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闘志

 ミラノ第二艦隊の役割は海上の治安維持と反政府組織に対する睨みだ。コンフロンティアが出て来る前からシュナイダー政権によって追放された反社会的組織と対立していた。

 尤も、今はコンフロンティアが現れたお陰で反社会的組織が活発に活動する様になっているとか。


「と言う訳でだ。君にも敵の掃討作戦に参加して欲しいのだが。どうだろうか?」

「残念ですが、上の命令が無いので何とも。それに、自分の役割はあくまでもコンフロンティアの対処になっております。ですので、艦長が仰っていた反社会的組織の対処は任務外に成りますので。勿論、反社会的組織がコンフロンティアとの共同戦線を取ると言うなら話は別ですが」

「ふん。噂のクリムゾン・ウルフも大した度胸も無いと見た。それで傭兵が務まるのかね?」


 こちらを見下す様に言う空母アドミラルの艦長を務める人物。名前は覚えるつもりは無い。どうせ補給が終われば二度と顔合わせはしないだろうからな。

 補給を受けている間、爆撃護衛任務の失敗についての詳細が聞きたいと言って来たので承諾。艦長室まで案内された結果が今の状況な訳だ。


「務まっているからこそ、こうやって生きて艦長の目の前に居るんですよ」

「大体だ。たかが一機のAW相手に爆撃機ハスキーの九割以上が墜とされただと?俄には信じられん報告だ。反社会的組織の介入が有ったのでは無いのかね?」

「さぁ、どうでしょうか。自分にはコンフロンティアも反社会的組織も似たり寄ったりで区別は付きませんので」


 この様にのらりくらりと話を逸らしてはいるんだが。滅茶苦茶面倒臭いし腹が立って来る。

 大体、人が報告している途中で口を挟むんじゃねえよ。何処まで話したか忘れたらどうすんだ。


「だがな。今は海上の治安維持も重要な物になっている。幸い、辛うじて反社会的組織を海上で封鎖する事が出来ている。それでも常に監視の目は必要となっている」

「そうですか。それは大変ですね。でしたら正式に傭兵企業に依頼をしてみては如何でしょうか?それが一番良いと思いますよ」


 営業スマイルと共に正式な手続きを踏んで雇ってから言えと暗に伝える。しかし、この我儘艦長は気付く様子が無い。


「だからこそだ。第三勢力が武力介入して来た事は反社会的組織にとってチャンスとなる。この機に乗じて武装蜂起する可能性もある」

「そうですか。ですが、その為のミラノ第二艦隊では?幸い、見た限りでは戦力は中々の物。反社会的組織とは言え、この戦力に太刀打ち出来るとは思えません」

「君が言うデルタセイバーとやらが介入して来たらどうする?その為の傭兵だろうに」

「勿論、自分も傭兵です。ですので、戦う為には資金が必要なのです」

「それは既に政府が払っている!少しは考えたらどうだ!」

「そのクレジットはコンフロンティアに対する物ですので」


 何度も似た様な話に俺の営業スマイルが崩れそうになる。だが、このボンクラ艦長の様な勘違い野郎を相手にするのは初めてでは無い。

 政府が依頼料を支払っている。ならば自分達が使っても問題が無いと考えているだろう。大方、こんな感じに都合の良い解釈が艦長の頭の中で完成しているのだろう。

 良い加減終わらないかなぁと思っているとネロから通信が入る。


『マスター、燃料の補給が完了しました』

「そうか。なら直ぐに出るぞ。コンフロンティアがいつ基地に襲撃して来るか分からんからな」


 ナイスなタイミングでネロからの通信が来たので、目の前に居るボンクラ艦長に聴こえる様に話をする。


『機体の修繕などは如何致しますか?』

「必要無い。その分のクレジットは支払って無いからな。では、艦長端末を出して頂けますかな?今回の燃料費は支払わせて頂きますので」

「……ふん、所詮は傭兵風情か」


 艦長は不機嫌そうな表情を隠す事も無く自分の端末を出す。そして直ぐに送金をしてから敬礼する。


「こちらの補給要請を受諾してくれた事には感謝しております。では、失礼致します」


 艦長の言葉を聞く事無く部屋から退出。そのまま飛行甲板に向かって歩いて行く。


「全く、何が反社会的組織だ。そいつらが居なくなったら、お役目御免になるのは自分だと言う事を理解してねえのかよ。あのボンクラが」


 海上戦力は確かに重要な物だ。だが、それは対岸の向こう側に敵対勢力があるからこそ成り立つ物。

 大方、その反社会的組織に資金援助してるのはニュージェネスの海軍様が筆頭だろうに。


「マスター、出撃準備完了しました。しかし、武装の補給は無し。損傷している箇所は応急処置に止まっています」

「構わない。別に今から戦場に行く訳じゃ無いからな。今はスマイルドッグの連中と合流する事を一番に考えろ。エルフェンフィールド軍の介入が有ったんだ。(宇宙)でも一悶着があったに違いない」


