オペレーション・ゴーストダウン5
頭が痛い。多分怪我をしている。それに、身体中も痛い。
目を開ければコクピットの中が赤く染まっていた。一瞬、自分の血かな?と思ったが警告ランプが点いてるだけだった。
「クッ……ツゥ、痛い。状況はどうなってる?」
ついさっき、ウシュムガルからの攻撃を境に記憶が曖昧だ。
ちょっと前にはウシュムガルが倒れたのに、直ぐ立ち上がって怒涛の攻撃をして来たのを思い出す。
そして隣に居た仲間のMWオーガが僅かな悲鳴と共に爆散したのを最後に凄まじい衝撃に襲われたのだ。
「畜生……なんなんだよ。俺達が……お前に、何かしたのかよ」
破壊された街を見る。この場所は祝い事のある日には出店が沢山出る通りだ。
色々な食べ物や娯楽品が沢山出て来て、とても楽しい場所だった。
俺も、もう少ししたら出店を出す予定だったんだがな。
「…………」
通信からは味方の悲痛な叫びと罵声が飛び交っていた。もう、今いる場所は殆ど全滅したのだろう。
オーガのバイタルデータを見れば脚部が損傷し動けそうに無い。左腕も瓦礫に潰されて稼働不可。
唯一動けるのは右腕と45ミリマシンガンくらいだ。
「弾は半分か……。はぁ、勝てる訳が無い」
このまま死んだ振りをしていた方が賢いだろう。運が良ければ自治軍が居なくなった後から脱出出来る筈だ。
けど、それはしたく無かった。
故郷の街は破壊された。エマの大好きだった揚げ饅頭屋も瓦礫の山になっている。
更にウシュムガルはまだ攻撃を続けている。既に俺達に勝ち目は無いのだろう。
「そう言えば……ウシュムガルのパイロットもゴーストなんだっけか。全く、どうやったらそんな場所に行けるんだよ」
きっと才能があったんだろう。俺は馬鹿だからこんな場所でこんな状況になっている。
神様は不平等だ。同じゴーストだったのに、こんなにも差を付けるなんて。
「勝てない事は分かってる。だけど……この街は、守るって決めたんだ」
意外と近い場所で横姿を晒しているウシュムガル。俺はそんなウシュムガルに対し45ミリマシンガンを向ける。
そして一瞬だけ躊躇したけどトリガーを引く。
45ミリマシンガンから多数の弾がウシュムガルの頭部や腕に向けて飛んで行く。そしてウシュムガルはこちらに視線を向けて来た。
恐怖。4つのメインカメラはまるで蛇の様だ。
さながら俺は蛇に睨まれた小動物そのものだった。
ウシュムガルは左手をこちらに向ける。そして俺は死ぬのだと理解した。いや、理解してしまった。
(そう言えば……エマとの約束。生きて帰るって約束は守れそうに無いな)
残ってる45ミリの弾を全て撃ち尽くす。
ずっと俺達は虐げられて来た。虐げられ、使い捨てにされ、捨てられて。
だから、反抗する意思を見せるんだ。
例え……死ぬと分かっていても。
ウシュムガルの左手にエネルギーが収縮される。
(あぁ、俺は死ぬんだ)
最後に写真を見ようとするが見つからない。
「そう言えば。落としたんだっけ?」
もう、探す気力も無い。唯、大好きなエマが無事に避難してる事を祈るだけ。
『タッちゃん!タッちゃんどこに居るの!』
エマの声が聞こえた。オーガのセンサーが誰かの音声を拾ったのだ。
一瞬、気の所為だと思った。だが、何度もエマの声をオーガのセンサーは捉えてしまっていた。
俺は慌てて辺りを見渡す。すると、瓦礫の上を埃まみれになりながら歩いているエマが居たのだ。
「エマ?何やってるんだ!あの馬鹿は!」
俺はスピーカーをオンにしてエマに逃げろと叫ぶ。
《エマ!逃げろ!何でまだ街に残っているんだよ!》
『タッちゃん⁉︎どこ?どこに居るの!タッちゃん!』
そして此方に気付いたエマが駆け足で寄って来る。途中、瓦礫に足を取られ転けたりするが直ぐに立ち上がって走って来る。
《逃げろエマ!ウシュムガルが来てる。だから、早くッ》
『じゃあ今の内にタッちゃんも逃げよう?早くそこから出て一緒に逃げよう!』
何故ウシュムガルが攻撃して来ない?俺は気になりウシュムガルの方を見る。
するとウシュムガルは此方を見ながら止まっているでは無いか。何を思って止まっているのか知らない。
もしかしたら機体のトラブルかも知れない。さっき思いっ切り倒れてたし。
「タッちゃん!手を伸ばして!」
いつの間にハッチの強制解放を使ったのか。ハッチが開いた先に幼馴染で大好きなエマの姿が居た。
その背後に一発のミサイルが飛翔しているのも一緒に。
フラッシュバック。PTSD症候群。トラウマ。
これらは俺にとって無縁と言う訳では無い。
戦友の命と引き換えに生き延びたこの命。そして、愛する人を救えなかったあの瞬間。
ウシュムガルのコクピットに乗っていると、いつも以上に鮮明に思い出してしまう。
「ハァ、ハァ、ハァ」
呼吸が苦しい。同時に俺は指一本足りとも動けなくなっていた。目の前に民間人と思われる少女が半壊したMWオーガに近寄って行く姿。
足元が不安定なので何度も転んでいるのに直ぐに立ち上がりオーガに向かって行く。
まるで、過去の焼き直しを見ているかの様な気分になっていた。
全く違うのに何故かそう思ってしまう。何故なのか?
