対デルタセイバー
バンタム・コーポレーション本社が置かれている巨大宇宙ステーション・ベルハルク。
バンタム・コーポレーションは軍事兵器だけで無く、民間製品も多数手掛け、宇宙を股に掛けている大企業の一つだ。
現在ではZCM-08ウォーウルフを生産しており、発表後から大量の予約が殺到。今や生産が追い付かず、生産ラインを増設している。
無論、ZC-04サラガンの生産も続けているが、近い将来生産停止する事になるだろう。
だが、ZC-04サラガンは今も多数の企業や私設組織がライセンス生産をしている。
ZC-04サラガンは遅かれ早かれ、主力AWの座から降りる事になるだろう。だが、第二線級の戦力として保持され続けるのは間違いない。
今や繁盛期に入っているバンタム・コーポレーションの軍事部門。普通の奴ならそんな場所にアポイントも無く、突然の訪問なんてすれば追い返されるのが当たり前だろう。
だが、俺の場合は違う。
依頼とは言え、ZCM-08ウォーウルフ開発に貢献した立場の人間だ。
少なくとも関係部署でもある第七兵器開発科なら話は通し易かった。
「突然の訪問悪いね。カヲリん達も忙しい事は理解していたんだがな」
「良いのよん。キサラギ少尉なら大歓迎しちゃうわ。多少の事くらいなら対応出来るから安心して頂戴ね」
スキンヘッドで筋肉モリモリのオカマ口調。この怪しげな人物こそ第七兵器開発科の主任だ。
見た目と口調で色々とSAN値が削られるが、技術者としての能力は本物である。
「そう言って貰えると助かるよ。幾つか頼みたい事があるからさ。あ、安心しろって。クレジットは用意してある。ちゃんと対価は払うよ」
俺は目当ての人物が出迎えに来てくれた事に心の中で感謝した。
「あら、キサラギ少尉の頼み事?何だかワクワクしちゃうわね。もしかして、ブラッドアークの改造かしら?」
どうやら詳しい説明は要らないみたいだ。
まぁ、俺の様な傭兵が技術屋に頼む事と言えばAW関連の事になるのは予想出来たのかも知れんがな。
「その通りだ。察しが早くて助かるよ」
「それで、相手は誰になるのかしらん?AWに搭乗するエースパイロットなら傭兵ギルドに連絡すれば少しは情報が聞けると思うけど」
「傭兵ギルドの出番は無いぜ。何せ、相手はな……」
俺は一呼吸置いて口にする。
「宇宙一の性能を誇るAW。デルタセイバーだ」
俺がそう口にするとカヲリんの表情が一瞬で真顔になる。
「……悪いけど。私では、いや……私達ではデルタセイバーに対抗出来るAWは作れないわ。それはキサラギ少尉も充分身に染みている筈よ」
「生憎と簡単に諦める程、良い教育は受けて無いんでね」
カヲリん。いや、カヲル・テクマン主任は一人の技術屋として言う。
「キサラギ少尉なら分かってる筈よ。幾つもの戦場を生き抜いて来た歴戦の戦士。そんな人物がデルタセイバーを見誤る筈が無いじゃない」
カヲリんの表情は真剣な表情なのだが暗い。
そして、近くの自販機に置いてあるベンチに座り込み言う。
「無論、私達だってただ指を咥えて見てる訳じゃ無いわ。以前話したわよね。旧ダムラカの反乱でデルタセイバーを認識してた。そしてサラガンの次世代機開発に大きな影響を与えたのよ」
旧ダムラカの反乱でデルタセイバーは破格の性能で敵を蹴散らしていた。精々傷付けたのが、俺が輸送機で命懸けのアクロバティック機動をした時くらいじゃなかろうか?
