有難う、ヒビ割れた端末
親方と二人っきりでの対話。正直相手が女傑で眼鏡が似合う美人社長なら二つ返事で残りますと言うだろう。だが相手はむさ苦しい親方だ。
夢も欠けらも無い展開に心の中で涙を流す。
「何でお前そんな悲しい表情するんだよ」
「アレ?顔に出てました?」
「バッチリとな」
これは行けないと思いポーカーフェイスを作り親方を見つめ直す。そんな俺を呆れた表情をしながら話を続ける親方。
「正直に言えばな、お前さんは真面目なんだ。今まで雇って来た連中で報告書を提出してくる奴は居なかった」
「それは仕方無いかと。そもそも大半の人達はそう言う事を学んでません。まして事務仕事は多少の教養が無ければ出来ません」
「そうだ。俺達ゴーストは教育や学校とは無縁だ。稀に高いギフト能力保持者は国から回収されたりするが。それでも、お前さんはやる事が出来た」
それは過去の知識と常識があったからだ。メモ書きしたり、分からない所は躊躇無く聞いたり、報連相を徹底したり。
俺は何も特別な事をしてはいない。唯、社会人として当たり前の事をしているだけに過ぎない。
「買い被り過ぎです。なんならその辺りを教育する様にしてみては如何ですか?そうすれば出来る人達も出て来る筈です」
「はぁ、お前さんはまだまだ甘いな。良いか、これは覚えておくと良い。【ゴーストに知識を与えてはならない】」
「与えてはならないって……俺達は人間です。知識を覚え、その知識を使い様々な応用が出来ます。今ある世界はこの武器があるからこそ出来た世界です。それを根本から否定するなんて論外です」
「知識は正規市民だけが得る事が出来る権利だ。それをゴーストが受ければどんな惨事が起こるか。お前さんも知っている筈だ。後の無いゴーストは三大国家の艦隊にすら躊躇無く攻撃をする事を」
まるで俺達ゴーストが人間では無いと言わんばかりの言い方をする親方。いや、実際親方はゴーストに対して危険視しているのだろう。
俺は勘違いしていたのかも知れない。親方は俺達ゴーストに関して救いの手を差し伸べていると。
勝手な考えを親方自身に否定されて反論に力が入ってしまう。
「それは理解してます。しかし知識と品性を学べばゴーストだって真っ当になれます。ゴーストの中に居る可能性を切り捨てるなんて人として間違ってます!」
「そうしたら次は誰がゴーストの立場になると思うか?それを正規市民が……いや、国家や企業が許すと思うか?」
「それは……」
反論は出て来なかった。正規市民にだって立場がある。それこそ上下関係や貧富の差はゴースト以上にだ。
「シュウ、お前さんは聡明だ。俺が初めて面接して同情した程にだ。何故お前さんがゴーストに生まれたのかとな。もし正規市民として生まれていれば今頃大成していたかも知れないとな」
それは違う。俺は唯、前世の知識と品性が有るだけに過ぎない。この世界の知識や技術に対しては皆んなと同じ立場だと。
「それにあの作業用MWの操作も結構アッサリ覚えてたからな。それは才能の一つだ」
「いや、それは違います。俺は唯……」
俺は口を噤んでしまう。画面にヒビの入った端末に関しては誰にも言ってはいない。この端末が俺にとって全てと言っても過言では無いからだ。
公共ネットワークから得られる様々なコンテンツ。社会情勢からAW、MWの商品情報。最新式のアサルトライフルからAW、MWの操縦方法。
暇な時間は大体端末から動画を見ていた。文字を見て覚えるより、実際に見た方が格段に覚える速度が違った。特にまだ子供の脳だからか直ぐに覚えていけたのだ。
「なぁ、お前さんに一つだけ教えてやる。俺はな、正規市民なんだ」
「え?あー、成る程。ゴースト使った方が安いと」
「良く分かってるじゃねえか。実際、正規市民を雇うより遥かに安く使える。特にこの業界には正規市民なんて入って来ない。そんな中、お前さんの様な奴は希少なんだ。だから、改めて言おう。残ってくれんか?」
嫌な話ばかりだ。退職の話をしたら親方は正規市民と知らされる。更に俺達ゴーストを見下してこき使ってると言ってる始末。
しかし親方の考えは悪くは無いだろう。人員を確保出来るし、人件費を抑える事も出来る。現に此処で働いてるゴースト達は皆んな親方を慕ってる。多少見下され様とも他で働くよりマシなのだろう。
「少し考えさせて下さい」
