタセイバー用のAWを開発したとしても勝算は少ない。
もし、デルタセイバーが量産された場合。軍事バランスが瓦解してしまうのは火を見るより明らかだった。
何より軍上層部に衝撃を与えたのが、地球統一連邦軍が保有している戦略級AWウシュムガルが撃破された事だ。
戦略級AWウシュムガルとパイロットは無事帰還したものの、敗走と言う形で幕を下ろしたのだ。
無論、デルタセイバーを追い詰めたのは一定の評価を得た。
だが、その複雑な操縦仕様と限られたパイロットのみしか搭乗出来ない事。
更に擬似ギフトの影響によりパイロットに悪影響を与えてしまったのも事実として報告を受けている。
そして問題はデルタセイバーだけでは無い。
戦艦アルビレオ。
戦艦と言うカテゴリーでありながら、重力砲から放たれた一撃は全てを飲み込んでしまう。
巡洋艦クラスから搭載が可能な収縮砲も強力な一撃を放てる。だが、あくまでも点としての威力だ。
重力砲は面での威力が桁違い過ぎた。これでは大量破壊兵器を何発も保有している様な物では無いか。
だからこそ最低でも何方かは破棄、または技術提供させる必要があるのだ。
三大国家の軍事力と権力によって、維持されている宇宙の秩序を無闇に乱される訳には行かない。
現在進行形で連邦と帝国の関係は悪化しているが、まだ戦端を開いてはいない。
そしてエルフェンフィールド軍が選んだのがデルタセイバーの封印だった。
厄介な存在を譲歩と言う形ではあるが抑える事が出来た。だが、この条約は三大国家にとって屈辱以外何物でも無かった。
たかが弱小……いや、弱小国家では無いな。技術力こそ長けているものの、他種族に対して排他的で高圧的な種族でもあるエルフ。
見た目も美麗で美男美女が多く、違法な奴隷商人にも人気が高い。
尤も、その人気の陰には多くの需要があるからこそなのだが。
そんなエルフ共相手に色々と譲歩と妥協をしなければならなかったのだ。
『これは由々しき事態だ。関税の大幅緩和。艦隊、艦載機の保有上限の引き上げ。更に我々三大国家の軍事技術提供だと?傲慢極まるとは正に連中の事を言うのだろう』
地球統一連邦軍所属の高官の一人が怒りを我慢しつつも抑え切れていない声を出す。
表情が見えない様に配慮され、極秘裏に作られた三大国家の為の会議室。
本来であるなら使用される筈が無い会議室。
各軍閥により秘密裏に組織された私設軍隊。
三大国家の利益を最優先として作られ、長きに渡り裏社会の中で存在し続けている。
誰にも語られる事も無ければ、知られる事も無い。
三大国家の威信と権力を守る為。
それは同時に自軍の正規市民達の権利を守る事にも繋がる。
全ては愛国心と己の野心と保身の為に。
そんな超極秘に関わる高官達は緊急でホログラム越しに集合したのだ。
『想定外な事だ、全く。たかが一機のAWにこの様な不当な条約。到底許される事では無い』
ガルディア帝国軍所属の高官も同意する。
今この場に於いて各国家の蟠りは全て無い事としている。
そうでなければ協力する事は到底不可能であるからだ。
『連中は今頃、有頂天な状態であろう。軍事的、戦略的に見てもデルタセイバーは役割を果たしたと言える』
自由惑星共和国軍所属の高官もデルタセイバーに対し警戒感を露わにしている。
そして各陣営の軍高官達は一様に話し合いを続ける。だが、結論が出る訳では無い。
貴重な時間だけが過ぎて行く。
そんな中、会議室のドアが開く。
その瞬間、話し合いを続けていた軍高官達は口を閉じる。
足音と杖を突く音だけが会議室に響く。
初老の男性が二人の美しい女性の付き人を従えながら歩く。
そして一人が椅子を引き、一人が初老の男性を支えながら椅子にゆっくりと座らせる。
その間、誰一人として口を開く事は無かった。
「……諸君、残されている時間は既に無い」
全員が分かっていた事だ。デルタセイバーが封印と言う形になれば誰も手出し出来なくなる。
無論、三大国家の許可が無ければ動かす事は出来ない。
だが、現場に於いては殆ど意味を成していない。
動かそうと思えばいつでも動かせる。
だからこそ解体処分が理想的であった。だが、エルフェンフィールド軍もデルタセイバーを手放すには惜しいと判断したのだ。
だからこその封印と言う形にしたのだ。
「既に、結論は出ているであろう。無論、リスクが大きいと言う事は言うまでも無い」
『しかし、ご当主様。あの機体は普通ではありません。調査した結果、パイロットの増幅ギフトとジェネレータが互いに干渉し合い莫大なエネルギーを発生させています』
『生半可な部隊では太刀打ち出来無い。残念ですが……』
『我々とて、この様な屈辱を受け入れる事は不本意なのです。しかし、無闇に連中を刺激する訳にも行きません』
各々の意見を出すが全て否定的な物ばかり。
勝率が限りなく低い戦場に、秘蔵の戦力を出す訳には行かない。
三大国家軍の最新鋭の軍事技術が詰め込まれているのだ。
失えば途方も無い損失になってしまう。
無論、簡単に負ける事は無いだろう。だが、ジリ貧になるのは明白だった。
だが、当主様だけは違った。
「対策は既に出来ておる。あの機体の弱点は先の戦闘で確定出来た。あの傭兵……確か、連邦の名誉市民シュウ・キサラギだったな。奴には感謝せねばならん」
その言葉には確信を持った強い意志がこめられていた。
絶望の中に照らされた唯一の希望。その希望に全員が手を伸ばす。
『ッ!で、では!』
「我々は義務を果たす。この宇宙の秩序を脅かす障害は排除せねばならん」
当主様は力強く頷きながら宣言する。
「我ら……E.G.Fの義務と責務を果たす」
秘密結社E.G.F
E=Earth
G=Galdear
F=Free
何処かの防衛軍みたいな名称になったなぁ。ま、いいか。




