ZCM-08Rブラッドアーク
傭兵企業スマイルドッグの傭兵達が滞在しているティラナ軍事基地に一機の輸送機と数機の護衛戦闘機が共にやって来た。輸送機は滑走路に着陸すると誘導された格納庫に向けて移動して行く。
そして輸送機が到着した格納庫の中で俺とネロとその他大勢が待機していた。
「ようやく来たか。随分と待たせやがって。俺の専用機が実戦でのお披露目になるなんて最高じゃねえか。さぁ、早く、早く俺に専用機を!」
「先輩、落ち着いて欲しいッス。側から見てると情緒不安定な人にしか見えないッス」
「そうかそうか。そんなに俺と模擬戦がしたいか。この戦いが終わったらスマイルドッグ艦隊丸ごとで相手にしてやんよ」
「凄い自信ね。そんなに良い機体なの?」
「テストパイロットの腕も良かったが、俺が初戦で黒星上げちまったくらいだからな」
輸送機の乗降口にタラップが接続されるとドアが開く。そして中から予想した通りの人物が現れる。
「よう!カオリん!久しぶりって訳じゃねえけどな!」
「あら!キサラギ少尉じゃない。やだぁ、まさか私を出迎えてくれたのん?」
「馬鹿野郎。機体の出迎えに決まってるだろ。後は担当の奴と細かい話もしたかったが。まぁ、予想通りカヲリんが来ると思ってたがな」
「うふふふ、まるで欲しかった玩具を手に入れた子供みたいね」
「何とでも言えよ」
現れたのは己の筋肉により身体の肉体美が強調され、衣服がピチピチになっているバンタム・コーポレーション第七兵器開発課の主任カヲル・テクマンだった。
そして、その巨漢の後ろからもう一人の人物も現れた。
「お久しぶりです。キサラギ少尉」
「おう、アンタも来てたのか。どうだ?XR-04の調子は」
「はい。相変わらず中々のジャジャ馬っぷりです。しかし、キサラギ少尉の専用機に比べれば可愛い物です」
「そうかそうか。そっちも調子は良さそうだな」
カヲリんと共に現れたのは茶髪のボブカットヘアーでスタイルが整った美麗な女性。誰かと思えばXR-04のテストパイロットをしている女性だった。
「先輩、この女の人って誰なんスか?」
俺は自身の専用機の話をしようとすると、アズサ軍曹が疑問をぶつけて来た。
「失礼しました。バンタム・コーポレーションでテストパイロットを務めさせて頂いてます。ロザリーナ・クラークと申します」
「簡単に自己紹介しているが中々の腕前を持っているぞ。少なくとも俺は彼女に一度敗北しているからな」
「キサラギ少尉、それは機体の性能差があったからこそです。私の実力では」
「何言ってんだよ。まだ試作機の状態だったウォーウルフで俺に勝ったんだ。少なくともロザリーナはウォーウルフの性能を引き出す事が出来る腕前があるんだ。もっと誇っても良いと思うがな」
「いえ、キサラギ少尉にそう言って貰えるだけで嬉しく思います」
「謙遜すんなっての。それでさ、俺の専用機の細かい話をしようと思うんだが」
「勿論です。その為に私も来た訳ですから」
お互い自然に笑顔になりながらの会話。実にテンポ良く話が進んで行くのを感じる。
恐らくだが、俺はロザリーナの腕前を素直に認めているのだろう。対してロザリーナさんは俺の大ファンと来ている。これでテンポ良い会話が続かない訳が無い。
しかし、そんな会話を面白く無さそうに聞いていた女性陣が居た。
「へぇ、先輩がそこまで言うなんて珍しいッスね。普段なら自分が一番って言うのに」
「そうかもな。だが、ロザリーナの腕前は確かに良いからな。少なくともスマイルドッグ内で勝てる奴は限られるぜ?」
「ふぅん、なら私ならどうなると思う?同じ機体に搭乗した場合だけど」