「そうか。だがお前さんは此処に残ってた方が良い。仮に正規市民になれたとしても大して変わらん。寧ろ今以上に辛い事が起きる」
「それは差別的な奴ですか?」
親方は俺の言葉に少し驚いた表情をする。そして神妙な表情になりながら口を開く。
「そうだ。所謂、成り上がり的な扱いになる。それは正規市民でも無ければゴーストでも無い立場になる」
「それでも俺は諦めたくはありません。諦めたら全てが終わりになりますので」
「そうか。さて、今日はもう帰りな。道中変な連中に絡まれん様にな」
「大丈夫です。逃げ足はそこそこ速いので。それでは失礼します」
俺は親方に頭を下げてから部屋から退出する。そして帰路に着いてる間に街を眺める。
今は丁度飯時だから結構賑わっている。ネオンの灯りに客を呼ぶ声。更に時間が経てば怪しいお姉さん達が男性を惑わす様に客寄せをするだろう。
「はぁ、嫌な事ばかりしか無いな」
今回、分かった事は親方は俺達ゴーストを良い様に扱ってた事、ゴーストから正規市民になったとしても微妙な立場になる事だ。
正直に言えば親方の考え方は理解出来る。正規の人材が入って来ないなら別の所から雇うしかない。幸いゴーストなら掃いて捨てる程居るのだから問題無い。雇う側は安く雇えるし、保険関係もやらなくて良い。雇われる側もゴーストなので今以上の生活が出来るなら良いと思うだろう。
親方が良い人かと問われれば首を横に振る。しかし少なくとも何もしない連中よりかは、よっぽど好感を持てるのも事実だ。
そして正規市民になる事。それは今も変わらない。例え差別されようが正規市民に成れたならこっちの物だ。それでも何か言ってくる連中が居るならゴースト流のやり方で黙らせてやるだけだ。
俺はポケットに手を突っ込みながら真っ直ぐ視線を前に向けながら街中を歩く。変に顔を動かせば余計な連中が寄って来る確率が増えるからだ。
ポケットの中に入っている護身用の拳銃を触りながら歩き続ける。いざと言う時は役に立つと思うのだが、試し撃ちは数回しか撃ってないので少々不安なのは間違いない。
因みにこの拳銃は以前デブリ回収中に拾った物だ。丁度ホルスターと弾が弾倉に入った状態のベスト一式と一緒に浮かんでいたのだ。死体は無かったが勢いでベストが外れたのだろう。
「次の休みに貯金持って逃げるか」
昼飯を食べに外食する振りをしながら行こうと心の中で決めたのだった。
あれから三日が経ち休日となった。この三日間は特に何も無かった。親方から何かを言って来る事も無かったし、周りの先輩達も何時も通りだった。
その為、全財産を持ちながら昼食を外食で済ました後に正規市民の街へと向かう事にした。目的は傭兵ギルドで登録をする為だ。
この日の為に金を貯金し続けた。約四年間で貯めた金額は約二百万クレジット。特に遊びに使ったりはしなかったのだが、元の給料が安かったので微妙な金額ではある。寧ろ此処まで貯めた事を褒めて欲しいものだ。
正規市民の街へ近付くにつれて徐々に街並みが綺麗になって行く。壁の落書きはマシな物になり、浮浪者の数は減って行く。
そして正規市民の街へと足を踏み入れて行く。
「何度か来た事はあるけど。やっぱり、こっちの方が断然転生したって感じがするよな」
ホログラムの標識や看板に凄い流動的な形の車。歩いてる人達の格好はそれ程変化は無いが、異種族も多数居るので様々なファッションが見れる。
時折、自警団員と警備ロボットも巡回しているが基本的にこの地域で悪事を働かなければ問題は無い。
因みに都市部へは正規市民のみしか行けない。つまりゴーストがギリギリ行けるのが、この綺麗な街までなのだ。
俺は案内板と端末を使いながら傭兵ギルドへと足を運ぶ。そして人混みが増えて来た所で見つけた。
「此処が、傭兵ギルド支部」
外装を見る限りかなり地味な印象を受ける建物だった。壁には窓は無く、代わりに監視カメラが幾つも取り付けられている。そして傭兵ギルドのシンボルでもある銃と剣が交わり、後ろに大きな盾がホログラムによって映し出されていた。
俺は一度深呼吸をしてから入り口に行く。自動ドアが開き中を見ると数人の人達が受付に居たり、適当な机で集まって談笑をしていた。勿論、警備ロボットと警備員はしっかりと武装した状態で此方を見ていたが。
「此処からだ。此処から全てが変わる。いや、変わってみせる」
