来るべき戦いに備える者達
離脱するに当たってチュリー少尉達とは別方向へと移動していた。
「ネロ、近場の味方基地は?」
「最も近い場所でサタル方面軍事基地です。しかし、海上に出ればミラノ第二艦隊が一番近いです」
「そうか」
「それから後方にデルタセイバー一機、フォッケナイン三機が追跡しています」
「知ってる」
何せ通信を拒否してたら今度は端末に怒涛の着信が来てるんだもん。多分、クリスティーナ少佐は俺が目の前のヘルキャットに乗ってる事を確信しているのだろう。
「全く、凱旋気分を味わえると思ってたんだがな」
高度を下げて地表スレスレで飛行する。
敵からしたら損傷して満身創痍のヘルキャットが一機逃げてる様に見えるだろう。だが、クリスティーナ少佐は間違い無く一切の油断はしない。
いつの間にか武装を一部パージして追従する為に機動力を上げてる。然も俺から距離を離れられない様に、一定の間隔でビームライフルで牽制して来る。まぁ、牽制とは言っても避けなかったら直撃コースなんだけどね。
【目の前のヘルキャットは損傷している。各機、フォーメーションAで仕留める】
【あのー、横のAWは如何します?】
【敵では無い。今の所はな】
フォッケナイン三機が編隊を組みながら増速する。
普通の状態なら簡単に振り切る事が出来るのだが、生憎機体に少々無理をさせてしまった。特にデルタセイバーに蹴りを入れた右脚部の損傷が酷く、エンジン出力が低下している始末。
【各機、ミサイル一斉射撃。外すなよ!】
敵フォッケナインが攻撃を仕掛けるのは予想していたので、タイミングを見て機体を上に向けて速度を一気に落とす。
速度を落としたのと同時にミサイルが発射されたが、予想外の機動にミサイルは追従しきれない。
「パターンなんだよ」
そのまま上昇すると見せ掛けて無理矢理反転させる。すると上手い具合に敵フォッケナインの背中を捉える。
デルタセイバーからのビームを軽く避けながら20ミリ機関砲を撃つ。一機のフォッケナインに風穴を開けて他のフォッケナインを追い掛ける。
【クソッ!食い付かれた!】
【何て機動だ。並のパイロットじゃない!】
慌てた様子で回避機動を取るが、射線が入り次第直ぐにトリガーを引く。
時間を掛けるとデルタセイバーが容赦無く攻撃して来るからな。
「さて、こんなもんか」
敵フォッケナインを二機撃破したら、一機は逃走して行く。今は俺も逃走している側なので見逃す事にする。
「でだ、未だに諦めないか。しつこい女は嫌われるぜ。クリスティーナ少佐殿」
再び逃走劇が始まるのだが、大分距離が詰まれてしまった。このままミラノ第二艦隊に突っ込んだら、要らない戦闘が始まる可能性が高い。
「仕方ない。やるか」
残った武装と装備を確認する。20ミリ機関砲とチャフが残っている。
「後は……コレは使えるな」
設定を軽く弄ってから集中する。次のデルタセイバーからのビーム攻撃を回避したら仕掛ける。
そしてビーム攻撃が来たのと同時に再び速度を落として反転。そしてデルタセイバーに20ミリ機関砲を撃ちながら挑発する。
デルタセイバーは20ミリの弾を無視しながら、こちらにビームライフルの銃口を向ける。そのまま一度交差した後、再び地表スレスレで飛行しながら逃走する。
「良い子だ。ちゃんと着いて来ている」
予想通りの結果に内心喜びながら逃走する。そしてデルタセイバーがビームライフルを構えた瞬間にチャフを大量に射出する。
【ッ!】
一瞬だけ視界を奪えれば良い。後はコイツで決める。
「ほらよ。緊急用パラシュートと戯れてな」
緊急用パラシュートを展開して直ぐに切り離す。するとデルタセイバーは予想通りパラシュートに突っ込み絡まってしまう。
【何よコレ!もう!邪魔よ!】
幾つかのビームが空を駆ける。だが、その頃には既に距離を離していた。流石に追跡は困難になるだろう。
「さて、この後どうなるかだよな。まさか、エルフェンフィールド軍が出張って来るとは」
余りにも予想外で強力な戦力がコンフロンティア側に着いた事が問題だ。
