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希望に……

 俺がアラン軍曹の元に行くと簡易テントの下に横になっていた。アラン軍曹の側にはハラダ曹長とエドガー伍長も居た。


「アラン軍曹?」

「ウゥ……シュウ?無事……ナノ、カ?」


 アラン軍曹の怪我は酷い物だった。

 両脚は膝より下が無くなっており、左腕も無くなっていた。胸や腹も包帯で巻かれていたが既に真っ赤に染まっており、白い部分は殆ど無かった。また頭部も包帯が巻かれているが同じく真っ赤に染まっていた。

 だが、パワードスーツの爆発に至近距離で巻き込まれたのだ。無傷で済む訳が無い。アラン軍曹の身体に巨人族の血が流れていようとも、戦場では皆と同じ様に傷付く。


「あぁ、無事だよ。タケル軍曹も俺も皆生きてる。アラン軍曹のお陰さ」


 俺は静かにアラン軍曹に近寄って座り、右腕に触れる。とても分厚く頼もしい腕なのに、暖かさは無かった。


「ソウ、カ。ヨカッタ、皆、無事……デ、ゴフッ!ガフッ!」

「アラン軍曹、無理に話さなくて良いよ。痛いだろう?」

「ハァ、ハァ、平気ダ。エドガーノ、薬ガ効イテル」


 そう言って少しだけ口元で笑みを作るアラン軍曹。俺はそんなアラン軍曹を直視出来なくなってしまった。

 素人から見ても分かる。もう、アラン軍曹は助からない。特に、俺達の様な使い捨ての駒なら尚更だ。

 アラン軍曹は右腕を動かすと左胸ポケットに手を突っ込む。そして一枚の半分血に染まった手紙を出す。


「コレ、ヲ……」

「遺書ってか?そう言うのは自分で渡す物なんだって昔から決まってるんだ。だからさ……諦めんなよ。無理言ってるのは承知だけどさ」


 俺がそう言うとアラン軍曹は再び口元に笑みを浮かべた。


「オデ……渡ス相手、居ナイ。ゲド、皆二ナラ……渡セル」


 どう言う事かと一瞬分からなかった。だが、どうやらこの手紙には俺達の事が書かれてるらしい。

 それを理解したら俺の目から涙が出て来てしまった。


「……馬鹿野郎。速攻で俺が言った事を……回収するなよ。受け取るしか無いじゃん」

「シュウ、オデ、皆ト……会エテ、ヨカッタ。オデ、頭悪イ。ケド、皆……優シイ」

「アラン軍曹は力持ちじゃないか。それに手先が凄く器用だし」


 他にも力持ちで頼りになるし、12.5ミリ重機関銃での豪快な援護射撃に痺れもした。


「シュウ、泣クナ。オデ、モウ……平気。ドコモ、痛クナイ」

「ッ!諦めるな!今の時代なら再生治療や義足義腕があるじゃないか!簡単に、諦めんなよ」


 目から涙が溢れ落ちてるのが分かる。だが、そんな事を気にする余裕なんて無い。大切な戦友が今、この世から消え様としている。

 そんな俺の涙で情け無い表情になってる顔にアラン軍曹の右手が触れる。冷たい筈なのに、何故か不思議と暖かさを感じた。


「オデ、今……幸セ。ダッテ、戦友二見守ラレテル」

「アラン軍曹?」

「シュウ……生キロ。オマエハ……希望、二……」


 そう言い残してアラン軍曹の右手から力が抜けた。俺はアラン軍曹の右手を握りながら唯、静かに泣く事しか出来なかった。


「シュウ上等兵、自分を責めるな。お前がパワードスーツの相手をしたから俺達は生き残れた。それは間違い無い事だからだ」


 ハラダ曹長の慰めの言葉に納得は出来なかった。俺が無闇にオビリオンで前進しなければアラン軍曹は死ななかったかも知れない。

 だが、ここは戦場だ。一瞬の隙や油断が命取りとなる場所。そこに正しいも間違いも無い。


 例え、戦友を失う結果であろうともだ。


 俺達が静かにアラン軍曹を見守っていると通信が入る。


『こちら02(ミャオ曹長)、このエリアの敵は撤退したみたい。でも、他のエリアでは今も交戦が続いてるわ』

「01了解。05(エドガー伍長)、本隊からの通信は?」