 俺はヘルメットを被り、そのままヘルキャットに乗り込む。そしてシステムを立ち上げてジェネレーターを起動させる。


「システムチェック開始。幾つかのダメージレポートが出ていますが、飛行に関しては問題有りません」

「なら構わないさ。こちらヴィラン1、これより発艦する」

『了解した。所定の位置に移動せよ』


 そして機体をカタパルトに接続。そのまま発艦許可が出るまで待機する。


『こちらアドミラル。発艦許可を出す』

「こちらヴィラン1、了解。発艦する」


 操縦レバーを前に出してブースターを吹かす。外の作業員のゴーサインと共に凄まじいGと共に一気に加速して発艦して行く。


「こちらヴィラン1、発艦した。燃料補給には感謝するよ」

『こちらアドミラル。無事の帰還を願っているよ』


 空母アドミラルのオペレーターとの通信を切るのと同時に俺の中の鬱憤が一気に爆発した。


「何がたかが一機のAWだ。そのAWが規格外過ぎるから問題なんだよ!そこまで言うならミラノ第二艦隊でもぶつけてみろ!飛ぶぞぉ!」

「マスター、落ち着いて下さい。薬物は有機体には推奨しません」

「やってないから。大体よぉ、自分で依頼料を払った訳でも無い癖に。さも自分が自由に使える戦力だと勘違いしやがって。あのボンクラ艦長め」


 今思い出しても腹が立って来る。デルタセイバーの危険性を認知してる癖に、俺の腕前が下手くそだと暗に言ってた様なものだった。

 確かにデルタセイバー一機相手に惨敗したのは事実だ。だが、奴相手に通常兵器で対処するのは非常に難しい。

 唯でさえデルタセイバーだけでも厄介なのに、デルタセイバーの量産機擬きも居たのが痛過ぎる。あの量産機擬きの性能は不明だが、GX-806スピアセイバーより高性能なのは間違い無い。


「チッ、こんな時にバレットネイターが有れば」


 今はスクラップと化したバレットネイターを思い出す。だが、例えバレットネイターで対峙したとしてもデルタセイバーにダメージを与える事が出来るだろうか?


「まぁ、綺麗なやり方で無ければ幾らでもやり様はあるからな」


 搦め手でも何でも使えばデルタセイバーとて無傷では済まないだろう。勿論、俺達も唯では済まないだろうけど。

 俺はこの後にある戦いに向けて色々と思考を巡らせながら後方の基地へと向かう。




 帰りの空路は実に快適だった。敵の存在も無ければ、雲も少なかったので非常に良い景色を堪能出来た。


「どうだネロ?この景色を。中々綺麗な雪景色だろ」

「はい。私はネットなどで直ぐに似た様な景色を調べる事が出来ます。しかし、実際にこの様に見る景色は……圧巻されます」

「そうだよな。宇宙もそうだけど、こんな壮大な景色を見せられたら如何に自分が小さい存在だと教えられるよ」


 地上からの景色もそうだが、宇宙の光景も中々心に来る時がある。

 それは戦いが一段楽して、ふと自分の周りを確認した時だ。普段は何とも思わない宇宙。そんな宇宙に自分と言う小さな存在がAWのコクピットの中で浮いている。

 それを初めて認識した瞬間、俺は実に感動したのを覚えている。


(本当、何で俺はこの時代に転生したんだろうか?特別な力もある訳でも無いし)


