イニシャル○
パケット3の墜落現場に行くまでのルートはレイナ伍長が出してくれた。俺達はルート上に居る敵歩兵や軽装甲車を蹴散らしながら、猛スピードで向かっていた。
途中CPから撤退命令が来たが、既に敵陣深くに侵入していたので撤退不可能と返答。そのままパケット3の救出に全思考を向ける。
そしてパケット3のスィビーリアが視界に入った時だ。敵MWのタランチュラが今まさにスィビーリアに襲い掛かろうとしていたのだ。
俺は躊躇無くトリガーを引いたのだが、榴弾を装填していたので仕留める事が出来なかった。その為、スピードを緩める事無くバランスが崩れた敵タランチュラに体当たりしてやった訳だ。
「レイナ!パケット3の生存者を頼む!タケルと俺は敵に向かって全力射撃だ!」
オビリオンをスィビーリアの盾になる様に動かしながら、敵歩兵に向けて120ミリと8.5ミリを撃ちまくる。
『全く、本当に無茶な事をする奴だな』
タケル軍曹も12.5ミリ重機関銃で敵に向かって撃ちまくる。無論、敵も対戦車ミサイルで反撃して来る。
しかし、こちらにはギフト持ちの俺とタケルが居る。
タケル軍曹は12.5ミリ重機関銃で飛んで来るミサイルを簡単に撃ち落とす。
俺も敵が対戦車ミサイルを撃ち込んで来る場所をギフトを使って先読み。そのまま120ミリの榴弾と8.5ミリの弾丸をプレゼントする。
『タケル、シュウ、生存者を見つけた。今から背負って行く』
「了解した!スモーク散布!今の内に乗り込め!」
『他の生存者はどうした?』
『皆死んだみたい。パイロットも同じ』
『そうか。なら、その生存者だけでも回収だ』
そしてレイナ伍長と生存者がオビリオンに入って来る。しかし、この狭い車内に三人も中に入って来るとは。
「全く、こんな密な状況になるなんてな。どっかの知事に密です!て怒られそうだぜ」
「おい、他の救援部隊はどこに居るんだ?」
パケット3の唯一の生存者である少尉殿が聞いて来た。
「俺達だけですよ。少尉殿」
「戦車一輌で来たのか⁉︎し、死にたく無いよぉ……」
「情け無い声を出すんじゃねぇよ!男やろうが!」
俺は現状に絶望して半べそになる少尉を一括。そのままオビリオンを後退させながら、前方に再びスモークを散布する。
「60512よりCP。パケット3の生存者を一名確保」
『こちらCP。生存者は誰だ?』
「生存者の名前は……アンタ、名前は?」
「ミハイル・スタッカード少尉だ。CPに救援部隊を送らせるんだ。早く』
「こんな物好きな場所に来る奴なんている訳無いだろ。CP、ミハイル・スタッカード少尉だ。他の生存者は無し」
『そうか。だが、目標の確保は出来た様だな』
「この少尉がか?何かしらの情報でも持ってるのか?」
『いや、そうでは無い。彼は第八師団を指揮しているダルトン・スタッカード大佐の息子だ』
CPの言葉を聞いて納得した。つまり、大事な息子を助けたくて無茶な命令を下していた訳だ。
だが、大事な息子なら態々戦地に送る必要は無いと思うんだがな。
「ふん、どうでも良い事か。CP、兎に角今は脱出ルートを頼む。大佐殿の大事な大事な息子さんを死なせない為にな」
『了解した。だが、敵部隊がそちらに集まって来ている。脱出ルートは必ず敵と接触する。それだけは心しておいてくれ』
「こんな場所に単機で来た時点で覚悟してるさ!」
十字路を左に曲がりながらギフトを使い先読みする。すると戦車四輌がこちらに向かって来ているのを確認した。