『今の所は現時点の死守。つまり現状維持です』

「本隊からの増援は?」

『その辺りも何とも。MW部隊の連中なら何かしら連絡があるかもですが』

「そうか、分かった。何か有れば連絡を頼む」

『了解しました。所で、アラン軍曹は?』

「……KIA(戦死)だ」

『そうですか……了解。通信終了』


 結局、アラン軍曹の遺体は上から布を被せる事になった。後で回収するまでに汚れたり、傷付けない為にだ。

 俺は涙を拭いながらアラン軍曹に対し敬礼をする。そして直ぐにオビリオンに向かう。これ以上、誰かに負荷を掛け続ける訳には行かない。だから俺がしっかりしなければ駄目だ。


 アラン軍曹の死を無駄にしない為に。


 しかし、オビリオンに向かってる途中でレイナ伍長と出会ってしまった。


「シュウ、大丈夫?」

「俺は平気だ。けど、アラン軍曹が……」

「そう。アラン軍曹は残念だった。けど、私達は生き残れた。今はそれだけ」

「それだけって……アラン軍曹が死んだんだぞ?俺とタケルを助ける為に。なのに、それだけって」

「仕方無い。私達は消耗品。いつ、誰が私達を捨て駒にするのか分からない」


 レイナ伍長の表情に変化は無かった。悲しいとか同情するとかの感情が一切表に出ていない様に見えた。

 だから俺は我慢出来ずに少しだけ反論してしまった。


「簡単に自分を消耗品とか捨て駒何て言うなよ。俺達は生きてるんだ。感情だってあるし、笑う時や泣く時だってある。戦友が死ねば涙の一つくらい出るだろ」

「そうかも知れない。でも、私も同じ様に死んで行った人達を見て来た。小さい頃はシュウと同じだったかも知れない。けど、今はもう思い出せない」

「思い出せないって……」

「小さい頃の記憶は嫌な事しか無かった。だからきっと、嫌な事と一緒に思い出さない様になったのかもね」


 この時、レイナ伍長は静かに顔を僅かに歪める。だが、ようやく理解出来た。レイナ伍長もゴーストとして生を受けた。つまり、その後の人生は決して楽では無かった筈だ。

 そもそも、ゴーストみたいな劣悪な環境の中で生活を続ければ感情の一つや二つ消えてしまう。それこそ思い出したく無い記憶を封印する様に。


「私にとって一番大切なのはタケルが生きてる事。小さい頃からタケルは私を守ってくれた。だから私もタケルを守る」


 そう、コレがゴーストとして普通なんだ。誰からの救いも無く、生きて行く事すら困難。そして正規市民になる事を夢見て死んで行くゴースト達。そして、最終的にはあの道端で項垂れた様に座り続けるゴースト達。

 俺とレイナ伍長とでは根本が違うのだ。俺には最初から知識と知性が有り、レイナ伍長には無かった。

 いや、最初から無い事が当然なんだ。にも関わらず俺はスタートダッシュが出来てしまった。


 俺は何時からゴーストと同じ立場だと勘違いをしていたのか?


 今の俺はゴースト擬きと言っても過言では無い。何故なら他のゴースト達から見たら、俺は異物以外何者でも無いだろう。寧ろ卑怯者と言われても仕方ないだろう。


「その、すまん。少し言い過ぎた」

「気にして無い。でも、シュウの言いたい事は少しだけ理解出来る」

「そうか」

「うん。それに、アラン軍曹はきっと最後まで幸せだった」

「幸せ?何でだ」

「だって、貴方に見送られたんだから。少なくとも、貴方はアラン軍曹の為に涙を流して見送った。だから、アラン軍曹は幸せなのは間違いない」


 見送る事が幸せ?そんな訳が無いと言いたかったが、これも理解出来無い訳では無かった。

 レイナ伍長の様に本当に大切な人が居ない限り、無関心なのが当然だ。寧ろ、こんな戦場なら隣に居る仲間が自分の戦果を奪う奴にしか見えない。

 特にこんな場所まで来たゴーストは、正規市民になる為に己自身を賭けてる様な物。

 そんな中で自分の為に涙を流してくれる人は居るだろうか?

