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希望と罪

 放棄された前哨基地。俺が初めて傭兵となって依頼を受けた場所。

 建物は風化しており、窓ガラスは殆ど割れていた。


「ネロ。少し待機していろ」

「了解しました」


 俺は高速輸送艇から降りて、前哨基地に向かって歩き出す。

 格納庫や兵舎の場所は変わらない。代わりに誰一人として居らず、風が建物の間を通り抜ける音だけが荒廃した大地を奏でる。


 俺は少しだけ歩く。


 そして、ある物を見つけた。


「よぉ、久しぶりだな。もう二度と此処に来る事は無いと思ってたんだがな」


 共同墓地。この場所には戦友達が眠っている。

 俺にとって本当の戦友はコイツらだけだ。信頼し、背中を預け、戦場を駆け抜けて来た。


 無茶な事にも付き合ってくれた。

 馬鹿な事も一緒にやった。

 部隊が別々になったが共に助け合うと誓った。


 しかし、今は如何だろうか?


 俺は誰かに背中を預ける事は出来るだろうか?


「……フン、答えは否さ」


 多くの連中を犠牲にして正規市民になったんだ。

 今も俺を怨んでる奴は大勢居る。


 その中には宿敵(親友)と恋人も居るだろう。


「なぁ、俺……連邦の正規市民どころか名誉市民にもなれた。だが、結果はどうだ?俺は未だに一人のままだ」


 砂によって文字が埋もれている共同墓地。その一部を手で払うと、ホログラムが浮かび外人部隊603歩兵小隊の名前が出て来た。


 10人の懐かしい名前。


 ハラダ曹長、ミャオ曹長、ロイ軍曹、アラン軍曹、エドガー伍長、ケイト伍長、レイナ伍長、サーシャ上等兵、ザニー上等兵、リロイ上等兵。


 皆、俺を助ける為に命を懸けて死んだ。貧弱な装備で敵AWに向かって果敢に立ち向かって散って逝った。

 これ程の戦友が何処にいる?いや、居る訳が無い。

 例え、戦闘中で意気投合したとしても。次の瞬間には弾除けに使われるのが当たり前になる。


 使われる奴が悪い。


 要領が悪い奴は盾になれ。


 だから、俺も同じ事をしただけだ。そうやって生きて来た。


 上手い話を出汁(ダシ)にしてクレジットを手に入れた。


 先読みで攻撃が来た瞬間を予測して回避。後方に居た嫌な奴を被弾させて始末した。


 綺麗な人生を歩めるのは金を持ってて、誰からも愛されてる奴だけだ。


 それ以外の連中は必死になって足掻くんだ。


 ご都合主義なんざクソ喰らえ。


 俺は、俺自身の力で此処まで成り上がったんだ。




 なのに……何で、こんなにも辛いんだろうか。




「これが罪と罰だとしたら。それは、この世界そのものだ」




 失ったモノは戻っては来ない。


 守れなかったのは己の無力故だ。


 傭兵と言う職業を選んだ結果の過程に過ぎない。


「証明し続けた。結果も出した。後は……決着を付けるだけ」


 俺は死んだ戦友に向けて言う。


 あの日、この墓碑の前で誓った時の様に。


「今日、俺達の全てが終わる」


 一通のメール。あのメールで動き出したんだ。

 いや、それ以前から動いていのかも知れない。

 それでも、引き退る訳には行かない。


「レイナは生きていた。そして、今此方に向かって来ている」


 これから先の運命なんて分からない。だが、俺は諦める訳には行かない。


「救ってみせる。今度こそ……レイナも、タケルも」


 ホログラムに浮かぶ戦友達の名前。もう、これ以上の戦死者を出す訳には行かない。


『マスター、レーダーに接近する機影を確認しました』

「分かった。ネロは準備に入れ」

『了解しました』


 俺は共同墓地に向けて背を向ける。


 真っ当な人生を歩んではいない。


 だけど、俺は今度こそ救うんだ。


