置き去り
酷い夢を見た。ギフトを使い過ぎた結果、身動きが取れなくなり仕舞いにはタケル伍長とレイナ上等兵に迷惑を掛けてしまった。更に駄目押しだと言わんばかりに瓦礫の下敷きになる夢だ。
そう、夢。全部夢なんだ。目を覚ませば二十一世紀のあの頃に戻っている筈さ。
(良い加減積みプラを消費しないとなぁ。後は、あの激ムズローグライクFPSを通話しながら……)
意識が徐々に目覚める。再び目を開ければ夢と思っていた現実が目に入る。そして土埃が舞い、火薬と血が混ざった匂いが鼻に付いた。
「う……ぐ、ぺっ、口の中がじゃりじゃりする。えっと……そうだ、RPGが来て建物から瓦礫が降って来て」
取り敢えず状況を確認しながら手足を動かして見る。動かしても何処にも痛みも違和感も無い。体を捻ってみたが問題は無さそうだ。
俺はゆっくりと体を起こし辺りを見渡す。既に周りには敵も味方も居らず、遠くで銃声が鳴り響いていた。
「おい、マジかよ。殆ど無傷で五体満足とか最高かよ……そうだ、レイナ上等兵とタケル伍長!」
確か瓦礫が降って来る前に二人を抱えて目の前のドアに向けて走ったのは覚えている。そして直ぐ近くにレイナ上等兵とタケル伍長は居た。
「おい、起きろ二人共」
「う……ぅん、ん?シュウ、一等兵?無事だったのね」
「お陰様でな。少し気絶したから頭痛も少し治ってる」
「そう、良かった。タケルは?」
「此処に居るよ。まだ目を覚さないけど」
「タケル、起きて」
「うぅ……レイナか?無事だったッ!ツゥ……」
目を覚ましたタケル伍長は直ぐに表情を顰めた。
「タケル伍長?何処か痛むのか?」
「あぁ、左足だ。脛から下の感覚が痛みしか無い。最悪なのは動かないと言う事だがな」
後ろを振り返ると瓦礫の一部がタケル伍長の左足の上に落ちていた。俺はパワーアシストの力を使いながら瓦礫をゆっくりと持ち上げる。
「レイナ上等兵、今から瓦礫を持ち上げる。その隙にタケル伍長を引き摺り出してくれ」
「分かった。いつでも良いよ」
「よし行くぞ。イチ、ニの、サン!」
瓦礫を持ち上げるとレイナ上等兵は直ぐにタケル伍長を引き摺り出す。そして左足の状態を確認する。
左足のズボンには血が滲んでおり、それ以外は分からない。しかし、動かないなら骨折している可能性は高い。
瓦礫を退かしてる間にレイナ上等兵がタケル伍長の左足に応急処置を施して行く。
「骨折してる。鎮痛剤とか持ってる?」
「勿論。ほら使ってくれ」
「有難う。後、足を固定出来る物が欲しい」
「分かった。外に行って何か使えそうなのを探してみる。待っててくれ」
レイナ上等兵はタケル伍長に鎮痛剤を打ち込み、ゆっくりとタケル伍長を横に寝かせる。俺は建物の外に出れる窓から外の様子を見てみる。
「ついでに何か使えそうな武器が有れば拾っておくよ」
「無理はダメ。もう此処は敵の占領下だから危険」
「分かってる。無理はしないさ」
「……気を付けろよ」
二人の見送りを受けながら俺は静かに外に出て移動する。すると俺のMG-80軽機関銃は瓦礫の直ぐ側に落ちていた。拾って動作確認を行えば問題なく動いたのでホッとした。
「やっぱり俺って幸運の女神に愛されてるのかもな。いや、やっぱり無いな。愛されてたら、こんな場所で放置される筈は無いし」
結局、神に祈りを捧げる前に自分で活路を見出すしか無い。
周りを見渡せば味方の死体があちこちに転がっている。五体満足な死体も有れば、腕や足の無い死体は沢山有った。
しかし何時までも探し続ける事は出来無い。今も敵の攻撃ヘリCR-9チャンパーが空を旋回しており、時折機銃で何かを撃っている。
今、別の味方が狙われている。なら次に狙われる前に俺達は身を隠せる場所に移動しなければならない。
「取り敢えずこの未来チックな複合アサルトライフルと弾を貰うよ」
俺は一つの死体から武器を拝借して、途中で添木代わりになりそうな何かの銃身を拾う。ついでに死体から水筒と手榴弾を貰いながらレイナ上等兵の所に戻る。
そもそも、この作戦は終始トミオー国防軍側が有利で進む事が前提で話は進んでいた。そして、その油断を的確について来たのが大企業ミカヅキだった訳だ。
どうやらトミオー国防軍は情報漏洩を未然に防ぐ事が出来無いらしい。まぁ、大金を積む事が出来る大企業様だ。軍の高官や政治家に賄賂を送る事なんて容易いだろう。
「畜生め。上層部の親の面が見てみたいぜ。どうやったら無能の代表みたいな連中が上層部になったのか是非とも聞いてみたいもんだよ」
文句を言いながら建物の中に戻る。鎮痛剤が効いているのかタケル伍長の表情は先程より少し良くなっていた。
