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リベンジマッチ

 目が覚めると見慣れた雰囲気のある天井が視界に入った。

 酸素マスクに腕に点滴の針が刺さっている状態。まさに病人患者みたいだった。


「……そうか。俺は負けたのか」


 徐々に記憶を思い出して行く。

 だが、覚えている事が微妙に少ないと言う事だ。恐らくウシュムガルの擬似ギフト装置による影響だろう。

 妙に気分が高揚して、感情が抑え切れなかったのは覚えていたのだがな。


「お目覚めですか?マスター」

「よう、ネロ。余り期待はして無いが。デルタセイバーはどうなった?」


 ネロの作られた美貌が視界に入れながら状況を確認する。

 最後に覚えているのは半壊したデルタセイバーとクリスティーナ少佐の声だ。

 尤も、何を言っていたのかは全く覚えてはいないがな。


「デルタセイバーは半壊しました。しかし、マスターが意識喪失と同時に私の独断により撤退しました。また、それと同時に両軍の戦闘停止となりました」

「…………」

「また地球連邦統一軍の介入を受け、エルフェンフィールド軍は撤退。現在もコンフロンティア軍とは停戦状態となっています」

「連邦の介入か。つまり、俺達は勝負に負けたって事か」


 連邦の介入を許すだけで無く、ウシュムガルがデルタセイバーに敗北したと言う事実。

 恐らく俺は色々と責任を取らなければならないだろう。少なくとも連邦が誇る戦略級AWで敗北と言う最悪の結果を出してしまったのだからな。


 例え、擬似ギフト装置が原因であろうとも関係無い。


 負けたと言う事実は変わらないからな。


「やれやれ。医務室の次は連邦の軍法会議にでも連行されるのかねぇ?」

「その心配はありません。キサラギ少尉」


 カーテンを開ける音と同時にナナイ軍曹が現れた。


「よう、オペ子。心配無いってどう言う事だよ。連邦は寛大だが容赦は無いのも事実だぜ?」

「ナナイです。そしてキサラギ少尉の言う通りなのは間違いありません。ですのでウシュムガルの戦闘データと擬似ギフト装置の観測データを交渉に減刑しました」

「……え?まさか、連邦と交渉したの?」

「ウシュムガルの戦闘データを集めていたバーフラーはキサラギ少尉が物理的に消し飛ばしてしまいました。ですので、ウシュムガルに残っていた戦闘データを戦闘中に全て回収しておきました。またウシュムガルの頭部はデルタセイバーが破壊してしまいましたので、同時に擬似ギフト装置の観測データも回収しておいて良かったです」

「……マジで?」


 こ、この女。ウシュムガルの戦闘データを元に、連邦相手に交渉するなんて無茶な綱渡りしやがったのか?下手な事をすれば適当な罪をでっち上げられて、自分が罪人になる可能性もあっただろうに。


「幸い、擬似ギフト装置の適合者のデータは非常に貴重でしたので。一週間の謹慎処分で済みました。但し、これはかなり連邦とニュージェネス自治軍が譲歩した形になってます。どんな形であれニュージェネス自治軍に対し誤射をしてしまった事には変わり有りませんので」


 そうなのだ。俺は味方殺しなんて不名誉なモノを頂いた訳だ。

 普通なら謹慎程度で済む事は無い。なんなら軍事法廷を吹っ飛ばして即死刑なんて言われても仕方ない。

 それでも謹慎で済んでるのだから他にもある筈だ。


「無論、連邦も自治軍も全て理解しています。その上での譲歩です。恐らく、連邦がニュージェネス政府にかなり便宜を図るかと思われます。尤も、惑星ニュージェネスに住む人達にとっては厳しい未来が待ってますが」

「それはニュージェネスに住んでる連中にツケが回って来ただけだ。他にも何かあるんだろ?」

「はい。自治軍、そして我々傭兵部隊に対して連邦が戒厳令を出しました。正確に言うならウシュムガルの戦闘記録は一切残りません。つまり、キサラギ少尉が出した戦果も無しと言う事になります」

