幻想の代償
本隊までの残り2キロ。普段なら2キロ程度なら少し車で走れば終わる距離だ。
だが、今の俺達にとって非常に長い距離なのは間違いない。
一台の軽装甲車の銃座から一人の兵士が長い鉄の筒を取り出す。それは誰がどう見てもタクシー相手に使う代物では無い。
バックミラーから見たのはRPGを此方に向ける瞬間だ。俺は慌ててギフトを使いギリギリの所で回避する。RPGの弾頭はそのままタクシーの横を通り過ぎたと思ったら、目の前に有った事故車三台を纏めて吹き飛ばす。
「俺はアクション映画の主人公じゃねえんだよ!」
爆炎漂う中をタクシーで突き抜けながら逃走する。敵の軽装甲車は吹き飛んだ車を無理矢理退かしながら追い掛けて来る。
【お前ら、遊びは終わりだ。もう敵の本隊が近い】
【了解です。次で仕留めます】
再びRPGの弾頭を装填して此方に照準を向ける。しかし再びタケル伍長が神業を見せる。
「安心しろ。お前とレイナは……俺が守る‼︎」
そして放たれたRPGの弾頭。それと同時にMG-80軽機関銃を撃つ。8.5ミリの弾はまるで吸い寄せられるかの様にRPGの弾頭に当たる。そして次の瞬間には一台の軽装甲車を巻き込みながら大爆発をする。
「残り二台とMW一機だ。流石にMW相手にはどうする事も出来んがな」
「こっちもアサルトライフルの弾が無くなった」
「ハンドガンの弾ならまだ有るけど。使う?」
レイナ上等兵は無言で俺の腰に差さってる拳銃の弾倉を取り出し、そのまま敵軽装甲車に向けて撃つ。
勿論効果など無いので普通に反撃は来る。然も当たったら致命傷になる12.5ミリと言うデカい弾だ。
再び脇道に入りながら敵の追撃を避ける。しかし脇道に入れば本隊との距離が開いてしまう。更に今度は建物の上から20ミリの弾丸が襲い掛かる。
タクシーを蛇行させながら走らせる。代わりに放置された車に20ミリの弾丸が当たり次々と爆発して行く。
【ハッハッハッ!どうだぁ?楽しいだろぉ!】
「楽しい訳ねえだろ!馬鹿じゃねえの!」
速度が落ちたのと同時に軽装甲車が一台後ろから体当たりして来る。正に時代を越えて煽り運転を一身に受け続ける。
(銃弾飛び交う煽りとか!マジクソみてぇな状況じゃん!)
しかし敵の軽装甲車もタケル伍長が撃つMG-80軽機関銃を警戒しているのか、中々銃座に着こうとしない。既に走ってる間にも何人も撃ち殺しているので尚更だろう。
その為か馬力を生かして一気に間合いを詰めて来る。一台の軽装甲車が決して広くは無い道だろうと関係無く再び横に並ぶ。
そして体当たりをして来たと思えば、そのままタクシーを壁際に押し込んで来る。
タクシーが壁と接触するのと同時に右側のサイドミラーも吹き飛ぶ。此方も何とか押し退けようとハンドルを操作するが僅かに動かす事しか出来無い。
しかし此処で逃げても意味は無い。挟まれれば最後、俺達に待っているのは死有るのみ。
ならば意地でも足掻くまでだ。
俺は再び拳銃を構えて窓を撃つが、やはり効果は無い。ならばと思い軽装甲車のタイヤを集中的に撃つ。俺の狙いを悟ったのか軽装甲車は加速し始める。
「此処が勝負所だ!何が何でも生きて帰還してやる!」
出来る限りで拳銃でタイヤを撃ち続ける。すると願いが誰かに届いたのか軽装甲車の右前輪のタイヤに穴が開く。
そしてバランスを崩した軽装甲車が此方に迫る。俺はハンドルを左に切りながらギアをLに入れると、アクセルを全開にしてタクシーを加速させる。すると軽装甲車の制御が一時的に失われて横向きになり、そのまま軽装甲車を押し出して行く。
更にギフトを使い先を視て勝ちを確信。そのままアクセルを緩める事無くタクシーを加速させ続ける。
軽装甲車の敵兵士達が前方を見ると斜めになっている十字路。そして、そのまま直進すれば角の部分が直撃してしまう。
運転手は慌ててハンドルを操作してアクセルを踏むが、タクシーに押されて右側のタイヤが僅かに浮いてしまい上手く抜け出せない。
そうこうしてる間に十字路の角の部分が軽装甲車のフロント部分に直撃。タクシーはぶつかった勢いで反転するが直ぐにギアをRに入れてバックしながら十字路を抜ける。
