新たな任務
惑星ニュージェネスの軌道上ではニュージェネス艦隊とコンフロンティア艦隊が睨み合っていた。
しかし戦力比は五対一の割合でニュージェネス艦隊の優勢。超級戦艦クラスは保有してはいないものの第一、第二、第三艦隊まで揃えれるだけの軍事力。更に軍事基地ステーションの存在により戦力差は大きく開いていた。
対してコンフロンティア艦隊は小規模な組織による寄せ集められた艦隊だ。中には民間船を無理矢理戦闘用に改造された艦艇もある。然も戦艦の数は数える程度しか無い為、正面からぶつかった場合はコンフロンティアの敗北は必至だろう。
更に地上でのデモ隊の鎮圧も予想以上の早さで行われており、地上戦力が擦り潰されるのも時間の問題かと思われていた。
少なくとも、この時のニュージェネス側は勝ちを確信していた。
ニュージェネス第一艦隊 旗艦ネプチューン
第一艦隊は傭兵艦隊を幾つか迎え入れており第二、第三艦隊より戦力が多い。よって第一艦隊はコンフロンティア艦隊の真正面で睨み合っている状況だ。
自分達が優位である事に変わりは無い。だからこそ目の前に居座り続ける自称コンフロンティア共を一掃したいと思うのは当然だろう。
「総統閣下も随分と慎重に事を進める。あの程度の反乱軍なら正面から潰せると言うのに」
『仕方があるまい。今ここで目の前の反乱軍を潰したとしても、地上の被害は大きくなる。無闇に反乱軍を刺激する訳には行かんよ』
「分かっておる。だがな、私はあれだけの宙賊が惑星ニュージェネスの周辺に居た事に驚いている」
『宙賊だけでは無いだろう。ゴースト更生労働法に反対する企業も手を貸しているに違いない』
「ふん。この戦いが終われば我々に歯向かった企業も粛清せねばな」
モーガン大佐は艦橋から見える反乱軍の艦隊を睨みながら、現状に若干の不満を抱いていた。
ニュージェネス艦隊からすれば有象無象の集まりに過ぎ無い。今直ぐに片付ける事が出来る程度の戦力しか無い。然も、こちらには傭兵企業の艦隊も揃っている。
これで負ける要素を探す方が難しいと言えるだろう。
『仮に我々を倒すのであるなら超級戦艦を持って来る必要があるだろう。尤も、超級戦艦を持つ組織は限られているがね』
「何を言うか。反乱軍に協力する組織があると思うか?真っ当な組織なら関わらないものだ」
ゴースト更生労働法には三大国家も注目している。
仮に労働法が上手く行けば人的資源は解消される。いや、それ以上の利益をもたらすのは必然だ。
『三大国家からしたら良い試験場と言った所か。だが、成功した時の利益は計り知れない』
「そうだな。我々の映えある未来の為にもゴースト更生労働法は絶対に成功させねばなるまい」
全ては自分達の故郷の為。そして守るべき市民達と愛すべき家族の幸せの為。
惑星ニュージェネスをより良く発展させ、民が安心して暮らせる場所を守る事こそ我等軍人が果たすべき使命なのだ。
「モーガン大佐、偵察機から所属不明の艦隊を確認したとの事です」
「放っておけ。態々向こうから殺されに集まって来ているのだ。一つに纏まった時に殲滅すれば良い」
「しかし、戦艦数隻の存在も確認していると」
「なら第三艦隊に対応させろ」
所属不明艦隊。十中八九、反乱軍と合流しようとしているだろう。
しかし、此処で想定以上の戦力と接敵する。
『こちらニュージェネス自治軍、第三艦隊所属キーロス。不明艦隊へ通達する。直ちに機関を停止し、所属を明かせ』
第三艦隊から派遣された部隊が接近する所属不明艦隊に呼び掛ける。しかし、向こうからの返信は無い。
『現在、この宙域は戦闘状態である。不審な行動は即撃沈す』
しかし、警告する前に所属不明艦隊から答えが返って来た。
ビームとミサイルによる武力によってだ。
