サキュバスの館3
アウターシティ。この場所の治安は最悪だ。
そもそも様々な種族が住んでいるサキュバスの館だ。相性の悪い種族も居れば、縄張り意識が非常に高い種族も居る。
しかし、そんな種族が好き勝手出来る程サキュバスの館は甘くは無い。
精強なMP部隊を筆頭に最新兵器を扱う保安部隊、警備部隊に勝てる筈も無く。結果として中心地から弾かれ、壁の外側へと追いやられてしまったのだ。
「それで?あの忌々しい扉はいつ開くんだ。オレ達の準備は既に整っている」
【もう少し待って欲しい。保安部隊を掌握するのに少々時間が掛かっている】
「警備部隊の方は俺達が対処してやるんだ。序でに保安部隊も纏めて潰してやっても良いんだぜ?」
葉巻に火を着けながら大柄な狼型の獣人が画面を睨んで言う。
左目は傷があり潰れているが、それがより一層強面を強調している。左腕と左足も機械化しており相当な修羅場を潜り抜けて来たのだと判断出来る。
【馬鹿な事を言うな。保安部隊は警備部隊よりも装備も質も高いんだ。兎に角、もう少しだけ待つんだ】
「フン、臆病者め」
そう言うと通信を切る。そして天井を見ながら葉巻を吸い煙を吐く。
「……必ず。手に入れて見せる。オレは、こんな場所でくたばる奴じゃねぇんだ」
今も外では銃声や悲鳴が聞こえる。
これがアウターシティの日常。サキュバスの館に見捨てられた連中が最後に行き着く場所。
此処ではゴーストも正規市民も関係無い。力ある奴が正義なのだ。
「本当にさぁ。お前達生きてて良かったよぉ。もう、連れて行かれた時はダメかと思ってたからさぁ」
「もう、そんなに泣かないでよ。何か貰い泣きしちゃいそうだし」
「泣いてねぇし!目から汗が出てるだけだし!ズビッ!」
「よしよし。私達もシュウ君にお世話された事あるけど。今じゃあ立場逆転しちゃってるわね」
同郷の知り合いを4人集めて今や同窓会状態だ。
だが、人身売買される瞬間に立ち会った身としては色々心配してしまうのが人情と言うもの。
然も、聞いた話では何人かは連絡が取れなくなって行方不明になってしまっている子も居るらしい。
「その辺りは仕方ないさ。上手くやれる様にする努力を怠ったか、運が無かったんだろう」
「そうかも知れない。けど、やっぱり心配だよ」
「そう言えば、あの孤児院はどうなったの?イリアお姉さん達は元気?」
マリアが孤児院について聞いて来た。
俺は一瞬だけ酒を飲もうとしたグラスを止めてしまったが、直ぐに煽る様に口元に持って行く。
「ッ……プハァ。あー、孤児院か。実は、俺が離れるの時とほぼ同時に都市開発に巻き込まれちまってな」
「え?それって」
不安そうな表情になるマリア達。だから俺は安心させる様に口元を笑みの形にする。
「あー、心配すんなって。皆、別の場所に行ったよ。だから……もう、大丈夫だ」
「そうなの?別の場所ってどの辺りか分かる?」
「すまんな。流石にその辺りは分からないんだ。俺もその時には別惑星に出稼ぎに行ってしまったからな」
嘘は言ってない。同時に真実も言ってない。
イリア姉さんとあの子達は別の場所に逝ったのは事実だ。
少なくとも、この世の中よりマシな場所に逝けた事を祈るばかりだ。
いや、死んだら良いも悪いも無いかも知れんがな。
暫く昔話に花を咲かせながら酒を飲んでいると何人か客がやって来た。
意外とこの店は繁盛しているのだろう。中には少々荒くれっぽい集団もいるが普通に楽しんでるからな。
そんな時だ。新しい客がやって来た。
「一番人気の高い奴と高い酒を頼むよ」
「畏まりました。少々お待ち下さい」
「余り待たせるんじゃ無いぞ。この方は凄腕の傭兵なんだからな」
その客は少々横暴な連中だった。恐らく自分達の腕前に自信があるのだろう。
だが、キャバクラで力を見せ付けた所でドン引きされるか、追い出されるかだと思うんだがな。
「早くしろよ!キサラギさんは短気なんだ。戦場で色々疲れてるんだからな!」
「お前達、落ち着け。俺は決して暴力なんざ使わない。だが、俺を敵に回せばどうなるか。知らない訳じゃないだろ?」
「キサラギさん。流石です!キサラギさんの腕があればエースの座は揺るぎませんね!」
キサラギと聞いて、つい気になってしまった。
だってー、俺と同じ苗字なんだもーん。
俺は席から軽く立ち上がり周りを見渡す。すると、そいつは居たんだ。
「俺は宇宙を股に駆け抜けて来た。惑星ソラリスでは命を懸けてやってやった。あのマザーシップ相手にキツい一発を撃ち込んでやったのさ」
前髪をフサァとやった瞬間にキサラギさんの顔が見れた。
そいつは、俺だった。
俺が目の前に居たんだ。
いや、文面的によく分からんくなって来たけど。
確かに俺の目の前にシュウ・キサラギが居たんだ。
しかも、ちょっとキザっぽいのが何かムカつく!
