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レイナ上等兵の優しさ

 夜になってもティーンマーティス、ミカヅキからの投降を呼び掛ける通信とスピーカーは聞こえていた。それに対し残存するトミオー国防軍の返答は無視。そのまま建物や地下鉄に身を潜めて味方を信じて救助が来るのを待ち続けていた。

 しかし、トミオー国防軍の正規の兵士達には選択肢があった。抵抗して名誉ある死を受け入れるか、投降して生恥を晒すかだ。何方にせよ、当人達に取って何方も選びたく無い選択肢だろう。


 だが、傭兵は違う。


 傭兵は自ら戦場に赴き生計を立てて更なる儲けを手に入れる。その代償として誰かが死ぬのだ。

 傭兵には傭兵ギルドが存在している。しかし決して戦場で命の保証はしてくれない。あくまでも傭兵ギルドは仕事を仲介する組織だ。それ以上も無ければそれ以下でも無い。

 中には正規市民でありながら傭兵ギルドに所属して傭兵として戦場に居る物好きも居る。大概は頭のネジが二、三本外れた者達だが。そんな彼等も傭兵なら他の傭兵同様に命の保証は無くなる。


【トミオー国防軍の将兵に告ぐ。君達がその様な状況に陥らせたのは無能な上層部が招いた結果なのは周知の事実だ。我々企業は君達を責めたりはしない】


 オープン通信とスピーカーから聞こえるのは企業側からの投降を呼び掛ける声。その甘い誘惑に誘われる訳には行かないとトミオー国防軍の兵士達は自身の持つ銃を握り締める。


【これ以上、自分を犠牲にする必要は無い。直ちに投降せよ。戦時三大国家法に基づいた処置を行い、正当な手続きを行う用意が我々には出来ている】


 甘い誘惑に抵抗し続けるのは難しい。特に若い兵士には酷な物である。

 だが、傭兵にとって若かろうが何だろうが出て行けば即射殺されるだろう。何故なら傭兵は戦時三大国家法には適用されない存在なのだ。


「全く、夜にも関わらず元気な連中だぜ。あんだけ煩いと眠たくても眠れねえよ」


 企業側からの残党国防軍への熱いアプローチ放送を聞きながら起きる。時間を確認すれば22時を回っていた。


「レイナ上等兵、もう交代して良い」

「もう少し眠ってても良いよ?」

「遠慮しとく。こんな子守唄を聞きながら寝たら性格が歪みそうだ」

「お前にしては随分と辛辣だな」

「俺達には関係無い事を延々と聞かされるんだ。勘弁して欲しいよ」


 タケル伍長も確かになと言いながら同意する。


「ならタケルを休ませて。私はまだ平気」

「いや、俺はまだ起きている」

「駄目。鎮痛剤が効いてる内に睡眠を取って」

「分かった分かった。シュウ一等兵、頼んだぞ」

「任せろ。敵が来たら速攻で起こしてやるから」


 そしてタケル伍長も疲れが溜まっていたのか直ぐに寝入ってしまう。


「レイナ上等兵も寝ても良いんだぞ?無理は身体に響くし」

「平気。昔に比べれば今の方が良いから」

「そうか。まぁ、無理はしないでくれよな」


 レイナ上等兵は特に気にした様子も無く警戒を続ける。しかし、周りを警戒するだけだと暇になるのも事実。俺は適当にレイナ上等兵に話し掛ける事にした。


「所でレイナ上等兵はタケル伍長との付き合いは長いのか?初めて会った時からずっと側に居るし」

「うん。物心が付いた時からタケルとは一緒に居るから」

「へぇ、でも家族って訳でも無いんだろ?」

「タケルとは幼馴染。でも何時迄もタケルに迷惑を掛けたくは無い。だから私が頑張らないと駄目」


 つまりタケル伍長は常にレイナ上等兵を守って来たのか。恐らく二人はゴーストなのだろう。にも関わらずタケル伍長はレイナ上等兵を守り続けて来た。

 それがどれだけ難しい事なのか俺には良く分かる。知性や知識があろうとも、自分自身を守るのに精一杯な自分。それに比べてレイナ上等兵を守りながら此処まで来れたタケル伍長。

 何方が立派な奴なのかが一目瞭然な事だ。


「そうか。二人共、凄いな。俺なんかとは比べ物にならないくらいにな」

「そんな事無い。シュウ一等兵の様に未来の事を考えてる人は稀」

「稀なだけさ。タケル伍長の様に誰かの為になんて俺には出来なかった。全部見捨てて此処まで来たんだ」

「シュウ一等兵……」

「仕方無いと自分に言い聞かせても、もう一人の自分が囁くんだ。何で誰も救わなかった?てさ」


 イリヤお姉さんと孤児院の子供達の死体を見たあの日。俺は現実逃避をするかの様に未来へ希望を抱き続けている。正規市民になり、何処かの治安維持軍か自治軍に入る。そうすれば給料は貰えるし、悪事を働く必要も無いし、AWは乗れるしで万々歳だ。

 そう考えてれば過去の事を忘れる事が出来る。しかし、ふとした時に考えてしまう。


 俺は幸せになる権利があるのだろうか?


