闘争本能
雪が降り続ける。寒さに耐えながらも防衛陣地を構築する為に作業を進めるコンフロンティア軍の兵士達。
そんな彼らを尻目に暖かな部屋でお茶を飲む東郷・シズリが居た。
「ふぅ。全く、一体何を考えているのかしらね。ヤン氏は。いくら清い立場だと言えども変わり種になれば厄介なものね」
側に居るゲンに話し掛けながら、優雅にお茶を飲む。
「一番苦悩しているのはエルフ共ですがね。尤も、我々も巻き込まれた形ではありますが。因みに頭は既にご存知で?」
「えぇ。向こうからコンタクトがありましたから。しかし、やはりと言うべきでしょうか。無理難題を振られた訳です」
「まさか惑星一つを敵に回すとは誰も思いますまい」
ヤン氏の目的がゴースト更生労働法の破棄なのは分かる。だが、今更そんな事をして一体なんの意味があるのだろうか?
過去に似た様な事をした惑星が無い訳では無い。だが、その全ての惑星はゴーストとの内戦により、大地は荒れ果て廃墟と化していた。
「お嬢、まさかとは思いますが。ヤン氏が素晴らしい正義感をお持ちの方と思っては無いでしょう?」
「そうね。彼は聖人君子では無い。どちらかと言えば商人に近いかしら。メリットデメリットを直ぐに見分けて最小限のリスクで最大の効果を得る」
だからこそだ。そんな人が何故負けが確定しているコンフロンティアに手を貸しているのか。
「私達に出来る事は多くはありません。時期を見計らってヤン氏を無理矢理宇宙へ連れて行かせます。彼には色々と利用価値がありますから」
「エルフ共が見逃す筈は無いと思いますが?」
エルフェンフィールド軍も最悪の状況は既に想定しているだろう。
「恐らく次が最後の戦いになるでしょう。ならば、多少なりとも隙は出来る筈です。なので私達はその先に待機しておきます」
「なるほど。果報は寝て待つと言う訳ですな」
「そう言う事よ。さぁ、ゲンさんもお茶を一緒しましょう?外はまだ寒いですからね」
「では、ご相伴させて頂きます」
シズリが淹れた温かなお茶を飲みながら窓から外を見る。
一口飲むお茶は温かく上品な味わいと香りが口の中に広がる。だが、外の状況はお茶とは真逆だ。
「この争いに価値は……いや、今更ですな」
「えぇ、今更よ」
ゲンの自問自答に同意するシズリ。
そして夜は更けていく。
地上に残されたエルフェンフィールド軍も次が最後の戦いだと理解していた。
宇宙で敗退した艦隊も間も無く再編は終わるだろう。そうすれば惑星軌道上の制空権の完全確保とまでは言わないが、一部は確保出来るだろう。
しかし、長くは保たないのも事実だ。戦力差は単純に見ても1対3と劣勢。それに加えてコンフロンティア艦隊は輸送艦や客船に装甲を施し、武装を取り付けたテロリスト御用達の艦艇まである始末だ。本格的な軍艦が行う砲撃戦の前では足手纏いにしかならない。
「だからこそ、私達がやらないと」
簡易ハンガーに鎮座しているデルタセイバーを見ながら呟く。
現在の戦況は決して良くは無い。更に悪い事に自治軍側には戦略級AWウシュムガルが存在している。
恐らくウシュムガルに対抗出来るのはデルタセイバーのみ。例え相手が機体任せのパイロットだとしても、ウシュムガルの性能はそれを補える程だ。
(向こうにはキサラギ少尉を含めたスマイルドッグとシルバーセレブラムがいる。それだけでも充分厄介なのに)
歴戦の傭兵にしっかりとした装備。更にエースパイロットには専用機まで配備されている。
対してエルフェンフィールド軍も装備、人員に関しては問題は無い。だが、他がコンフロンティアを含めたゴースト達にマフィア擬きの東郷組だ。
味方に恵まれてない自分達の立場に自然と溜息が出てしまう。
「クリス。余り考え過ぎるのも良く無いさ」
「……アーヴィント大尉。ちゃんと中佐を付けなさい」
「はは。今は僕達しか居ないから平気さ。それよりここは冷える。温かいのを飲むと笑顔になれるさ」
