食べ物の恨み
前哨戦とも言える戦いはトミオー国防軍側が勝利した。よって偵察部隊は補給が済み次第、再び1キロ前進する様に命令が下された。
「偵察部隊ってさ、もっと楽な部隊だと思ってたよ」
「仕方ない。私達は所詮、ていの良い駒だもの」
「そう言われたらその通りとしか言えんけどさ」
現在は補給中なので暇になっているのだが、偶々レイナ伍長と一緒になった。
何となくレイナ伍長の装備を見てみると、戦闘服に防弾チョッキと防弾ヘルメットといった普通の装備だった。
(そう言えば、俺パワーアシスト使わないよな)
基本的に戦車の中に居るのでパワーアシストを使う機会が殆ど無い。強いて言うなら120ミリの砲弾を給弾する時くらいだろうか?
しかし、給弾専用の機械がトミオー国防軍にはある。そう考えるとやはり俺にはパワーアシストは要らないのだ。
「あのさ、コレ使う?」
「何を使うの?」
「いや、だからさ……俺のパワーアシストやるよ」
「ならタケルに渡した方が良い。私が貰う理由が無い」
「タケルを安心させる為だよ。良いからやるって」
「でも……」
タケルを安心させると言われて少し考え始めるレイナ伍長。後一押しだと思いながら言葉を続ける。
「じゃあ貸すよ。この戦いが終わったら返してくれれば良いから」
「……良いの?」
こちらの様子を見るかの様に上目遣いで見て来る。そんなレイナ伍長に少しだけドキッとしたのは秘密だ。
「い、良いよ。ほら、今から調整するから」
「うん。じゃあ、お願い」
俺はパワーアシストを外してレイナ伍長の身体に合う様に調整して行く。
調整をすると言う事は自然と互いの距離が近付くと言う訳だ。無論、精神年齢の大人な俺が簡単に子供に手を出す訳が無い。
しかし軍と言うのは一種の閉鎖空間的な場所でもある。つまり発散する場所は非常に限定的な訳だ。勿論、恋人や手軽なパートナーが居るなら問題は殆ど無い。
だが俺にはそう言った存在を作る暇は無かった。その為かレイナ伍長と密着した際に、つい邪な思考が生まれた。
(腰は結構細っそりしてるよなぁ。代わりに良い尻してるけど。胸?今後の成長に期待したいと思います)
配給されている同じシャンプーや石鹸を使ってる筈だが、特別な香りがしてる気がするんだ。
この間の撤退する時とは違い余裕がある。つまり下心を考える余裕があると言う事だ。
恐らく完全に欲求不満な自分が招いている事だろうけどな!
そんな下心満載な俺を信用しているのか文句一つ言わないで身体を預けるレイナ伍長。そんなレイナ伍長を見て自分の下心を少し恥じたのは秘密だ。
「良し、調整完了。一応動かしてみてくれ」
「うん。シュウ、ありがとう」
純粋なレイナ伍長の言葉が下心満載の俺の心にダイレクトアタックする。感じもしない胸の痛みが疼くのだ。
そしてレイナ伍長がパワーアシストを使って走ったりしている様子を見ていると、突然後ろから頭を掴まれた。
「おい、貴様……今、レイナに不埒な事をしたな?」
地獄の底から這い上がって来た悪魔の様な声と雰囲気を出すタケル曹長殿が其処に居た。
「は、はて?何の事やら?ワシ、そんな事、しとらへんよ?」
「なら何故そんなに顔が緩んでる?」
「嘘!緩んで……あ、ちゃうねん。ほら、アレや……レイナ伍長って可愛いよね」
頑張って笑顔を作ってレイナ伍長を褒めたのだが、顔が引き攣っているのが自分でも分かる。
「貴様にレイナは渡さん!」
「痛たたたた!離せ!この反抗期小僧!」
「誰が反抗期だ!」
「お前の事じゃあ!」
互いに一歩も譲らず格闘戦に入ろうとするが、流石に今は戦闘中なので空気を読んで直ぐに止める。
「この戦いが終わったら話がある」
「だから死亡フラグ立てようとするなって。ほら、行くよお父さん」
「誰がお父さんだ!誰が!」
タケルを弄りながらオビリオンに乗り込む。因みに銃座にはタケルに乗って貰っている。時間を遅くするギフトがあるとは言え、使い続ければ何かしらのデメリットが出るのは確実だ。ならば倒れても移動出来る場所に居て貰った方が良いだろう。
しかし、この後の戦いは非常に散発的な物となった。逃げ遅れた敵歩兵は反撃する事無く武器を放棄して降伏して来た。その度に兵員輸送車に詰めながらゆっくりと前進して行く。
途中で捕虜で満載になった兵員輸送車は後退して行き、暫く経つとまた俺達の小隊だけとなった。
「さっきまでの戦闘が嘘みたいに静かだな」
『油断はするな。まだ逃走している敵が居る可能性は高い』
そして新たな命令として再び指定ポイントでの偵察が下された。