「ブフゥッ⁉︎ゴホッゴホッ!」
「ちょっと、大丈夫?ほらハンカチ」
余りにも衝撃的な出会いで飲んでた酒を吹き出してしまった。慌てた様子で隣に居たマリアがハンカチで口元を拭いてくれる。
「いやいやいや、俺がもう一人居るんだけど。何これ?ギャグかな?」
「本当だ。そっくりさんと言うか双子の兄弟?」
「俺に生き別れた兄弟はいない筈だが」
「整形したのかしら?貴方になりたくて顔を変えるとか、よっぽどのファンか恨みがある人くらいよ」
恨まれる理由に付いて目を閉じて少しだけ考える。
すると、アレもコレもと沢山出て来たので考えるのをやめた。
そんな下らない事を考えていると、目の前のシュウ・キサラギが決め台詞を吐き出しやがった。
「俺はソラリスでやる事をやっただけに過ぎない。だが、覚えておけ。連邦と帝国を救い、ソラリスを奪還したのは……この俺、シュウ・キサラギだ」
(うわああああああ⁉︎何だあの台詞はああああああ⁉︎本当に俺なの?もしかして、ピュアな俺なのか?)
余りにも臭い台詞に俺ちゃん撃沈。ソファに沈み込み意気消沈してしまう。
「カ、カハッ、カヒュッ……こ、こんな光景見たくなかった」
「大丈夫?一回外に出る?」
「俺の腕を見てみろよ。鳥肌立ってるんだけど。このまま奴を野放しにしてたら蕁麻疹が出て来そうだぜ」
過呼吸気味にはなるし、精神的ダメージは受けるし。全く、散々な一日だぜ。
(だから、こうした代償はきっちりと支払って貰わんとな。そう思うだろ?シュウ・キサラギ君)
俺は立ち上がりシュウ・キサラギ(笑)の方へ向かう。
「良いじゃねぇかよ。もっとサービスしろよ!」
「こっちはエースパイロット様だぞ!ちゃんとやらねぇと痛い目に遭うかもなぁ?」
「ハハハッ!流石キサラギさんですな!やはり腕前だけでやって来たんですね!」
「フッ、当たり前だろ。今は企業の下に居るが、近い内にフリーでやって行くつもりだからな」
随分と賑やかな席だなと思いながら、俺は一番近場にいた奴の頭を掴みながら言う。
「此処にシュウ・キサラギって奴がいるのか?ん?」
「アァン?誰だテ……メェ…………ぇ?」
「おい、どうし……oh」
「嘘……だろ?何でこんな場所に」
俺は頭を掴んだ奴を無理矢理退かしながら席に座る。
「お前がシュウ・キサラギかぁ。奇遇だなぁ、俺もシュウ・キサラギなんだよ」
「いや、あの、その……えっと」
「しっかし、本当にソックリさんだな。マジで鏡見てる気分になるぜ。ほら、ちょっと写真撮ろうぜ。ツーショットにしてスマイルドッグの連中を驚かしてやりたいからな」
俺は狼狽して冷や汗を流しているシュウ・キサラギ(偽)と肩を組みながら端末を使って写真を撮る。
うん。良い感じに撮れたな。
「俺さ、思うんだよ。世の中に二人もシュウ・キサラギって要らないってさ」
「あ、あの……違うんです。本当に」
「大体さぁ。こんな弱気な自分を見たいとは誰も思わない訳よ。お前さ、AW持ってる?」
「い、一応。サラガンを持ってます」