「全くもう。今回だけよ」
そう言ってクリスティーナ少佐は飲み物を受け取る。口に含むとコーヒーのほろ苦さとキャラメルクリームの甘さが疲れた頭に染み渡る。
「ふぅ。美味しい」
「それで、勝算はあるのかい?」
「デルタセイバー頼みになってしまうけど。でも貴方達も充分頼りにはしてるわ。ウシュムガル以外の敵は任せたわよ」
「フッ、問題無いさ。僕が操るガイヤセイバーならどんな敵も蹴散らしてみせる」
「頼りにしてるわ。けど油断は駄目よ。前みたいにやられちゃうんだから」
そう言うと次は油断しないさと言いながらコーヒーを飲むアーヴィント大尉。
暫く無言のまま格納庫内の機体を見つめる。デルタセイバー、ガイヤセイバー、スピアセイバー数機と言った順に並ぶAW。軍事マニアからすれば凄く興奮する光景だろう。
「クリスは……敵のパイロットと知り合いなんだね」
「……えぇ、そうね。以前一緒に共闘した仲よ」
「そうか。それはマザーシップの時かい?」
「そうね」
本来なら第三皇女リリアーナ・カルヴァータ姫救出作戦からなのだが、一応機密扱いなので無闇に言える事では無い。
「クリス、さっきも言ったけど余り考え過ぎるのも良くは無い。今のエルフェンフィールド軍の指揮官はクリスなんだからさ。少しは部下達に任せても良いんだよ」
「アーヴィント……そうね。私達に出来る事は限られてる。なら、その限られた部分を確実にやって行くしかないわ」
「そうさ。さぁ、ここは寒い。風邪を引いてしまったら元も子もないさ」
アーヴィント大尉の気遣いに内心感謝しながら自室に戻るクリスティーナ少佐。
結局の所、出たとこ勝負な面が大きいのも事実だ。なら、そこを何としてでも勝利するしか無いのだ。
(ウシュムガルさえ撃破出来れば良い。そうすれば後はヤン氏を無理矢理宇宙に連れて行く。それだけよ)
既に宇宙へ離脱する為の大型輸送艇の準備は済んでいる。警備も配備しており不審者、コンフロンティアの兵士達は近付く事は出来ない。
なら、後は予定通りに事を進めて行くだけなのだ。
迷いを振り切って前を向くクリスティーナ少佐。
しかし、最大の障害となる者との再会は近い。
外は既に暗く、雪が基地の滑走路に積もって行く。時折、無人機の除雪車が滑走路や車が通る道を除雪して行くのが見える。
そして一部の広い場所を占領して、多くの整備兵達が戦略級AWウシュムガルの整備を行なっていた。
「改めて見るとウシュムガルって武者みたいな見た目してんのな」
俺はウシュムガルが整備されている近くまで来ていた。鎧兜に左肩は大袖みたいな巨大シールド。更に色合いも黒と金を使ってるから尚更そう見えてしまう。
「昔、某ロボットアニメに武者なんとかって居た気がするなぁ。無双ゲームとかに出てたと思うんだが」
もう前世の記憶なんて殆ど意味が無い。それに思い出す事も殆ど無いので記憶は薄れてしまっている。
それでも人型機動兵器にSF映画やアニメでしか知らなかった身としては凄まじく興奮したのを覚えているが。
「ゴースト更生労働法かぁ。もう色々手遅れだと思うんだけどな」
俺はウィスキーの入ったボトルの蓋を開けて一口飲む。冷えた身体には良く効く最高の暖房装置さ。
何故、こんな風に黄昏ているのか。それはゴースト更生労働法に思う所が無い訳では無いからだ。
確かにゴースト達の自由は無くなるだろうし、犯罪行為なんてもっと出来なくなるだろう。
だが、そんなのは当たり前の事だ。そもそも人間社会の中で自由に生きる奴なんて、限られた奴しか居ない。誰もが働き、金を稼ぎ、日々の生活を送っている。
寧ろ、政府から手を差し出されてる時点で運が良いんだからさ。大人しく捕まっとけば良いんだよ。
「まぁ、使い捨てにされるのは変わらんだろうが。最低限の装備とか色々手配されるのは間違いない」
俺なんて前世の記憶があったから上手く世渡りしたんだ。そんな運が良い奴が他に居るか?
