戦う者、愛する者
コンフロンティア軍に凶報が届く。ニュージェネス軍の戦略級AWウシュムガルによって先遣隊が壊滅したのだ。
この信じ難い報告に慌てたのはコンフロンティア軍上層部だ。戦力を保持していれば和平交渉も上手く行く筈だった。しかし、一部の独断先行した愚か者の招いた最悪の結果によって和平交渉では無く、無条件降伏に成り下がったのだ。
いや、そもそもニュージェネシス軍が戦略級AWを保有している事は誰も予想出来ては居なかったのだった。
「クソッ、ハーゲルめ。死ぬなら一人で死ねば良かったものを」
「頭が寂しいからと他の者達まで巻き込みやがって。あのハゲジジィが!」
「どうする?今なら我々だけなら逃げれる」
「逃げる?何処に逃げると言うのだ。制宙権は既に向こうが持っているのだぞ」
重苦しい雰囲気の中、状況を打開する為の議論では無く自分達が助かる為の議論をする。所詮は自分勝手で大した志も無い連中だ。こうなるのは当然なのだろう。
一様に絶望感が辺りに漂っている中、ヤン・ハオティエンが口を開いた。
「皆さん、一度冷静になった方が良いでしょう」
「ヤン殿?この状況で冷静になれる訳が無いでしょう!」
「そうです。このままでは我々は全員戦犯者として処刑されるでしょう。他のゴースト達に対する見せしめとしてね。勿論、貴方も例外では無いですぞ!」
口々に非難を言う上層部達。しかし、それでもヤン氏は冷静だった。
「確かに今の状況は絶望的。地上も宇宙も敵が優勢です。しかし、本当にそうでしょうか?」
「何を言うかと思えば。事実、宇宙では敗退しているでは無いか。エルフェンフィールド軍も東郷組も蹴散らされた結果が今で……ま、まぁ、仕方ない所もあるでしょうが」
一人が嫌味ったらしく口にするが、直ぐに口を噤んでしまう。何故なら嫌味を言った代わりに凄まじいプレッシャーを東郷・シズリから返されたのだから。
「確かに結果として敗退してしまいました。しかし、エルフェンフィールド軍も地上に残っている味方を見捨てると?」
「それは……しかし、現に撤退してますし」
「無敵の軍隊など何処にも存在しない。どんな強大な軍隊も敗北する事はある。今回は戦略的撤退だ。クリスティーナ少佐、本隊が再び攻勢に出るのは?」
「恐らく3日程は掛かると思います」
クリスティーナ少佐の答えに静かに頷くヤン氏。
「エルフェンフィールド軍も東郷組も我々を見捨てた訳では無い。我々は3日間耐える事が出来れば戦力は逆転出来る」
断言する様に言うヤン氏。その言葉には自信が溢れており、彼の言葉を聞く者に無条件に安心感を与える。
それはヤン氏の持つカリスマ性もあるが、何より彼自身が醸し出す絶対の安心感が場を落ち着かせる。
「確かに、我々が保有する戦力の大半はこの街に集まっている。防衛戦に持ち込めば簡単には落ちないでしょうな」
「それに相手がシュナイダーが率いる軍とは言え、無抵抗なゴーストを無闇に攻撃はしないでしょう。つまり、地の利では我々にあると見るべきか」
「とは言え、ウシュムガルの存在は無視出来ない。奴に対抗出来るのはデルタセイバーくらいではあるが」
そして自然と視線がクリスティーナ少佐に集まる。しかし、クリスティーナ少佐の表情は厳しいままだ。
何故なら現状の元凶となっているヤン氏が全く逃げようとしないのだ。むしろ、ヤン氏がこの場所に居座り続ける事で余計に戦局は悪化している。
そう軍人としての視点で見ているクリスティーナ少佐。
尤も、個人的な都合に関しては触れないでおくが。
しかし、このままヤン氏に従い続けるのも無理な話だ。無論、軍上層部がヤン氏の保護を最優先しているのは確実だ。
ならば、クリスティーナ少佐は出来る事をするだけ。
「一つ、ヤン氏にお願いがあります」
「何かね?」
「次の戦いを最後に我々と共に撤退して頂きます。それが無理なら私自身も……いえ、エルフェンフィールド軍として協力する事は出来ません」
その一言で場が一気に動揺する。当たり前だ。頼りの綱とも言えるエルフェンフィールド軍が条件を飲まなければ協力をしないと言うのだ。
しかし、ヤン氏はそんな彼等を抑える。
「それがエルフェンフィールド軍としての答えなのだね」
「現状の最高責任者は自分ですので」
「成る程。確かに、君の言う事も理解出来る。君達は軍人だ。慈善家とは違うからね」
ヤン氏は静かに目を瞑り、ゆっくりと頷く。
「……分かった。クリスティーナ少佐の意向を受理しよう。元々、私はゴースト更生労働法さえ破棄されれば良いからね」
「お、お待ち下さい!ヤン殿が居なくなれば我々は」
「大丈夫さ。次の戦いで全ての決着がつく。そうすれば後は元通りになる」
「本当……ですか?それは」
「あぁ、全て元通りに……ね」
そして暫く会議は続いたが、これ以上話す事は殆ど無く解散となった。
決戦となる場所はコンフロンティア軍の本隊が居る場所。そこには多くのゴースト達が根城にしていた。
戦場になると決まった瞬間に戦えない者達には避難命令が出される。しかし、避難すると言ってもどこに避難するのか?