俺は弾種をHEAT弾に切り替えて、モニターの視界に入ったのと同時にトリガーを引く。
出会い頭に速攻で一輌を撃破。そして右側にあるファッション店に突っ込みながら逃げる。
「おい!どこを通っているんだ!ちゃんと脱出ルートが表示されてるだろう!」
「その脱出ルートに従ってたら死んでるよ。脱出ルートは常に変わるんだよ。臨機応変って奴だ!」
「そんな……無茶苦茶な、うわッ⁉︎敵が来てる!来てる!」
ダルトン少尉の言葉を聞いてレーダーを確認。すると奴が再び現れた。
《やってくれたなぁ。だがな、こんな場所に来た時点でテメェは終わりなんだよ!》
スピーカーを使ってこちらを煽る様に言ってくる奴。しかし、この声に聞き覚えがあった。そして、あのMWのタランチュラもだ。
だから仕返しがしたくなった。俺はタランチュラのパイロットに向けて言う為にオープン通信を繋げる。
「弱い者虐めに精を出すチキン南蛮野郎が吠えるなよ。折角のタランチュラが情けなく見えるぜ」
《あぁ?オープン通信だぁ?》
「だけど良いのか?あの時はタクシーだったけど、今回は戦車様だ。タクシーすら満足に倒せなかった腕前で追い掛けて来ても大丈夫かい?」
《……そうかぁ。あの時のクソガキが、そんな所に居るとはなぁ》
クツクツと笑い声が街中に響く。その間にもオビリオンは建物の壁を破壊しながら脱出ルートに戻る。
《殺してやる。戦車から中身引き摺り出してグチャグチャにしてやるよおおぉぉお‼︎》
敵タランチュラが建物の上から現れる。そして20ミリマシンガンでオビリオンの天板を撃ってくる。
しかし、この街はそこそこ入り組んでいる。つまり、思ったより簡単に射線を切る事が出来る。
「おい!シュウ!建物に突っ込むなら一言言え!俺は生身なんだぞ!」
「後方にMWと軽装甲車が追い掛けて来てる。このままだと」
「死にたく無い死にたく無い死にたく無い死にたく無い」
誰もが狭い車内で好き勝手に話す。しかし既に俺の意識はモニターとレーダー、そして自身の手足に集中していた。
どこからかミサイルが飛んで来る。近くに着弾したのか車体の右側が浮く。
『ザ……ザザ……ツー続いてのリクエストは【GO to シャイニング】です。この曲は随分と古い曲ですが結構リズムは速いですね。では、どうぞ』
何かの手違いか一般ラジオを受信する通信機。しかし、これはまた随分と走り屋っぽい曲じゃないか。
(イニシャル何とかっぽくて良いぜ)
その瞬間、俺の意思は本格的に変わったのだった。
ダルトン・スタッカード少尉は狭い車内の中で震えていた。本来、自分は安全で直ぐに終わる任務になる筈だった。
だが、結果として自分の乗っていたスィビーリアは墜落。更に助けに来たのはたったの一輌の戦車。しかも極め付けに正規軍では無く、傭兵だと言う。
「おい!敵がまだ追い掛けて来てる!何とかしろよ!」
「…………」
「返事をしろ!僕は少尉なんッ……な、何だ、こいつの表情は」
戦車を操縦している傭兵の顔を見た瞬間、言葉が出なくなった。何故なら余りにも集中し過ぎて顔付きが全然違うのだ。
そう、何か運転が上手そうな顔だ。
(いやいやいやいや、運転が上手そうな顔って何だよ。でも……)
自分に突っ込みを入れながらも傭兵とモニターを見る。モニターを見る限りギリギリのラインで曲がり角を曲がっている様に見える。そして敵の攻撃を偶に避けながら反撃している。
そしてダルトン少尉は一つの結論に行き着いた。
(もしかしたら、黙ってた方が助かるかな?)