「後少し!このまま抜けるぞ!」
タクシーをバックのまま走り続けて行くと再び大通りに出る事に成功。そして再びギアをLに入れて一気に加速させる。
【逃すな!さっさと片付けろ!】
追跡してくる一台の軽装甲車も同じ道から出て来くる。更に敵タランチュラも後方に取り付き20ミリマシンガンの銃口を此方に向ける。
【中々楽しめたぜぇ。良い逃げっぷりだったよ。じゃあな、地獄で会おうや】
インカムから敵タランチュラのパイロットの声が聞こえる。俺はその声に応える様に呟く。
「野郎と一緒に地獄に行くつもりは無いね。ほら、勝利の女神が今来るぜ」
そう呟いたのと同時に目の前からミサイルが二発接近して来る。そして次の瞬間には敵の軽装甲車は木っ端微塵に爆発して吹き飛んで行く。
【クソが……俺が負けたってのかぁ?冗談じゃねえんだよ!】
敵タランチュラのパイロットはそのままスモークを展開して素早く後退する。するとインカムから通信が聞こえて来た。
『此方ホーク1、其方の状況を知らせろ』
「此方60512、生存者三名。内一人が足を骨折。至急医療班を求めます」
『了解した。敵MWは此方で対処する。このまま走り続けろ』
「60512了解。前にも救って貰いましたね。ありがとうございます」
『お前の事は少しは知ってるぞ。MWのシミュレーターで記録更新したらしいな。感謝の気持ちがあるなら早い所MWに搭乗してくれ』
どうやら俺がMWで記録更新した事は結構基地内で広まってるらしい。嬉しい反面、これ以上の面倒事は嫌だなと思ってしまう。
「ハ、ハハ……努力します」
『期待しているぞ。ホーク2、行くぞ』
『ホーク2了解。良く頑張ったな。ゆっくり休めよ』
二機のMtO-24スィビーリアは敵タランチュラを追撃する為に上空から追い掛ける。流石にタランチュラと言えども攻撃ヘリ相手に勝てるとは思えない。
俺達はようやく安堵しながら本隊と合流。無事に帰還出来た事は嬉しいのだが、頭痛が酷いのと神経を使い切って既にボロボロだ。
タクシーメーターを見ると其処には一万八千クレジットの数字が見えた。8キロ程度の距離を命掛けのカーチェイスした値段が表示されてると思うと疲労感が地味に増した。
タクシーを停めたのと同時に外人部隊第605歩兵小隊の仲間達が完全装備の姿で駆け寄って来た。俺はその姿を見て安心したのか一気に意識が薄れたのだった。
少し騒がしくなった本隊の様子をトミオー国防軍所属のヤッザム中佐は野営テントから出て様子を見る。するとボロボロになったタクシーだろうか?そこから衛生班に運び込まれる三人の傭兵。更にその傭兵達の後を付いて行く部隊の仲間達。
「アレは、何事だ?」
「傭兵が自力で帰還したとの報告が有ります。また現在、一部の航空隊により敵MWを迎撃しているとか」
「ほぅ、随分と豪勢な迎撃だな。態々航空隊が出張るとはな」
「先程帰還した傭兵三名のリストが来ましたね。此方になります」
部下からリストを受け取りながら顎に手を当てながら読む。リストには所属と名前が記載されていたが、一人の名前に見覚えがあった。
「このシュウ一等兵の戦歴は?」
「は、戦歴は殆ど有りません。傭兵になったばかりの新兵です。然も年齢的にも未熟でしょう」
「ふぅむ、気の所為だったか?」
「後は……あぁ、多分コレですね。数日前にMWのシミュレーターで記録を更新しましたね。シミュレーターとは言え中々凄い戦果ですよ。ご覧になります?」
「どれ?ふぅむ……成る程」
顔写真を見て思い出す。確かMWの操縦資格を取り立てだった子供だ。にも関わらずMWに搭乗する気満々だったのが印象に残っている。
シミュレーターでの記録と戦歴を見比べる。余りにも違い過ぎる内容。つまり、何かしらのギフトを保有している可能性がある。
もしくは天性の才能があるかだ。
「良かろう。シミュレーターの結果と生きて帰還した幸運も考慮してやろうでは無いか。確か、今回の被害は中々大きかった筈だ」
「そうですね。特に足の遅い戦車大隊に被害が大きく出てます」
「ならば決まりだ。戦車ならまだ余りがある。このシミュレーターでの結果が偶然で得た物でないか見定めるとしようでは無いか」