あの時はスピアセイバーもボコボコにしちゃってたから修理費請求させるんじゃないかとヒヤヒヤしていたが。
別の意味で命拾いしたな。
「今だって、どの軍事企業も対デルタセイバーのAW開発局が出来てるくらいよ。でも、あの機体の性能は別格過ぎるのよ」
バンタム・コーポレーションも対デルタセイバー用のAWを開発しようとした。だが、余りにも既存のAWとの性能差がデカ過ぎた。
「GXT-001デルタセイバー。簡単に言えば最強の矛と盾と足を持つ反則的な機体よ」
超級戦艦のエネルギーシールドですら貫く威力を持ち、様々な攻撃を防ぐエネルギーシールド。加えて高い機動力、重力下でも長時間の飛行が可能。
「何より、アレだけビーム兵器を使用しても継戦能力に問題が無い事が異常なのよ。どれだけ高出力のジェネレータを積んでもデルタセイバーには及ばない」
正確に言うならデルタセイバーとパイロットのクリスティーナ・ブラッドフィールドが組み合わさった時に本領発揮するんだが。
多分、この情報を知っているのは本当に極一部の奴だけなのだろう。
無論、俺はこの情報を伝えるつもりは無い。
正面から叩き潰す。それこそ俺達には必要な事なのだ。
それに、デルタセイバーの本当の脅威は別にあると俺は思っている。いや、確信しているからな。
「勿論、私達も対デルタセイバー用にジェネレータは作ったわ。けど、それでもAWサイズで収めるとなると圧倒的に足りないわ」
やはりか。バンタム・コーポレーションも対デルタセイバー用のAWを開発しようとしていたな。
恐らく、第七兵器開発科では無く別の開発科だろう。
そしてカヲリんはその開発に携わっていた筈だ。
「それに、キサラギ少尉が搭乗していた戦略級AWウシュムガル。ウシュムガルは機体が巨大な分ジェネレータに関しては問題は無かった。つまり、火力と防御に関してはクリアしてたわ」
どうやら俺が戦略級AWウシュムガルでデルタセイバーと交戦したのは知ってるらしい。
まぁ、あのデルタセイバーにそれなりの傷を付けた訳だからな。
唯、戦略級AWでは既存のAW開発には活かせないのが残念だが。
「それでも機動力が無いのにデルタセイバーを追い詰めたのは流石としか言えないわ。後は、貴方が正気のままだったら勝機はあったかも知れないけどねん」
擬似ギフト装置だったか。色々とやらかしてくれた装置だったな。並のパイロットには必要な装置だったかも知れんが。
尤も、あの装置が無くとも敗北していただろうが。
「戦略級AWですら機動力を捨てて火力と防御に特化させたAWなのよ。その機動力をも獲得しているデルタセイバー。パイロットも含めて、お手上げ状態よねん」
カヲリんはデカい溜息を一つ吐いて口を閉じる。
確かに、デルタセイバーを相手にするなら手札が圧倒的に足りない。
最強の矛と盾。更に高い機動力に継戦能力を保持。
だが、俺なら……いや、俺達なら勝てる。
「諦めるのは勝手だがな。俺は降りるつもりは毛頭無いぜ」
「……勝算があると言うつもりかしら?」
「ある。だが、これは公に出来る代物じゃない」
使用禁止されてるリンク・ディバイス・システム。
使えばパイロットは徐々に廃人となり、最後は悲惨な終わり方をする。後遺症は軽度な物で手足の感覚が無くなるか、記憶の欠落。
力を手に入れる代償としてリスクは大きい。
だが、俺が持っているモノなら話は別だ。
パイロットへの負担は少なく、後遺症も軽度な物で落ち着くだろう。
尤も、生き残ればの話だがな。
「最初にだ。お前達も協力しろ。対デルタセイバー用に開発された物を全部寄越せ」
「無茶な注文をするわねぇ。そんな事したら私のクビが飛んじゃうわ」
「デルタセイバーを破壊する事が出来るAWを作り上げた実績。簡単に雇い主が手放す訳ねぇだろ。寧ろ、監禁されないかを心配しとけ」
既にバンタム・コーポレーションでも対デルタセイバー用のAWや装備が研究されているのは、カヲリんとの話の中で確認出来ている。
後は、俺がどれだけバンタム・コーポレーションから引き出せるか。
「対デルタセイバー用に作られた物は幾つかあるわ。けど、一番の問題はジェネレータよ。少なくとも長期戦になれば無理よ」
「そんな事は知ってるよ。だからこそ短期決戦で仕留める」
「簡単に言わないで頂戴。それに私達が開発したジェネレータはピーキーなのよ。生半可な制御装置だと爆発しちゃう代物なのよん」
高出力でピーキーなジェネレータ。まだまだ試作段階の代物なのだろう。
だが、無いよりマシだ。
「安心しろ。それこそ、俺が持ってるモノで解決出来る」
紅いOS。レイナの全てが注ぎ込まれたOS。