「ハンッ、居ねぇよ。そんな奴」
自嘲気味に鼻で笑いながらウィスキーを飲む。暫くウシュムガルを見ていると後ろから足音が聞こえた。
「こんな寒い中、何をやっているのですか?」
「黄昏てるんだよ。少しは察しろよな」
「相変わらずですね。貴方は」
後ろを振り返ればナナイ軍曹が一人佇んでいた。
「報告します。三日後に我々は攻勢に出ます。またコンフロンティア軍は徹底抗戦をする様子を捉えています」
「真の自由の為に〜ってか?自由って奴は権利を持つ者にだけに許される特権なんだがな」
「……貴方は、偶に残酷な事を言うのですね」
「それが事実だ。世界は優しくは無いし、暖かくも無い。世界なんて本物の天才や一部のカリスマ持ちから零れ落ちた恩恵を得ているに過ぎんよ」
ナナイ軍曹は何かを言おうとするが口を噤んでしまう。恐らく俺に何を言っても無駄だと判断したのだろう。
「またリミットも三日と判断されたみたいです。軌道上の制宇権を確保している間に決着をつけたいと予測してます」
「まぁ、下手に連邦から介入されるのは避けたいだろうからな。ゴースト更生労働法の内容に要らん指示が出されるのは間違い無いだろうし」
何せシュナイダー総統閣下肝入りの法案だ。たかがゴースト如きに躓きたくは無いだろうし。
(ゴーストを救うと称してるにも関わらず誰も信じてない辺り救いが無いよな)
この世界の残酷な一面をよく示している状況だと一人納得してしまう。
「それからウシュムガルの件についてですが。一部厳重にブロックされている箇所がありました」
「詳細は?」
「擬似ギフト装置が搭載されていました。しかし中身の解析には至りませんでした。メインシステムがブラックボックス故に強固な防衛セキュリティに守られてましたので」
「そうか。なら仕方ない。まぁ、戦闘に支障が無ければ良いか」
ウシュムガルには何かあるとは思っていた。それが機体かパイロットのどちらかに影響が出るのは避けたかったのだが。
「それに、多分大丈夫だろうよ。どうせ勝ち戦になるのは間違い無いんだ」
「そうですか。では報告は以上です」
「おう、サンキューな。後でクレジット振り込んどくよ」
「いえ、結構です。キサラギ少尉には何度も救われてますので」
「おいおい、余計な情を抱くのはやめとけよ。でないと手痛いしっぺ返しが来るかもだぜ?」
その代償が命で支払う結果になるかも知れないのだから。
「心配してくれるのですか?」
「あ?……ふん、んな訳あるかよ」
「そうですか……フフ」
俺はナナイ軍曹に背を向けながらウィスキーを呷る。一応ウィスキーを差し出すが首を横に振られてしまう。
「私は戻ります。キサラギ少尉も風邪を引く前に」
「安心しろ。今なら注射一本で体調不良は無くなるからな」
「それでもです。それでは、失礼します」
「おう。じゃあなオペ子」
「ナナイです」
そして再び一人になる。
どの道、大半のゴースト達は逃げる事は出来ない。宇宙への逃避行が出来るのは一部の力を持つ者達とその腰巾着だけだ。
それでも人々は争う事を選ぶ。家族の為、国家の為、愛する者の為。
だが、果たしてそれが原動力なのだろうか?俺はそうは思わない。
「人は合理的な生き物じゃない。理性の下に隠した獣の様な本能は不利、不都合な事なんて考えて無いんだよ」
そう。まさに業と呼んでも可笑しくは無い。この世界に生きる全ての知的生命体の遺伝子に根深く刻まれている。
闘争本能。
だから世界は俺達が必要なのだ。