ヤッザム中佐は野営テントに戻りホログラムが浮かぶパソコンの前に座り文字を入力して行く。そして入力し終えたヤッザム中佐はデスクに置いてある水を一口飲む。
「君、彼等にコレを。新設部隊になるからな」
「了解しました。直ぐにお伝え致します」
部下が足早に出て行くのを尻目にホログラムに浮かぶ画像を見続けるヤッザム中佐。
「精々励む事だ。そうすれば念願のMWに乗れるかも知れんぞ?」
ホログラムに浮かぶ画像の中には新設部隊の名前と装備一式が表示されていた。
その中には履帯による高い走破性を持ち、頑強な装甲に身を纏う存在。
嘗て陸の王者と呼ばれていたが、戦場に革命をもたらしたAW、MWにより存在意義を失い掛けた兵器。
【D1-Bオビリオン】
今の時代の技術を盛り込まれた戦車が新しい主人を密かに待ち続けていたのだった。
「さて、美人はそろそろ寝る時間だ」
少し喋り過ぎたと思った俺は話を切り上げて寝る事にした。
「えー?その言い方だと私寝るしか無いじゃない」
「別に話しても良いんだぜ?その代わりチュリー少尉の事はふわふわの尻尾の部分でしか認識しない様になるけどな」
そう言ってボロ切れで体を巻いて寝る態勢を取る。チュリー少尉も今後の事を考えて静かになる。まぁ、自分自身=尻尾になるとかちょっと悲しいもんな。
(本当……何であんな過去を話しちまったんだか)
眠りながらふと考えてしまう。もしかしたら久々に死体を間近で見たからかも知れない。
AWに搭乗していると人を殺していると言う感覚がかなり鈍くなる。特に意図的に敵に通信を繋げ無ければ中に人が乗ってる事が曖昧になってしまう。
殺した時の断末魔や悲鳴。それを聞いたとしても見るよりはマシだろう。だが、アーロン大尉の死体と大量の血。そしてむせ返る程の血の匂いに当てられたからか、つい歩兵時代の事を思い出してしまったのだ。
(あの時が、一番幸せだったのかも知れないな。クソみたいな戦況だったとしても、背中を預けれる戦友達が確かに居た)
そして何よりタケルとレイナが一緒に居てくれた。これ以上望める幸せなんて無いくらいに。
(ま、だからと言って今を否定するつもりは無いけど。否定したら俺の全てを否定する様な物だし)
今の立場を否定すれば過去の思い出も全て否定する事になる。それだけは絶対に認める訳には行かない。
色々考えながらも眠りに就く。少なくとも周辺警戒はネロが対応してくれる。
ボロ切れに包まりながら思考を止める。しかし、中々寝かしてくれないのがチュリー少尉だ。
「ねぇ、そっちに行っても良い?」
「アーロン大尉が死んで何時間も経って無いぞ。そんな尻軽だったとはな。意外だぜ」
「違うわよ。今の貴方、私以上に寂しそうよ。まるで迷子の子供が暗闇から目を背けてるみたい」
「……何が言いたい?」
俺は目を閉じながら問い掛ける。答えによってはチュリー少尉とは此処でお別れだ。
「唯、何と無くよ。今の貴方が小さく見えたの。頼りになるのに今にも崩れてしまいそうな」
「ハッ、下らない。唯の気の所為だ」
「そっか……。邪魔をして御免なさい」
チュリー少尉はそう言って静かになる。だからだろうか、再び口を開いてしまったのだ。
「……俺は昔から誰も救えなかった。子供達も、戦友達も。そんな現実を寝る時くらいは目を背けたいだけだ」
「誰だって何かを失うわよ。私だってアーロンを失ったばかりだし」
「だが、チュリー少尉はまだ立ち直れるだろ?伊達に女一人でフリーランスの傭兵やってないし」
「それでも私はアーロンを愛していた。そしてアーロンも私を愛していた。これだけで悲しむ理由になるわ」
恋人を失う瞬間の喪失感は俺だって知っている。
目の前で爆炎の中に消えて行ったレイナ。何も出来ず、只モニター越しに手を伸ばしていた無力な俺。
だが、それ以上に当時の自分自身に根拠の無い自信が有ったのだ。何故そんな自信が有ったのか。
理由は単純だ。俺が転生者だからだ。だから思ってしまった。
俺なら何とかなる。
俺なら誰かを救える。
俺なら皆と生きて行ける。