 そして再び孤児院の事を考えて思考がループするんだ。

 お陰で答えは未だに出てはいない。


「俺は逃げて来た。逃げて逃げて一人で此処に来た。だが誰か一人くらいは引っ張って来れたのでは無いか?それでも保身に走って全部見捨てて来た。本当……屑の極みだよ」


 何が転生万歳だ。何が大人の知性だ。それがあって誰も救わなかった癖に。

 そう考えるとタケル伍長とレイナ上等兵が余計に眩しく見えてしまう。そして自分自身と比べると余計に惨めな気持ちになってしまう。

 少し気分が落ち込んでいるとレイナ上等兵が近寄って来て突然俺の頭を優しく抱き締める。


「……レイナ上等兵?何してるのさ?」

「シュウ一等兵、貴方は頑張った。だから最初からこれだけの装備を揃えれて来た。私達は最初は何も無く支給された物を使ってた」

「それは全部見捨てた結果さ。その引き換え手に入れた代物なんだ。唯、それだけさ」

「それでもだよ。タケルは全部力尽くで対処出来た。でも貴方はタケルじゃない。貴方は自分で出来る事をやって来た」

「…………」

「誰かを救えなんて言わない。誇れとも言わない。何でも出来るのは神様だけ」

「でもさ……あの子達は死ぬ必要なんて、無くて。う……俺は、何の為に此処に……来たって言うんだ」


 物語りの転生者達は難題を尽く解決して、周りから感謝され褒め称えられる。

 だが、俺はそんな転生者達と違う。唯、三秒先を視るだけのギフトがあるだけ。力も無ければ金も無い。

 だから誰も救えない。


「子供だったんだ。俺よりずっと子供達だった。死ぬ必要なんて……なのに、世界はゴーストを認めない。ゴーストの子供達がどれだけ死のうが……誰も。こんな現実……知りたく無かった」


 院長は言っていた。ゴーストの子供が外に一度出れば食い物にされると。寧ろ食い物ならマシで大人の玩具にされるか見世物にされるかだ。

 そして散々使い潰した挙句に殺される。それに比べればデザートを食べて死んだのだから幸せだと。

 だが、認める訳には行かない。それを認めたら俺は、俺自身を許せなくなる。


「死ぬ事が幸せな世界なんて……有ってたまるかよ」

「シュウ……貴方は優しい。きっと、死んだ子供達も喜んでる筈。だって、優しい貴方に見送られたんだから」

「く……う、ううぅぅ……」

「自分達の為に泣いてくれる人が居る。それだけで幸せな事だから」


 その言葉に反論する事は出来なかった。こんな俺が涙を流す事であの子達が幸せになるのだろうか?

 だが、今はそれに同意したい。それが俺の心に強く響いて染み渡ったからだ。

 俺は静かに泣きながらも暫くレイナ上等兵に抱き締められていた訳だが、段々涙が止まれば気恥ずかしくなって来た。


「も、もう良いよ。有難うレイナ上等兵」

「そう?もう少しお姉さんの胸で泣いても良いよ?」

「此処戦場だからな。遠慮しておくよ」

「じゃあ基地に戻ったらだね」

「恥ずかしいからやだ」


 それから三時間程時間が経ちタケル伍長を起こす。そしてレイナ上等兵と交代して警戒に当たる。

 しかし、どうやらレイナ上等兵の休息はお預けらしい。何故なら前方から敵の戦闘ドローンが一機此方に向かって飛んで来ていたからだ。


「全員、声を出すなよ」

「分かってる」

「此処まで来て見つかる訳には行かない」


 俺達は窓際の壁裏に隠れて身を潜める。そして戦闘ドローンが近付く音が聞こえる。

 俺は試しにギフトを使い壁から顔を出して敵の戦闘ドローンを確認する。敵戦闘ドローンは下部に12.5ミリ重機関銃を装備。更に多数センサーアイを搭載。三つのプロペラで浮遊して小型ジェットエンジンを一基搭載していた。

 因みに見つかった瞬間12.5ミリの弾丸が迫る瞬間にギフトが終わったので少しビビったのは秘密だ。

 敵戦闘ドローンはゆっくりと此方の部屋に近付いて来る。恐らく一部屋ずつ確認しているのだろう。

 そして、遂に俺達が居る部屋の前に来てセンサーを使い周辺をサーチする。するとサーチしていた光が一部を捉える。そして少ししたら戦闘ドローンは離れて行く。

 嫌な予感がしたので再びギフトを使う。すると案の定的中してしまう。

 俺は最悪の未来を回避する為にXA-11アサルトライフルを構えて敵戦闘ドローンに向けてグレネードを発射。放たれたグレネードは一つのプロペラに当たりバランスを崩して墜落する。