指定ポイントに到着して残敵が居ないかの捜索を開始。しかし敵の気配は無い。現にミャオ曹長、ロイ曹長、エドガー伍長も敵を見つけてはいない。
結局、命令では指定ポイントで現状維持だけなので、そのまま現在地で数日間待機する事になった。
しかし、トラブルと言う物は何時も突然やって来る。
それは本人達が望まなくともだ。
偵察開始から五日後。戦闘は殆ど無く、今では指定ポイントでの退屈な偵察任務を行なっていた。
「今日の昼飯は何ですか〜?」
「今日は僕特製の海老チリだよ。楽しみにしててね」
「やっぱりリロイ上等兵の料理スキルは高いわ。これなら何時でもお嫁さんに行けそうね」
「えへへ〜、ミャオ曹長に褒められちゃった」
「まぁ、リロイ上等兵の料理は美味いからな。これで性別が逆だったら文句無しなんだけどね」
「でも僕の容姿とスタイルって美少女以上だと思うよ?」
そう言って立ち上がり一回転してから可愛らしくポーズを取る。
確かに見た目は美少女だ。然も今時珍しい僕っ子なのもポイントが高い。
しかし、しかしだ。こいつは男なんだよなぁ。俺と同じ性別なんだよ。つまり付いてるモノは付いてるんだよ。
「はぁ、世の中って本当に上手く行かないよな」
「えー、僕じゃ不満?」
「不満です」
「ブーブー」
「残念ね。ほら、もう一回味見してみて」
ミャオ曹長とリロイ上等兵の料理上手い陣によって今日の昼ご飯は期待大だ。俺は周辺警戒と称して他のメンバー達の様子を見て回る事にした。
ハラダ曹長とアラン軍曹は自分達の武器を点検していた。
「む?少しコッキングレバーに違和感があるな」
「軍曹、見セテ。……多分ソロソロ部品交換シタ方ガイイ。少シ、チャンバー部分ガ傷ンデル。コレ使ウトイイ」
「アラン軍曹は細かい所も見てくれるから助かるよ」
「オデモ、何時モ皆ニ助ケテ貰ッテルカラ」
意外にもアラン軍曹は手先が器用なので武器の点検はお手の物だ。
基本、自分の武器は自分で点検するが、アラン軍曹は細かい所も見てくれるので偶にお願いしたりする。
「流石アラン軍曹。手際の良さがピカイチだね」
「シュウモ器用ダカラ問題無イ」
「いやいや、日頃の点検なら大丈夫だけどね。けど、アラン軍曹みたいに悪い所が直ぐには分からないし」
「そうだな。アラン軍曹は細かい所に目が届くから助かる事が多い」
次にタケル軍曹、レイナ伍長、ロイ軍曹、エドガー伍長だが真面目に周辺警戒をしていた。
と言っても現在は崩れた建物や瓦礫を背にした場所に陣取っているので、基本的に前方を重点的に警戒していれば良いのだ。
勿論、後方警戒もやる必要はある。その為、建物の屋上にはケイト伍長とサーシャ上等兵のマークスマンコンビが配置されている。
それからエビチリが出来たので、先にケイト伍長とサーシャ上等兵の分を持って行く事にした。
「二人ともお疲れさん。ほい、今日の昼ご飯はミャオ曹長とリロイ上等兵の海老チリだよ」
「有難う、シュウ上等兵」
「わぁ!とってもおいしそうな海老チリネ」
「ちゃんと大盛りにしといたからね。しかし、此処からの眺めも悪く無いね」
それなりに高いビルだったので街の様子が良く見える。半壊した建物や弾痕だらけの壁。更に破壊されたMWや車両が辺りに放置されていた。
「見晴らしが良いから狙撃にも使えるネ」
「後は、あの建物に敵が潜んでいるかな?」
「え?どこ?」
「あそこの茶色のマンションよ。六階の右から四番目の部屋に居るわ」
双眼鏡を覗き込みながら見ると、敵歩兵は見当たらないが武器や何かの道具が置かれているのが見えた。
「良く分かったな。これは二人のお手柄だな」
「今は大人しいから良いけどネ。でも、そろそろ相手も食料とかが尽きてこっちに来るかもネ」
「うん、間違いなくこっちに来る。その時に非武装だったら良いんだけど」
少し不安気な表情をする二人。だから俺は安心させる様に明るく言う。
「大丈夫だって。もし連中が攻撃して来ようものなら、オビリオンの120ミリ榴弾で吹っ飛ばしてやんよ」
「頼りにしてる。今の私達の要はシュウ上等兵の戦車だからね」
「そうネ。戦車が有れば私達の生存率も上がるヨ」
「その通り。それに、歩兵相手なら対処出来る。後は皆の援護が有れば余裕さ」
そう言ってから俺は下に降りる。何せ海老チリが俺を待っているからな。然も料理上手い組が作った海老チリだ。味に期待するなと言うのは無理な話だ。
「俺の海老チリどこですか〜?そこに有ります海老チリ君〜」
良く分からない歌を適当に歌いながら下に降りて行く。
しかし、その時だった。突然の爆発と振動が俺達を襲う。
『こちら08!敵襲ネ!前方の通りから歩兵とパワードスーツを確認ヨ!』