そんな幻想を常に抱いて来た。そして、あの日……レイナと戦友達を失った瞬間に自意識過剰な幻想は粉々に砕け散ったんだ。
「もっと早くに気付くべきだった。根拠の無い甘ったれた馬鹿な思考を無くしておけばと。そうすれば少しは立派な人生を歩んでいたかもな」
「…………」
「思春期の時に有っただろ?勉強しなくてもテストは大丈夫だって。受験も問題無いって。俺の場合は変な所で上手く行く時があってな。お陰で大切な者達を殆ど失ってから気付いた訳さ」
結局、自分自身で撒いた種だったのかも知れない。
そして俺も口を噤んでしまう。正直に言えばこれ以上話したく無いのだ。
そんな事を知ってか知らずかチュリー少尉が近くに寄って来た。
「寂しい時は誰かの側に居ると良いわ」
「それは経験談か?」
「そうよ。こう見えて色々経験してるからね」
「そうか。だが、生憎俺はレイナ一筋だ」
「構わないわ。私だって今でもアーロンを愛してるんだから」
そして此方にもたれ掛かって来るチュリー少尉。俺はそんなチュリー少尉を退かす事が出来なかった。
「でも、それとは関係無いけど……ちょっと寒いわね」
「……だな。サバイバルキットも万能じゃ無いからな」
日が暮れると一気に気温が下がっている。パイロットスーツを着ているお陰でマシなのは分かるんだが。それでも予想以上に冷えている。
「はぁ、仕方無い。ほら、こっち来いよ」
「……普通背中同士にくっつかない?」
俺は両腕を広げてチュリー少尉を無理矢理抱き締める。そんな俺にチュリー少尉は眉を僅かに顰める。
「悪いな。俺の背中はレイナ専用なのさ。嫌なら別に良いけど」
「そう言う事。なら変な事しないでよ」
「安心しろ。しても尻尾に顔を埋めるだけさ」
「……バカ」
こうして、俺達は静かな夜を過ごす。これからどうするのか。一応幾つの考えはあるのだが、今は静かに眠りに就くのだった。
因みにチュリー少尉のふわふわの尻尾のお陰でSAN値が回復した。
だって、あの尻尾めっちゃふわふわで良い匂いするんだもん。後、俺の中で何か変な扉が開いた音を聞いたのは間違い無いです。
目覚めは非常に爽やかだった。特に寝てる時に尻尾に顔を埋めていたからか素晴らしい目覚めだった。
「さて、いつ迄も呑気に和んでる場合じゃ無いわな。よし!おはようネロ」
「おはようございます。マスター」
「起きろチュリー少尉。早朝は誰もが動きが鈍くなるからな」
寝起きの悪いチュリー少尉を叩き起こしながら準備をする。
俺達の状況は良い訳では無い。ゴーストが沢山居る場所で激しくドンパチしたのだ。短気なゴースト連中に捕まれば俺は殺され、ネロは分解され、チュリー少尉は……ご愁傷様です。
「それで、これからどうするの?」
「先ずはチュリー少尉のフォーナイトの通信機を使って傭兵ギルドに連絡しよう。クレジットは掛かるが回収艇を出してくれるからな」
「そうね。それなら直ぐに帰還出来そうね」
俺達は人目に付かない様にボロ切れを被りながら足早にフォーナイトへと向かう。しかし墜落したフォーナイトは非常に無残な姿となっていた。
フォーナイトに近付くにつれて物音が徐々に大きくなる。もしかしたらと思い静かに近付いて行く。
「次は足のパーツだ!急げよ!」
「コクピットのパーツも全部回収しました!」
「しかし運が良いぜ。軽量機とコイツを合わせれば中々の収入になる」
「安全ヨシ!確認ヨシ!」
「持ち上げるぞ。離れろよ」
既にフォーナイトはスカベンジャー共の手によってバラバラにされていた。
「チッ、マジかよ。アーロン大尉の機体も手が回ってるとはな」
「最悪。私のフォーナイトが……」
「我慢しろって。向こうの連中に武器が無ければ良かったんだがな」
よく見ればアサルトライフルやサブマシンガンを持ってる連中も居る。然もラプトルの方に居る連中も合わせると多勢に無勢だろう。
「班長、サラガンはどうします?回収しますか?」
「はぁ?あのスクラップ状態のサラガンなんて要らねえよ。寧ろスクラップにもなりゃしねえよ」
「そうですよね。大体、サラガン自体安いですからね」
サラガン?違うぞ。正式名称はバレットネイターだぞ!特に背面部は滅茶苦茶改造された専用機なんだぞ!
