残された者達
涙が流れる。止まる事の無い涙が。
愛する人を、守ると決めた人を、この手で殺した。
そう、他の誰でも無い……俺自身の手で。
「…………」
言葉が出なかった。動く事すら出来無い。
唯、コクピットの中で自分の手を見ながら静かに涙を流し続ける事しか出来無かった。
愛する人を救えなかった。
救うと誓ったのに。
己の無力故に殺してしまった。
何が希望だ。
こんな奴に希望を抱くな。
抱いたら……駄目なんだよ。
どのくらい泣き続けただろうか。
唯々、後悔の念しか無い時間。こんな事になるなら、サッサと自分でM&W500の引き金を引いて頭を撃ち抜けば良かった。
結局、俺はまた同じ過ちを犯したんだ。
レイナを救えると思い上がってしまったんだ。
戦友達を失ったあの時から全く変わりが無い。
「マスター……熱源が接近しています。如何致しましょうか」
ネロの声を聞いてレーダーを確認する。確かに何かが接近して来る。速度的には唯の車両だと推測出来た。
だが、混乱している惑星でこんな寂れた場所に来る奴等なんて大体予想出来る。
それでも俺は動く気にはなれなかった。
もう、全てがどうでも良いと思っているのだから。
暫くするとモニターに接近して来る車両を視認した。
大型トラック三台と武装を施したテクニカル車が数台が迫って来る。更に大型トラックには作業用MWが2機搭載していた。
【親方ぁ!見えて来ましたぜ!】
【こんな所で戦闘するのを見れたのは良かったぜ。お陰で上物のAWが奪えるからな】
【お?おいおい、まさか同時に死んだのか?2機転がってますぜ!】
【ツキが回って来たぜ。野郎ども!今夜中に全部回収するぞ!ネジ一本足りとも残すんじゃねぇぞ!】
やって来たのは廃棄品やゴミ漁りを生業としているスカベンジャー共。戦場には必ずと言って良い程に現れるハイエナみたいな連中だ。
テクニカル車が此方に不用意に近付いて来る。
だが、俺は動く気にはなれなかった。
このまま死ぬのも有りなのかも知れない。
この場所なら戦友達やレイナに直ぐに会えるだろうから。
生きる気力が無くなった。だが、一つの通信にあるデータが送られていた。
それはレイナが死ぬ間際に送って来たデータ。
座標と破壊して欲しいモノ。
そして……救って欲しい人の名前。
「まだだ……まだ、俺は足掻か無ければならない」
希望なんだ。俺はアイツらの希望なんだ。
偽りの希望であろうとも。
無力な希望であろうとも。
俺に希望を抱いてくれているなら。
立たなければならない。
だから……まだ、死んでは駄目なんだ。
【動く気配は無いみたいっすね。このまま全部取っちゃいましょうか】
【死体は丁重に扱うんだぞ。おい、清めの酒持って来い】
【しかし、何か変じゃ無いですか?コレ。何でこんな寄り添ってるんだ?】
一人のスカベンジャーが違和感を口に出す。
そう、ベスウームナはブラッドアークの背中に寄り添う様に機能を停止していたのだ。
同時に死ぬとしたら対面するのが普通だろう。だが、この2機は離れたく無い死に方に見えたのだ。
そして、スカベンジャー共に恐怖と圧倒的な力が襲い掛かる。
「スカベンジャー共……レイナに、勝手に触れ様とするな」
俺はブラッドアークを動かす。
突然動き出したAWにスカベンジャー共は慌て始める。
【親方⁉︎AWが動いてる!】
【何ッ⁉︎まだ生きていたのか!テメェら逃げろ!殺されるぞ!】
【うわあああああ!オラ、まだ死にたくねぇ!】
【馬鹿新人!銃を向けるな!下手に刺激するんじゃねぇ!死にてぇのか!】
逃げるテクニカル車。だが、大型トラックは簡単には逃げられない。
俺はブラッドアークを大型トラックの前に移動させる。そして、プラズマサーベルを展開して脅す事にした。
「残念だったな。俺はまだ生きている。そして、俺の許可無しにレイナに触れるな」
【お、落ち着いてくれ。触れるなってんなら触れやしねぇよ。だから、そのプラズマサーベルを仕舞ってくれよ。な?それだと落ち着いて話も出来やしねぇよ】