『パワードスーツは四体!内二体はバズーカを装備してる!後は後方に軽装甲車と歩兵多数!』
『12!急いで戦車を動かせ!敵が攻めて来るぞ!』
俺が戦車に向けて走ってる間も敵は攻撃して来る。屋上では07、08が敵の動きを逐次報告していた。
「畜生!飯時を狙いやがったな!食い物の恨みは海底より深いからな!」
『良いから早く動かせ!敵が攻めて来るぞ!」
「にゃああああ‼︎‼︎」
『叫んで無いで戦車を動かせ!』
俺の怒りが天上突破しそうだったが、我慢してオビリオンに乗り込む。因みにタケル軍曹は既に砲塔の銃座に着いており、俺が来るのを待っていた。
『急げ、相手はパワードスーツだ。今の俺達でパワードスーツに対抗出来るのは戦車か対戦車ミサイルしか無い』
「分かってるって。システム起動、起動シーケンス確認。良し、エンジン始動!06、行くぞ!」
モニターで外の状況を確認しながらオビリオンを動かす。そしてモニターの端に鍋に作り置きされている海老チリが見えた。
しかし、次の瞬間だった。近くで敵の流れ弾が爆発。その爆風と振動により鍋が倒れて海老チリが地面に溢れた。
「あ……あぁ、俺の、海老チリが……。ゆ、許さねぇ‼︎絶対に許さねぇぞ‼︎あいつら全員皆殺しじゃあ‼︎」
俺の怒りに呼応するかの様にオビリオンのエンジン音が唸りを上げる。まぁ、アクセルを強く踏んだだけなんだけどね。
「敵は本能寺にあり‼︎我に続けぇ‼︎」
『相変わらず訳の分からん事を言う。だが、気迫は良く伝わったぞ』
『01より06、12。敵パワードスーツを最優先で仕留めろ。現在、他の区画でも同様に戦闘が起こっている。もしかしたら敵が本格的に動く前兆かも知れん』
01の言葉を聞きながらオビリオンを所定のポジションに移動させる。そして主砲の照準を敵が来るであろう場所に向ける。
『従って敵を迎撃した後に他の部隊と合流する。何としてでも敵を撃破せよ』
「了解です。さて、敵さんはどこからくるかな?」
レーダーを確認すれば敵パワードスーツと軽装甲車の反応が有る。故に敵の火力はそれなりに高い。なので尚更オビリオンの存在は重要になる。
こちらも軽装甲車に銃座が付いてるので火力は有る。だが敵としては戦車を破壊したい筈だ。そうすれば俺達を蹂躙出来るからだ。
『総員、配置に着いたな。10もパワードスーツを優先して狙え。最悪、足止めに牽制するだけでも良い』
『了解です』
『大丈夫。私が給弾するから』
『ありがとう、11』
そして全員が固唾を呑んで武器を構える。俺はレーダーを確認しながら敵が見えるタイミングを計る。
(大丈夫だ。120ミリのAP弾かHEAT弾を直撃させれば、パワードスーツなんて一撃で終わる。後はHE弾で吹き飛ばす)
問題は小さなパワードスーツ相手に当てれるかが問題だ。これが戦車とかが相手なら、まだ楽なのだが。
「06、パワードスーツが接近してきたら頑張って足止めしてくれ。敵パワードスーツの足が止まれば勝てる……と思う」
『最後まで自信を持って言え。だが、了解した。足止めくらいならやってやるさ』
「頼りにしてるぜ、戦友」
『……ふん』
そして再び始まる殺し合い。しかし、この時トミオー国防軍の一部が予期せぬ動きを見せていたのだ。
トミオー国防軍前哨基地では一部のヘリ部隊と国防軍が出撃準備を整えていた。そして兵士達が整列している前を一人の将校が歩いていた。
「諸君、これより前線押し上げの為の作戦を行って貰う。君達の任務は、指定された建物を占領した後、前線を押し上げる味方と合流する事だ」
側から聞けば立派な内容に聞こえる作戦。しかし、その建物に敵が居ない事は確認済み。
「諸君達の奮戦に期待する。以上だ」
将校が敬礼すると兵士達も一斉に答礼する。そして将校は一人の若い兵士に向けて話し掛ける。
「お前は私の息子であり、トミオー国防軍の兵士だ。責務を果たして来い」
「はい!父上!必ずや作戦を成功させてみせます!」
「失敗は許さん。私に恥を掻かせるな」
将校と兵士の会話では無い。つまり、自身の息子に箔付けたいだけの為作戦。
結局、この作戦に価値が有るか無いかは上層部にしか分からない。
「ハッ!了解しました!」
そして汎用型攻撃ヘリに乗り込んで行く兵士達。スィビーリアが離陸するのと同時に航空機部隊も離陸。更に地上部隊も次々と出撃して行く。
その光景を見ながらアーノルド・スタッカード大佐は一言呟く。
「失敗すれば、お前はその程度の価値だと言う事だ。私に失望させるなよ」
しかし、冷たい言葉とは裏腹に彼等が完全に見えなくなるまで見送り続けるのだった。