「じゃあ、話は早いな。戦おうか。戦って、生き残った奴が本物だ。どうだ?悪く無い考えだと思うんだが」
そう言うとシュウ・キサラギ(偽)は顔色を青くして、慌てた様子で土下座をした。
「す、すいませんでしたぁー‼︎ちょっとした出来心だったんですぅー‼︎」
「お、俺達も唯、ちょっと悪ノリしただけで。決して本物のキサラギさんを利用するつもりは」
「もう二度とこんな事はしません!直ぐに整形して違う顔にしますんで!」
偽物と取り巻きが全員揃って土下座をする。
しかし、俺はそんな姿を見て渋い顔をしていた。
(おいおい、俺が土下座するシーンなんて誰得だよ?大体、俺が土下座する時なんて社長の秘蔵の品を食べた時に滅茶苦茶怒られた時くらいだけどさ)
それこそ、社長の秘蔵の酒と高級チョコを全部飲んで食べちゃった時くらいだろう。
あの時は本気で謝って土下座したくらいだったからな。
お陰で妙に報酬が高くて怪しい任務を無理矢理受けさせられたんだけどな!
「はぁ、嫌な事思い出しちゃったじゃん。おい、もう良いよ。取り敢えずキサラギ偽」
「はい!命だけは」
「お前は土下座を今直ぐ止めろ。社長に怒られるシーンを思い出しちゃうだろうが」
「えぇ……エースパイロットなのに?」
「喧しい!俺のフリしてウハウハ気分を楽しんでる奴に言われたくないわ!」
俺は溜息を一つ出してから手を出す。
「お前らの今持ってるクレジット全部出せ。そして、此処に居る連中に奢れ。そうしたら勘弁してやるよ」
「ほ、本当ですか?」
「本当だよ。全く、大体俺のフリするんだったらもう少しシャキッとだな」
こうして俺はシュウ・キサラギ(偽)と愉快な仲間達に説教をしつつ楽しんだ。
偶々、居合わせた客からは奢りと言う事で感謝されたり、店側からは大きな喧嘩とかに成らなくて良かったと感謝された。
まぁ、同郷の子達に迷惑を掛けたくは無かったからな。
「因みだ。お前のサラガンには何かカスタムしてるのか?」
「え?いや、OSのアップデートくらいしか」
「嘘だろ。良いか?サラガンは実に素晴らしいAWなんだぞ。重装甲型から軽量型に、四脚からホバータイプまで。様々なバリエーションがあってだな」
「いや、それはどのAWにも当て嵌まるのでは?」
「馬鹿野郎!サラガン系統はマドック系統より全部安いだろうが!それでもだ。AWとして最低限の性能はあるんだぞ!」
俺はサラガンの事を何も分かっていないキサラギ偽に、サラガンが如何に使い易くて、使い潰しが出来るのかを説明してやる事にしたのだった。
「大体な。何だよあのキザったらしい台詞と仕草は。見てて鳥肌が立ったわ!」
「ほ、本当にすいません。だから、もう勘弁して下さい!」
「あの髪の毛フサァってやるとな。キャラが被るんだよ!大して役に立つ事なく終わった大尉殿に謝れコノヤロー!」
「誰なんですか!その大尉って人は!」
「ガイヤセイバーに乗ってた奴だよ!覚えとけ!」
「この人もうヤダ。俺、これから真っ当に生きる!」
この時、戦艦アルビレオの艦内で盛大なクシャミをする大尉殿が居たらしい。
実に平和な事である。