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ヤン・ハオティエン

 ウシュムガルの頭部にデルタセイバーの持つ対艦ビームサーベルが突き刺さる。

 ウシュムガルは60ミリバルカンを乱射し続けているが、完全に死角に入っており攻撃が当たる事は無い。

 モニターには画面一杯にデルタセイバーの損傷した頭部が映し出されている。


「ハ……ハハ……そんな、俺が、負ける?」


 俺は今の状態が信じられない様に一人呟く。しかし、デルタセイバーの右側のメインカメラが此方を睨み続ける。


 そして、通信から繋がる一言の言葉。


【今、助けるから】


 その瞬間、モニターは真っ白になる。

 デルタセイバーは対艦ビームサーベルを持ったまま、一気に空に向けて上昇する。

 真っ二つになるウシュムガルの頭部。そして悲鳴の様な軋みを上げながら爆散する。


 同時に頭に凄まじい痛みが襲い掛かる。


「ッッッ⁉︎⁉︎⁉︎ガアアアアアアアアアアアア⁉︎⁉︎⁉︎」


 一つの感情が抜けて行くのと同時に一気に様々な感情が戻って来る感覚。

 余りの痛さに悲鳴を上げながら頭を抑えてしまう。

 そして、この痛みから解放される手段は一つだけ。

 俺は悲鳴を上げつつも意識を手放して行く。それと同時に凄まじい疲労感も押し寄せて来る。


(なんだが……疲れちゃったなぁ。色んな事、思い出しちゃったからかなぁ)