「タケル伍長、レイナ上等兵、暫く此処で待つべきだと思うんだ。今、上空には敵の攻撃ヘリが彷徨いてる」
「そうか。なら今は大人しくした方が良いな」
「分かった。それに今タケルを動かしたくは無い」
「そうだな。後、これ添木の代わりな。布とかどっかに無いかな?」
取り敢えず建物の中にあったボロボロのカーテンを使いタケル伍長の左足を固定する。
正しいやり方を知らないのでタケル伍長とレイナ上等兵にやり方を教えて貰いながら固定して行く。
「さて、まだ日は出ているけど。時間的に後二時間くらいで夜になるか」
ガラスの無い窓から外を見渡すが敵は何処にもいない。もう、このまま此処に隠れていれば良いのでは?と考えてしまう。
そして時間に余裕が出来ると、こうなってしまった罪悪感が心の中からヒシヒシと湧き出て来る。
「二人共、迷惑を掛けたな。俺が上手く後退出来れば良かったんだが」
「仕方ない。シュウ一等兵はタケル達や前衛に居た味方の後退を援護していた。でも、誰も貴方を援護して無かった。だから貴方が責任を感じる必要は無い」
「そう言って貰えると少しは気が楽になるよ」
「……ふん、だが足を引っ張ったのは事実だ」
「タケル」
タケル伍長の言葉にレイナ上等兵が睨む。しかしタケル伍長はそっぽを向いたまま話を続ける。
「だが、俺もお前とアラン軍曹の援護があったのは知っている。その援護があったから後退出来た。だが、俺はお前を援護して無かった」
「タケル……」
「すまん。俺もお前の足を引っ張った」
バツが悪そうな表情をするタケル伍長。そんなタケル伍長を見てつい一言余計な事を言ってしまう。
「ツンデレがデレたか。これが美少女なら完璧だったのに!クソ!何でタケル伍長が美少女じゃ無くて野郎なんだ!恨むぞ!」
「知るか馬鹿!大体俺はツンデレでは無い!」
「いや、ツンデレだから。けど、男のツンデレとか今時需要は無いよ?」
「知らん!下らん事を喋って無いで周りを警戒しろ!」
場が少しだけ和んだ。此処が敵の占領下だと信じられないくらいだ。
「そうだ。タケル伍長、水を飲んでおくと良い。血を流したからさ」
「悪いな。助かる」
「兎に角今は下手に動かない方が良い。多分敵の残党狩り部隊が居る筈だから」
レイナ上等兵が言った残党狩り部隊。俺達の様な生き残りを根絶やしにするクソッタレな存在だ。
そして、そんな辛い予想は実現してしまう物だ。ふと、僅かな振動を感じたのだ。それは一定のリズムで振動しており、俺とタケル伍長とレイナ上等兵は表情を硬くしながら顔を見合わせる。
「場所を移動するに一票」
「初めて意見が合った気がするな。俺も賛成だ」
「私が先頭を行く。二人は着いて来て」
「いや、俺が先頭に行こう。レイナ上等兵、俺のパワーアシストとMG-80を使ってくれ」
俺は手早くパワーアシストを外して行く。そんな俺を不思議そうに見る二人。
「あー、アレだよ。ほら、此処に来る前に頭痛がしてたって言ってただろ?俺、ギフト持ってるから」
「そっか。因みに何のギフトなの?」
「大した物じゃない。三秒先を見通せる能力さ。最初はジャンケンでしか役に立たないと思ってたが、戦場だと意外と結構役に立つ」
俺はパワーアシストを外し終えたらレイナ上等兵に取り付けて行く。
「そうなんだ。あ、だから私達を抱えて走ったんだ」
「そう言う事さ。誰にも言うなよ?」
「安心しろ。誰にも言わない。ついでだ、俺もギフトを持ってる」
「そうなの?」
タケル伍長もギフトを持っていると言う。俺がギフト保有者だと言ったからか、態々言う辺り律儀な奴だなと少しだけ思う。
「あぁ、自分の【時間を延長させる】能力だ。簡単に言うと俺の視界では周りはスローモーションになる」
「何そのチート。俺のと交換してくんね?」
「断る」
俺は先程拾った【XA-11アサルトライフル】を構えながら前進する。
複合アサルトライフルは普通のアサルトライフルより重い。しかしパワーアシストが有れば問題は解決するので優秀なアサルトライフルとして名を馳せている。
だが、今の俺にパワーアシストは無い。それでもMG-80軽機関銃よりかはマシな重さなのは間違い無い。
因みにタケル伍長とレイナ上等兵のアサルトライフルは瓦礫の下敷きになってしまった。
「行くぞ。前方の警戒は俺がやる。後方は任せたぞ」
「分かった。タケル、しっかり掴まってね」
「あぁ、周りの警戒は任せろ」
「頼むぜ……戦友」
俺達は建物の裏口から裏道に出て移動する。本来なら頼りになるであろうXA-11アサルトライフル。しかし、今はこの複合アサルトライフルに俺達の命が掛かってると思うと非常に頼り無い。
更に言えば自分自身の現装備とギフトで生きて帰還出来るのだろうか?