過去を振り返れば理不尽な事が多く思い出される。子供でありゴーストの俺は同じゴーストからも狙われる。
孤児院と偽り子供達を人身売買目的で収容していた場所。
部品の換金した時は足元を見られたり、ガラの悪い連中が換金した金を奪って行く。
ようやく一人前として働ける立場になったにも関わらず給料は大して変わらず。
全てはこの理不尽な環境から抜け出す為。その為に孤児院の子供達を見捨て、職場から抜け出したのだ。今更、後悔なんて微塵も無い。
俺は案内板を見てから傭兵ギルドへの登録カウンターを見つけて真っ直ぐに向かう。大人達からの視線を感じるが、ポケットに入っている拳銃に軽く触れると少しだけ安心した。
「すみません。傭兵ギルドに登録したいのですが」
俺は女性型アンドロイドの受付嬢に声を掛ける。女性型アンドロイドは無機質な視線を向けながら返事をする。
「ようこそ、傭兵ギルド支部へ。傭兵ギルドへの登録で宜しいでしょうか?」
「はい。お願いします」
「では、此方に記入出来る所を記入して下さい。それが終われば手続きを行います。但し、登録料は百万クレジットになります」
「大丈夫です」
俺は記入出来る所を埋めて行く。そして記入し終えたら少々ボロボロになっている現金百万クレジットを受付嬢に渡す。
受付嬢は何も言わずに百万クレジットを受け取り記入したタッチパネルを別の機材に繋げる。すると薄い端末が出て来て、受付嬢は此方に渡して来る。
「はい。傭兵ギルドへの登録は終わりました。それから此方が各傭兵ギルド支部への接続が可能となっている端末になります」
「お、おぉ……薄い。それにホログラムが浮かぶ。凄い、ハイテクって奴だ」
「それから階級に関しまして、始めは二等兵からで最後は大佐までになっています。階級が上がり上手く立ち回れば軍からの引き抜きの可能性もありますので」
成る程と思いながら頷く。最初は二等兵だが、戦果を上げ続ければ大佐にもなれる可能性がある。つまり、ゴーストでも上に行ける可能性はあるのだ。
「最後に此方が認識票になります。此方は常に身に付けておいて下さい。もし死亡して死体の判別が出来ない場合には此方が最後の確認方法となりますので」
「DNAとかでは出来無いのですか?」
「戦場でDNA鑑定をやる事は稀ですので」
言われてみれば納得だ。弾丸飛び交う中で態々DNAを調べる奴は居ない。そんな事をしてる暇があるなら反撃するか撤退するだろう。
「それから傭兵ギルドでは銀行の役割も兼任しております。シュウ様が持っている残りのクレジットをお預かり出来ますが?」
「あ、お願いします。流石に現金を持ちながら此処まで来るのは心臓に悪かったので」
途中でガラの悪い連中に捕まらなかったのは良かった。そして残った現金を傭兵ギルドへと預ける。
「あの、ついでと言っては何ですがMWの操縦資格を取得したいのですが」
「操縦経験は有りますか?」
「はい。作業用ですが地上と宇宙で操縦はして来ました」
「分かりました。では今直ぐにMWの操縦資格、及び免許取得を行いますか?」
「え?直ぐに出来るのですか?」
「はい。筆記とシミュレーターでの実技です」
俺は少しだけ考える。どうせ会社には帰るつもりは無い。それに野宿も確定しているので余り遅くならなければ問題は無い。筆記に関しては正直に言って自信がある。何ならMWだけで無くAWの筆記も受けても良いくらいだ。
この辺りも暇な時間を使って動画やテスト内容を探したりして覚えたものさ。何事も自分から探してやらないと何も出来無くなってしまう。
「では、お願いします」
「分かりました。適性検査と筆記、実技を受けるには三十万クレジットが必要になりますが。宜しいですね?また、適性検査で落ちた場合は二十五万クレジットを返金します」
俺は先程貰った端末を渡して引き下ろして貰う。そして受付嬢から案内を受け取り指定された部屋へと向かう。
試験する部屋に到着すると中には既に別の男性型アンドロイドが居た。
「試験番号0154372。シュウさんで宜しいですね?」
「は、はい。宜しくお願いします」
「では、此方に着席して下さい。先ずは適性検査を行います。適性検査に問題が無ければ筆記試験に入ります。筆記試験は一時間です。その後にシミュレーターによる実技試験になります」
「分かりました」
俺は椅子に座りながら気合いを入れる。