 宇宙を救うヒーローや悪を陰から裁くダークヒーローでも無い。自分の眠る波長に呼ばれて現れるスーパーロボットが迎えに来る訳でも無い。

 俺が成れたのは唯の傭兵で、依頼を遂行してクレジットを受け取るだけの存在。

 この時代では特別珍しい職種と言う訳でも無い。寧ろ、厄介者と消耗品か便利屋みたいなモノとして見られるくらいだろう。


「結局、これが俺に出来る精一杯なんだよな」


 幾ら前世の記憶があろうとも。それは何一つとして役に立つ事は無かった。

 いや、唯一役に立った事がある。


「やっぱり、俺の中のロボと浪漫の愛は霞む事が無かったからな」


 だからこそ、あの廃棄場で初めてAWのコクピットシートに座った時は感動した。

 この世界には人型兵器が存在していると。ならば自分もパイロットに成りたいと。


(あの時の原動力が無かったら、きっと傭兵に成ろうとは思わなかっただろうし)


 今もそうだ。こうしてヘルキャットのコクピットに座り操縦レバーを握っている。そしてモニターに映る映像を見ながら思う。


(負けたくねぇなぁ。やっぱり、負けたくねぇよなぁ)


 俺にも傭兵として……いや、エースパイロットとしての意地がある。


 例え、相手が破格の機体性能を持つデルタセイバーだとしても。


(機体にビビって引き退るのってさ。ちょっと、格好悪いじゃん。それに、こんな情け無い姿をレイナやあいつらに見せたくは無い)


 今は亡き恋人と戦友達。目を瞑れば全員の姿を鮮明に思い出せる。


 大切な恋人。大切な仲間達。


 何より、誰よりも俺に希望を抱いていた連中なんだ。


「やるだけやってやるか。誰を敵に回したのかをエルフ共に教えてやらねぇとな」


 自分の中の闘志が徐々に燃え上がって来るのを感じる。先程までエルフェンフィールド軍の介入に対して臆病になっていた自分は居ない。

 今、此処に居るのはクリムゾン・ウルフと呼ばれているスーパーエースパイロット様のシュウ・キサラギ様だ。


「まぁ、先ずは社長のご機嫌を伺う事から始まるんだけどな」


 だってー、傭兵企業スマイルドッグの社長が撤退って言ったらそこまで何だもーん。

 しょうがないじゃーん。俺は唯の雇われ傭兵なんだしー。結局、お上が決めた事には従う訳だし。


「そうなったらそうなったで個人で受け直せば良いだけの話さ」


 やる事は何も変わらない。唯、依頼を受けて遂行する。


 それ以外に俺に出来る事なんて無いんだからな。


 そして無事にティラナ軍事基地に帰投する事が出来た。滑走路にそのまま着陸して機体を所定の位置に停止させる。

 そして機体を整備兵達に任せて、早速ナナイ軍曹から現在の戦況を教えて貰う。


「お帰りになさい。キサラギ少尉」

「おう、ナナイ軍曹。早速だが状況を頼む」

「了解しました」


 律儀に迎えに来てくれたナナイ軍曹から、差し出された端末を受け取りながら状況を聞く。


「現在、エルフェンフィールド軍の軍事介入は一部に留まっています。主にコンフロンティア艦隊と我々が攻撃しようとしていた都市のみになります」

「連中が介入して来た理由は?」

「現在調査中です。しかし、主な目的はヤン・ハオティエン氏の救出と推測出来ます」

「因みに攻撃する筈だった都市にヤン・ハオティエンが?」


 俺の問いに静かに頷くナナイ軍曹。ならば、護衛の爆撃隊の絨毯爆撃する動きにも納得だ。形振り構ってない状況がその証拠だ。


「ネロの予想が当たってたな。なら政府の一番の目標はゴースト更生労働法の早期実行か」

「はい。ですが、強行すれば後々の禍根を残す可能性があります。最悪、他の惑星や宇宙全体に飛び火する可能性も」

「いや、それは無いさ。何故なら情報統制は三大国家の御家芸だ。簡単に飛び火はしない。仮にしたとしても早期に鎮圧出来る軍事力がある」


 結局、ヤン・ハオティエンが生きていようが死んでいようが関係無い。

 確かにヤン・ハオティエンが生き続ける限りニュージェネス現政権の障害で有り続けるだろう。たが、それはほんの小さな一つの惑星での出来事に過ぎない。尤も、当事者達からしたら溜まった物では無いのだが。