答えは出ないまま俺達は足早に移動するのだった。
シュウ一等兵達が移動して暫くすると、骸骨とコウモリが合わさったエンブレムを付けた部隊が現れた。その戦力はMWが一機、戦車三両、軽装甲車六台に多数の歩兵が辺りを警戒しながら銃を構えていた。時折MWはセンサーで周りを索敵しながら前進している。
彼等は所謂、残党狩りを主任務としている傭兵団だ。然も全員がパワーアシストを身に付け、多目的ゴーグルを使っていた。
【サタール中佐、この辺りも結構戦闘が有った様ですね。敵の捜索を開始しますか?】
【あぁ、そうだなぁ…………だが、臭う。臭うぜぇ?この辺りに生に足掻く糞虫みたいな連中の臭いがよぅ】
【そうですか。中佐殿がそうおっしゃるなら生存者は居そうですね】
そして周りを索敵していると仲間の一人が生存者が居たであろう痕跡を見つけた。
【中佐、建物の中に大量の血痕を確認。ご丁寧に鎮痛剤の残骸が有りましたよ。また裏口に向けて足跡が三人分確認出来ました】
【ヒッヒッヒッ……最高じゃねえか。仲間想いの優しい優しい羊ちゃん達が狩りの対象とはなぁ。お前ら、相手が抵抗するなら殺して良いぞ。もし生捕りしたら、この死体みたいにしてやろうか?】
そして【MC-44Fタランチュラ】を前進させて態々死体を踏み潰して見せる。その様子を見た仲間達は死体が傑作になってるなと嘲笑う。
【しっかりと逃げろよぉ?でないと一思いに殺してやらねえからなぁ!ヒャッハッハッハッ!】
そしてタランチュラの後部部分が開き多数のドローンが射出されて生存者を探しに向かう。その様子を見て、他の傭兵達も嫌な笑い声を出しながら索敵に向かうのだった。
俺達は敵に警戒しながら前に進んで行く。無論、撤退した味方部隊と合流出来れば一番良い事だが。
俺は角待ちしながらギフトを使い周りを確認する。要は自分が角から出た光景を視るのさ。そうすれば俺自身は平気だからな。
「前方クリア。向こうまで走るぞ」
「分かった。警戒しておく」
俺は道の反対側まで走り、建物の壁まで到着してレイナ上等兵達に合図を送る。そしてレイナ上等兵達も此方に向かって走って来る。
「二人共、これからのプランはあるか?」
「先ずは生き残りと合流するか、別の場所に隠れるべきだ」
「なら俺は隠れる方にしたいね。集まればそれだけ敵の注意を引きそうだし」
「でも味方と合流出来ればタケルの治療が出来るかも知れない」
「そうかもな。けどリスクはデカいぞ?」
「それでも治療はすべき」
「成る程。タケル伍長はどうする?一番の当事者だし」
「俺は身を隠すべきだと思う。味方と合流すれば心強い。だが今は俺達の身の安全を第一に考えるべきだ」
取り敢えず通信をオープン通信に切り替える。しかし、オープン通信からは繰り返し後退命令が発せられるだけだった。
幸いなのは完全に撤退してる訳では無いと言う事だ。つまり、まだ味方は俺達を見捨ててはいないと言う事だ。
(正確に言うと国防軍が完全撤退するまでだろうけどさ。此処で国防軍と合流出来れば言う事は無いけど)
しかし、こんな時は下手に動かない方が良いだろう。敵は常に俺達を探している。それなら態々見つかる様な行動はしない方が良い。
寧ろ、敵が一度捜索した場所に行ければ多少はマシな状況になるんだろうけどな。
「日が暮れるか。何時までも国防軍が待っててくれる訳では無いだろうし」
正直に言えば絶望的な状況なのだ。
俺達は手近なマンションの中に身を潜める事にした。夜になれば多少は静かになると思ったが、別の場所では今も元気に殺し合いを続けていた。
だが、それはそうだろう。企業側は大企業としてのプライドとスポンサー様の為。トミオー国防軍も似た様な物で国土奪還を謳いながら資源の独占が主目的だろうし。
後はどの陣営も三大国家の影が見え隠れしている所だろう。
「なぁ、食い物持ってるか?」
マンションの五階の一部屋に身を潜め、窓から周辺を警戒する。夜間でも役に立つのが多目的フェイスガードだ。暗視機能と熱探知機能を兼ね備えた防弾フェイスガード。ある意味SF世界の定番アイテムだ。
