愛
日が傾き始めた頃。格納庫の外に出た俺達は適当に基地の外を歩いていた。
基地の外は何も無い。荒地と廃墟が建ち並んでいる程度で、人が住んでいる様子は無い。理由は簡単だ。この辺りにも流れ弾や基地を襲撃しに来る連中が居るからだ。
「廃墟ばかりだね」
「そうだな。昔はこの辺りも人が普通に住んでたんだろうな」
珍しい事に今日は非常に静かな日だ。いつもなら銃声やミサイルの発射音が聞こえて来る筈なのだが。
「そう言えば、新しい部隊はどうなんだ?殆どメンバーは変わらないだろうけどさ」
「うん。第22警備部隊の605歩兵部隊になった。シュウの方は?」
「俺か?第4防衛部隊の第4中隊に配属だ。後は上手くやれるようにやって行くさ」
「シュウなら上手くやれる。だって、貴方は誰よりも頑張ってた」
レイナの言葉に俺は目を見開いてしまう。何故なら頑張って来たのは事実だが、それを誰かに見せて来た訳では無い。
誰も気付く筈は無いと思っていたからだ。
「何故、そう思うんだ?俺は別に頑張ってなんて」
「分かるよ。だって、私達と一生懸命に話をしてた。それ以外にも色んな人達と一緒に居る所も見た。そして、色んな事を手伝っていた事も」
どうやら、俺が色んな場所で媚び売ってるのを見られていたらしい。
だが、それもこれも全ては自分自身の為。このクソみたいな底辺な生活から少しでも離れる為だ。
その為に全てを見捨て来たんだ。
「……その代償として、見捨てて来た者も大勢居るけどな」
「そうなの?」
「あぁ、いっぱい居たよ。尤も、皆んな天国に行ったけどな」
俺はきっと、もう二度とあの子達と出会う事は無いだろう。救えたかも知れない命すら見捨てて来たんだから。
「そう。それでも、シュウは優しいよ。誰よりも」
「優しい?俺が?」
「うん」
その言葉に俺は一瞬だけ苛立った。優しい奴なら最初から見捨てる事はしなかった。自分を犠牲にしてでも誰かを助けようとした筈だ。
だから反論した。いや、どちらかと言うと八つ当たりだったかも知れない。
「優しい訳が無い。優しい訳が……無いだろ!全部、全部切り捨てここに来た!全ては正規市民になる為に。そして、AWに乗る為にな!その俺が優しい訳が無いだろ!」
そうさ。全ては正規市民になる事とAWに乗る為だ。
この素晴らしいSF世界に転生して理解したのは、ゴーストに生まれた瞬間に希望も救いも夢も無いと言う事だ。
それが世界の定め。宇宙での決まり事。全ては生まれによって自身の運命は決まるのだと。
ゴーストに生まれゴミ漁りをして一日を生きる事が精一杯な子供。
正規市民に生まれ豊かな物に囲まれ、決められたルールによって守られた子供。
無知故に悪事に手を貸している事を知らずに与えられた仕事をこなす青年。
知識があるからこそ、様々な事を自分で調べ自分好みの仕事をこなす青年。
だから俺は自分を夢を追う事にした。
正規市民になる為に。
人型機動兵器を手に入れる為に。
エースパイロットになり力を手に入れる為に。
その為なら……どんな犠牲も厭わない。
「でも、涙を流せる。それだけで……シュウは優しいよ」
「え?涙……そんな」
気が付けば、俺は涙を流していた。右手で頬を触れれば濡れている指。
そして、濡れた指を見ていた俺に静かに語り掛けるレイナ。
「色んな人達を犠牲にして来たかも知れない。それでも、私は……私達は貴方に感謝している。私達をこの場所まで連れてってくれた事に」
「レイナ……」
「だから、ありがとう……シュウ。貴方と出会えて、私は凄く幸せだよ」
そう言うと静かに微笑むレイナ。そして風が吹くのと同時に髪が少しだけなびく。夕陽に染まり、より綺麗は赤みを増した髪に俺は見惚れてしまう。
いや、それ以上に俺はレイナの心が綺麗だと感じたんだ。
「それでも……見捨てて来たのは事実だ。ギフトを持ってたって、役に立つ事なんて無かった」