 最後の最後にそんな事を思いながら俺は意識を手放したのだった。






 ウシュムガルが止まった。

 頭部を破壊されたくらいで普通のAWは止まる事は無い。だが、ウシュムガルは頭部を破壊されたまま仁王立ちの状態で止まっていた。


 戦場に暫くの静寂が辺りを包み込む。


 しかし、ウシュムガルはまだ機能を停止した訳では無い。

 例えメインパイロットが気絶したとしてもサブパイロットも居るのだ。


 ウシュムガルの脚部、股下、背中のブースターが動き出す。

 周りにいる敵味方全員が身構える。


 しかし、ウシュムガルはブースターを使いながら後退して行くではないか。


『ヴィラン1より各部隊へ。現在メインパイロットが気絶。その為、戦闘続行が困難と判断しました。よってヴィラン1は戦線を離脱します』


 どこか機械じみた女性の声と同時にウシュムガルは後退。更にスモークと対ビーム撹乱粒子を散布し用意周到な徹底振り。


『それから衛生兵の用意をお願いします。マスターのバイタルは命には別状有りませんが、脳に多大な負荷が掛かっていると推測します』


 それと同時にスマイルドッグの傭兵部隊も撤退。更に追従する様に他の傭兵部隊も退がって行く。

 無論、自治軍の臨時指揮官は止めようと考えるがウシュムガルが再び暴走する可能性はゼロでは無い。

 幸い、コンフロンティア軍は壊滅的な打撃を受けた為追撃は無いだろう。自治軍もウシュムガルの攻撃により多大な被害を受けた為、一度再編成する必要はある。


 そしてニュージェネス自治軍の全軍撤退。


 試合には完敗したが勝負にはギリギリ勝ったコンフロンティア軍。


 去って行くウシュムガルと自治軍を見送るコンフロンティア軍の兵士達。


【……勝ったのか?俺達】

【連中が撤退してる!俺達の勝ちだ!】

【やったぞおおおお!シュナイダーの犬共が逃げてくぞ!】

【負傷者の救助に掛かれ!喜んでる暇は無いぞ!】

【衛生兵!早く来てくれ!死ぬな!死ぬなよ!畜生!】

【消火急げ!燃料に引火しちまう!】


 勝利に喜ぶコンフロンティア軍の兵士達。しかし、勝利と言うには多過ぎる被害と犠牲者。

 建物は崩壊し、至る所で呻き声や悲鳴が聞こえる。死体も幾つも転がっており、中には原型を留めていないのもある。

 そんな中、エルフェンフィールド軍は自軍の兵士達の手当てとクリスティーナ少佐の救出に向かっていた。


 ウシュムガルと死闘を繰り広げ、辛くも勝利したデルタセイバー。


 広場に不時着したデルタセイバーは既に満身創痍な状態だった。

 左腕と左脚は損失。頭部は損傷し、スラスターの一部は吹き飛んでおり燃料が漏れている。更に装甲は破損しボロボロになっている。


「無茶させちゃったわね。ありがとう、デルタセイバー」


 自分の我儘に付き合い、最後まで付き従い守ってくれた愛機に感謝するクリスティーナ少佐。


【クリスティーナ少佐!ご無事ですか!】

「えぇ、何とかね。でも機体はダメになってしまったけど」

【機体は本国で修理すれば大丈夫です。さぁ、我々も今の内に撤退しましょう】

「撤退?……まさか、連邦が来たの?」


 部下からの撤退の進言に僅かに疑問が出る。しかし、直ぐに思い当たる節がある。

 惑星ニュージェネスの近くには地球連邦統一艦隊が集結している筈。今は静観を決めているが事情が変われば介入してくる事は予想出来る事だ。


【不明です。しかし、本隊から即時撤退命令が出ています】

「そう。ならヤン・ハオティエンを収容した後に離脱よ」

【了解しました。直ちに収容指示を出します】


 その後、デルタセイバーの回収作業と撤退準備をして行くエルフェンフィールド軍。

 しかし、その間に最悪の報告が上がる。


「ヤンが逃亡したって言うの?」

「いえ。正確に言うなら東郷組に奪われました」

「奪還は……無理そうね」


 何故なら東郷組のAW部隊が周辺を警戒していたからだ。