「チュリー少尉とロザリーナが?んー……どうだろうな?」
アズサ軍曹が相手なら間違いなくロザリーナが勝つだろう。何故ならアズサ軍曹は弾幕&火力絶対主義者だからな。弾切れをした瞬間に直ぐに狩られるだろう。
現実問題として弾幕を張り続ける事は不可能な事だし、機体も重装甲かつ鈍重になっている。勿論、アズサ軍曹が弾切れする前に相手を撃破出来れば良いのだが。
そしてチュリー少尉が相手なら難しいだろう。互いに腕は良いからな。間違い無く長期戦になるのは必須だ。
つまり、実戦での経験がある意味物を言うかも知れない。
「多分、チュリー少尉が勝つかもな。ほら、実戦で鍛えた乙女の勘があるだろ?」
「乙女の勘は違うと思いますが」
「良い事教えてやるよ、オペ子。相手に似合っていれば何でも良いんだよ」
「本当にしょうもない人ですね。貴方は」
ナナイ軍曹の突っ込みを華麗に対処して話を戻す。
「けどまぁ、実際良い戦いはすると思うがな。だがなチュリー少尉、ロザリーナは大企業のバンタム・コーポレーションのテストパイロットをやってる奴だ。生半可な気持ちで質問したなら狩られるぜ」
「ご忠告どうも。でも貴方が負けたと聞いた瞬間に、手加減出来ない相手だと理解してるから」
どうやら要らない忠告だった様だ。そうこうしていると輸送機の後部ハッチが開く。そして中から一機のAWがゆっくりと俺達の眼前に現れる。
まず最初に気付くのは全体的に大型化した事だ。そして機体前面に増加装甲が施され、更に各部には追加スラスターが確認出来る。また脹脛、股下、両肩、背中部には大型スラスターが確認出来る。
最後に頭部の装甲が開放されており、ZC-04サラガンと同様の単眼センサーと二つのサブカメラが剥き出し状態で確認出来た。
「おぉ、素晴らしい。まさに俺の理想が具現化した様じゃないか」
この瞬間、俺は全ての外部情報をシャットアウト。目の前の専用機に全神経を集中させていた。
「気に入ってくれた様ね。機体だけで無く、戦闘システムも全部貴方に合わせてあるわ……あら?どうやら目の前の専用機に夢中の様ね」
カヲリんが何か言っている気がする。しかし、俺はゆっくりとした足取りで機体へと近付いて行く。
機体が起き上がり所定の位置に固定される。そして機体の足元に辿り着き見上げる。
(勝てる。この機体なら、どんな相手だろうが関係無い。例え相手がデルタセイバーであろうともな)
そして背後からロザリーナが声を掛けて来る。
「どうですか?キサラギ少尉。【ZCM-08Sウォーウルフ】の先行量産型をベースにした貴方の専用機は」
「……あぁ、最高だよ。バレットネイターの意志を継ぎ、再び俺の元に舞い戻って来た。俺の専用機【ブラッドアーク】だ」
かつての専用機であったZC-04Rバレットネイター。その破格の機動性を受け継ぎつつも性能を向上させた【ZCM-08Rブラッドアーク】。
この機体ならデルタセイバーであろうとも戦う事が出来る。そして、以前俺を撃墜したあのサラガンにも借りを返せる筈だ。
俺は早速ネロを連れてコクピットの中に乗りこむ。
「ネロ、悪いが球体ボディに戻ってくれ。残念ながらブラッドアークは一人乗りだからな」
「了解しました」
直ぐにネロは球体ボディに戻る。そして俺はネロをコクピットの右斜め前の所に設置する。
「システムチェックを開始。各システム、オールグリーンを確認」
「これは中々良いジェネレーター積んでるみたいだな。バレットネイター以上の数値が出てる」
「はい。ジェネレーター出力はバレットネイターに比べれば1.7倍に相当します。また継戦能力もバレットネイター以上になります」
