呪縛
あの時から俺はずっと同じ場所に居続けている。
何も変わらない。変わろうとしない。
前に進もうとしても、何度も後ろを振り向いてしまう。
このままではダメだと分かっている。
だけど、俺にとっての幸福はあの頃が一番だった。
身体一つで戦友達と戦場を駆け抜けた。あの頃がな。
「貴様に、一つ問おう」
俯いて息を整えている俺にタケルは問いかけて来る。
「……何だよ。改まって」
お互い傷だらけでボロボロになっている。
だからだろうか、お互い口を開いてしまったのかも知れない。
もしかしたら、切っ掛けなら何でも良かったのだろう。
「……レイナが居なくなった世界に価値は有るのか?未練は有るのか?」
「…………」
「俺には無い。もう、この世界に価値など無い。貴様はどうなんだ?」
全く、だからタケルは思い込んだら一直線なんだよ。
見た目に似合わず単純だから……な。
だから、俺はタケルに向けてニヒルな笑みを浮かべながら答える。
「レイナが生きて来た世界。この世界に、価値が無い訳がねぇだろ」
俺の答えに苦虫を噛み潰したような顔をするタケル。
だが、タケルの気持ちも分からんでも無い。
徐々に自分自身を失うレイナ。直ぐ側に居るのに救う事が出来無い無力を突き付けられるタケル。
誰よりも大切にしたい。誰よりも守りたい。
そんな存在を救う事が出来無い虚無感。
そりゃあ、こんなクソみたいな世界を恨みたくもなる。
「レイナがどんな状態になったのか。本人から聞いたよ。だが、お前の事は一切恨んで無かった」
レイナは俺と戦う事を望んでいた。そして、最後の最後まで俺達の事を想い続けていた。
自我を保つ事すら難しかっただろう。
それでも、レイナは俺が好きなAWの為に礎になる事を選んだんだ。
俺が未来に希望を語らなければ、こんな事には成らなかったかも知れないんだ。
「俺がレイナを追い詰めてしまった。だからな……俺が、簡単に世界に対して絶望する訳には行かないんだ」
レイナと、戦友達の希望が簡単に恨み言を吐き出して溜まるかよ。
「出来る事ならやり直したい。あの頃の様に……そして、ずっとお前らと歩みたかった」
「……シュウ」
だが、既に手遅れなのも事実だ。
戦友達を救えなかった。
レイナも救えなかった。
そんな俺がタケルと仲良くやり直しが出来る権利なんて無いんだ。
「残弾……一発か」
シリンダーの中を確認をする。
何度も刀の斬撃を受け止めたから傷だらけになってしまったM&W500。
本来ならリロードした方が良いのだろう。
だが、もう必要無い。この一発が全てを決める。
「…………」
タケルも察したのだろう。再び刀を構えて俺を見据えて来る。
不思議と憎悪は向けられて無かった。
俺にはそれだけで充分だった。
「……決着をつけるぞ。シュウ」
タケルは宣言する。これで、俺達の全てが清算されるのだ。
だからだろうか。ふと、あの頃を思い出し重ねてしまった。
レイナと付き合ったのを切っ掛けに互いに認め合ったあの時。
タケルも充分幼かった。
だから、俺はタケルも認めたんだ。
ずっとレイナを守り続けたタケルを。
誰よりも一番頑張って来たんだから。
「フッ、遊んでやるよ…………掛かって来な」
タケルの目が一瞬だけ見開く。
その時、タケルは何を見たのか。
俺には分からない。
唯、この戦いが終わると言う事だけが理解出来た。
暫くの間、静寂の世界が俺達を包み込む。
そして、タケルが動き出す。刀を構えながら、真っ直ぐに迫り来る。
俺は銃口をタケルに向け続ける。
まだ、当たる距離じゃない。
それに、この距離から撃つのは意味が無い。
タイミングが大事なんだ。
俺とタケルとの間合いが徐々に狭くなる。
タケルは刀を横に構えながら、俺を見据える。
俺はM&W500を構えながら、タケルを見据える。
(悪いな……タケル。最後の最後まで迷惑を掛ける)
心の中で謝罪しながらギフトを使い先読みをする。
このギフトのお陰で俺は、数多くの戦場で生き残る事が出来た。
時には動きを読まれて危機的な状況に陥る事もあった。
それでも、俺のギフトなら三秒先の未来を先読み出来る。
それが……己の死であったとしても。
M&W500から放たれた弾頭が、タケルが持つ刀によって一刀両断される。
そのシーンが見えた瞬間に撃鉄を起こす。
(先に逝ってるぜ……親友)
そして…………。
一発の銃声が狭い世界に響き渡る。
弾頭は俺が見た未来視と同様に発射される。
そして、確実にタケルの心臓へと向かう。
だが、当たらなかった。当たる筈が無い。当たる訳が無いんだ。
俺は未来を見たんだ。
三秒先の未来。その未来を変える事は並大抵の事では無い。
だが、並大抵じゃない事をやれる奴は例外だ。
弾頭の動きは未来視通りだった。そして本来ならタケルが持つ刀で一刀両断される筈だった。
なのに……。
何で…………。
何で、お前は……一刀両断する事も、避ける事もせずに突っ込んで来るんだよ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