「流石に連邦も少しは不味いと思った訳か。まぁ、擬似ギフトと適合するなんて滅多に無い事だろうしな。連邦としても想定外だっただろうしな」


 擬似ギフトは文字通り偽りのギフトだ。能力こそ似た様なモノを出せるが、それ以上のモノを出す事は出来ない。

 だからこそ、想定以上の能力を出してしまった事が問題なのだ。


「そうです。ですので様々な面で譲歩されたのです。幸い交渉材料は一級品でしたので」

「流石ナナイ軍曹です。マスターを救って頂き感謝します」

「また連邦も名誉市民でもあり、マザーシップを破壊した功労者でもあるキサラギ少尉を罰するのに抵抗があった様です。お陰で交渉自体は容易に進みました」


 俺はナナイ軍曹の巧みな交渉の結果に口を閉ざす事しか出来なかった。

 ウシュムガルの戦闘データの回収は相当困難だった筈だ。ウシュムガル自体に高度な防御プログラムが仕込まれているからだ。

 それでも問題無く戦闘データを回収したナナイ軍曹。


「流石は【電子の精霊】だな。どうせ、オペレーターと同時進行で回収してたんだろ?全く、無茶な事しやがって。最悪、精神を防御プログラムに焼かれてたぞ」

「常に戦場で無茶な事をしている人に言われたくは有りませんね」

「それはそれ、これはこれってね。まぁ、流石に今回は命拾いしたかな。感謝するよ」

「お気に為さらず。私もキサラギ少尉には何度も救われてますので」


 ナナイ軍曹は僅かに笑みを浮かべながら言う。全く、こんな良い女を放っておく奴の気が知れんな。


「そう言えば俺が気を失って何日経ったんだ?」

「一日は経ってないですね。今は午前8時くらいですので」

「そっかぁ……」


 俺は静かに目を瞑る。

 既にコンフロンティアとの勝敗は決している。つまり、これ以上の戦いは無益と言っても過言では無いだろう。


 だが、本当にそうだろうか?