少女に向けて逃げろと叫ぶオーガのパイロット。だけどそれを無視して助けに向かう少女。
その場所は危険だ。だから逃げろ。
俺も心の中でそう思ってしまう。
「警告、ミサイル群が接近中。ジャミングを展開。衝撃に備えて下さい」
ネロの声が遠くに聞こえる。通信機からの声は既に無視している領域。
そして幾つかの衝撃がウシュムガルを揺らすがシステムエラー、武器破損共に無し。
幾つものミサイルがウシュムガルのジャミング装置により在らぬ方向へと飛んで行ってしまう。
しかし、一発のミサイルが寄りによってオーガの方へ向かって行ってしまう。
俺は咄嗟に左腕の飛行型ビーム砲を射出させた。
目的?そんなの決まっている。あのオーガのパイロットと少女を守る為。
だが、敵からしたらそんなの信じられない。
一発の弾丸が飛行型ビーム砲に直撃。飛行型ビーム砲はそのままコントロールを失い建物に突っ込んでしまう。
「やめろ……やめろやめろやめろ!」
ミサイルがオーガのパイロットと少女に向かって突っ込んで行く。
俺は手を伸ばす。守る事もどうする事も出来ないモニターに向けて。
そして重なってしまう。
愛した人を失ったあの瞬間と。
爆発。そしてMWオーガに誘爆。
オーガのパイロットと少女は呆気ないくらいに爆発に巻き込まれてしまう。
そして、レイナと同じ様に死んでしまったのだった。
だが、一つ違う事がある。
それは、あのオーガのパイロットは大切な人を守る様に抱き締めていた。
その事が俺にとって羨ましいと思ってしまった。
俺とは違い一緒に逝けたのだと。
だが、それが余計に俺自身の弱い心を突き刺したんだ。
「あ、あああ……ああ、あぁガガアァァ」
頭が熱い。身体も熱い。何故だ。何故俺は救えなかった?
あのオーガのパイロットは恋人を抱き締めて庇っていた。
なのに俺はコクピットの中で手を伸ばす事しか出来なかった。
あの時から俺は何一つとして変わっていない。
戦友も親友も恋人も守る事すら出来ない無力なまま。
何故、俺はレイナを救えなかったんだ‼︎‼︎‼︎‼︎
「うわああああああああああああああ‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
憎い!全てが憎い!この世界の全てが憎い!
俺達の存在を見て見ぬ振りしてる癖に都合の良い様に利用している世界が憎い!
悪いのは全て俺達だと言い責任を押し付ける世界が憎い!
簡単に切り捨てる癖に悪いのは俺達だと言う世界が憎い!
子供達を毒殺させる事が救いだと曰う世界が憎い!
見下し、ゴミの様に扱う正規市民共が憎い!
そして、この世界をこんなクソみたいな状態まで野放しにし続けて来た全ての生命体が憎い‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎
「ガアアアアアアアアアアアアアア‼︎‼︎‼︎‼︎‼︎」
だから吼えるのだ。この憎くて希望溢れるクソみたいな世界に向かって。
自分抱えている憎しみを込めて。
バーフラーの艦橋内ではウシュムガルの状況を逐一把握していた。
だが、それは突然起こった。
突如として擬似ギフト装置が暴走を始めたのだ。
「擬似ギフト装置、パイロットへの干渉止まりません。このままではパイロットに多大な負荷を強いられます」
「緊急停止信号を送れ。それからウシュムガルは一度後退させるんだ」
「了解。緊急停止信号、送ります」
それで全て解決すると思われていた。多少、パイロットに負荷が掛かったとは言え既に充分な戦果は出して貰った。
後は自治軍だけでも対処は可能だ。このままヤン・ハオティエンの捕縛とデルタセイバーの確保も容易に行えるだろう。
だが、彼らの予想を裏切る結果を出してしまう。
「緊急停止信号……受け付けてません。依然パイロットへの負荷が掛かっています!」
「何だと?再度信号を送れ!」
「ダメです!信号拒絶!擬似ギフト装置が暴走しています!」
「馬鹿な。擬似ギフト装置は所詮は紛い物だぞ。容易に停止出来る筈」
急いでモニターからシュウ・キサラギと擬似ギフト装置のバイタルデータを確認する。
すると衝撃の結果を見てしまう。
「コレは……パイロットとの波長が一致している?」
「まさか……適合したと言うのか。そんな事が。いや、有り得ない。他のギフトと適合するなど。まして、擬似ギフト装置から発生しているモノだぞ?」
有り得ない。だが、結果としてシュウ・キサラギと擬似ギフト装置高揚との相性は合ってしまった。
既にパイロットは非常に強い高揚状態にあり、攻撃を受けたら即座に反撃するレベルになっている。
恐らくウシュムガルの行動を邪魔すれば我々もコンフロンティア軍と同じ目に合うだろう。
だからこそ我々は自分達の身を守る必要がある。
「……全軍に通達。死にたくなければウシュムガルから離れろと」
最早ニュージェネス自治軍にはそれしか出来ない。
だが、その命令に納得しない者達も居る。
そう、同じスマイルドッグに所属している仲間達だ。