「何故撃った!あのままなら逃げれた!」

「その前に俺達が12.5ミリの餌食になってたよ!」

「あ、分かった。彼処、タケルが休んでた場所」


 レイナ上等兵が指差す先には血が若干床に垂れていたのだ。これは間違い無く俺達全員のミスだ。


「此処はもう駄目だ。俺が先導する。行くぞ!」

「うん。お願い」

「すまん。任せる」

「援護は頼むぜ」


 俺達は急いで部屋から出てマンションから降りる。しかし途中で再び敵戦闘ドローンが二機襲って来る。


「上空に敵戦闘ドローン!畜生!これでも喰らえ!」


 XA-11アサルトライフルに搭載しているレーザーで敵戦闘ドローンを捕捉。そして直ぐにグレネードを撃つと敵戦闘ドローンの近くで爆発する。

 グレネードの爆発の破片と爆風に巻き込まれて一機は墜落するが、もう一機が12.5ミリ重機関銃で此方を狙って撃って来る。


「うおおおお⁉︎⁉︎死ぬ死ぬ死んじゃうううう⁉︎⁉︎」

「やらせない!」


 全力で12.5ミリの射撃から逃げてるとレイナ上等兵がMG-80軽機関銃で戦闘ドローンの背中の小型ジェットエンジンを破壊。そのまま空中で爆散して辺りに破片を散らして行く。


「た、たしゅかった……死ぬ三秒前だった」

「立つんだ!止まってる暇は無いぞ!」

「マジで?あ、マジだ。下に敵歩兵が接近!数は六人!」


 立ち上がりながら下を見ると敵歩兵が既に真下に向かっていた。俺は二個の手榴弾のピンを抜き、下に放り投げる。数秒後に爆発はしたが効果があるかは不明だ。

 マンションの階段を駆け足で降りて行くと出会い頭で敵歩兵と接敵するのが分かった。


「クソ、これ以上ギフトは使いたく無いんだよ」


 そしてXA-11アサルトライフルを構えていると敵歩兵の顔面を照準に捉える。しかし相手は暗視ゴーグルを取り付けていたので表情がイマイチ良く分からない。

 いや、寧ろ表情が分からなくて良かったのかも知れない。態々相手が死ぬ瞬間の表情を見たいとは思わない。

 躊躇無く引き金を引くと弾丸が敵歩兵の頭部に数発当たり爆ぜる。そして続いて後続にいる敵歩兵に対してもグレネードを撃ち込む。

 グレネードは壁に当たり爆発。その破片を受けて敵歩兵から苦悶の声が出る。更に畳み掛ける様に手榴弾を投げ込む。


「良し、別の場所から行こう。そうすれば敵は此処に引き寄せられる筈だ」

「お前……やっぱり結構エゲツない奴だな」

「今は褒め言葉として受け取っておくよ」

「タケル、走るよ。しっかり掴まって」


 俺達は再び走り出す。マンションから出ても辺りは暗く足元は見づらい。俺には多目的フェイスガードがあるから問題は無いが、二人はそんな物は無い。

 だから俺は左手でレイナ上等兵の右手を掴みながら走っている。


「次、隠れる場所はどうするの?」

「今考え中!兎に角今は敵から隠れる事が先決だ!」

「その為にもどうやって逃げ切るつもりだ!」

「それも今考え中だ!」


 暗闇の街中を走り続ける。しかし、今度こそ絶対絶滅のピンチが訪れる。


【成る程なぁ。仲間想いなのは美徳な事だぜ。だがなぁ、戦場じゃあ足手纏いは唯の邪魔な荷物なるんだよなぁ】


 何処からか声が聞こえたと思えば目の前に蜘蛛の様なMWが降って来た。


【だが悪くねえ、悪くねえぞ!俺を楽しませてくれるんなら邪魔な荷物も役に立つってな!】


 俺達の目の前には対人特化型MC-44Fタランチュラが此方に向けて襲い掛かって来たのだ。


「こんにゃろ!」

「きゃっ⁉︎」

「うお⁉︎」


 俺はレイナ上等兵を抱き寄せながら前に向けて地に伏せる。すると敵タランチュラは腕を振り被りながら俺達の上を素通りする。

 俺は急いで立ち上がりレイナ上等兵の手を引き上げながら駆け出す。


【ハッハッハッハッ!良い動きをするじゃねえか!俺の部下があっさり殺されるのも頷けるぜ。さて、次は鬼ごっこかぁ?散々隠れんぼしてたんだからなぁ。良い加減こっちとしても刺激が欲しかったんだ】


 タランチュラの二本の両腕から20ミリマシンガンを展開する。


【楽しませてくれよ……優しい優しい羊ちゃん達】


 そして次の瞬間にはタランチュラの20ミリマシンガンが火を噴いたのだ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] レイナのママみにパブってしまったシュウちゃん。 …いいんです!転生者だって辛いんです。 そしてやっぱり来た掃除部隊のクソッタレ。圧倒的に不利だが… [一言] 子守唄無しでも歪んじゃったね
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