【速度は緩めるな。コンフロンティア艦隊との合流を第一に考えろ】
猛スピードで第三艦隊に突っ込む所属不明艦隊。そして所属不明艦隊から艦載機が次々と発艦する。
【やれやれ、俺もそろそろ歳なんだがなぁ】
【あら?私から見ても、ゲンさんはまだまだ現役ですわ】
【お嬢にそう言われちまったら情け無い所は見せらねぇわな】
ビームとミサイルによる弾幕。そして対ビーム撹乱粒子が散布された戦場を駆け抜けるAW部隊。
その先陣を切るのは対艦バスターソードを装備する旧式のAW【BR-Z5ミスト】。そして軽量機XBM-001レーニンをベースとしたカスタム機が追従する。
【まずは駆逐艦から潰す。お嬢は援護を】
【お任せあれ。東郷組、次期当主、東郷・シズリ。参る!】
そして先陣を切る二機に遅れまいと後に続くAW部隊。
東郷組を中心としたAW部隊は第三艦隊の艦艇を次々と撃破する。無論、第三艦隊のAW、MW部隊も必死に迎撃するが、不意を突かれた事により完全に後手に回っていた。
『何を手間取っている!あの程度の戦力相手に!』
『敵機急速接近!右舷!弾幕を張れ!』
『抜けられた!こいつら手練れだぞ!』
『前衛の駆逐艦隊に被害拡大。AW部隊は直ちに援護に向かえ』
統制の取れた東郷艦隊は第三艦隊と擦れ違いで通り過ぎて行く。
まさか正面から無理矢理突破されるとは思わなかった第三艦隊。慌てて抜けて行った東郷艦隊に向けてビーム砲で砲撃する。しかし、既に想定済みだったのか大量の対ビーム撹乱粒子と機雷が散布されており追撃が出来なくなってしまったのだった。
【随分と腑抜けな連中ばかりだったな。これなら俺の出番は必要無いかもなぁ】
【ゲンさん、何言ってるんですか。これから地上の支援にも行く必要があるんですよ】
【そうですぜ!オジキ!それに、東郷組の名前を広げる絶好のチャンスですぜ!】
【現に俺達の力を見せる事も出来ました。このままコンフロンティアも乗っ取っちゃいましょうや】
【部下が何人出来るかな?俺、ちょっと緊張して来たかも】
ゲンとシズリに追従する様に集まる部下達。だが、事はそう甘くは無い事は全員が分かっている。
【そのチャンスが有ればな。今はヤン氏の身の安全の確保が先決だ。お嬢、俺はいつでも行けますぜ】
【では、準備が整い次第地上に降下します。後の事は、お願いしますね】
【頼むんだぜ若頭。お前さんの手腕で艦隊を守るんだ。良いな】
【お任せ下さい。お嬢様方が帰って来るまで死んでも守りますんで】
こうして、東郷艦隊はコンフロンティア艦隊と合流を果たす。
互いの戦力比が五対一から四対一になってしまったが、ニュージェネス艦隊に焦りは無い。結局、数、質共に優っている事に変わりは無いのだから。
そして何より東郷艦隊を見つめる一人の傭兵が居た。
「あの機体……ミストだな。然も対艦バスターソード使いと来たか」
「【鬼神のゲン】ね。まさか、こんな場所で出会うなんてね」
「ク、ククク……良いじゃねえか。楽しみが一つ増える事はよう。あぁ、早く敵さんの戦力が集まって来てくんねえかなぁ!俺はもう、これから始まる戦いが楽しみで楽しみでしょうがねえんだよな!」
シルバーセレブラムの旗艦ガーディの艦橋で状況を見ていたジャン大佐。彼の目は既に次の戦いにしか向かれてない。
勝ち戦は良い事なんだが、それはそれで少々物足りない。だが、此処に来て鬼神のゲンと言う生きた化け物みたいな奴が現れたのだ。
これで興奮するなと言う方が、土台無理な話な訳だ。
「キサラギ、早く地上の方を片付けろよ。でないと……俺が全部喰っちまうからな」
舌舐めずりをしながらモニターに映るコンフロンティア艦隊を見続けるジャン大佐。
強力で頼りになる東郷組を迎え入れて活気を増すコンフロンティア艦隊。