 大切な戦友(タケル)恋人(レイナ)を。 


 もう、二度と手放さない為に。







 ネロを抱えながらブラッドアークに乗り込む。そしてネロを接続してシステムを立ち上げる。


「システムオンライン。メインシステム起動を確認」

「各部のシステムチェックを開始しろ」

「システムチェック開始。油圧、電圧、プラズマジェネレーターの正常稼働を確認」

「良し、武装を装備。その後に直ぐに出るぞ」


 右手に試作プラズママシンガン、左手に35ミリガトリングガン。右肩にビームキャノン砲、左肩に八連装ミサイルポッド。

 そしてプラズマサーベルを両腰に懸架して高速輸送艇から出る。


「不明機、速度を落として接近中」

「そうか。タケルの差金なら攻撃をしない訳が無い筈だが」


 俺は今でもレイナが生きている事を疑っている。

 今でも思い出せる。全身血が滲んだ包帯だからけで、左腕と両足を失ってしまったレイナの無残な姿。

 あの状態で蘇生させるとしたら数百万クレジットは掛かるだろう。下手すれば四桁は行くかも知れない。

 だが、あの時の俺達にはレイナを救うクレジットも術も無かった。


「…………」


 本当にレイナなのか?あのメールの中身は俺とレイナにしか分からない筈。


 だが、信じる事が出来ない。


 不明機がゆっくりとだが、此方に向かって接近して来る。


 そのAWはブラッドアークとほぼ同じ大きさだった。

 黒とダークブルーのツートンカラー。

 十字架の先端部分に赤い色の四つ目のメインカメラ。

 機体は全体的に鋭角状で有りながら、何処か人間らしい柔らかなボディラインがある。

 武装は右手に大型レールガン、左手に45ミリサブマシンガン。右肩に八連装ロケットポッド、左肩に特殊兵装アラクネ。両肩側面には追加ブースターを装備していた。

 特殊兵装アラクネの中身は、まだ分からない。だが、アラクネ自体が厄介な武装である事に変わりは無い。


 不明機は少し離れた場所にゆっくりと地面に着地する。

 地面を余り揺らす事の無い非常に綺麗な着地。それだけで相手はベテランクラスの可能性は高い。


「…………」


 暫く見つめ合う形になってしまう。しかし、不明機のコクピットハッチが開き中からパイロットが出て来る。


「あのパイロット……まさか、あの時のサラガンか」


 アーロン大尉が操るラプトルを接近戦で倒し、俺の専用機であったバレットネイターを完膚無きまでにスクラップにした奴だ。

 腕前は間違い無くエースクラス。そして、あの技量の高さ。


「……考えても仕方ないか」


 少なくとも相手はコクピットから降りた。なら、俺が降りない道理は無い。

 俺はコクピットから降りる。相手の表情はヘルメットを被っており分からない。


(……レイナ)


 俺はソッと腰にあるホルスターに入っているM&W500(マグナム)に触れる。

 ゆっくりと歩いてお互いが接近する。そして、互いが触れ合える距離まで近寄る。


 お互い動く事は無かった。


 5分?10分?それとも1分も経って無いのかも知れない。


 俺はゆっくりと自身のヘルメットを取る。


 相手が僅かに動く。


 そして相手はヘルメットに手を添えて、ゆっくりと持ち上げる。


 相手の表情が見えた時、様々な感情が心の中で荒れ狂う。


「あ……あぁ…………、レ、レイナ」

「うん。久しぶりだね……シュウ」


 俺はヘルメットを投げ捨てレイナを抱き締める。


 あの時、レイナを見殺しにしてしまった。


 もう、二度と出会う事は無いと思っていた。


 けど、今……俺の胸の中にレイナは居る。


「レイナ……良かった。本当に良かった。あの時、もう死んだんだと思って」

「うん」


 抱き締めたレイナの身体は冷たかった。けど、今此処に存在して生きている。


 これ以上の事を望む必要があるだろうか?