誰かを救える様なチート染みたギフトなら良かった。そうすれば、救えなかった命も救えたかも知れない。
「ギフトはね、神様からの贈り物なの」
「神様からの?」
ギフトが神からの贈り物だと言うのなら、もっと必要としている人に贈られるべきだ。
「うん。だから大切にしないとダメなんだから」
それこそ、レイナの様な少女に贈られるべきなんだ。
自分にギフトが無くとも、素直に祝福する優しい心を持つレイナ。彼女にこそ神からの祝福がある筈なんだ。
「俺は別にそんなモノどうだって……」
「そんな事言っちゃダメ。神様に怒られちゃうよ?」
この時代、他人を思いやる事が出来る奴は鴨にされる。特に戦場となる場所では。
そんな場所でもレイナの優しさは決して霞む事は無かった。この夢も希望も無いSF世界でも優然と輝き続けていた。
だから、俺はレイナに惚れたんだ。この夢も希望も無いSF世界でも一切の穢れの無い優しさに。
「……俺は」
「うん?」
だから口に出したんだ。柄にも無く、本当に素敵で大切な少女に伝えたい言葉を。
「俺は、君と会えた事が何よりの大切な事さ。神様の贈り物より……ずっと…………
だから、側に居てくれないか?」
この時、俺はレイナの顔を見る事が出来なかった。
「側に?」
レイナの問いに静かに頷く。
「そうだ。ずっと、側にだ。そう……俺は…………」
余りの事に言葉が止まってしまう。手足も既に武者震いの如く震えまくっていた。
それでも、最後の言葉を口にした。彼女に俺の想いを伝えたくて。
「レイナ、君が好きだ。誰よりも、優しい君に惚れたんだ」
レイナの顔を見ながら告白をする。その時のレイナの表情は目を見開いて驚いていた様子だった。
「えと、あの……私」
「直ぐに、答えを言って欲しいとは言わない。唯、俺は本気だと言う事は知っておいて欲しい」
「……あぅ」
そして俯き表情を隠すレイナ。しかし、真っ赤に染まった耳は隠し切れてはいない。
暫くお互いに立ち尽くす。俺は少しでもレイナと居たいからだが。そして、徐々に日が沈み辺りが暗くなり始める。
日が完全に沈む前だった。レイナは再び口を開く。
「私は……シュウの事、嫌いじゃない」
「うん」
「多分、タケルとは違う気持ちをシュウに持ってる」
「うん」
「でも……私は汚れてるから」
ゆっくりと顔を上げるレイナ。その目は僅かだが潤んでいた。
「タケルを助けたくて、足手纏いになりたく無くて、私は……自分を売ったの」
「うん」
「だから……その、ごめんなさい」
そして走り出そうとするレイナ。だが、その動きはギフトを使って先読み済みだ。
少しは使えるギフトで良かったと思った瞬間だ。
俺は走り出すレイナを抱き締める。その瞬間、ビクッと反応するレイナ。そんなレイナを無視して語り掛ける。
「それでも良い。俺は、君の心に惚れたんだ。誰よりも輝き続ける君の心に。君の優しさに惚れたんだ」
「でも!私」
「タケルの為だろうが関係無い。その理由で行動出来る奴が一体どれだけ居るか?いや、居ないさ」
自分の為や生活の為なら分かる。だが、レイナはタケルの為だと言うではないか。
タケルもああ見えてギフト保有者だ。それこそ俺以上に上等なギフトをだ。そんなタケルを助けたいと思うレイナ。然も、レイナはギフトを持っていない少女だ。
誰よりも優しい心を持っているレイナだからこそ出来る事なんだ。
「レイナ、改めて言う。君が好きだ。誰よりも、君を愛している」
「シュウ……私」
強く抱きしめる。とても線が細いと感じてしまう程、俺はレイナを抱き締める事が出来ていた。
こんな細い身体で無茶をし続けるレイナを労る様に。
「……私で、良いの?」
「あぁ、君が良いんだ。他の誰よりも」
そして互いに見つめ合う。日が沈み小惑星から反射する光がレイナの魅力をより掻き立てる。
レイナにゆっくりと顔を近付ける。
瞼を閉じるレイナ。
レイナの鼓動と体温を感じながら抱きしめ続ける。
そして、互いの距離が零になった。