俺は相手の言葉を無視して一方的に言う。
「貴様らスカベンジャーだな。お前ら暇だろ?廃棄物ばかり集めるより、金になる依頼を出してやる」
【い、依頼だと?】
「あぁ、そうだ。この場所に散乱したAWの部品を全て回収しろ。ネジ一本足りとも残さずにな」
拒否権は無いと言わんばかりに胸部対物用20ミリマシンガンの銃口を向ける。
「そして、彼処で機能停止したAW。あのAWは……傭兵企業スマイルドッグに送れ」
【…………】
周りのスカベンジャー共も動きを止めて此方の様子を伺っている。
まぁ、突然脅迫しながらの依頼何て出されたら疑いたくもなるだろう。何よりプラズマサーベルを持ったAWが襲い掛かって来る可能性だってあると思っているだろうからな。
「それから、もう一つ。AWの修理と武器弾薬の補給をして貰う。安心しろ。ちゃんと金は払うからな」
【……金を払ってくれるってんならやるがな。先に前金は半分払って貰うぞ】
「貴様に決定権は無い……と、言いたい所だが。生憎と俺は忙しい。支払いはID通しで構わんだろうな?現金は流石に厳しいぞ」
【大丈夫だ。こう見えて、ウチは色んな顧客に対応する様にしてるからな】
俺はプラズマサーベルのエネルギーを切って仕舞う。
運が良い事に、どうやら此奴は話が分かる奴らしい。もし怪しい行動を少しでもやろうものなら、此奴の住む町を全て破壊し尽くしてやる。
「それから、もう一つ。作業用MWで穴を掘ってくれ。人が……一人入る大きさで良い」
俺はそう言うとブラッドアークをベスウームナの方へと移動させる。そして、コクピットから降りてベスウームナのコクピットハッチへと向かう。
【……分かった。おい、聞こえたな。やってやれ】
【親方……その分の金も取るんすか?流石それはちょっと】
【取らねぇよ!馬鹿野郎が!たっく、お前ら!サッサと仕事に掛かれ!それから、事務所に連絡して工場に場所を空けとく様に指示を出しとけ!】
スカベンジャー共が慌ただしく作業に取り掛かる。
俺はそれを尻目に緊急用強制解放装置を起動させる。すると、ベスウームナのコクピットハッチが強制解放される。
「……レイナ」
レイナは静かに眠っていた。
目を閉じて、僅かに微笑みを浮かべながら。
レイナは二度と目が覚める事の無い世界へと旅立ったのだ。
それは幸せな事なのかは分からない。
だが少なくとも、この世界よりかはマシな場所に逝ったのだ。
それでも……残された者は辛いんだ。
「ごめん……守ってやれなくて。救い出してやれなくて。無力な俺を恨んでくれ」
俺はレイナの亡骸を抱き締める。僅かな温もりを肌に感じ、レイナがついさっきまで生きていた事を証明していた。
そして、その僅かな温もりを奪ったのは他の誰でも無い俺自身。
「だけど、タケルは救ってみせる。今度こそ……俺は、お前達が望んだ……希望に。う……うぅ…………」
レイナの亡骸を抱き締め続ける。
涙は止まる事が無い。
辛くて、胸が張り裂けそうな程に痛くて。
けど、レイナは死ぬ間際まで笑みを浮かべていたんだ。
そして、思い出したのだ。
あの時……MWディフェンダーのモニターから見たレイナの最後の表情。
爆発に巻き込まれる前にこっちに振り返った時の表情。
僅かに微笑みを浮かべいたんだ。
まるで、俺を安心させるかの様に。
温かな笑みを此方に向けていたんだ。
今のレイナと同じ様に。
レイナの亡骸をゆっくりと穴の底に横たわせ、土を被せて行く。
もう抱き締める事も、キスをする事も、二度と出来る事は無い。
「……タケルは俺を許さないだろうな」
タケルはレイナを守り続けて来た。それを俺が終わらせたのだ。
「それで良いのかも知れない。アイツの手で殺される。良い罪滅ぼしになるだろうな」
だが、レイナとの最後の約束もある。
あるデータが送られて来た。それは、とある辺境惑星の座標と地表の座標。
そこにはレイナの全てが注ぎ込まれた禁断のOSが保管されている。