「あ、あいつら……聞いたか?人のバレットネイターを唯のサラガン呼ばわりしやがって。然も部品取りもしないとか失礼にも程があるわ!」
「ちょっと、声抑えてよ。見つからない内に行くわよ」
「許せねぇ。天下無敵のスーパーエース様の機体だぞ?頭部のパーツとか売れば金に……あ、でも頭部とかほぼサラガンだわ。確かセンサー系は強化してたっけ?」
「メインカメラ、及び一部の装甲などもです」
結局、俺達は別のやり方で傭兵ギルドへ向かうしか無かった。
「それで?これからどうするの?」
廃墟と化している街中を歩きながらチュリー少尉が聞いて来る。
「そりゃあ車を手に入れるのさ」
「こんな場所に車なんて有るの?」
「有るさ。お前、ゴーストを馬鹿にし過ぎだ。ゴーストでも持ってる奴は持ってるのさ。出来れば正規市民が居れば助かるんだが」
「こんな場所に正規市民なんて居るの?」
「居るさ。俗に言うハミ出し者って奴がな」
日が徐々に昇り始めると何処からともなく人の姿が現れる。それと同時に此方に向かって来る。
「堂々と歩けよ。下手に周りを見てると絡まれる」
「知ってる。似た様な場所には何度か行ってるもの」
「そうかい」
「マスターは車をどの様に手に入れるのですか?」
ネロの質問に俺は簡単に説明する。
「この街にも色んな店はある。周りを見てみろよ。こんな廃墟の割に結構なゴーストが居る。つまり此処には生活が出来るだけの環境が整っている訳さ」
そして人が集まり始めている場所に向かう。すると其処には幾つもの建物に店を構えていた。無論全て政府からの許可を得ていないだろう。
しかし誰も咎める事は無い。強いて言うなら、この辺りを仕切ってる奴が上前を頂戴しに来てるくらいだろう。
堂々と歩いていれば絡んで来る連中は少ない。それでも絡んで来る馬鹿な連中は何処にでも居る。
「よぉ、見かけねぇ顔だな。そのボロ切れの下を見るにあの時のクソパイロット共か」
「俺達の街で暴れ回るとは良い度胸してるじゃねえか。ええ?おい」
「唯、今この場を見逃してやらん事は無いぞ。クレジットを置いて行け。後、女もな」
柄の悪い連中が十人程何処から共無く現れる。その姿はさながら台所から突如現れるGそのものだ。
そんな連中に俺は威嚇も込めて罵倒しながら返事する。
「失せろ雑魚共。オーレムの群れにも敵艦隊にも突っ込む度胸もねぇ癖によ。突っ込む度胸があるとしたらナニ関係しか無いんだろ?」
「んだとぉ?状況が解って無いみたいだな。お前は俺達に狩られるんだよ!」
だから俺は口元に悪役地味た笑みを浮かべながら言い放つ。
「後ろ斜め右の奴がナイフを抜いたら、其奴の頭から撃ち抜く」
「ッ⁉︎」
背後で息を飲む音が聞こえる。俺はそれを無視してギフトを発動させながら周りを確認する。
「それとも右隣の奴が拳銃を抜くか。しかし、趣味はお世辞にも良く無いな。パチモン臭い銃を使ってると自分の価値を落とすぞ」
「な、何で……」
少しずつ周りに得体の知れない恐怖が蔓延し始める。だが、それはそうだろう。突然自分達がやろうとした事を先に言い当てられるんだ。然も手持ちの武器も込みでだ。
「ならゲームでもするか。ルールは簡単に生き残った方が勝ち。どうだ?お前達の様な奴でも直ぐに分かる内容だろ?」
「テメェ……頭可笑しいんじゃねえのか?」
「なら……試して見るか?」
俺は静かにM&W500に手を当てる。