そしてダルトン少尉は物凄い彫りが深くなってる顔の傭兵を黙って見てるのだった。
意識と感覚を全てオビリオンに向ける。そして適度にギフトを使いギリギリの所で危険を回避する。
(次の直線は長い。だが、反撃するのは難しい)
砲塔を回頭させれば良いのだが、街中を爆走しながらだと変な所に突っ込んでしまう可能性は高い。
なので直線の大通りに出て少ししたらスモークを前方に展開。僅かでも射線を切れれば良い。
《無駄な足掻きだぁ!お前ら!奴にプレッシャーを与え続けろぉ!》
20ミリの弾丸がスモーク越しから撃たれる。何発も被弾するが、まだ致命傷では無い。しかし敵軽装甲車がオビリオンに近付きながらRPGを構える。
このままでは逃げられないと悟った俺は、本来やっては行けない事に手を伸ばす。それはオビリオンのエンジン出力を一時的に上げる物だ。しかし、ソレは本来は沼地で自力での脱出が困難な時に使う物だ。
だが、俺はソレを使う。すると出力が上がりエンジンの回転速度とスピードが上がる。
そのまま直進させながら一度左に車体を向かせる。軋む履帯と抉れる道路。スモークを突き抜けた直後に、その姿を見たラサール中佐と仲間達は心の中で悪態を吐く。
(馬鹿が。スピードを出し過ぎて滑ってやがる。まぁ、所詮はガキだって事か)
だが、次の瞬間だった。オビリオンの履帯が道路を掴んだ。そして車体が反対側に一気に向く。
《なぁ⁉︎か、慣性ドリフトだとぉ⁉︎》
そのままオビリオンは右へ曲がり射線を切る。そして左側に曲がるか壁に打つかると思っていた敵軽装甲車が次々と玉突き事故を起こしてしまう。
そして去って行くオビリオンに対して信じられない表情をしながら見送る敵傭兵達。
「シュウ、敵を上手く振り切ってる」
「大した物だ。だが、今のは心臓に悪いな」
「…………凄い」
褒めてくれる戦友達とダルトン少尉。しかし俺は内心成功して安堵しまくりだった。
(オビリオンは未来の戦車だ。多少の無茶は出来る……筈。だって、前世の戦車もドリフトしてたし)
オビリオンでドリフトが出来るかどうかは知らない。寧ろドリフトする事自体が間違ってるだろう。
だが、今はその間違ってる事にも手を出さねば死んでしまう。
しかし、レーダーを見れば周りに敵部隊が多数居た。どうやら騒ぎを聞き付けて寄って来たらしい。
(何か、何か使える物は?何でも良い。状況を少しでも打開出来る何か)
そして視界に入った建物。それは随分と未来的な建物だが、紛れも無く立体駐車場。俺はオビリオンを立体駐車場の中に入れる。
【ハハハ!見ろよ!奴を追い込んだぞ!】
【よぉし!歩兵を突入させろ!ラサールには悪いが獲物は俺達が頂くぜ】
【行け行け行けぇー!ターゲット以外は殺しても構わないからな!】
敵の追撃部隊は勝利を確信。そのまま歩兵を立体駐車場に突入させる。
そんな危機的な状況になったが、俺はオビリオンを屋上に向けて走らせていた。途中、駐車されてる放置車両や看板を踏み潰しながらだ。
「何故こんな場所に逃げた?このまま屋上に行っても意味が無いぞ」
「戦車は捨てて車に乗り換えるの?でも、殆どの車は動かないと思うけど」
タケルとレイナは既に諦めが入った顔をしていた。しかし、ダルトン少尉は違った。
「確か、シュウと言ったな。僕は君を信じよう。君が思う通りにやりたまえ」
しっかりとした声で俺を信じると言ったのだ。ならば期待に応えるのが英雄と言うものだ。
「ならば、歯を食いしばって舌を噛まない様に。後、悲鳴はご自由に」
屋上に出たのと同時に砲塔を180度回頭させる。そして位置を確認しながらアクセルを全力で踏む。
エンジンが再び唸り声を上げる。一気に速度が上がるオビリオン。モニターを見ると徐々に道が屋上が無くなって行く。
「待て!まさかお前!」
「ヒィィィハァァァア!逝くぜぇ!覚悟決めろやぁ!」
車内に僅かな悲鳴が漏れる。そして屋上から飛び出した瞬間に主砲を発砲。そして砲弾が直ぐ後ろで爆発。そのまま空中を飛んで行くオビリオン。
「わぁ、戦車って飛べるんだ」
レイナの場違いな言葉が妙に印象に残ったのだった。