恐らくタケルは何かしらの行動を起こすだろう。レイナが量産される何て事をタケルは許さないだろうからな。
「レイナ、他の皆と一緒に先に行っててくれ。俺も直ぐに後を追うから」
墓標も何も無い。
共同墓地に置いてあった石碑も先程の戦闘で破壊してしまった。
俺は廃材を建てて、自分の認識票を墓標代わりにした。
遅かれ早かれ俺もレイナの後を追う事になる。
なら、せめて何か一つでもレイナの側に置きたい。
俺だと分かる物を……。
「じゃあ、また後でな」
レイナに背を向けて歩き出す。
まだ悲しみに浸る時では無い。
俺には託された事があるから。
レイナの全てが注ぎ込まれた禁断のOSの破壊。
そして、タケルの救出。
タケルは確実にOSに関するデータを破壊し、関係者を殺害する。
仮に目的を達成したとしても、脱出する事は困難を極める筈だ。
詳細は不明だが、タケルとレイナはリンク・ディバス・システムを世界へと広めるつもりは無いのだろう。
だが、レイナが生き延びる為にOSの礎になる必要があった。
それ以外にも多くの犠牲者が居るみたいだが。
「待っていろよ、タケル。お前だけでも必ず救ってみせる」
レイナを救う事は出来なかった。
だが、まだ諦める事は許されない。
俺は半壊したブラッドアークと大破したベスウームナを見つめる。
そして、使えそうなパーツを吟味しながらスカベンジャーに近寄って行く。
(レイナ……俺に力を貸してくれ。タケルを救う為の力を)
直ぐに機体を修理しなくてはならない。
涙を流す時間は終わりだ。
悲しみに浸る事は許されない。
レイナから託された想い。俺は、その想いに報いなければならない。
「おい、スカベンジャー共。金は払ってやる。だが、明日には出る。今夜は寝られると思うなよ」
俺はスカベンジャー共に指示を出して行く。
無論、前金として提示された金額の半分を払って文句を黙らせた。
無理、無茶なのは百も承知。だが、それでもやるしか無いんだ。
それからブラッドアークとベスウームナを工場に入れて整備が行われた。
ブラッドアークは半壊した状態であった。だが、ブラッドアークはZC-04サラガンの後継機。
共通部品は多く、辺境の惑星でも性能低下を抑えてくれる。
無論、新規格の部品に関しては諦めるしか無いだろう。
だが、代わりにベスウームナと言う高性能機がある。
俺に手段を選んでいる余裕は無い。
「お前さん、本当にコレで良いのか?」
「あぁ、構わない。無茶な注文にも対応して貰った。文句はねぇよ」
整備工事内では、突貫作業に従事したスカベンジャー共が死屍累々と言わんばかりに倒れていた。
まぁ、突然弄った事も無い最新鋭のAWを修理しろ。そして明日までには完了させろと無理難題を叩き付けられた訳だからな。
そりゃあ、普段使わない頭をフル回転させ、高性能機故の繊細な作業が求められた訳だからな。
(うーん……我ながら鬼畜な所業だぜ)
しかし、この親方は殆ど対応してみせた。応急処置程度ではあるが、戦闘行動に支障は無いだろう。
「多少バランスが崩れた様だが問題無い。戦えるならな。寧ろ、武装を調達してくれた事は感謝するよ」
「ワシは顔が広いからな。色々な所に貸しも作ってるから融通も利く」
「そうか……何か悪いな。俺の為に貸しを消費させて」
俺がそう言うと親方は真剣な表情で言う。
「普段なら断る仕事だ。だが、お前さんの眼は本気だった。これからやる事に対して全力を出す奴の眼だった。なら、ワシもやるべき事を本気でやったまでよ」
親方は漢だった。今時、こう言う人情家は中々見られない。
特に底辺に近い場所だと尚更だ。
「そうか……感謝する。アンタの部下達にもな。ほら、残りの金額だ。送っといたから確認しといてくれ」
俺は金を送金してブラッドアークに乗り込む。
「ネロ、起動と同時にシステムチェック。致命的で無いエラーは無視して構わない」
「了解しました。メインシステム起動します」
ブラッドアークの頭部はベスウームナの物に変更した。