(ぶっつけ本番だがやってやる。この程度の事を乗り越えられなくて生き残る事が出来るかってんだ)
ゴーストの……いや、転生した俺の意地を見せてやる。
俺は適性検査を受ける為に男性型アンドロイドの指示に従って行くのだった。
結論から言おう。俺は見事MWの操縦資格と免許証を取得出来た。
正直に言えば適性検査も筆記もシミュレーター試験も簡単だったのだ。適性検査に関しては唯、座ってシミュレーターの機械の中に居ただけで終わった。また筆記に関しては基本的な部分の名称や周りに危険な物が無いかと言った感じだ。またマークシート式だったので殆ど理解出来た。この時は前世で受けた車の運転免許の筆記試験を思い出した。
そしてシミュレーター試験に関しては簡単な訓練操作を行った後、実戦を経験する流れだった。まるでゲームの様なシーンが流れるのだが、まさに自分自身が体感しているので滅茶苦茶興奮した。
この時はギフトを使い敵の動きを予測してトリガーを引いて常に優位に戦っていた。しかし、敵傭兵のAWが出現した時には次々と味方が撃破されて行く。そして最後には俺自身も狙われ回避しながら反撃するも、ギフトの限界と自分の未熟故に撃破されてしまった。
因みにやられる際には「た、大尉ー!助けッ⁉︎うわああああ⁉︎」とノリノリで叫んだ時が一番楽しかったです。
そしてシミュレーターから出た際に試験官のアンドロイドの方からはこの様な事を言われた。
「中々の好成績ですね。シミュレーターとは言え常に優位でしたので。何かギフトをお持ちですか?」
「え?ギフトですか?い、いえ、ナニモモッテナイデス」
俺は咄嗟に嘘を付く。役に立たないと思っていた【三秒先の未来視】のギフトが切り札になる可能性が高いんだ。そう簡単に切り札を教える訳には行かないと俺は判断したのだ。
「そうですか。ですがシミュレーターでの結果は優秀な事には変わりありません。また適正値も良いので搭乗する事に関しては問題有りませんでした」
しかし受付嬢は気にする素振りは無く、淡々と話を進めて行く。変に突っ込んでこない辺り、傭兵ギルドでは珍しくは無いのかも知れない。
そんな事を考えていると受付嬢は笑顔で嬉しく無い事を教えてくれた。
「先程現れた敵AWですが、実は傭兵ギルドきってのエースパイロットの方なんです。エースと対峙してどうでしたか?」
まさかエースパイロットが操るAWを敵として出すとは。しかし実戦なら無い訳では無いシチュエーション。
もしかしたらMWでAWを相手にしなければならない時が来るかも知れない。いや、絶対にその時は来るだろう。そして一瞬の間で自分自身で選ばなければならない。
戦うか、逃げるか。
(ま、命有っての物種だよ)
死んだら意味は無い事くらい、子供でも分かる事だからだ。
夜になり、俺は再び廃棄場へとやって来た。そして、俺のお気に入りの場所でもあるAWのコクピット席へと座り込む。
「明日、朝一で雇って貰える所があるか探そう」
傭兵ギルドから貰った薄く柔らかい端末を見ながら呟く。
これから先、俺は人殺しを生業とする傭兵になる。今まで人を殺した事は一度も無い。当たり前だ。例え護身用の拳銃があろうとも、多人数で報復に来られたら対処なんて出来無い。
「俺はやるぞ。必ずAWパイロットになってやる。そしてエースパイロットになり誰にも邪魔させない人生を手に入れてみせる」
月が浮かぶ夜空に手を伸ばし、月を握り潰す様に強く握り拳を作る。
物思いに耽っていると、ある物を思い出す。それは長年使い続けて来たヒビ割れた端末だ。此奴が無ければ今の俺は無かっただろう。恐らくこの世界を知る前に、日々の生活だけで苦労していたに違いない。
このヒビ割れた端末は俺の人生を変えたと言っても過言では無い。お陰で様々な外界の情勢や知識を得る事が出来たのだ。
翌日、俺は朝一で傭兵ギルドへと向かう為にコクピット席からゆっくりと立ち上がる。そしてヒビ割れた端末を取り出してから少し眺めた後にコクピット席に置く。
もし此処に誰かが来た時、その誰かの助けになる事を祈ってだ。
「効果は俺のお墨付きだよ。何たって、実体験で得た事なんだからさ」
俺は一言呟きながら傭兵ギルドへと向かう。俺はゴーストでもあり傭兵だ。だから意地でも前を向いて希望を掴んでやる。
今まで見捨てて来た連中の犠牲を無駄にしない為に。




