オペレーション・ゴーストダウン6
クリスティーナ少佐が意識を覚した時はコクピット内はアラーム音が鳴り響いていた。
「ん、やられちゃった……のね。でも、まだデルタセイバーは生きている」
機体のバイタルを確認すれば左腕の損失と一部スラスターの破損。それ以外は問題は無く、戦闘続行は可能だった。
唯、一つ問題があるとすれば瓦礫の下敷きになってしまっている事だろう。下手な動きをすれば建物が崩壊してデルタセイバー諸共崩れ落ちてしまうかも知れない。
「ファング1より各機。状況は?」
『クリス!無事だったんだね!良かった。今、救助隊がそちらに向かっている。だから少しの間だけ』
「それは良いから状況の報告は?」
私はアーヴィント大尉の言葉を一度切りながら状況の確認を急ぐ。
『状況は良く無いよ。ウシュムガルが暴走しているからね。正確に言うならパイロットがもう滅茶苦茶さ』
「暴走?どう言う事?キ……ウシュムガルに何が起きてるの?」
一瞬、キサラギ少尉と言おうとした。けど、今の私達は敵同士。
現在のエルフェンフィールド軍の地上部隊のトップとして、敵パイロットの心配をする姿を見せて良い訳が無い。
『原因は不明だよ。けど、突然パイロットの苦しそうな悲鳴と同時にウシュムガルが暴れ出した。僕達に対しては、より苛烈な攻撃に。味方に対しては邪魔だとか言いながらね』
アーヴィント大尉の言葉を信じられなかった。
キサラギ少尉は依頼に忠実な傭兵だ。確かに挑発的な発言はあるものの、行動自体には何も問題は無かった。
寧ろ、味方となれば心強いエースパイロットとして安心出来るくらいだ。
なのに、暴走している?
『向こうもかなり混乱している。だから僕達は後退し続けてる状況だ。流石のガイヤセイバーやスピアセイバーでもウシュムガル相手は厳しいからね』
「そう。なら、そのまま後退を続けて頂戴」
キサラギ少尉が操るウシュムガルは手強い。然も、暴走している癖により凶悪になっているだけタチが悪い。
コンフロンティア軍には申し訳無いけど盾になって貰うしか無い。
(そう言えばキサラギ少尉もゴースト出身だったのよね)
今までゴーストに関しては特に何とも思わなかった。
利用する気も無いし、消耗品扱いするつもりも無い。
けど、今はエルフェンフィールド軍の後退を優先させてゴースト達を利用している。
都合の良い消耗品。
ゴースト達からしたら迷惑な話だ。だが、現状それをするしか無い。
(キサラギ少尉もこうやって裏切られて来たんだろうか)
同情する所はある。生まれた瞬間から厳しい生活を送る事を余儀無くされる世界。
そうなればどんな幼少期を送るか何て明白だ。
犯罪に手を染めるか野垂れ死ぬか。
中にはゴーストと言う立場でも平和に過ごせる人達も居るだろう。だが、それはその地域が安定している場合のみだ。
「私は……キサラギ少尉の事を何一つとして分かって無い」
彼は傭兵で私は軍人。立場も違えば居るべき場所も違う。
以前は偶々同じ任務を受けた。だけど、それだけ。それ以上も無ければそれ以下も無い。
「本当に嫌になっちゃうわ。私自身の我儘に」
少し冷静になれば分かる事だ。無理矢理捕虜にしても傭兵企業スマイルドッグは返還を求めるだろう。
アレだけの腕前を持つエースパイロットだ。簡単に手放す事はしない。それに、彼は連邦の正規市民であり名誉市民だ。最悪、連邦が出張ってくる可能性もあるのだ。
しかし、あの男にも問題はある。
この前連絡先を交換したと言うのに全く連絡して来ない。せめて週一くらいには連絡の一つや二つくらい来ても良いのに全く来る気配は無い。勿論、キサラギ少尉にも都合が悪い時はあるだろうけど一回も来ないのはどう言う事?もしかして私嫌われてる?でも嫌われてるなら普通連絡先なんて交換しないし。私から連絡は……何か、恥ずかしいし。
モニターと計器類の明かりだけが頼りの暗いコクピットの中で、キサラギ少尉に対する不満と愚痴と乙女心がつい出てしまう。
そんな時だった。外部から秘匿通信が来る。
何事かと思い、私は通信を繋げて話を聞く事にした。
【傭兵企業スマイルドッグ所属のナナイ軍曹です。お久しぶりです。クリスティーナ少佐】
「ナナイ軍曹?久しぶりね。けど、私達は今敵同士よ」
【はい。理解しております。しかし、キサラギ少尉を救えるのは貴女以外居ないので連絡させて頂きました】
そうだ。キサラギ少尉だ。
何故、彼が暴走してしまっているのか。そして、彼は無事なのか。
私は一度深呼吸をして頭の中をクリアにしてから口を開く。