恐らく、エルフェンフィールド軍が居る限り被害が大きくなるのは必須。何より地上に送られているスマイルドッグの戦力だって三割程が新兵同然だ。
「一応アズサと他の連中も居るけど」
他のベテラン勢はサラガンやギガントに搭乗している。まぁ、ヘルキャットに乗り慣れてないから仕方ないと言えば仕方ない事だが。
「はぁ、取り敢えずオペ子からの情報を待つか」
俺は今後の展開を想像しながらミラノ第二艦隊へ向かう。何故ならミラノ第二艦隊からの方が根城にしている基地に近いからだ。
クリスティーナ少佐は遠くに消えて行くヘルキャットを見続けながら確信していた。
「やっぱり、キサラギ少尉よね。全く、死んだかも知れないとか噂になってた癖に。全然元気そうじゃない」
最初から死んだと言う噂は信じてはいなかった。けど、こうして目の前に現れた事に少しだけホッとしている自分が居る。
『クリス!全く、君は直ぐに無茶をする』
後方からアーヴィント大尉が操るオレンジ色のGXS-900ガイヤセイバーが追いかけて来た。
ガイヤセイバーには損傷らしい傷は見当たらず、アーヴィント大尉の腕前も中々の物だと理解出来る。
もしかしたら機体に助けられていたかも知れないけど。それでもガイヤセイバーを操る技量はあるとも言える。
「ごめんなさい。どうしても取り逃したくない機体が居たから」
『あの二機のヘルキャットかい?まぁ、確かに腕前は良かったよ。だけど、僕達を倒せる程の実力は無かったさ』
本人は気付いてないのか知らないのか。あのヘルキャットは傭兵企業スマイルドッグ所属の物である事を。
スマイルドッグは一部の者達には認知されている。しかし、実際に共闘ないし敵対した事が無ければ記憶には無いだろう。
「……そうかもね」
『その通りさ。さぁ、一度戻って仲間達と合流しよう。それからヤン・ハオティエンとのご対面さ』
ヤン・ハオティエン。詳細は不明だが私達エルフェンフィールド軍が派遣される程の人物。然も内政干渉に近い形での強引な介入。
恐らく世論は私達エルフェンフィールド軍への批判が高まっている筈。
「それでも確保しなければならない人物。一体、何者なの?」
この任務の詳細は不明。だが私達が派遣されている以上、どう言った人物なのかは多少の予想は付く。
(王族の血縁者。もしくはカルヴァータ王家に何かしらの繋がりがあるのかしら)
今は予想の範囲でしか無い。けど、近い内にヤン・ハオティエンと言う人物に対する詳細は分かるだろう。
「でも、まさかスマイルドッグが居るだなんて」
然もキサラギ少尉に加えて、もう一機のヘルキャット。間違い無く手練れのパイロットだ。
スマイルドッグはキサラギ少尉の存在が異様に目立つが、実は他の傭兵達も意外と手強い。特に連携は中々上手く、互いにカバーし合って戦闘して来るのが特徴だ。
また、個々のパイロットの回避機動も中々上手いので敵にすれば厄介な存在になる。
その理由は恐らくキサラギ少尉だ。模擬戦と称してご飯のオカズを根刮ぎ奪って行くからだ。今も笑いながらデザートを奪って行く姿を思い返す事が出来るくらいに。
「でも、私達は敵同士になるのよね。はぁ、何だかなぁ」
私とデルタセイバーならどんな相手でも勝てる自信はある。けど、戦い辛い相手とは戦いたく無いと言うのが本音だ。
「大体、キサラギ少尉もキサラギ少尉よ。全然連絡もして来ないし。あぁん!もう!」
味方の合流地点に向けてデルタセイバーを加速させる。アーヴィント大尉が何か言ってるが無視して更に加速させるのだった。
同時刻。一方の宇宙では緊迫した状況が続いていた。
エルフェンフィールド軍による軍事介入。更にコンフロンティアに寄り添う形を取っている始末。正式な声明は出てはいないが、既に状況証拠としては充分だろう。
そんな中、傭兵企業スマイルドッグの旗艦グラーフの艦橋の中で側頭部を指で押さえながら凄く悩ましい表情をしている人物が居た。
「全く、キサラギだけならまだしも。何故こうも儂の頭痛が酷くなる事ばかりが起きるんだ」