 いや、ある筈は無い。


「もう、二度と離さない。今度こそ……俺は、お前を」


 守る。何が何でも守ってみせる。


 どんな犠牲を払おうとも必ず。


 どのくらい抱き締めあっていただろうか。

 この時間が永遠に続けば良いとすら思ってしまう。


 だが、レイナは違った。


「シュウ……お願いがあるの」

「何だ?言ってみろ。俺が出来る事なら何でもしてやる。今まで出来なかった分も全部だ」


 レイナはゆっくりと離れる。そしてM&W500をホルスターから取り、俺の胸に銃口を当てる。


「私と一緒に……死んでくれる?」

「……あぁ、良いぜ。それが、お前の望みなら」


 レイナの目が見開く。だが、俺はレイナの持つマグナムの撃鉄を押し上げる。


「ずっと……ずっと、後悔していた。お前達を失ったあの日から……ずっと」

「シュウ……アレは、私が」


 レイナは苦悶の表情を浮かべる。おいおい、折角の美人が台無しになるぜ?


「俺は、自分が特別だと思っていた。どんな逆境でも大丈夫だと。根拠の無い自信に身を委ねていた」

「…………」


 全部、俺が悪いんだ。レイナは何一つとして悪くなんて無い。


 俺が……無駄に希望なんて語ったりするから。


「馬鹿みたいだろ。だが、そんな馬鹿みたいな奴の所為でお前達は」


 死んだ奴は生き返ったりはしない。罪滅ぼしも所詮は自己満足に過ぎない。


「だから、もしレイナが一緒に逝きたいなら構わない。今度こそ……最後まで手放さない」


 だから俺はレイナの望みを叶えるのさ。


 例え、死ぬ事になろうとも。


 俺は構わない。


「……やっぱり、シュウは優しいね。あの頃から変わらない」

「俺は良い男だからな。恋人の前なら尚更さ」


 レイナの手からゆっくりとマグナムが離れる。


 地面に落ちるマグナム。


 俺はレイナに近寄ろうとするが、レイナは口を開く。


「私ね。もう、生き続ける事が出来無いの」


 生き続ける事が出来無い。

 あの瀕死の状態から生き残って来たのに。まだレイナは苦しみ続けていたのか?


「なら、今直ぐに治療しよう。金ならある。俺の全財産を使えば」

「ううん、そうじゃ無いの。私自身がもう、消え掛かっているの」


 消え掛かっている?どう言う事だ。


 レイナは……一体、何をされたんだ?


「ネオ・アーマード・ウォーカー。私が乗って来た機体。私は……あの機体のOSになってるの」

「……OS?まさか、リンク・ディバイス・システムなのか」

「少し違うかな。確かにリンク・ディバイス・システムはある。けど、後遺症の事は知ってるでしょう?」


 あぁ、知ってるさ。禁断のAW制御システム。

 パイロットの脳味噌と脊髄の間に直接接続する事によって、驚異的な反射速度と機体制御が可能となった。

 西暦2740年代。地球連邦統一軍とガルディア帝国軍の戦線は膠着状態となっていた。

 そして、その隙を利用して銀河自由共和国が設立。地球連邦統一政権から離脱したのだ。

 だからこそ、連邦は禁断のシステムに手を出したのだ。

 多くのゴーストが犠牲となり出来上がったのがリンク・ディバイス・システム。

 未熟なパイロットを即戦力として派遣出来る魔法の様なシステム。

 リンク・ディバイス・システムの効果は絶大だった。地球連邦統一軍はガルディア帝国軍を圧倒する程に。だが、リンク・ディバイス・システムの情報がガルディア帝国に流れて再び戦線は膠着しつつ激闘が繰り広げられた。