「キサラギ少尉は敵味方の区別は付いてないの?」
【ほぼ付いておりません。基本的には攻撃を受ければ反射的に反撃しています。しかし、味方が射線に入っていても容赦無く攻撃を続行します】
「……今でも信じられないわ。あのキサラギ少尉がそんな戦い方をするなんて」
キサラギ少尉は基本的には依頼に忠実だ。
その依頼中に起きるトラブルに便乗して好き勝手する所はあるが。それでも味方になっているなら非常に頼りになる存在だ。
そんな人が戦場で暴走している。然も、戦略級AWウシュムガルに搭乗してだ。
(ブラッドアークに乗ってても派手に暴れそうだけど)
結局、エースパイロットが搭乗するAWはどれも危険なのは変わらないのだ。
【それだけでは有りません。これ以上の戦闘はキサラギ少尉にとって多大な負荷が掛かっている筈です。このまま戦闘を続ければ後遺症が出てしまうか、最悪廃人と化す可能性もあります】
廃人と化す。つまり、精神的な何かに干渉されている可能性がある。
(まるでL・D・Sみたいね。アレとは性質が全然違うけど、結果は同じに近いもの)
資料でしか確認した事が無いL・D・S。
確か短期間でのパイロット育成が可能である事とAW適性が低くてもAWに搭乗可能になる。
代わりに深刻な記憶障害を引き起こし、最悪植物状態になってしまう。
三大国家による大戦後期に登場した画期的であり狂気に染まったシステム。この時には多くの若い愛国者達が犠牲となった。
その結果、現在ではL・D・Sの使用は固く禁じられており、軍、民間での運用は公ではされていない。
「何故キサラギ少尉が暴走したのか分かる?間違い無くウシュムガルに原因があると思うけど」
【原因は不明です。しかし、ウシュムガルの頭部は厳重なシステムロックによりブラックボックスとなっています。また、キサラギ少尉の凶暴性が増したのと同時にウシュムガルの頭部から放出される熱量が増大しています】
ウシュムガルの詳細な機体データが送られて来た。これは間違い無く敵に対する情報漏洩だろう。
然も、地球連邦統一軍の戦略級AWなのだ。バレたらナナイ軍曹の命は無い。
けど、ナナイ軍曹はそのリスクを背負った上で私を頼りにして来た。
この戦場で敵である私に助けを求めて来たのだ。
自分が殺されるリスクを承知の上でだ。
きっとナナイ軍曹もキサラギ少尉の事を……。
(だったら、私が引き下がる理由は無いわ。私だって本気なんだから)
私はウシュムガルの機体データを見ながら操縦レバーを握り締める。
「ナナイ軍曹。私は貴女には、いえ……貴女達には負けないわよ」
【……?それは一体どう言う事ですか?】
「簡単な事よ」
私は笑みを浮かべながらギフト増幅を意識する。
デルタセイバーとの一体感。そして私を通してデルタセイバーから湧き上がるエネルギー。
「恋敵って事よ」
待ってなさいキサラギ少尉。今、貴方の目を覚まさせてあげる。
ブースターを全開に吹かし一気に瓦礫を吹き飛ばし、そのまま空へと飛んで行く。
そして、今もたった一人で攻撃を継続しているウシュムガルを確認する。
私はキサラギ少尉に対してオープン通信を繋げてから宣言する。
「キサラギ少尉!私と勝負しなさい!」
必ずウシュムガルの呪縛から助け出してみせる。
空へと飛び立ちながらウシュムガルと対峙する。
負けられない戦いが今始まるのだった。
因みにクリスティーナ少佐の救出に向かっていた部隊は、瓦礫から飛び出したデルタセイバーを察して紙一重で退避してました。
空を縦横無尽に駆けるデルタセイバー。現在存在しているAWの中で間違い無く一番強い機体。
その火力は超級戦艦を至近距離なら正面から撃ち貫く事も可能な程。
だが、その火力を生かす為には長時間エネルギーを溜める必要がある。更に搭乗者でもあるクリスティーナ少佐の集中力を維持させ続ける優秀な護衛が必要だ。
「だがなぁ……そんな時間も、仲間も。今のテメェには居ねぇだろうがよぉ‼︎」
デルタセイバーを捕捉して超大型シールドから大量の対AWミサイルを発射。続けてホーミングレーザーも追撃させる。
ビームガトリングガンを使用して対AWミサイルを迎撃しつつ回避機動を取るデルタセイバー。更にホーミングレーザーは当たる直前に加速する事で回避しているでは無いか。
(デルタセイバー。どうやら中身も恵まれてるみたいじゃないか)
だが、ウシュムガルのパイロットはこの俺だ。
デルタセイバーとウシュムガルによる激しい攻防戦。しかし、それを他の連中が黙って見ている訳が無い。