 俺には分からないし、分かりたくも無い。


「シュウ、貴方は今の貴方のままで居て欲しい。そうすれば私が死んだ時も泣いてくれるでしょう?」


 認識のズレ。いや、価値観の違いか。


「分かった。泣いてやるさ」

「ありがとう」


 感謝の言葉と同時に見せた笑顔。だが、俺はそんな笑顔が見たい訳じゃない。

 だから俺はレイナ伍長を抱き締めた。


「シュウ?どうしたの?」

「けどな、一つだけ言っとく。俺の涙は安く無い。だから簡単に自分が死ぬ時の話しをするな」

「…………」

「生きてればチャンスはある。特に、こんな戦場なら尚更だ。そのチャンスを掴み取れれば今よりもずっと前に進める。生きる意義を見つけれる」


 俺は何かを訴え掛ける様にレイナに語り掛ける。この事に意味が有るか何て分からない。けど、やらなければ駄目だと感じたんだ。


「今は難しい事かも知れない。けど、簡単に生きる事を諦めないでくれ。少なくとも、レイナが死ねば涙を流す人が居る。その人を悲しませないでくれ」

「タケルとシュウの事?」

「今はそれだけで良い。けど、いつかもっと多くの人達になる様にならないと駄目だ」

「別に、私はタケルとシュウだけで良い」


 レイナは俺の言葉を否定する。それは何も知らない子供みたいな反応に近いのかも知れない。

 だから、子供を諭す様に話す。何も知らないなら、知ってる事を教えれば良い。


「それじゃあ駄目だ。前に進めない。正規市民になるまでに沢山の人達と出会う。その出会い全てに意味が有る。例え、嫌な奴が居たとしても」

「……うん」

「そして全部自分の糧にすれば良い。自分を守る為の繋がりを作るんだ。そうすれば失くした感情だって直ぐに思い出せる」

「……そうかな?」

「そうさ。だから、簡単に諦めないでくれ。諦め続けたら、それこそ本当に手遅れになっちまう」


 思い浮かべるのは何もせず呆然としているゴースト達。その中にレイナを入れたいとは思わなかった。


「最初は難しい事だ。だから、今は俺達で練習するんだ」

「シュウ達で、練習?」

「正確に言うなら俺達605小隊の仲間達とだ。少しずつ何かを話し合って行くんだ。話題なら何だって良い。その日あった事を話すだけで充分。大丈夫、難しいと思ったら俺を呼べ。そうすれば直ぐに話題の一つや二つ用意するよ」

「…………」


 レイナからの反応は無い。やはり嫌な事なのだろう。正確に言うなら知らない事だからだ。だから逃避してしまう。

 暫く待つとレイナは自分の気持ちを口にした。


「……分かった。頑張ってみる」

「そっか。俺も出来るだけフォローするさ」

「うん……シュウ、ありがとう」


 そしてレイナは俺からゆっくりと離れて行く。その時に見せた微笑みは俺の視線を釘付けにしたのは仕方無い事だった。


「あ、そろそろ終わったかな?」

「うわっはぁ⁉︎り、リロイ上等兵!何時からそこに居るんだよ!」


 突然リロイ上等兵に話し掛けられて本気で吃驚した。


「えぇ?白昼堂々とレイナ伍長を抱き締めたシュウ上等兵が悪いんじゃ無い?」

「うぐ、反論したくても出来無い」

「別に僕を抱き締めても良いんだけどなぁ〜」

「あ、それは結構です」

「別に良いけどねぇ〜。じゃあ、後は()()()()()()


 そう言って離れるリロイ上等兵。しかし、少し引っ掛かる言い方だったのは気の所為だろうか?