 激戦だった筈なのに、かなりの数のAWやMWが展開している。現にコンフロンティア軍で無事なAWは僅か数えられる程しか残っていない。

 クリスティーナ少佐が東郷組のマドックを睨んでいると通信が入る。


【やぁ、クリスティーナ少佐。先に謝っておくよ。申し訳無いね】

「申し訳無いと思うなら今直ぐに戻って来て頂けると助かるのですが」


 クリスティーナ少佐は味方の輸送機が順次離脱して行くのを見ながら返事をする。


【それは無理な話だ。私はこれから別の所で世話になるからね】

「私達では不満があると?」

【そんな事は無い。寧ろ、私の場合は丁重に扱われるだろう。だが、私はそんな()()にまだ戻るつもりは無い】


 ヤン氏は言葉を続ける。


【君もある程度は予想はしてた筈だ。こんな辺境な惑星に軍が派遣される程の人物。そんなのは第三皇女みたいな人物くらいなものさ】

「まさか……貴方は」

【先程言った通りだ。私はまだ箱庭には戻るつもりは無い。だが、これだけは約束しよう。決して祖国を裏切るつもりは無いと】


 ヤン氏の存在。それがカルヴァータ王家と繋がりがある。いや、もしかしたら王家の血筋の方なのかも知れない。

 だが、今それを信じる訳には行かない。仮に王家の方であろうとも。ヤン氏を連れ戻さない理由にはならないのだから。


「その言葉を信用出来る要素が有りません。現に我々も多数の被害が出ました」

【だが情勢が変化する事は無くなった。少なくとも惑星カルヴァータが占領下としているゴースト共の反乱の心配は無くなった訳だ】


 確かに惑星カルヴァータを主軸として周辺の惑星を制圧、同盟としているのは事実。無論、無茶な税の摂取などはしていないし、今では良好な同盟惑星でもある。


【君も知らない訳では無いだろう?そして気にした事は無い筈だ。ゴーストがどんな扱いを受けようとも】

「…………」


 惑星カルヴァータではゴーストは居ない。理由はカルヴァータ王家に対する危険要素を排除した為。

 本当の理由は定かでは無いが表向きではそうなっている。

 つまり、それが何を意味しているのか。


【数々の出来事には多くのゴーストの屍の上に成り立っている。そして、その上で我々の様な権利を持つ者達が生活をしているのだ】


 しかし、ヤン氏はそんな事はどうでも良いと言わんばかりだ。

 王家もゴーストもどうでも良いと言う感じなのだ。


(シュナイダー総統)はそんな時代に一石を投じるくらいの事をやろうとしていた。ゴーストに知識を与える。それだけでは無い。どんな形であれ政府と繋がりを持つ事になる。そして、その事に気付いた一部のゴーストは確実に進化する】


 進化。それは良い事の筈だ。

 だが、今までの扱いを受けて来たゴーストが進化すればどうなるか。

 間違い無く反乱が起きる。それも大規模な……全宇宙を巻き込む可能性もある。


【許される事では無いのだよ。この宇宙に住む人々の地盤を崩す事はね】

「では、ゴースト達はどうなるのです?」


 それでも気になってしまう。ヤン氏がゴーストをどう思っているのか。

 コンフロンティアと言う組織を立ち上げ、エルフェンフィールド軍を呼んだくらいだ。

 ゴーストに対し何か思う所があるのでは無いのか?


 だが、ヤン氏は非情だった。


【変わらんよ。今までと同じ生活を送って貰う。まさか、ゴーストと共闘して情でも湧いたかね?なら、忠告……いや、警告だ。今直ぐにその情を捨てなさい】


 それ所かヤン氏はこちらの心配をする始末だった。

 視線を別の所に向ければ地面に倒れ込み、血の池を作っているゴーストの死体が見える。その死体はまだ若く青年と少年の間くらいの子だ。

 誰も回収しようとせず放置している。


 だが、それが今の時代の正しい姿なのだ。


【さて、これ以上の話は良いだろう。クリスティーナ少佐、君も早く離脱した方が良い。連邦の狙いは今やデルタセイバーだ。まさか連邦の虎の子と言えるウシュムガルを撃破してしまったんだからね】