 例え、この惑星のゴースト全員が犠牲になろうとも。この世界には何一つとして影響は無いんだ。


「それで、エルフェンフィールド軍の動きは?」

「現在も地上に向けて物資を投下し続けています」

「まさか宇宙の連中は黙って見過ごしているつもりか?」

「問題はエルフェンフィールド軍に戦艦アルビレオが旗艦として居る事です」

「チッ……そいつは厄介だな」


 戦艦アルビレオに搭載されている重力砲。恐らく、ほぼ完成の域に入っているだろう。

 つまり、威力調整もある程度は可能になっている筈だ。


「社長は何か言っているのか?」

「いえ、特には。恐らく社長……いえ、ベイヤー艦長に何かしらの対応策があるのでしょう」

「流石ベイヤー艦長だな。伊達に艦隊指揮していた実力者では無いって訳だな」


 端末から戦況を見ても、何方も一歩も譲らない姿勢だ。

 きっと、今頃ジャンの奴は極上の獲物を目の前にした獣みたいな表情をしているに違いない。


「なら、俺達がやる事は変わらない。敵の中にエルフが混じっただけだ。俺はこう見えて平等主義者だ。同じ様に殺してやるさ」


 俺の気持ちは決まった。エルフェンフィールド軍が敵になるなら容赦する必要は無い。

 そもそも、高度な軍事力を持つエルフェンフィールド軍相手に手加減するとか無理だからな。


「そうですか。では、一つ良い話が有ります」

「何だ?」

「バンタム・コーポレーションより間も無く輸送機が基地に到着します」

「それって……まさか」

「はい。貴方の専用機が到着しました」


 その言葉を聞いた瞬間、俺の中の闘志が更に熱く燃え上がるのを感じる。

 俺は静かに自身の手を見つめながら拳を握る。そして、今も睨み合いが続いているであろう青空を見上げながら呟く。


「今度はこっちの番だ。覚悟しろよ……デルタセイバー」


 必ず撃破する。例え、過去に肩を並べ共に戦った戦友だとしても。


 今は敵同士なのだ。容赦する必要など何処にも無い。






 クリスティーナ少佐はアーヴィント大尉と護衛の兵士達と共にコンフロンティアの幹部が集う豪華な屋敷にやって来た。

 都市開発に失敗した場所にも関わらず、意外と住んでるゴースト達の身なりは良い。恐らく、この地域だけの独特の経済があるのだろう。

 そして屋敷に入ると警備らしき人物達が道を塞ぐ。


「申し訳無いが、此処から先は武器の所持は禁止だ」

「勘違いしない事ね。私達は貴方達と馴れ合いしに来た訳では無いのよ。ヤン・ハオティエン氏の保護を第一優先しているに過ぎないの。私達が貴方達の力不足を認識した瞬間、どうなるか分かる?」