そして、戦える者達は自分達の住む場所を守る為、家族を守る為、愛する人を守る為に立ち上がるのだった。
夜、シンシンと雪が降り続く街。政府から見捨てられた街には多くのゴースト達が住んでいる。更に、防衛陣を設営する為に兵士達が対空砲や無人タレットを家の屋上や広場に設置する作業に勤しんでいた。
夜に灯りと人の声がいつも以上に多い。この街では中々見る事が出来ない現象と言えるだろう。
そんな彼等を静かに見つめる青年が一人居た。いや、青年と言うにはまだ幼いだろうか。
「…………」
青年の名前はタツヤ。幼い頃からずっとこの街に住んでいる。
自分にとって大切な街が徐々に武装が施されていく姿を見て静かに拳を握り締める。その目には戦う意志がある者と同じ闘志が見え隠れしていた。
(この街を守る。アイツが居る街を潰させてたまるか)
静かに戦う決意を固めたタツヤ。しかし、後ろから雪を踏み締める足音と共に声が掛けられた。
「タッちゃん?こんな時間に外にいると風邪引くよ?」
「……フンッ!平気だよ。俺は今まで風邪を引いた事は無いからな」
「そう言って去年は鼻水が止まらなかったじゃん」
「あ、あれは鼻水だけだから。他は全然平気だ」
振り向けば濃い緑色の髪をツインテールにしたタレ目の幼馴染が居た。名前はエマ。昔からの馴染みで、幼い頃からずっとタツヤの後ろに付いて来ていた。
「随分と騒がしくなっちゃったね」
「……そうだな」
幼馴染だからこそ口に出さなくても分かる事もある。
「そうだ!明日はタッちゃんが大好きな煮込みハンバーグ擬きにして上げる!だから買い物にも付き合って欲しいんだ!」
「…………」
「後、避難する準備もしないと。この街も戦場になるなんて嫌だけど……仕方ないよね?」
少し悲しげな風に笑うエマ。しかし、その表情を見てタツヤは覚悟を決めた。
「エマ、俺「やだ」……」
タツヤが言う前に拒否するエマ。そして言葉を繋げていく。
「一緒に逃げようよ。別に街が無くなっても良いじゃない。私はタッちゃんと一緒に居られればそれだけで充分だもん」
「エマ」
「皆、勝手だよねー。私達は何もしてないのに。日々生きて行くだけで精一杯の私達から何を取るの?」
タツヤから視線を外してコンフロンティアの兵士達を見ながら言う。
「私は絶対にやだ。街が無くなっても良い。住む場所が無くなっても良い。暖かい暖房機が無くなっても良い。食べ物が無くなっても良い」
そして、ゆっくりとタツヤの方を見ながら言い切る。
「だけど……タッちゃんが居なくなるのはやだよ」
それは愛する人を失いたく無い一人の女の姿だった。
だが、それでもタツヤは静かに言う。
「エマ、俺は戦う。この街とお前を守る為に」
「ヤダ!そんなの絶対にヤダ!戦いなんて戦いたい人達がやれば良いじゃん!タッちゃんが戦う必要なんて無いよ!」
「エマ、俺はお前を」
「だってそうじゃない。私、何か間違った事言ってる?私、馬鹿だけど間違った事言ってないよ?そうだよね。タッちゃん……」
そして静かに涙を流すエマ。そしてタツヤはゆっくりとエマに近付いて行き抱き締める。
小さな体だなと改めて思ったタツヤ。だからこそ大切で大好きなエマに今以上に苦しい思いをして欲しくない。
俺達ゴーストには、ここ以外に居場所なんて無いのを充分に理解しているから。
「俺達はずっと一緒だった。そして、これからもだ」
「……タッちゃん」
「俺は死なない。必ず生きて帰ってくる。だから、その間……別の場所に避難しててくれ」
「やだ……やだよぉ。タッちゃんと離れたく無いよぉ」
「頼むエマ。俺も……大好きな人を失いたく無い」
「ッ……タッちゃん」
静かに見つめ合う二人。そして徐々に強くなる雪が二人を包み隠して行くのだった。