 数多くのエースパイロットを排出したシステム。だが、代わりに様々な後遺症がパイロット達を襲い、多くの若い愛国者達が苦しみ死んで行った。

 結果としてそれが決め手となったのだろう。

 戦争は終結。彼等の死は無駄にはならなかったのだ。


 だが、レイナがリンク・ディバイス・システムと機体のOSになっている事に理解出来無い。


「私はね。リンク・ディバイス・システムの後遺症を完全防止する為のOSになったの。もしかしたら擬似ギフト装置が近いのかも知れない」

「そんな……それじゃあ、まるで」


 人柱では無いか。そんな事でレイナが犠牲になってると言うのか。


 いや、そもそもタケルはこの事を知っているのか?


「あの日、私は死ぬのを待つしか無かった。けど、私が持つギフトが役に立つと分かったから生かされたの」

「ギフト……だと?」

「うん。私の持つギフト【適応】【順応】。どんな環境でも適応して順応して生きて行く事が出来るみたい。つまり、リンク・ディバイス・システムを後遺症無しで使える様になるの」




『ギフトはね、神様からの贈り物なの』




 ふざけるな。




『うん。だから大切にしないとダメなんだから』




 こ、こんな……こんな運命が、神からの、お、贈り物だと?




 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな


 ふざけるなああぁぁああああッッッ!!!!!!


「ッ……クッ……ッ」


 怒りで言葉が出ない。考えが纏まらない。理解出来無い。

 レイナが何をしたって言うんだ?ギフトを神様からの贈り物なんて言うくらい純粋な子だったんだぞ。


「私わね、選ばれたんだ。新しいAWの基礎OSとして。でも、後悔はしてないよ?シュウはAWが好きだったでしょう?だから、私は嬉しい」

「……嬉しい?」


 その時、レイナの表情は笑みを浮かべていた。


 綺麗な笑みを浮かべて俺を見据えていたんだ。


「だって、これでシュウの役に立てるかも知れないって……そう思えたから」


 あぁ、そうか。俺が……レイナをこんな風にさせたんだ。


 全部……俺が招いた結果なんだ。


 風が俺達の間を通り抜ける。


 俺は頬を濡らしていた。


 俺は自分が泣いていた事に気付いた。


 それでもレイナは笑みを浮かべ続けていた。


「シュウ……最後のお願いを聞いてくれる?」

「最後?最後にする必要は無い。そうだろ?」


 まだだ。まだ、諦める訳には行かない。

 此処で諦めたら、俺は本当に誰も救えない事になる。


 今度こそ救ってみせるんだ。


 どんな手段を使ってでも。


 俺の返答に少し困った表情をするレイナ。


「あのね、私と戦って欲しいの」

「……本気なのか?」

「うん。本気だよ」


 レイナの機体が動き出す。膝を付いてコクピットハッチが開いて主人を待つ。


「私ね。シュウの事が大好き。あの頃から変わらない。私達の希望のまま」

「俺は……希望なんかには」

「ううん、希望だよ。だって、今私はとっても幸せなんだもの」


 機体の掌の上に乗るレイナ。そして機体がゆっくりと立ち上がる。


「さぁ、戦いましょう。私達の希望を見せて。皆、見ててくれてる筈だから」


 コクピットの中に消えるレイナ。そして一気に距離が離れる。


「レイナ!待ってくれ!何も、殺し合う必要なんッ!?」


 俺は声を張り上げる。だが、その答えは一発のレールガンから放たれた弾丸だった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鉄血のガンダムに似てますねぇ! 阿頼耶識と阿頼耶識タイプEと!!!こっわ。
[一言] あああああああああああ もう最高に好みな展開で興奮が止まらないです どうして生きていたのかの理由が残酷で、でも意思疎通が 出来る優しさもあるけどもやっぱこの世界はクソですね!
[一言] あばばばばば(脳裏を過るカレンデバイスの文字) 適応……できちゃったという………あばばばば(目を逸らしていた事実に脳が破壊される音)
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