「…………」


 警備の連中が黙ったのと同時に護衛達が道を作る。そして、その道を悠々と歩いて行くクリスティーナ少佐達。


「流石クリスだよ。見たかい?連中の顔を。物凄い焦ってた様子だったよ」

「興味無いわ。それよりヤン氏の身柄を第一よ。それが私達に与えられた任務なんだから」


 そしてヤン・ハオティエン氏が居るであろう部屋に到着。そのまま躊躇無くドアを開ける。


「待っていたよ。エルフェンフィールド軍の諸君。遠路遥々ご苦労様だ」

「…………」


 全く関係無いコンフロンティア幹部の言葉を無視してヤン・ハオティエン氏の姿を確認する。


「ヤン・ハオティエン氏で間違い有りませんね。至急、この惑星より離脱して頂きます」

「やれやれ、そう性急に事を進める必要は無い。それより、そこのソファに座ってはどうだ?」

「話を逸らさないで下さい。さぁ、私達と共に離脱して頂きます」


 この男は危険だ。そう感じたクリスティーナ少佐は、ヤン氏の話に耳を傾ける事を極力止める事にした。

 だが、この態度に苛立ちを募らせたのがコンフロンティア幹部達だ。


「貴様、随分な態度じゃないか。これから共闘する仲になるんだ。もう少し愛想良くても良いのでは無いか?」

「…………」


 クリスティーナ少佐は幹部を一瞥して直ぐに無視する。その態度が余計に火に油を注ぐ事になった。


「エルフは見栄えだけは良いらしいな。その見た目なら愛想一つで楽に生きられると言うのに」

「愛想を振る権利は誰にでもあるわ。貴方達にそれだけの価値が無いだけに過ぎないのよ。理解したかしら?」


 冷徹な言葉でバッサリと切り捨てるクリスティーナ少佐。そして、その言葉に同意する様な態度を取るアーヴィント大尉達。

 そんな態度に怒りを露わにするコンフロンティア幹部達。その様子を苦笑い気味で見守り続けるヤン・ハオティエン氏。

 だが、そんな険悪な空気の中に乱入者が現れた。


「随分と騒がしい物ですね。知っていますか?醜い争いは同等の者同士でしか起きないと」


 開いたドアには紅い龍の紋様が描かれた着物を着た美しい少女と一歩後ろに控えている貫禄ある男性が居た。

 そして、静かに室内に入るとヤン・ハオティエン氏に対し頭を軽く下げて挨拶をする。


「東郷組より援軍として参りました。東郷・シズリと申します。そして、こちらの男性はゲンと申します。以後、御見知りおき下さい」


 礼儀正しく、上品に。そして優雅でありながら、しっかりと締める所は締める姿。

 その姿勢にクリスティーナ少佐達は多少なりとも無意識に認めてしまう。彼女達は普通とは違うと。


「待っていたよ。ジョセフさんは元気かね?」

「はい。父上からも宜しくと」

「それは良かった。君達に対して投資をした甲斐が有ったよ。お陰であの宙域でのならず者の姿は激減したからね」

「恐れ入ります」


 静かに頭を下げるシズリ。そして東郷組の加勢に喜びを隠しきれないコンフロンティア幹部達。


「いやいやいや、流石は東郷組だ。礼儀知らずのエルフ共も彼女を見習うべきだな」

「品性の欠片も無い貴方達は、彼女の姿からは何も学べないでしょうけどね」


 売り言葉に買い言葉。再び険悪な空気になる両者達。

 だが、そんな中でもヤン氏は口を開く。


「すまないが、私はまだこの惑星から離れる訳には行かないんだ。勿論、理由はある」

「それはゴースト更生労働法に関してですか?」

「話が早くて助かるよ」


 ヤン氏は静かに息を深く吸いながら話を続ける。


「ゴースト更生労働法。これは一見まともな内容だが実際は違う。何よりメリットよりデメリットの方が遥かに大きいんだ」

「理解出来かねます。たかが一惑星が作り出した法案です。態々私達が介入する程の事ではありません」

「クリスティーナ少佐、君はこの世界の地盤が何で出来ているか知っているかね?」

「?……言っている意味がそのままでしたら企業連でしょうか」


 経済を回しているのは様々な企業が存在しているから。

 企業が市民に対し色々な商品を提供している。それは高級な商品から戦場で必要な人員までで、探せばキリが無い程に。

 そう言った企業が存在しているからこそ今の世界が成り立っているのだ。

 だが、ヤン氏の答えは違った。


「ふぅむ。その回答では正解とは言えないな」

「そうですか。では、正解は何でしょうか?」

「正解は……君達の近くに居る者達だよ」

「近くに居る者達?まさか、ゴーストだと言うのですか?」


 クリスティーナ少佐は正気を疑う様な視線をヤン氏に向ける。

 彼女の……いや、世間一般ではゴーストの存在は犯罪者の巣窟と言われている。事実、犯罪者の八割以上はゴーストなのだ。


「有り得ません。大体、ゴーストに何が出来るのですか。義務も果たさず、唯、存在しているだけに過ぎません」

「君は宇宙用のスーツ一つでデブリ回収が出来るかね?」

「え?……いえ、出来ません。そもそもデブリ宙域は高速で動く破片が多数有ります。最低でも作業用MWは必須です」

「だが、それをやり続けるのが彼等だ。知っているかね?君達が企業に対しデブリの回収を依頼する。そして現場に出るのは大半がゴーストだけだと言う事を」


 その辺りに関しては知らないクリスティーナ少佐。いや、知る必要が無いのだ。何故なら自分の生活には全く関係が無いから。


「それだけでは無い。ゴーストは様々な所で社会に貢献している。誰もやりたがらない作業の殆どはゴーストが担っている。分かるかね?もし、ゴースト更生労働法が成立すれば世界の秩序が崩壊する可能性があるんだ」