 この戦いの主犯と言えるヤン・ハオティエンはどうなったのか。恐らく連邦が介入している今しか脱出する時間は無い筈だ。

 あの男はゴーストの味方では無い。どちらかと言えば詐欺師みたいな奴だと俺は考えている。


「ナナイ。ヤン・ハオティエンが逃亡するなら今だよな?俺がヤンって野郎ならそうする」

「そうですね。推測になりますがチャンスは今しか無いでしょう。連邦が介入した時点で停戦している状況になってしまってますので」


 なら、俺がやれる事は一つしか無い。


「ネロ、出撃準備だ。目標はヤン・ハオティエンの脱出阻止」

「了解しました。直ちに用意致します」

「待って下さい。貴方は一体何を?」


 俺はナナイ軍曹の言葉を無視しながら酸素マスクを放り投げ、点滴の針を抜き取りながら立ち上がる。


「ナナイ軍曹。お前に……いや、お前達に依頼を出す。一人頭100万クレジット。依頼内容は俺のフォローと撮影だ」

「キサラギ少尉。まさかとは思いますが。今から出撃するのですか?」


 ナナイ軍曹の当然の疑問。俺はその疑問にニヤリと笑いながら答える。


「リベンジマッチだ」




 俺が依頼を出したのはナナイ軍曹、アズサ軍曹、チュリー少尉の三名だ。

 最初はいきなり出撃と言われて無理だと言われたが、戦うのが基本俺一人だと聞いて了承して貰った訳だが。


「本当にいきなり過ぎるわよ!全く、病み上がりなのに出撃するだなんて。死にたいの?」

「本当ッスよ!しかも自分にヘルキャットに乗れだなんて」

「アズサ軍曹の場合は拒否権は無いですよね。キサラギ少尉にお金借りてますし」

「ニャアアァァ……」


 チュリー少尉とアズサ軍曹は納得して無いのか文句が止まらない。まぁ、今から出撃しますと言われれば文句の一つ、二つは出るだろう。

 そして、ナナイ軍曹に論破され落ち込むアズサ軍曹。


「悪いな。この依頼は完全に俺の我儘だ。だが、報酬を受け取った以上文句は無しで頼むぜ」

「別に依頼自体に文句は無いわ。私は直接戦う訳じゃ無いし。唯、何で私が輸送機のパイロットなのよ」

「自分なんてヘルキャットに乗るんスよ!」

「別にヘルキャットに乗るのは良いじゃない。何が問題なのよ」

「弾幕が張れないじゃないッスか」


 真顔で言うアズサ軍曹に何も言えなくなるチュリー少尉。

 安心しろ。俺もチュリー少尉の気持ちは良く理解出来る。


「弾幕は次の機会にな。それに、お前は機動戦ならピカイチなんだ。頼りにしてるぜ」

「ううぅぅ……先輩がそう言うなら。今回は我慢するッス」


 そして格納庫に向かえば丁度輸送機にブラッドアークが積み込まれていた。


「マスター。ブラッドアークの積み込み作業が間も無く完了します」

「積み込み完了次第出撃だ。ネロは球体ボディに戻って貰う」

「了解しました」

「先輩。自分はヘルキャットで先行するッスね。一応護衛役なので」

「頼むぜ。ブラッドアークさえ投下出来るまで耐えてくれれば助かる」

「了解ッス!じゃあ先輩。後で」


 アズサ軍曹はそのままヘルキャットに搭乗して行く。


「私も輸送機に向かうわ。それじゃあ、戦果を期待してるわよ。エースパイロットさん」

「撮影用UAVの調整をして来ます。時間は余りありませんが最善は尽くしますので」


 チュリー少尉とナナイ軍曹も自分の役目を果たす為に輸送機に乗り込んで行く。

 一人になった俺は僅かに痛む頭を抑えながら一言呟く。


「さて、後はギフトの調子が戻って来てくれれば良いんだがな」


 擬似ギフト装置の影響なのか。自身の持つギフトを使おうとすると頭に鋭い痛みが走るのだ。

 本来ならこんな状態で戦うなんて無理な事だ。だが、ヤン・ハオティエンの逃亡を阻止するには時間が無い。


「それにだ。このまま不完全燃焼だとブラッドアークが拗ねちまうからな。最後の最後に主役が勝たないとクリムゾン・ウルフの名が泣くしな」


 俺はヘルメットを被り準備する。


 此処から先は誰でも無い俺自身の為の戦い。


 主義主張や思想なんて物は存在しない。


 ゴーストも正規市民も戦場の中では皆平等。


 ならば、見せてやろう。




 本当の理不尽がどう言うモノなのかを。




 俺はブラッドアークに乗り込み機体の最終チェックを行っていた。

 出撃の際に少し手間取ったが特に問題は無く済んだ。強いて言うなら自治軍や他傭兵からの援護や救助は送らないと言われたくらいだろうか。

 本来なら破格の条件で謹慎処分にまで軽減された身。それでも違反しようとするのだ。ニュージェネス自治軍としては二度と関わりたく無いのだろう。

 だが、そんなのは最初から必要無い。部外者は少ない方が盛り上がるってなもんだからな。


『キサラギ少尉、一つ聞いても宜しいですか?』

「何だ?ナナイ軍曹。俺は今フリーだがまだ無理だぜ」

『違います。何故撮影用UAVを使用するのですか?と聞きたいだけです』


 俺のお茶目な冗談をバッサリ切り捨てるナナイ軍曹。

 まぁ、ウブな反応は期待して無かったから良いんだがな。


「今はまだ言えないが必ず役に立つ。その時に大量のクレジットが入ればお前達に何か買ってやるよ」

『随分と豪気な事を言いますね。まぁ、余り期待せずに待ってます』

『先輩!先輩!何か儲け話があるんスか!自分も乗りたいッス!』

『何買って貰おうかしら。折角なんだから高級な物が良いわね』


 そして俺は集中力を高める様に意識する。

 機体のコンディションは良好。通常の操縦なら問題は無い。しかし、今の俺にはギフトが使えない状態。


 だが、それが一体何の問題だろうか?