頭部は損傷していたメインカメラの一部をサラガンのメインカメラを無理矢理取り付けた。お陰で左側にデカいメインカメラが良く目立つ事になった。
損傷した左腕はサラガンの物を使用。サイドブースターが使えなくなったが、武装は使えるので問題は無い。
幸い、規格も問題無かったので頭部と左腕の繋がりは良好だ。
他の部分はサラガンのパーツやベスウームナのパーツを使う事で何とか修理は出来た。
バランスは悪くなり、戦闘になればシステムエラーも出るだろう。
だが、きっと大丈夫だ。
根拠は無い。
強いて言うならレイナが使っていた機体のパーツを使ったんだ。
だから、安心出来る。
それだけだ。
「システムオールグリーン。機体安定しています」
「高速輸送艇は郊外に待機させておけ」
「了解しました」
俺は親方に通信を繋げる。
「親方、ベスウームナに関しては分かっているな」
『安心しろ。ちゃんと傭兵企業スマイルドッグ宛に手配済みだ』
どうやらベスウームナに関しては問題無いみたいだ。
なら、俺は安心して前を向いて行ける。
「そうか。色々感謝するよ」
『気にするな。こっちも儲けさせて貰ったからな』
値引きはしなかった。そんな事をして要らないトラブルを起こしたくは無い。
それに、どんな奴でも金さえ払えばやる事はやる。
特に金払いが良いなら気前良く仕事を引き受けてくれる。
それこそ全力で仕事をこなして貰える可能性は高くなる。
まぁ、今回は運良く精魂尽き果てるくらい頑張って貰った訳だが。
「そろそろ行くよ。じゃあな、親方。他の連中にも言っといてくれ」
『俺が言えた義理じゃ無いが。生き急ぐ必要は無いぞ。命は一つしかねぇんだからな』
俺は無言で通信を切る。そしてブースターを全開にしてブラッドアークを空へと飛ばす。
「タケル、待ってろよ。必ず、お前を救ってみせる。お前だけでも」
神が俺達に苦難を与えるなら、それを乗り越えるのも俺達の役割だろう。
神が俺達に悲劇を求めいるのなら、それを否定するのも俺達の選択だ。
神が俺達に死ねと言うのなら、それに抗う事に何の迷いがあるだろうか。
「神って奴に見せてやるよ。俺の……俺達の生き様をな」
操縦レバーを強く握り締めながら心を静かに燃やすのだ。
惑星OSX
軍事企業QA・ザハロフの所有惑星である。
環境は劣悪で、常に雪と氷が惑星全体を覆っている死の惑星である。
生命体が満足に生活を営む事は不可能で、寒冷地に適性があったとしても光が満足に地上に届く事は無い。
更に惑星全体をステルス装置で覆われており、肉眼での視認はほぼ不可能となっている。その為、防衛用の艦隊規模は少なく隠密性に優れた少数の艦艇で構成されていた。
その戦力、旗艦となる戦艦1、巡洋艦2、駆逐艦10、フリゲート艦10。全てステルス性能を保有した高価な艦艇ばかり。
ステルス艦艇はその特殊な性質状、装甲面が脆くなってしまう。その為、被弾する事は死を意味する。
しかし、この防衛艦隊は先制攻撃をする事で圧倒する事を前提として運用されており、高い対艦火力を保有しているのだ。
当然、防衛戦力が少な過ぎると思われるだろう。だが、惑星OSXが露呈される事は許されない。その為、防衛戦力より隠蔽性を優先したのだ。
無論、地表にはしっかりと防衛装備は整っており、登録されていない識別は全て敵と認識され迎撃される。
誰も近付く事の無い惑星なので機密情報を隠すには最適な場所。
それは世に出てしまえば不都合な情報も大量に保管されている。
同時に外界とは完全に遮断された場所。
誰も来る事の無い死の惑星へと変わるのだ。
研究施設ではリンク・ディバイス・システムに搭載させるOSが日々研究されていた。
リンク・ディバイス・システムは西暦2700年後半に誕生した。その画期的な操縦システムは当時AWパイロット不足を解消する程だった。
だが、代償としてパイロットには多大な精神的負荷が掛かってしまう。
結果として多くのパイロット達が悲惨な形で命を落としまった。
