善悪の権化
その日は相変わらずの曇り空だった。雪は止んでいたが、今にも雪が降りそうな雲行きだ。
俺はウシュムガル専用のパイロットスーツに身を包み、ネロを引き連れながら傭兵用のブリーフィングルームへと向かう。
「ウシュムガルの調整は済んでるんだな?」
「はい。既にマスターの戦闘データを反映しており、以前より操作し易くなっています」
「あの巨体で操作性を求めちゃいないさ。俺の目標はデルタセイバーさえ叩き潰せれば良いからな」
そしてブリーフィングルームに入れば半数くらいのメンバー達は揃っていた。
「おはようございます!先輩!」
「おはよう。キサラギ少尉。調子は問題無さそうね」
アズサ軍曹とチュリー少尉に軽く手を上げながら挨拶する。
「おう。今日の俺は絶好調だぜ。何せデルタセイバーをぶっ潰せるんだからな。それにだ……」
俺は一拍開けてから、いつも通りニヤリと笑いながら言う。
「デルタセイバー破壊後はボーナスタイムだ。今回も派手に稼がせて貰うよ」
「以前は味方だったのに。随分とクリスティーナ少佐を嫌ってるのね」
「別に少佐殿の事は嫌ってはいないさ。唯、デルタセイバーの存在は俺にとって目障りなだけだ」
「確かに。今の先輩にとって、デルタセイバーが一番危険な存在なんスよね」
その通りだ。今回の戦争は勝ちが決まっていた筈だった。
だが、デルタセイバーとの邂逅から始まりエルフェンフィールド軍の介入。三つ巴の戦いになると思いきや。まさかゴースト共に肩入れするとは誰が予想出来ただろうか?
消耗品は所詮、消耗品だと言うのに。
どう足掻いた所でこの方程式を変える事は出来ない。いや、出来てたまるか。
(でなければ、俺は……何の為に今まで多くの連中を踏み台にして来たんだ)
エルフェンフィールド軍の行動は気に入らないのは確かだ。
しかし、戦争に合理的な理由なんて必要無い。連中が何を思ってゴーストと共闘するかなんて俺達には関係無い。
無論、エルフェンフィールド軍が共闘している理由は既に明白だ。恐らくヤン・ハオティエンの確保が目的だろう。
まぁ、その為にコンフロンティアの連中を肉壁にしていると考えれば納得出来ない事も無いが。
それでも、連中の行動は血迷ってるとしか言えんがな。
「ふぅ、全く。毎度毎度厄介な連中だぜ。大人しく自分達の惑星に引き篭もってれば良いものを」
誰かの返事を求めてはいない。だが、俺の闘志は今まで以上に燃え盛っているのは間違いない。
そして、俺の感情を察知したのか、アズサ軍曹とチュリー少尉他のメンバー達は声を掛けてくる事は無かった。
暫く静かに待機しているとナナイ軍曹が入って来た。どうやら今回はナナイ軍曹が作戦内容を説明するらしい。
「皆さん、おはようございます。本作戦の説明をさせて頂きますナナイ軍曹です。宜しくお願いします」
綺麗な敬礼と共に挨拶をするナナイ軍曹。
「それでは本日0900より開始される【オペレーション・ゴーストダウン】の作戦概要を説明します」
部屋が暗くなるのと同時にモニターに作戦領域が表示される。
「第一段階ではニュージェネス自治軍、及び傭兵部隊はコンフロンティア軍の本拠地より10キロ手前で待機。その後、25キロ手前より待機している自走砲、ロケット車両よる飽和砲撃を開始。また海岸線よりミラノ第二、第四、第六艦隊からのミサイルによる支援攻撃が開始されます」
自走砲、ロケット車両による飽和砲撃。それは同時に戦う力を持たない者達も巻き込む事も辞さない事を意味している。
どうやら、ヨハネス・シュナイダー総統はこの戦いを最後にするつもりらしい。
まぁ、ウシュムガルを投入する時点で必ず勝つという意志は伝わる訳だが。
「更に攻撃と同時に地上部隊を支援する航空部隊、AW部隊、MW部隊が発艦されます」
ミラノ艦隊。ミラノ海域の守護者と言われる戦力を持つ。この艦隊はニュージェネス自治軍にとって切り札的な存在なのは間違いない。
「作戦第二段階ではウシュムガルを主軸として全部隊が前進を開始。その後、反抗勢力を叩きます」