 俺が僅かに首を捻っているとリロイ上等兵の言葉の意味が分かった。何故なら俺の喉元に軍刀の冷んやりとした感覚が当てられたからだ。


「念仏を唱え終えたら言え。情けとして一瞬で逝かせてやる」


 地獄の底から怨念を背負いし悪鬼(タケル)が、いつの間にか背後に居たのだ。いや、今回は本気で命の危険を感じている。


「ま、待て。話せば分かる。金か?金が欲しいのか?なら今直ぐくれてやる。だから、命だけは……」

「余程死にたいらしいな。覚悟は良いか?」


 どうやら、たった今死亡フラグが立ったみたいだ。何と言う事だ。こんな事になるなら素直に事情を説明すれば良かった。

 俺とタケルが命のやり取りをしていると、レイナがタケルの肩を突っついた。


「タケル、シュウを放して。別に私は平気だから」

「しかしだな。こいつはお前に破廉恥な事を」

「唯、抱き締めただけだよ。欧米とかなら挨拶みたいなあああぁぁあ⁉︎切れてる!首がちょっとピリピリしてるからー!」


 どうやら俺が喋ると命の危険に晒されるみたいだ。今回はレイナ伍長に丸投げするしか無さそう。


「そうかも知れない。けど、シュウは私の為にやってくれた事。だからタケルは怒らなくても大丈夫だから」

「レイナ……」

「それに、タケルはいつも私を守ってくれてる。だから私もタケルを助けたい」

「お前は昔から脇が甘い。だから()()()()になった。それを忘れたのか?」


 タケルは真剣な表情でレイナを見つめる。だけどレイナも真剣な表情でタケルを見つめ続ける。


「それで少しでもタケルが楽になれると思ったから。いつもタケルは無茶するから」

「俺は平気だからだ。だから多少の無茶だって出来る」

「私だってタケルが心配なの。タケルが私を心配してるのと同じくらいに」

「レイナ……」


 レイナの言葉にタケルが僅かに口籠る。その様子を見て俺はつい口を出してしまう。


「タケル、お前の様な短気な小僧が口で女に勝てる訳がああぁぁあ⁉︎喰い込んでる!軍刀が顎下に喰い込んでるからー!」


 どうやら、これ以上余計な事を喋ると首と胴体がお別れしてしまうみたいだ。残念だが後はレイナ様にお任せするしか無さそうだ。

 俺は……無力だ。


「何でシュウは黄昏た表情をしてるの?」

「己の無力を痛感してるからさ」

「お前は黙ってろ」

「……ふぁい」


 そして再びレイナとタケルは話しを続ける。


「タケル、私をいつも守ってくれてありがとう」

「そんな事、今更気にする事では無い」

「そんな事じゃ無いよ。タケルが居なかったら私は此処には居なかった」

「…………」


 レイナの真剣な表情と言葉にタケルは黙るしかなかった。

 今、レイナは前に進もうとしている。タケルの後ろで世界を見るのではなく、自分の意思で見ようとしている。


「だから、私も頑張る。昔とは違うやり方で」

「そのやり方は……大丈夫なのか?」

「うん。シュウも一緒だから」

「…………」


 タケルの強い視線を感じたので取り敢えずグッドサインを出しといた。だって、喋ったら首が物理的に飛ぶもん。


「はぁ、分かった。シュウ、もしレイナを傷付けたら分かってるな」

「分かってるって。だが安心しろよ。俺は戦友を見捨てたりなんかしない。そうだろ?」

「……ふん」


 タケルは不機嫌そうになりながらも軍刀を鞘に仕舞う。俺は命の危険が無くなった事に安堵したけど。


「はぁ〜、死ぬかと思った。割とガチでよぉ」

「お前が紛らわしい事をしているからだ」

「せめて確認くらい取れよ!命が幾つ有っても足りないぜ」

「ふん。知るか」


 こうして俺達はようやく一段楽着いた。周りの仲間達も、俺達の様子を見ていたからか安堵の表情を浮かべていた。

 アラン軍曹の死が切っ掛けで俺はレイナを前に進ませる事が出来た。レイナにとっては不安な事ばかりになるだろう。だが、俺はレイナを見捨てたりはしない。

 何故なら……戦友だからな。


(アラン軍曹、アンタの手紙は後で必ず皆に渡すからな。それまで俺達を見守っててくれ)


 そして今は亡き戦友にも心の中で語り掛ける。


 そう、今の俺にはこれくらいしか出来無いのだから。

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― 新着の感想 ―
[良い点] さらば、心優しきアラン軍曹。 生きる事を諦めるな。言葉と、体温とともにシュウがレイナを少し変え、自然タケルも影響されていく。 その先にあるのは……… 諦めなかったのはレイナかタケルか。
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