 秩序の崩壊。随分と大袈裟な事を言うと内心思った。だが、ヤン氏の表情は真剣その物だ。


「君は軍人だ。護るべき民や王族が居るだろう。だが、その環境に居続ける事が出来てる理由を誰も調べようともしない」

「ですが、その道を選んだのは彼等です」


 それでもクリスティーナ少佐は反論する。

 ゴーストでも中には正規市民になる者も居る。少なくとも自分にはゴーストから正規市民になった人物を知っている。

 しかし、ヤン氏の言葉は全く違っていた。


「違うよ。その道を強制させたのは私達だ」


 反論は……出来なかった。そもそも、自分達はゴーストに関して殆ど知る事が無い。精々、犯罪者の集団だとしか分からないのだ。

 誰もゴーストに関して調べようともしない。だが、それが当たり前の事なのだ。


「さて、話を戻そうか。君達にゴーストの行く末を見届けろとは言わない。だが、ゴースト更生労働法は何としても阻止する必要がある。それは世界だけでなく、惑星カルヴァータをも危険な状況から遠ざける事に繋がるからだ」


 惑星カルヴァータ。まさか自分達の故郷まで関係してるとは思わなかった。

 だが、自分達はヤン・ハオティエン氏の身柄を確保する事にある。それを口にしようとする前に、先にヤン氏が口を開く。


「勿論、君達の任務に関しても尊重しよう。だが、その前に多少の露払いをして貰いたいんだ」

「……私達を利用するおつもりで?」

「悪く言えばね。だが、宇宙の危険的状況に陥らせるのを阻止する為の戦い。そう言えば聞こえは良いだろう?」


 皮肉気に言うヤン氏。しかし、ヤン氏の言っている事に間違いは無かった。


「知っての通り、ゴーストの数は正規市民の四倍以上と言われている。だが、正確に言えば六倍以上だ。仮にこの六倍が一斉に今居る場所から逃げ出せば、社会は崩壊する」

「言っている事は分かりますが」

「大袈裟だと思うかい?だが、このシナリオは最悪な状況では無い。最悪なのは反乱だよ」

「今のコンフロンティアの様にですか」

「ゴーストの中には正規市民になった者達は居る。そんな彼等が少なからずゴーストに同情して立ち上がる可能性は非常に高い。中には重要な役職に就いている者も居るだろうにな」


 最悪なのは正規市民からも裏切りが出るかも知れない。誰だって同情心は持っている。その同情心に従って行動を起こす者達だって現れるだろう。


「これは唯の内戦では無い。世界を混乱の渦から回避する為の戦いだ。その為なら私はゴースト達とも手を組むさ」


 どうやらヤン氏の意思は堅いらしい。それに、こんな壮大な話を聞かされては少し考える時間が必要になる。

 クリスティーナ少佐が少し思考していると、東郷・シズリが前に出る。


「宜しいでしょうか?幸い、宇宙の方では戦況は停滞しています。ですので、今はシュナイダー総統の捕縛、もしくは排除した方が得策かと」

「何故?私達はヤン氏を確保出来れば良いのよ。貴女達と共闘するつもりは無いわ」


 するとシズリはクリスティーナ少佐に近付き小さな声で耳打ちする。

 そして目を見開きシズリを見返すクリスティーナ少佐。


「それは本当なの?」

「後でご本人に確認されては如何でしょうか。きっと素直に教えて頂けるかと」

「……何故貴女がその話を」


 シズリを睨みながら問いただすクリスティーナ少佐。だが、シズリは目を少しだけ細めながら言い放つ。


「良い女には秘密がある物です。それでは、私達は一度失礼致します。また少ししましたら再度お伺いさせて頂きます」


 そして静かに礼をしながら退出するシズリとゲン。そんな彼等をただ見送る事しか出来なかった。


(そんな筈は無い。確かに私達が武力介入する理由は明かされていない。それに外見からの特徴は全く当て嵌って無い。大体、私達の様に守護する立場なら直ぐに分かる筈)


 嘘か誠かは分からない。だが、第三者がヤン・ハオティエンの正体を知っているのも疑わしい。


 結局、真実を知る者はほんの一握りしか居ないのだと言う事だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] あんなやばい宇宙生物がいるのに呑気に戦争とか人類大丈夫なんだろか? それはそうと専用機楽しみですね
[一言] 専用機かぁ( ╹▽╹ ) 期待してよろしいので?(笑)
[一言] んー、エルフィンフィードとしての政治的最適解ってヤンの意志とか無視して拉致して連れ帰るのが一番な気がするんだが… 救出しないと駄目な理由はあるんだろうけど、技術力のある小規模独立勢力による…
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