本当なら処分した方が良いのかも知れない。レイナを使って再び戦場に行くのだ。
もう、解放した方が良い。
だけど……何も残さないまま終わらせたくは無い。
レイナとタケルは最後まで足掻いた。だけど、誰もそんな事は知らないし、興味も無い。
だからこそ、証明する必要があるんだ。
俺達の存在がこの宇宙で一番である事の証明を。
俺にはコレしか思い付かなかった。
俺にはコレしかやる事が出来ない。
俺にはコレをやる義務がある。
「信じて良いの?」
「安心しろ。死ぬのは俺だけで済む」
デルタセイバーの破壊。それを達成したら俺は死ぬだろう。
予想しなくても想像が付く。限界以上の戦いになる。
例え、リンク・ディバイス・システムを使わなくても結果は変わらないかも知れない。
それでも、僅かでも勝機があるなら。俺達で掴み取ってみせる。
「それから、もう一つ。寧ろ、コレが本命と言って良い」
「本命?デルタセイバーに勝つ為なら出来る限り協力するわ」
言ったな?言質は取ったぞ。
「俺に……リンク・ディバイス・システムの手術をして欲しい」
その瞬間、カヲリんの表情が固まった。
まぁ、カヲリんの立場の人間なら普通は拒否するだろう。
だが、コイツは腐っても技術屋だ。それこそ対デルタセイバー用の装備の中にはリンク・ディバイス・システムは候補に上がった筈。
数多くの英雄と廃人を生み出した狂気のシステム。
その魅力は簡単には捨てられない。
「それだけは駄目よ。あの装置は確かに革新的だったわ。だけど多くのパイロットを悲惨な人生に導いてしまったのよ」
「出来ないとは言わないんだな。つまり、手術台は有るって事だよな」
「…………」
「沈黙は肯定と捉えさせて貰うぜ」
カヲリんは目を瞑り沈黙を続ける。きっと、色々と己の中で葛藤しているのだろう。
デルタセイバーに対して挑戦したい高揚感。
同時に禁忌に手を出す事に対する恐怖感。
(どれだけ綺麗事を言おうがな、貴様もこの世界の住人だ。確実に手術する事を承諾する筈)
俺は静かにカヲル主任の返事を待つ。そして、暫くして口を開いた。
だが、俺が予想していた答えとは違っていた。
「駄目よ。リンク・ディバイス・システムだけは絶対に駄目。一人の技術師として絶対に認める訳には行かないわ」
「……おいおい、こんなチャンスは滅多に無いんだぜ?それこそ、一生に一度有るか無いかだ。それでも拒否するって言うのか?」
カヲリんの答えは拒否。それも真剣な表情で言うじゃ無いか。
「そうよ。私には技術師としてプライドがあるの。だから、貴方の期待には応えられない。どうしてもと言うのなら他を当たって頂戴」
プライドか……。そんな大層な物じゃ無いだろうに。
リスクを負うのが怖い癖に。
業を背負うのが怖い癖に。
規則を破るのが怖い癖に。
ゴーストは見捨てて来た癖に。一丁前な事を言うな。
虫唾が走るんだよ。
「……そうなのか。それは非常に残念だな。しかし、随分と甘い事を言うじゃ無いか?軍事兵器を作り続ける立場の分際で、今更良い子ちゃんぶるってか?」
「何と言われようが無理よ。私は、私のプライドをッ…………本気なの?キサラギ少尉」
カヲル主任様が要らない御託を言おうとしたので拳銃を取り出して銃口を向ける。
「あぁ、そうか。つまり、大義名分が欲しい訳か。良いぜ。与えてやるよ。お前は俺に殺されたく無いから、仕方無く手術をする。どうだ?これ以上の大義名分は無いだろう?」
尤も、これ以上を求めるなら指が滑ってしまうかも知れんがな。
ゆっくりと人差し指に力を入れて行く。トリガーから金属が打つかる僅かな音が響く。
カヲル主任は冷や汗を出して恐怖に耐えている。だが、それも時間の問題だ。
俺の本気の殺意に、技術屋如きが耐えれる訳が無い。
そして観念するかの様に静かに頷く。
「…………分かったわ、やるわ。それで、貴方は満足するのね?」
「理解が早くて助かるよ。お陰で通路を血で汚さなくて済んだな」
俺は拳銃を仕舞う。そしてアタッシュケースをカヲリんに差し出す。
「それとだ、唯のリンク・ディバイス・システムの手術をすると思うなよ。このOSに合う様にしてくれ」
アタッシュケースを受け取るカヲリん。そして中身を見て眉を顰める。
「このOSは……一体?」
「詳細を知る必要は無い。だが、コレで俺達は一つになる。そして、この世界に刻み込んで証明してやるのさ」
俺達の存在をゴーストと言う一言だけで終わらせる訳には行かない。
俺達に勝てる存在は居ない事を。
俺達に敗北する正規市民共。
この希望溢れるクソッタレの世界に証明してみせる。
「この宇宙で一番強いのは俺達だと言う事をな」