そんなフェイスガードの暗視機能を使いながら周辺警戒をしていたが、小腹が空いたのでダメ元で聞いてみた。
「カロリーバーならあるが」
「私も。食べる?」
「良くそんな味気ないの食べれるよな。俺なんて孤児院のご飯として出た時は、常に絶望してたってのに。そもそも、そのカロリーバーの原材料って何?銀色の包みだけで詳細は記載されて無いし」
「金色とか赤色もあるよ?味は殆ど変わらないけど」
「俺は安価で味気無く栄養価の高いカロリーバーより、こっちのチョコバーの方が良いわい。但し、食った後は最低でも水を飲む事をお勧めするよ。放置してたら虫歯になるからね」
俺は腰に付いてるポーチからチョコバーを二つ取り出して二人に投げ渡す。二人は良いの?と言った表情をするので頷いておいた。
「甘い。そして美味しい」
「まぁまぁだな」
「おう、タケル伍長。基地に帰ったら覚えとけよ」
全く素直じゃないタケル伍長に一言言いながら自分のチョコバーの包みを開けようとする。すると突然、隣の部屋で音が僅かに鳴ったのだ。
俺達は静かに身を潜めていると、僅かにだが喋り声も聞こえる気がする。
「……誰か居るの?」
「タケル伍長がもたれ掛かってる壁の横に血の跡と弾痕があるからな。もしかしたら……」
「…………」
俺の言葉に無言で場所を僅かに移動するタケル伍長。でも、それだと逆にもっと近付いてるよ?
「俺が見てくる。警戒を頼む」
「分かった」
俺はXA-11アサルトライフルを構えながら隣の部屋に向かう。中はパッと見た限り誰も居ない。しかし、ステルスによる透明化をしている可能性も否定出来無い。
部屋の間取りからして台所だろう。しかし周りを見る限り誰も居ない。
気の所為か?と思った矢先だ。再び何かの音が聞こえる。例えるなら食器同士がぶつかる音だ。
俺は生唾を飲み込みながらXA-11アサルトライフルを再び構え直す。そして台所の下の棚から僅かな光を確認。
心臓が緊張と恐怖が合わさり高鳴る。そして棚の引き戸を思いっきり開ける。
「「「「「「「…………」」」」」」」
「あ……どうも、こんばんわ」
戸を開けた先には家族団欒を慎ましく過ごしている小さなG達が居た。色は緑色だけどGなのは間違いない。然もご丁寧に食器を使い食事をしているものだからギャップの差がデカい。
「えっと……すいませんね。ノックもせずに開けちゃって。あ、これ迷惑料のチョコバーです。では失礼」
食べようと思っていたチョコバーをG家族の横に置いて戸を閉める。すると中が嬉しそうな声が沢山聞こえて来た。どうやらG家族は喜んで貰えた様だ。
家族団欒を過ごすG達を尻目に俺はレイナ達の所に戻る。
「どうだった?」
「アホくさ、G達の家族団欒の声だったよ。それよりカロリーバーくれ。さっきチョコバー上げたんだ」
「何で上げるんだ?」
「いやさ、いきなり戸を開けてびっくりさせちゃったからさ。全く、紛らわしいぜ」
タケル伍長から味気無いカロリーバーを貰うと口に含みながら水で流し込む。こう言うのは味わう必要は無いからな。
「シュウ一等兵は一度休んで」
「良いのか?」
「貴方のギフトは今の私達には重要な物。私はギフトは無いから何も出来ない。だから休んで」
「何も出来ないとか言うなよ。少なくとも俺はレイナ上等兵には感謝する時が沢山ある。それこそギフト持ちのタケル伍長よりもな」
「喧嘩売ってるのか貴様は」
「お安くしますよ旦那」
タケル伍長との軽口を言いながら俺は壁に背を預けながら目を閉じる。すると直ぐに睡魔がやって来た。どうやら思ってた以上に疲れていた様だ。
(必ず生き残って帰るんだ。最低でも……こいつらだけでも)
死ぬのは怖い。だが、もうこれ以上大切な者を失いたいとは思わなかった。
ミーちゃん達を見送る事しか出来なかった。
大人達には媚び売って機嫌を取りながらの生活。
そして、自分だけが孤児院から逃げ出しイリナお姉さん達を見殺しにした事実。
例え相手がどう思っていようとも、俺は第605歩兵小隊を掛け替えの無い戦友達だと思っているから。