『ウシュムガルを援護するぞ!目標!デルタセイバー!捕捉次第ミサイル発射!』
『各機!敵の足を止める!それだけで充分だ!』
『腕が鳴るぜ!対空砲!弾幕を張り敵の移動進路を妨害しろ!』
自治軍から再びデルタセイバーに向けて攻撃が始まる。無論、デルタセイバーの援護の為にコンフロンティア軍、エルフェンフィールド軍も反撃する。
しかし、ウシュムガルの攻撃により既に壊滅状態。
既にデルタセイバーを援護出来る存在は限られているのだ。
【クッ!でも、私は諦める訳には行かないの!】
クリスティーナ少佐はデルタセイバーに再びギフト増幅を使いエネルギーシールドに全開で回す。しかし、デルタセイバーはウシュムガルとの戦闘により一度大きく損傷している。
左腕を損失してるだけでは無い。中身にも多少の不具合は生じていたのだ。その結果、エネルギーシールドが本来の出力に達していないのだ。
そして、デルタセイバーに対空ミサイルと砲弾が多数向かった時だった。
大量の拡散ビームと高エネルギーのビームによる弾幕が殆どを迎撃して行く。
誰が?コンフロンティア軍でも無ければエルフェンフィールド軍でも無い。
大量のビームの射線の元を辿ると答えは直ぐに分かってしまった。
【キサラギ……少尉?何で】
クリスティーナ少佐の疑問を解消すると言わんばかりにウシュムガルは自治軍に向けて銃口を向ける。
「貴様らぁ。俺の、邪魔を、するのかあああああ‼︎俺が!デルタセイバーを!撃破する!邪魔をおおおおおお‼︎‼︎‼︎」
そしてウシュムガルは躊躇無く自治軍に向けて攻撃を開始。拡散ビーム砲から両手ビーム砲。更に多数のロケット弾を自治軍に向けて放つ。
味方と思っていたウシュムガルからの無慈悲な攻撃。自治軍は何が起きたのか理解する前に次々と被弾して爆散して行く。
『お、俺達は味方だぞ!一体何が起きたんだ!』
『腕があああああ⁉︎⁉︎腕が痛ぇよおおおおお⁉︎⁉︎お、俺の腕は何処にあるんだあああああ⁉︎⁉︎』
『どうなっているんだ!味方から攻撃されるなんて聞いて無いぞ!』
混乱する自治軍。その中で一番焦りを感じていたのがバーフラーにいる指揮官と士官達だ。
擬似ギフト高揚さえ使用しなければ、こんな事には成らなかった筈だと理解していたからだ。
欲張らなければ。より高い戦果を求めなければ。
しかし、連邦に対する手土産を大量に用意すれば惑星ニュージェネスは更なる発展が出来ると言う誘惑に抗え無かったのだ。
『バーフラーよりヴィラン1!貴様!我々を裏切るつもりか!』
「ハハ……ハハハハハハ!裏切るぅ?そんな小さい事よりもっと重要な事があるだろぉ?」
『な、何だと?』
オペレーターは意味が分からないと言わんばかりの表情をする。
だが、それが俺の感情を余計に苛立だせるのだ。
「わかんねぇか?わかんねぇよなぁ。今まで搾取する側だったもんなぁ。そりゃあ理解出来ねぇわな!ハハハハハハ!」
『我々に何を求めている。我々は貴様を雇っているのだぞ!言われた通りの事をすれば良い物を!』
既に八つ当たり気味になってしまっているオペレーター。しかし、事情を知る士官達にとって悪夢でしか無い。
慌ててオペレーターを止めようとする。しかし、全てが手遅れだった。
「美味しい所だけ取ろうってか?この俺から!全部踏み潰して来て、名誉市民まで成り上がったこの俺から!貴様らだけ楽して手柄を奪おうってか!」
『な、何を言っている!我々は惑星の為に』
「邪魔なんだよおおおおおお‼︎‼︎‼︎寄生虫風情がああああああ‼︎‼︎‼︎」
いつの間にがHELブラスターを起動していたウシュムガル。それを見たバーフラーにいた士官やオペレーター達は悲鳴を上げながら逃げ惑う。
だが、全て遅過ぎた。
「消えろおおおおおお‼︎‼︎‼︎虫ケラ共がああああああ‼︎‼︎‼︎」
HELブラスターによる高エネルギーがバーフラーと自治軍に迫る。
既に退避した所で無意味なのだ。
『……連邦め。我々をも実験台にしたか』
バーフラーの指揮官は理解した。いや、してしまった。
戦略級AWウシュムガル。この機体はまだまだ戦闘データが足りない。特に精神に直接干渉する擬似ギフトに関しては世論が否定的なのだ。
だからこそ擬似ギフト装置の使用を連邦の技術士官から勧められたのだ。そうした方が効率が良いし連邦も喜ぶと。
迫り来るHELブラスターの高エネルギービームを睨みながらこの世から消えたのだった。
あーあー、やっちゃった()