モニターに映るのはコンフロンティアが立て篭っている場所。都市開発が失敗し廃棄された旧都市部。
衛星からの分析では多くの対空砲、迎撃ミサイル砲台が確認出来ていた。またAW、MWを筆頭に多数の地上兵器が配備されていた。
「この時、私達からの降伏勧告はありません。目に見える全ての敵勢力は排除して下さい」
都市開発を行なっていた故に建物は多く、道は入り乱れている。つまり、歩兵戦やAWでの都市戦は地獄絵図になるだろう。
「また作戦第二段階に突入するのと同時に、エルフェンフィールド軍所属のデルタセイバーが現れる可能性が非常に高いです。その為、キサラギ少尉はデルタセイバーを確認次第、即時撃破して下さい」
デルタセイバー。こいつは俺にとって天敵そのものだ。
味方になれば己のプライドを踏み躙られ、敵になれば一番敵に回したく無い強敵となる。
現在でもAW関連は日々進化しているだろう。
だが、それを嘲笑うかの様な強さを持つのがデルタセイバーなのだ。
「第三段階ではデルタセイバー及び、他戦力の50%を排除した時点で私達の任務は終了となります。残りの敵残存部隊に関しては全て自治軍が対処するとの事です」
その言葉に不平不満が出る。大方、美味い所は自治軍が取るのかと考えているのだろう。
尤も、シュナイダー総統がそんな事を考えているとは思わないが。恐らく別の目的があるのだろう。
ヤン・ハオティエンの確保か。それともゴースト共を強制収容か。
あわよくばデルタセイバーの残骸確保か。
「また今作戦では宇宙からの支援は見込まれません。全て地上での戦力のみで対応します。質問などがあればどうぞ」
「宇宙の状況はどうなってるんだ?地上に結構な数のAW、MW部隊が降りて来ただろ」
既にスマイルドッグを含めた他傭兵部隊の地上戦力は倍以上になっている。そうなると宇宙での戦闘が非常に危ういものとなる。
幸い、ジャン率いるシルバーセレブラムの傭兵団は宇宙に引き上げるらしいが。
「宇宙に関しては問題ありません。既に地球連邦統一艦隊が後方に待機しているとの事です」
「後方に待機してるだけなんだろ?連邦は参戦はしない。エルフェンフィールド軍と構えたくは無い筈だ」
「キサラギ少尉の言う通りです。連邦艦隊は参戦はしません。しかし、立場としてはこちらの味方です」
「そうかい。ならハリボテ艦隊がどれだけ役に立つか見ものだな」
俺は皮肉気に言いながらモニターを見る。都市開発に失敗した廃墟の塊。
元々、都市開発が失敗した名残の場所だ。その結果、ゴースト、犯罪者、差別された者達が多く住み着く事になった。
本来なら誰も手を出す事は無い場所。しかし、そこには独自の経済基盤が出来ている。それ故に下手に手を出せば自分達にも被害が出るのだ。
(それでも強行するか。つまり、ゴースト更生労働法は相当なグレーゾーンに突っ込むのかもな)
いや、なり振り構わずレッドゾーンを踏む事を前提としてるのかも知れんな。
「全く、実に素晴らしい世界だよ……本当にな」
それから何人かが質問して各自作戦を煮詰めていく。それを尻目に俺は静かに目を閉じる。
既に誰もが理解しているだろう。今日が惑星ニュージェネスの運命が決まる事を。
だが、そんな事は俺達には関係無い。
謀略があろうが、政治的な意味合いだろうが、知った事では無いのだ。
何故なら俺達は傭兵だからだ。勝利こそが全て。大量の報酬と力を証明する事こそに意味があるのだ。
相手がデルタセイバーだとしても関係無い。
「勝つのは俺だ」
勝者は一人で充分だ。
間も無く作戦開始時間。AW、MWのパイロット達は格納庫へ向かって行く。
「そう言えばアズサ。お前、機体はどうしたんだ?」
ふと気になってアズサに聞いてみた。このニャンコ娘のアーミュバンカーは現在宇宙に送り返されている。恐らく胴体、脚部と一部パーツ以外はスクラップ行きは確定だろう。
その為、アズサ軍曹は搭乗するを用意する必要があるのだ。
「はにゃ?勿論、ちゃんと用意したッスよ!」
「ほほぅ。因みに機体構成は?」