対して今尚圧倒的優勢なのを確信しているニュージェネス艦隊。
だが、この後に更なる強力な想定外の戦力が現れるとは誰も思ってはいなかったのだった。
傭兵企業スマイルドッグの傭兵達はミーティングルームに集まっていた。
そしてナナイ軍曹が端末を片手に姿勢良く立ちながら敬礼をする。それに応える様に俺達は答礼する。
「皆さん、お疲れ様です。先程、ニュージェネス司令部より私達スマイルドッグに任務が下されました」
部屋が暗くなりモニターに任務内容と詳細が映し出される。
「これより作戦概要を説明します。私達は航空戦力を主力とし基地より出撃。同時に各基地に配備されている爆撃機が出撃します。私達に与えられた任務は爆撃機の護衛になります」
護衛する爆撃機は【Vt-85ハスキー】。強襲揚陸艇としても活用可能は大型爆撃機で、AWを四機ほど搭載可能な代物だ。然も自衛能力も高く多数の対空砲とVLSミサイルを搭載している。
しかし、大型故に敵に発見され易い。また機動力も高くは無い為、戦闘機に狙われたら一溜まりも無いだろう。
更にこの爆撃機は機体の構造上脆い部分があると言われている。
「爆撃機の数は全部で四十機。爆撃機は目標地点への集中爆撃を行います。道中にはコンフロンティアによる迎撃が行われると予想されます。我々はそれら全ての脅威を排除します」
分散してからの合流。つまり、他の護衛部隊も一緒になるだろう。そうなれば戦力としては申し分は無い。
それに、この任務なら実戦未経験の奴等も放っておいても大丈夫だろう。下手に狙われる様な行動をしなければな。
「また現在コンフロンティアの戦力として確認されているのはミサイル搭載のMWや装甲車。旧式の大気圏内用戦闘機【FG-101Yフォッケナイン】が確認されています」
FG-101Yフォッケナイン。マルチロール機が標準となっているこの時代に純戦闘機として今尚活躍している。
旧式の戦闘機だが非常に完成度が高く、格闘戦ではヘルキャットでも油断出来ない機体になるだろう。特にベテランや手練れが搭乗すると厄介極まりない存在にまで成り上がる始末だ。
「作戦開始時刻は明日の明朝0400。当日の天候に関わらず作戦は開始されます。説明は以上になります。何か質問があればどうぞ」
「目標地点には何があるんだ?モニターを見る限り結構な街に見えるんだが」
「はい。目標地点は元々都市開発が行われていた様です。しかし様々な要因が重なった結果、都市開発は中止。現在はゴーストの住処となっております」
都市開発の中止。それはニュージェネス政権の見通しの甘さが招いたのか。それとも立地条件が悪かったのか。はたまた他の都市からの人口流出を阻止する為に足を引っ張りまくったのか。もしくは都市開発担当の汚職と賄賂が暴露されたか。
理由を挙げれば切りは無いだろう。だが、都市開発が失敗した代わりにゴースト達が一箇所に集まっている。
個人的には下手に刺激をしない方が良いと思うんだがな。
(まぁ、今更か。もうゴースト達は動き出しているし)
現政権が何故ゴースト更生労働法を承認させたのかは理解出来る。
財政が非常に厳しいからだ。更に周辺の資源を取り尽くしてしまったのもあるだろう。勿論、他にも理由は多々あるだろう。
此処まで来ると後は市民達の奮闘に期待したい所だが。それは無理な話。最初から恵まれた環境に居て、不自由な事なんて殆ど無い生活。やる事と言えば隣の家の芝生をチェックするくらいだ。
そして何より、現政権はそんな甘ちゃんで我が儘な市民達を養わなければならない。だが、それも限界が近い。需要と供給のバランスが偏ってしまっている結果なのかも知れない。
まぁ、自業自得とも言うんだけどな!