「一度、部屋で休まれますか?」
「馬鹿を言え。儂とて曲がりなりにも傭兵企業のトップに居る。簡単に引き下がれるものか」
宇宙で一番クレジットを愛してやまない我らが社長は今日も苦難にぶつかっていた。
「しかし、エルフェンフィールド軍ですか。相手をするとして一番厄介なのが戦艦アルビレオですな」
「……重力砲か。確かに、アレはエルフ同様に厄介な物だ」
味方が若干浮き足立っている中、冷静に状況を判断するのは戦艦グラーフの艦長を務めるベイヤー・マクドナルド中佐。元自治軍の艦隊指揮を務め上げる程の高い能力を持つ人物だ。
「それでだ。ベイヤー艦長に聞こう。アルビレオはどうにか対処は出来るのか?」
「対処出来るか出来ないかと言われれば……対処可能と判断します。但し、このスマイルドッグ艦隊と戦艦グラーフの全性能を使ってですが」
「被害の方は?」
「良くて刺し違いですかな。基本的には正面からやり合えば全滅します」
そこで言葉を切るベイヤー艦長。そして社長の視線を受けながらも再び口を開く。
「では、次に搦め手での方法を。社長はアルビレオの一番の脅威は重力砲だと認識していますな?」
「無論だ。あの威力を二度も目撃したからな。儂はあの超級戦艦やオーレムの様に吸い込まれて擦り潰されたくは無い」
「そうですね。ですが、それは相手も同じです。自分達の作り上げた重力砲に殺されたくは無いでしょう」
ベイヤー艦長は自身の端末を操作して社長に見せる。
「重力砲は非常に興味深い物でした。しかし、強力な兵器であればそれだけ諸刃の剣となる」
「まさか、重力砲が使えない距離で戦うのか?」
「その通りです。例えアルビレオが重力砲を使用したとしても近距離での重力磁場を展開させるのは不可能。そんな事をすれば自分達が吸い込まれてしまう」
端末に映し出されたのは重力砲によって展開された強力な重力。周りの物を全て吸い込んでしまう物。
だが、強力な重力磁場を形成するからこそ弱点となる。
「つまり、正面から正々堂々と戦う事は可能です。それこそが搦め手だと気付かれる事無く。それに今なら物量ではこちらが圧倒しています。また、デルタセイバーや一部部隊は惑星ニュージェネスに降りたみたいですので」
「勝機はあると言うのか」
「勿論、ニュージェネス艦隊や他傭兵企業の協力も必須ですが」
「…………」
これが同じ艦艇数なら自分達でも対処出来るだろう。だが、今は大艦隊同士の睨み合いが続く状況。いつ火蓋が切られるか分からない。
「残念ながらキサラギ少尉のお陰で傭兵企業スマイルドッグは多少名前が知られています。しかし、ギュール大佐率いるシルバーセレブラムの様には行きません。ですので、此処は大人しくギュール大佐と相談すべきでしょう。勿論、物量で相手と戦うと言えば嫌な顔はしないでしょうが」
「その時の被害額を考えたら胃が痛くなるわい」
ベイヤー艦長の提案は至極真っ当な物だ。だからこそ、必ず出る被害に目を瞑らなければならない。
「それから、戦艦グラーフの切り札の使用許可を。流石に相手がエルフェンフィールド軍なら手加減出来る筈はありませんので」
「……分かった。許可する。但し、失敗はするなよ」
「お任せ下さい」
戦艦グラーフの切り札。それは船体にもダメージが出る可能性がある。
だが、それで戦艦アルビレオに痛手を負わせる事が出来るなら安い物だ。
「さて、此処からは儂の戦場だ。至急ジャン・ギュール大佐に通信を繋げろ。面白い話があると一言添えてな」
「了解しました」
社長の命令を聞いてベイヤー艦長は少し呆れた表情をしながら問い掛ける。
「やれやれ、社長も少しキサラギ少尉に毒されましたかな?」
「奴ならこの状況を見たら逃げるか向こうに着くかとか言うからな。それに比べたら可愛い物じゃ」
確かにとベイヤー艦長は頷きながら帽子の鍔を掴みながら位置を整える。
恐らくまだ本格的な戦闘にはならないだろう。だが、その時までに万全の態勢で居なければならない。
来るべき戦いに備えて社長とベイヤー艦長は策を練り続けるのだった。