全てが変わってしまった未来。
弾頭はタケルの心臓に向けて突き進む。
そして、タケルは刀を上段に構える。
その瞬間……もう、間に合わない事が確定してしまった。
胸にM&W500の弾頭を受けるタケル。
そして、上段に構えられた刀が俺に向けられて振り落とされる。
左肩から右脇腹辺りまで一気に斬られる。
だが……浅かった。
俺は……この手で…………親友を殺したんだ。
俺達は地面に倒れ込む。激痛が走るが、それが生きている証明にもなってしまった。
「ガハッ……何で、何でだ。何で……俺を、斬り殺さなかった。タケル……お前なら、それが出来ただろうがッ!」
同じく地面に俯せに倒れているタケルに問い掛ける。
無論、タケルは虫の息だ。それはそうだろう。大口径マグナムの弾を避ける事無く受け止めたのだ。
もう、タケルが死ぬ事は避けられ無い。
「お前……は…………ゴフッ、希望……だから」
タケルは口から血を吐き出しながら言う。
希望。その言葉が文字通りの意味で無くなる時。
俺はタケルの方に近寄り、血が流れている場所を手で押さえる。
「馬鹿野郎が。俺の様なロクデナシに希望なんて抱くな!」
「いや……抱くさ。皆が……そうだった。だから、シュウに……全てを、託した」
タケルだけじゃ無い。戦友達は勝ち目の無い戦いに挑んで散って逝った。
全てを俺に託して。
希望が呪いへと変わっていく。重く、重く、伸し掛かる。
タケルの息遣いが徐々にゆっくりになる。
「タケル!死ぬな!死ぬんじゃない!お前まで死んだら。俺は……俺はッ」
俺はタケルに向けて必死に声を掛ける。
だが、タケルは既に満足そうな表情をしていた。
そして、ゆっくりと喋り出した。
「シュウ……あの時、すまなかった。お前は……何も、悪くない」
「……あぁ、良いんだ。お互い、色々失っていた状況だった。レイナも瀕死だったからな。冷静になれなかった。俺は、お前に……八つ当たりした屑野郎なんだ」
「いいや、屑じゃない。お前だけが……俺達の為に、涙を流してくれた。それだけで……充分なんだ」
タケルの身体から徐々に力が抜け始める。
だが、タケルは最後の力を振り絞って俺の目を見て話す。
「シュウ……レイナを、頼む」
「何?レイナだと?レイナは……俺が」
殺した。なら、後残っているモノは何だ?
「違う。あの、アタッシュケースに……全てが入っている。中を見れば、直ぐに……分かる」
タケルはアタッシュケースが置いてある方を見る。
あのアタッシュケースには、恐らくレイナを人柱にしたOSが入っているのだろう。
だが、アレは破壊しなければならない。
それが、レイナが望んだ事なのだから。
「シュウ、お前との出会い。本当は……感謝しているんだ」
「分かった。分かったから。それ以上喋るな」
血が止まらない。それでもタケルは俺をしっかりと見据え続ける。
そして、俺の手にタケルの手が添えられる。
「お前だけだった。俺達の為に……涙を、流してくれた…………奴は」
「ッ……タケル!」
タケルから徐々に力が抜けて行く。だが、俺はタケルの手を握り締める事しか出来無い。
「お前が……俺達の、希望で…………良かっ……た」
呪いは呪縛へと昇華する。
「頼む……俺を、俺を……置いて行かないでくれッ!」
だが、俺の願いは叶わない。
タケルは最後の力を振り絞って口を開く。
「後……は、シュウ。お前に…………任せ………………」
そして……タケルの身体から力が無くなった。
俺は、本当に一人になっちまった。
救いたかった戦友を見殺しにした。
救いたかった親友をこの手で殺した。
救いたかった恋人もこの手で殺した。
全部、俺が殺したんだ。
「……ハ…………ハハ……」
呪縛が原動力となる。
「ハハハ…………ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎あああああアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎コレがッ‼︎俺がッ‼︎この世界にッ‼︎落ちた理由なのかああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
世界に向けて吼える。しかし、俺の意見など世界が聞く訳が無い。
「まだだ……まだ、諦めて溜まるかッ!俺は……まだッ!」
そして、視界に入るのはアタッシュケース。
俺はタケルの刀とアタッシュケースを拾いブラッドアークへと戻る。
「お帰りなさいませ。マスター」
「……輸送艇に移動。その後、即離脱だ」
「了解しました。お怪我は大丈夫でしょうか?」
俺はネロの言葉を無視してタケルの亡骸を見続ける。
タケルは絶対に救いたかった。
なのに、俺が生き残ってしまった。
「……許せとは言わない。絶対に」
だから俺は決めたのだ。
必ず……戦友達の死を無駄にはさせ無いと。
それが、俺に出来る最後の贖罪なのだから。
進めば失う時もあるんやなぁ。まぁ、そんな時もあるよね!
ドンマイ、ドンマイ(他人事)