そして彼等に最後通告として言い放つ。
「誰か一人でも武器に触った瞬間が始まりの合図だ。安心しろ……俺には視えてるからな。今から武器に触れた奴を一番最初に殺してやるよ」
「ッ……ざ、ざけやがって」
リーダー格が言うが誰も武器に触れ様としない。それはそうだろう。誰だって死にたくは無い。特に一番最初に死ぬのはな。
それから少し時間が経ったのを見計らって俺は静かな笑みを浮かべる。
「フッ、冗談さ。だが残念ながら現金はコレしか無いんだ。これじゃあ、お前達は満足しないだろ?」
俺はポケットから僅かな現金を見せる。そしてリーダー格に近付いて肩を軽く叩きながら呟く。
「次はもっと大きな獲物を狙うんだな。じゃあ、元気でな。行くぞ」
「う、うん」
「流石ですマスター」
そして俺達は何事も無くゴロツキから離れて行く。勿論彼等からの熱い視線を背中で受け止めながらだ。
「ハッタリにしては凄かったわ。正直言ってアサルトカービンをいつ撃つか考えてたから」
「ハッタリじゃねえよ。やろうと思えばやってたさ。それに実際言い当てたのは全部事実だからな」
お陰で連中の戦意を一気に減らす事が出来た。たかが三秒先を見通すだけだが、使い方次第では充分なギフトになる。
「それに最終的にチュリー少尉のアサルトカービンに期待してたからな」
「あら?最初から私を頼ってたのかしら?」
チュリー少尉の少し呆れた声を聞きながら笑顔を向けて答える。
「つれない事言うなよ。今の俺達は運命共同体なんだ。仲良くしようぜ」
それから、お互い気持ちを切り替えて行動に移る。
「それより移動手段を手に入れるぞ」
「手に入れるって……どうやって?」
「んな事決まってんだろ。買うんだよ」
俺はギルドカードをチュリー少尉に見せながら言う。この辺りはゴーストしか居ない。しかし先程も言ったが正規市民が居ない訳では無い。
何かしらの事情で身を隠す為に居るか、此処で細々と事業を立ち上げてる者だって居る。
俺は道端で靴磨きをしている子供を見つけた。俺達はその子供に近付き質問する。
「この辺りで車売ってる店を案内しろ。案内したらこれだけのクレジットをやるよ。靴磨きをやり続けるより儲かるだろ?」
「……先に渡したら案内する」
「生意気言うな。ほら、半分だ。残りは案内したらだ」
「こっち」
子供は仕事道具を片付けると俺達の前に来て案内する。
「手馴れてるわね。流石は元ゴーストと言うべきかしら」
「正規市民には分からない事だろ?良かったな。ゴーストとのコミュニケーションが体験出来て」
「別にそう言うつもりで言った訳じゃ無いから。唯、純粋に思ったのよ。予想よりスムーズに行ってるから」
「スムーズに行ってたら今頃、宇宙に有る宇宙ステーションでのんびりしてたよ」
そして子供の後に続いて行くと工場地帯に到着する。其処には数店の車の修理屋が有った。
「ご苦労様。残りのクレジットだ。帰りは別の道で帰れよ。出来れば自分だけが知ってる道でな」
「大丈夫。ちゃんと帰り道は有るから。じゃあね」
子供は此方に見向きもせずに走り去って行く。今は、あの名も知らぬ子供が無事に帰れる事を簡単にだが祈ろうか。
「さて、此処からが本番さ。行くぜ」
「うん。何か貴方と一緒だと大抵の場所でも生きて行けそうね」
「こう見えて俺は優良株なのさ」
お喋りをしながら俺達は目の前の古びた修理工場へと足を運ぶのだった。