 そう言うとヤン氏は通信を切ってしまう。

 クリスティーナ少佐は両手を力一杯に握り込む。


 それは己の無力を嘆く為なのか。


 それとも消耗品の様に使い捨てにされるゴースト達に対する同情か。


 または、キサラギ少尉の立場を思ってなのか。


 今のクリスティーナ少佐には分からない事だった。






 ヤン氏は通信を切ると一息吐く。そんな様子を紅茶を飲みながら静かに見つめる東郷・シズリ。


「すまないね。折角のお茶の時間に無粋な事を話してしまって」

「いえ、お気になさらず。それより本当に宜しいのですか?我々に着いて来る事になるのですが」

「勿論構わないよ。私としては本国に戻る方が退屈になるからね」


 そう言うとヤン氏は紅茶を一口飲む。

 優雅に紅茶を飲む姿は実に様になっている。見た目の年齢は間違い無く初老の男性。そして顔は柔和な雰囲気も合わさり、自然と警戒心が消えてしまいそうになる。

 だが、その瞳は濁り禍々しい雰囲気があり、決して油断してはいけないのだと再確認出来る。


「しかし、意外でしたわ。折角作り上げたコンフロンティアをこうも簡単に見捨ててしまうなんて」

「目的は既に達成された。そうなれば、あの組織は必要無くなる。それに、君達との約束もあるからね」


 東郷組とヤン氏との約束。それはヤン氏を匿う代わりに東郷組の戦力を増強させる事だった。

 人を集め、資金を使い、兵器を買うか奪って行く。

 そして、ヤン氏が行ったのはコンフロンティア軍の解体後に東郷組に全て渡すと言うものだった。

 既にコンフロンティア軍の上層部達の力は失っている状況。そして、ほぼ無傷の東郷組がコンフロンティア軍の残党と権力を持つゴースト達を吸収したのだ。

 無論、最初は抵抗する権力者達だった。しかし、既に自分達の手札はボロボロな状態。加えてヤン氏の姿が消えていた事もあり諦めるしか無かった。

 こうして東郷組は大した抵抗を受ける事無く、コンフロンティアを吸収し宇宙へと離脱する準備を行っている最中なのだ。


「おや?まさか今更見捨てたゴーストを気にしてるのかね?」

「……こう見えて私達はゴーストに近い存在ですので」

「ハハハ、まさか。私達は権利を持つ者達だ。今、あの辺りで何も出来てない無力な連中と一緒にしては行けないよ。自分の価値を無闇に下げる必要は無いのだよ」


 苦笑いと共に紅茶を飲むヤン氏。


 目の前に居る人物は本当にヤン・ハオティエンなのだろうか?


 ゴースト達を前に演説や激励を行い鼓舞した姿。権力者達を前に言葉巧みに操り、コンフロンティアと言う組織を作り上げた筈なのに。

 なのに、今は当然の様にゴーストを見下している。


 まるで、正規市民の様に。


「それにだ。ゴーストに対し無意味に肩入れをするものでは無い。ゴーストとの正しい付き合い方は【寄らず、触らず、利用する】だよ。覚えておいて損は無い事は約束しよう」

「しかし、ヤン殿は既に多くのゴースト達と関わりを持ちましたが?」

「この顔と身体ではそうだね。次は別のモノにしなければならない。妙齢な美女になるのも悪くはないね」


 この言葉を聞いてシズリは確信した。

 例え、エルフの様にヤン氏の耳が長く無くとも。今の姿は仮初めなのだと。

 恐らくギフトか魔術か。それともカルヴァータ王家に関わる何かか。

 一度ヤン氏を見失えば捕まえる事は困難。それを防ぐには四六時中の監視体制が必要になる。

 だが、そんな事をしてしまえばヤン氏の反感を買い東郷組の存在が抹消されるかも知れない。


「……恐ろしい方ですね」

「褒めても何も出ないさ」


 シズリの言葉に害した様子は無い。寧ろ、少し嬉しそうな表情をする。


「私にとって宇宙の安定が全てなのだ。その安定が我が祖国の安定にも繋がるのだ」

「祖国ですか。随分と愛国心があるのですね」

「当たり前では無いか。祖国が私を育ててくれたのだ。祖国があるから私は自由に宇宙を駆ける事が出来るのだ。愛国心を持つ事は当然の事」


 そして静かに笑みを浮かべるヤン氏。しかし、その笑みは柔和なのに狂気的で薄寒い(うすらさむ)印象を受けた。


「全ては祖国を第一とする事。シュナイダー君は本当に良き友人であり、死んで行く惑星の為に自らを犠牲にする事なら厭わない。勇敢であり、聡明であり。そして……私を敵に回した愚か者なのだよ」


 そして茶菓子を美味そうに食べるヤン氏。


 誰が正義で誰が悪なのか。


 シズリにはそれが分から無くなってしまう。


 だが、きっと彼ならこう言うだろう。


 数々の戦いに身を投じて生きて帰還して来た奴なら。




「最後に勝って、生き残った奴が本当の勝者だ」




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― 新着の感想 ―
[一言] うーむ。はよ駆除すべき存在にしか見えんわ、この御仁。 独善を持って混乱を招く、こりゃ王家がどうこう以前の危険人物だわ。でも殺すわけにもいかない血筋だから飼い殺しという所か。
[一言] 例え姿かたちを変えてもゴーストを利用するという形で関わり続けるのなら、いずれどこかでファンブルしそう。 あるいは全く関係ない事で退場するっていうのも黒幕の最期におけるお約束の一つですよね。
[一言] シュナイダーは思惑はどうあれ一応ゴーストの事も考えていた。 ヤンは正真正銘のクズであった。 終わってみれば真相はこうだったと。
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