タッチパネルを操作しながらブラッドアークの詳細データを確認して行く。
「気に入ってくれたかしら?貴方の戦闘データを参考にした機体。操縦の癖も反映されているから直ぐに慣れる筈よん。それにジェネレーターは貴方向けに改修されてるから気に入ってくれると嬉しいわね」
「まだ実際に動かして無いからコメントは控えさせて貰う。だがな、機体のステータスデータを見る限り俺好みなのは間違い無いな」
だが、二つ気になる点もある。
一つは肩サイドの大型ブースター。恐らく左右の運動性を向上させる為の物だろう。だが、代わりに肩側面部の武装の取り付けが出来そうに無い。
「キサラギ少尉は良くリミッターを解除する傾向があるわ。でも、リミッター解除は機体とパイロットに多大な負荷を掛ける事になるの。なら、最初から貴方が満足出来る機動性と運動性を確保させる必要があったの」
「成る程な。その為に肩にも大型ブースターを追加したのか」
「他にも背中に大型ブースターを四基に腰側面に追加ブースター。後は股下と脹脛部分にも中型ブースターを増設。それから姿勢制御用のスラスターも増えてるから安定感は抜群よん」
背面から見るとバレットネイター以上にブースターが増設されている。恐らく俺の戦闘データを元にした結果がブラッドアークの姿になったのだろう。
確かに、これだけブースターが増設されているならリミッター解除をする必要は無くなる。
だが、もう一つの方は納得出来無い。
「成る程な。因みに……脱出装置はどうした?」
「勿論、廃止しといたわ。代わりに慣性抑制装置を沢山搭載しておいたから。これで無茶な機動をしても大丈夫よん」
ウィンク一つかましながら当然の様に言うカヲリん。
いやね、別に無理して脱出装置を外さなくても良いんだよ?万が一や億が一を考えれば脱出装置搭載は必須事項やん。せやろ。
「それに、脱出装置って意外と場所を取っちゃうから邪魔になっちゃうのよねぇ。やっぱり外しといて正解だったわねん。あ、安心して頂戴。ウォーウルフには脱出装置は搭載されるからね」
「……そうか。因みに、ブラッドアークに脱出装置を搭載してたらどうなってた?」
「そうねぇ。ジェネレーターの小型化による出力低下と肩側面部のスラスター廃止、背中の大型スラスターの減少は確定ね」
「……そうか。じゃあ、結果的にコレで良かったと思っとくわ」
今の機体ステータスデータより格段に落ちると聞くとやむ無しと言える。しかし、脱出装置を付けといて欲しいと思う気持ちは秘密だ。
「まぁ、当たらなければ何とかなるって昔のエース様も言ってたしな」
最終的に天パーにやられた気がするが。まぁ、気にしたら負けな気がするから考えるのは止めておく事にした。
「じゃあ、早速だがシミュレーターは出来るか?流石に実機での試運転はまだ無理だろ」
「そうね。今はキサラギ少尉が動かすブラッドアークでの戦闘データが欲しい所だし。お願いしても良いかしら」
「良いぜ。何ならマザーシップ戦やデルタセイバー戦でも構わないぜ?」
「あら!随分と魅力的なシチュエーションね。なら早速取り掛かるわねん。尤も、暫くは通常相手になるけどねん」
「そりゃ残念だ。ネロ、シミュレーターの準備だ。しっかり俺の戦闘データを集めて反映しろよ」
「了解しました。全力を尽くします」
「それでこそ相棒だ。頼むぜ」
コクピットハッチが開きモニターの景色が変わる。それと同時に操縦レバーを握る手に力が入る。
「さて、試させて貰うぞ。ブラッドアークの実力って奴をな」
武装を選択してカウントが始まるのと同時に、全神経を目の前の戦闘シミュレーションに集中するのだった。