何となく機体構成は分かるが一応聞いておく。十中八九、重装備の機体になるだろうけどな。
「サラガンの重装甲仕様と四脚にしてるッス!お陰で重装備でもギリギリ行けたッス!」
自身の端末を操作して俺に見せてくる。
サラガンの重装甲仕様は主に対実弾仕様となっている。ベース機より一部装甲が分厚くなるのと追加装甲が施される。
四脚自体も重装甲仕様の為、機動力自体は高くは無い。しかし、アーミュバンカーの様な履帯をベースとした物よりはマシだろう。
武装も火力特化にしているのか35ミリガトリングガンが二挺。両肩には中口径グレネード砲が二門。肩部側面には迎撃ミサイルポッドを搭載。
実にアズサ軍曹らしい機体構成だと言えた。
「ふぅん。後はデコイでも積んでおけよ。いざって時には役に立つしな」
「え?でも重量制限ギリギリなんスけど」
「グレネードの装弾数少し減らしとけ。どうせ元々金欠なんだからさ」
「うぅ……あのバッタみたいに跳ねる機体。絶対に許せないッス!」
アズサ軍曹の機体構成に少しアドバイスしてウシュムガルの方へ向かう。
ウシュムガルへ向かう途中に何人もの兵士達から敬礼を受ける。それだけでウシュムガルが期待されているのが良く分かる。
「ネロ、俺達の目標はデルタセイバーだ。無論、撃破する事が一番だが不可能な場合は足止めに徹する」
「了解しました」
「それと姿勢制御とシステム内のエラー対処は任せる。流石にあの巨体と武装だ。俺が対処するにも限界があるからな」
「お任せ下さい。マスターが万全の状態を維持出来る様に致します」
「頼もしい返事で宜しい」
そしてウシュムガルの所に到着する。
ウシュムガルの周りには整備兵が最終チェックする為に年配の兵士が大声を出したり、若手の兵士はコンソールで確認をしていた。
俺達に気付いた年配の整備兵が敬礼をしてくる。俺はそれに対し答礼しながら質問する。
「ウシュムガルは出撃出来そうかな?」
「ハッ!勿論でございます。後10分程で完了致します」
「そうか。じゃあ、コクピットの中で待たせて貰うよ」
「了解しました。おい!パイロットが乗り込むぞ!タラップ車を用意しろ!急げ!」
タラップ車の上に乗り、ウシュムガルのコクピットまで上げて貰う。
暫くコクピットの中で静かに佇む。これから先はどんな結果になろうと誰かが貧乏くじを引く。なら、その貧乏くじを引かない為にも敵を蹴散らす必要がある。
(いよいよだ。この惑星の未来を決める戦争。俺には勝っても負けても悲惨な未来しか見えんがな)
シュナイダー総統閣下にはどんな未来が見えてるか知らないが、世の中そんなに甘くは無いって訳さ。
元ゴースト出身の俺から言わせて貰えば。ゴースト使わずに自前の市民共の尻を蹴り上げた方が手っ取り早いと思うがな。
「ま、支持率保持の為に頑張ってくれや」
皮肉気な台詞を言いながら時間になるまで静かに待機する
そして時間が迫って来たのでウシュムガルを目覚めさせる。
「ネロ、システムチェックを頼む」
「了解しました。システム起動開始」
コクピットハッチを閉じてシステムを起動する。
モニターに多数の文字と外部情報が映し出される。基本的にシステムチェックはネロに任せているので、俺は武装とサブシステムの最低限のチェックを行なっていく。
「メインシステム、サブシステム、姿勢制御。全てオールグリーンです」
「反重力システム起動しろ」
「反重力システム起動開始」
機体の各所に搭載されている反重力システムが起動する。
そして反重力システムが完全に立ち上がるとウシュムガルが目覚める。
四つ目のメインアイが光り、その巨体が動き出す。
ある者は感動し、ある者は驚きを。
唯、これだけは誰もが抱いている。
ウシュムガルがこの戦争を終わらせてくれると。
「さぁて、どちらも踏み潰してやるよ。それがお望みらしいからなぁ!」
その中身の善悪など関係無い。
何故ならこの戦いは自分達の生活にも関わっているのだ。
平和な日常の障害を取り除いてくれるなら誰でも良いのだ。
そう、誰でも……な。