戦場で死ぬのでは無く、病院のベッドの上で精神崩壊になる。
当時、リンク・ディバイス・システムのパイロット達は英雄と人柱の二つの側面から見られていた。
そして、リンク・ディバイス・システムは非人道的な兵器として認知され、開発、生産、研究が禁止。終戦条約と共にリンク・ディバイス・システムは封印する形で三大国家の間で結ばれたのだ。
しかし、過去の栄光を体感し、己の目で見た者達からすれば愚かな事だと失笑してしまう。
リンク・ディバイス・システムはAWに於いて革新的なOSなのだ。
そのOSの開発、研究を止める事は兵器開発の発展を放棄したのも同然である。
過去の栄光に囚われた亡霊達は手段を選ぶ事は無かった。
多くのゴーストを様々な惑星から掻き集めた。また正規市民や優秀なAWパイロットも拉致して実験台にした。
幸い、実験台にする材料に関しては問題は無かった。適性が有ろうが無かろうが関係無く全てリンク・ディバイス・システムの為に注ぎ込んだ。
中には優秀な適性を持つ者達も居た。そう言った者達は実験台にするより、AWパイロットにさせ様々な場所で暗躍させ、戦闘データを収集し続けた。
勢力を拡大させて発展させて来たのが軍事企業QA・ザハロフ。
リンク・ディバイス・システムの恩恵を受け大企業へと発展したのだ。今更、研究や開発を止める等と戯言を宣う訳が無いのだ。
そして、遂に長年の夢でもあるリンク・ディバイス・システムに完全対応したOSの開発に成功した。
研究員達は歓喜した。
これで我々の名声が止まる事は無いだろう。
これからは我々が次期AW開発の先陣に立つのだ。
莫大な富と圧倒的な戦力を持つ軍事企業QA・ザハロフが宇宙一の大企業へと昇り詰める。
開発に成功した新型OS。直ぐに成功したとタケル主任に報告した。
後はタケル主任が本社に連絡すれば我々の苦労は報われる。
「諸君、ご苦労だった。君達の功績は確かな物だ」
我々は遂に成し遂げたのだ。誰もが成功しなかったリンク・ディバイス・システムに適応できるOSの開発に。
「同時に君達の役目は終わった」
タケル主任がゆっくりと歩きながら近寄って来る。
しかし、我々は同時に悪寒が走った。
何故なら、タケル主任の目が笑っていなかった。
あの目を我々は良く知っている。多くの者達を実験台にする際に此方を睨む目。
憎悪に染まり、殺意と憎しみで我々を殺す目。
「レイナの全てが注ぎ込まれ開発されたOS。そんな物を私が認める訳が無いだろ」
何故だ?何故、タケル主任は刀を抜いているのだ?
タケル主任は我々と同じ立場だろう?今更、自分だけ聖人ぶるつもりか!
「聖人?私が?フン、そんな大層なモノでは無い。貴様らが私利私欲でレイナに触れ続けた。それだけで理由は充分だ」
そして、次の瞬間。一番前に居た研究員の頭がズレた。
大量の血が噴き出し、床や壁を地で染め上げる。
悲鳴が出るまでに何人も斬り殺される。
誰かが警報装置を鳴らし助けを求める。だが、警備隊が来るまでに我々が助かる事は無いだろう。
「た、たかが……ゴーストを使ったくらいで。死体同然の素体を生かし続けたのは我々なのだぞ!」
そう言った研究員はタケル主任によって縦半分に斬り裂かれてしまう。
「レイナはな……優しい子なんだ。誰よりも……優しく、良い子なんだ。だから、レイナは望まない。このOSが世に放たれる事をな」
返す刀で血を弾き飛ばすタケル主任。
もう、我々に助かる術は残ってはいないのだろう。
情報漏洩の可能性を減らす為に隔離され、必要最低限の人材のみしか配置されていない研究施設。
だが、それが裏目に出てしまったのだ。
内部からの裏切り。それも高い戦闘能力とギフトを保有するタケル主任。
タケル主任なら全ての研究室へ出入り出来る。
そしてリンク・ディバイス・システムに関する全ての研究データを破壊し尽くすだろう。
「我々は……一体、何の為に」
そう呟いた研究員が最後に見たのは、冷酷な目で此方を見て刀を振り下ろす悪鬼だった。