「しかし、解せないな。まさか都市開発に失敗した場所の掃除を行う訳じゃ無いだろ?」
「この場所は現在コンフロンティアの根城にしている一つだそうです。これは私個人の見解ですが、この作戦の目的はコンフロンティアの大幅な戦力低下。及び反乱分子に対する見せしめにする物と考えています」
コンフロンティア以外にも小さいながらも反対組織はある。
小さい組織なんて大した障害にはならないと思うだろう。だが、小さい組織だからこそ政府の警戒網を擦り抜けてしまう。そして、小さな障害が徐々に周りを蝕んで行くのだ。
だからこそ、相手の戦意を下げる必要がある。抵抗する気を起こさなくすれば後々楽になるからな。
「そうか。だと良いんだが」
「おやおや?エースたる者が随分と弱腰ですか。キサラギ少尉は本当にエース何ですか?」
「本当は撃墜スコアを改竄してるんじゃないか?エースと言えども撃墜数が多い」
周りの連中が煽ってくるが放っておく。
俺はこいつらのベビーシッターじゃねえからな。次の戦場で生きようが死のうが興味は無い。
精々、良い囮になるか自力で生き残って貰うとしよう。
「お前達みたいに何も考えずに人生楽出来るなら、俺も同じ事やってるよ。ナナイ、今一度この作戦の詳細を調べといて欲しい。頼めるか?」
「分かりました。集めた情報は?」
「一度俺に送ってくれ。その後に伝えるかどうか決める」
新人達からの熱い視線をガン無視しながら明日の事に思考を切り替える。
爆撃機の護衛任務は別段構わない。道中のコンフロンティアからの迎撃行動も予想が付く。
だが、目標への集中爆撃をするのに爆撃機四十機は過剰としか思えない。街一つを完全排除するなら話は別だが。
(まさか虐殺紛いな事はしないだろう。いくら相手がゴーストとは言え、大半は無力な奴等ばかりだ)
それでも嫌な予感がするのは気の所為だろうか?ゴースト更生労働法はゴーストが必要になる。なのに多くのゴーストを街ごと消すと言うのだろうか?
「集中爆撃か。あの場所に何が有るんだろうか?」
詳細不明の目標物への爆撃。
「ねえ、もう一つ質問なんだけど」
「何でしょうか?」
「スマイルドッグの戦闘指揮は誰がするの?」
「それは……」
チラリとこちらを見るナナイ軍曹。そんな縋る様な視線に対し、勿論俺は良い笑顔を作りながら首を横に振る。
自慢では無いが、俺には戦闘指揮とか無理だろう。何故なら俺は敵との戦闘を積極的に行う。その時に周りの状況を確認しながら、味方に指示を出すのは困難を極める。
中には最前線で戦いながら的確に指揮をする奴も居る。だが、そんな奴は一握りの奴だけだ。
しかし、ナナイ軍曹は速攻で切り札を使って来た。
「キサラギ少尉が拒否をすれば社長に全てお伝えします」
「あ!テメェ汚ねえぞ!正々堂々と説得しろや!」
「うわー、先輩ほど正々堂々が似合わない人は居ないッスね」
「アズサ!テメェは後でマタタビの刑だからな!逃げんなよ!」
「にゃああぁぁ……」
アズサ軍曹の猫耳がペタンと伏せてしまう。しかし、俺は手加減は一切しない。
大体、この猫娘は今回の作戦には参加しない。何故ならヘルキャットに乗る気が全く無いからだ。
「諦めなさい。貴方以外の上の階級の人は宇宙に居るんだから」
「お前も俺と同じ階級だろうが。この、ゲーミングフォックスめ」
「ちょっと、それ私に対する悪口でしょう?」
「そうだよ。お前さんの虹色に輝きながらも美しく綺麗な髪と毛並みをディスってんだよ」
「……それ、ディスってるの?」
結局、ナナイ軍曹とチュリー少尉も補助する形で俺が指揮をする事になった。
今回の件は割と本気で社長を恨みたくなった。
「ハァ……まぁ、どうとでもなるか」
所詮、相手はゴーストだ。コンフロンティアと自称しているが大した戦力は無い。
何故なら、この戦いは最初から勝ちが決まっている戦いなのだから。