 誰かが言っていた。大半の連中は三秒先を視る事は出来ないと。


 なら、条件は五分だ。問題らしい問題がまるで無い。


『キサラギ少尉。作戦計画を作成しておきました。最終確認をしますが宜しいですか?』

「あぁ、頼む。ナナイの作戦計画ならぜひとも聞きたいね」

『では。大前提としてヤン・ハオティエンがまだ惑星ニュージェネスを離脱していない事とします。流石に捜索する時間がありませんでしたので』


 流石のナナイ軍曹でも時間が足りなかったらしい。まぁ、今回はかなり無茶を言っているので文句は無い。

 寧ろ、そんな状況でも来てくれる事に感謝するしかない。


『また、離脱が確認され次第即時離脱をお願いします』

「了解した。少なくともお前達が狙われない様に露払いはさせて貰うがな」


 この時点で意見する事は無い。実に真っ当な事だし、ヤン・ハオティエンが居ない以上戦う理由も無くなるからな。


『それでは作戦内容を説明します。現在の敵勢力の大半は東郷組を主軸としています。恐らく、あの戦いでは東郷組は参戦していなかったと思われます』


 東郷組。QA・ザハロフとの時に一度交戦した事がある連中だった筈だ。

 そして今回はヤン・ハオティエンと繋がりで戦闘する事になるとはな。


 全く。縁って物は良い物と悪い物があるから面白い。


「丁度良い。あの時の借りを返してやる」

『衛星からの映像ではヤン・ハオティエンを乗せると思われる大気圏離脱用の輸送機が複数存在しています。その全てを破壊する事が出来れば逃亡阻止は可能です』

「物理的に逃亡手段を無くせば野郎も何も出来なくなる。ついでに東郷組にもダメージを与えられる」

『輸送機を全て破壊する事が出来れば逃亡するには大幅に時間が掛かる筈です。例え連邦にヤン・ハオティエンとの繋がりがある人物が居たとしてもです』


 仮に連邦に脱出の要請をしたら何を条件に出される事やら。

 ヤン・ハオティエンにとって全く面白くない展開になる筈だ。


『先輩。ヤン・ハオティエンって奴を殺すのはダメなんスか?何だが随分と遠回しなやり方な気がするんスけど』


 アズサ軍曹の尤もな疑問。だから俺はその疑問に答える事にした。


「良いか、アズサ軍曹。世の中殺して良い奴と悪い奴が居る。そしてヤン・ハオティエンは間違い無く悪い奴だ。今後の傭兵活動に支障を出さない様にするなら尚更な」


 無論、ヤン・ハオティエンの殺害依頼があるなら話は別だがな。何故ならそれ相応のクレジットを貰う訳になるからだ。

 だが、今回はそんなクレジットは無いし殺害予定も無い。


「まぁ、強いて言うなら嫌がらせだな。あの野郎のお陰でこっちも色々やられたからな。最後の最後の勝利の花は俺達が頂く」


 そう言うと納得するアズサ軍曹。まぁ、実際ヤン・ハオティエンが原因で起きた戦争だからな。


『また、本作戦の活動限界時間は10分となります。時間を過ぎた場合は……キサラギ少尉を置いて離脱します』

「了解した。それから脱出ポイントに敵が来た場合は直ぐに離脱しろ。俺を待つ必要は無い」

『その時は貴方はどうするつもり?まさか、こんな場所で死ぬ気じゃ無いでしょうね?』


 チュリー少尉は何かを感じ取ったのかも知れない。


 だが、それは無用な心配だ。


「死ぬつもりは毛頭無い。その時は敵を全滅させて切り抜ける」


 俺はM&W500マグナムを取り出し見つめる。

 今も色褪せる事は無く、モニターやコンソールの光を反射させ銀色に輝いている。

 グリップ部分には四枚の翼を持つ天使が見えた。


 そして、俺は静かにマグナムを握り締める。


「クリムゾン・ウルフを敵に回した結果を世に知らしめてやる」


 四枚の翼を持つ天使に向かって言い放つのだった。

連邦「不祥事があるなら記録を消してしまえば良いじゃない」


これで皆ハッピーエンドさ⭐︎

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― 新着の感想 ―
[一言] にやにやが、とまらねぇよ〜(笑) 下に見下している人間から手痛いお仕置きだ! これは効くぜぇ〜!
[良い点] まさかの起きたらすぐに出発…そしてギフトは擬似ギフトと合成されて変化が…楽しみ 主人公が主人公になったの [一言] イツカ(弾薬まだ大丈夫か?)大きな一発を放ってやれ!(ワクワクが止まら…
[一言] ヤバイ 主人公なのに惚れそうw
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