ご都合主義は何処へ?
結局、悩んだ挙句おっちゃんに仕事を紹介して貰う事にした。今は孤児院から離れる事を第一優先としなければならない。ならば、多少の事は目を瞑る他無いだろう。
「なら明日の昼頃に来いよ。その時に詳細を伝えるからな」
「分かった。後、モモ肉と皮の串焼きをもう一本ずつ下さい」
「毎度!今日は気前が良いじゃねえか!」
「前祝いと成功を祈ってだからね」
「そうかそうか。ならタップリと秘伝のタレを付けてやるよ!後はコレもな」
串焼きと一緒に肉の切れ端を纏めて渡して来る。因みに、おっちゃんが俺に肉の切れ端を渡すには理由がある。
「有難う。ちゃんとイリアお姉さんにも言っとくよ」
「ば、馬鹿野郎!別に俺ぁ、イリアさんに言う必要は……。唯、言ってくれるならしっかり頼むぜ」
「分かってるよ。今度顔見せる様に言っとくよ」
「さっすがシュウ坊!よく分かってるじゃねえか!」
何を隠そうと、おっちゃんはイリアお姉さんに非常にお熱なのだ。年齢的にはアウトなのだが結局は当人達が決める事だ。因みにこの恋が不発に終われば俺の飯のオカズになるのは間違い無い。
そんな僅かな希望を胸に抱きながら孤児院へと戻る。そして何時もの様にドアを開けると中には院長といつもとは違う二人組の白服が居た。
「おお、丁度今来た子が三番目の子になります。年齢に似合わず中々聡明な子ですよ」
然も目の前で良い風に紹介するのは勘弁願いたい。しかし白服達は此方に興味を示す事は無かった。
「いや、残念だが今回は女が必要になっている。貴方が何時も側に置いている女でも構わない」
「イリアですか。しかし彼女は子供達を育てるのに必要ですので。また……あー、続きは此方で」
俺の視線に気付いた院長は白服達を応接室へと案内する。どうやら今回は見逃されたらしい。しかし女が必要と言っていた。
つまり……。
「そっか、ミーちゃん連れて行かれるのか」
少し罪悪感が芽生えたのは当然か。何故なら自分では無かったと安堵したからだ。代わりにミーちゃん、もしくは更に小さい女児が連れて行かれるかも知れない。
大体こんな小さい子供達を連れて行って何をするのか。今の俺には見当すらつかない。人体実験?誰かの奴隷?もしかしたら兵士として育てられるのか?
どれもこれも真っ当とは程遠い物ばかり。しかし、それくらいしか選択肢が無いのが俺達なのだ。
「クソ……こんな現実、知りたく無かったな」
知らなければこんな罪悪感に苛まれる事は無かった。これから先、決して安全とは言えない未来に進む子供達。それを何一つとして止める事の出来無い自身の無力感を噛み締める現実。
それから白服達はミーちゃんを筆頭にした女児を全て買い取って行った。一気に男ばかりになった孤児院。
最後の別れる際にミーちゃんは「アンタは私の奴隷なんだから!付いて来ないと駄目なの!」と我儘っぷりを発揮。そんなミーちゃんを俺は直視する事が出来なかった。だってそうだろ?知ってても言えないし、何も出来無いのだから。
そして最後には白服達に両腕を抱えられながら連れて行かれてしまった。
何だかグレイ系宇宙人が連れて行かれる姿を幻視したのは気の所為だろうか?
そして遂に運命の日がやって来た。
俺は約束の時間に行くと、おっちゃんはメモ用紙に書かれた下手糞な地図と住所、電話番号をくれた。俺は端末から住所で場所を調べると意外な場所にあった。
場所は廃棄場に近い場所だったのだ。もしかしてと思い目的地まで駆け足で向かう。するとそこは何度か見た事がある古い工場地帯だった。
彼処は基本的に廃棄品をこの場所に捨てる為の場所だ。恐らく使えない物や細かい物を彼処で纏めて、この廃棄場に捨てているのだろう。
俺は工場地帯へと向かいながら電話番号を端末に入力して掛ける。
数回のコールの後に相手が電話を取った。
『はい。此方、株式会社バッファローです。ご用件をどうぞ』
これが最後のチャンスかも知れない。例え不合格の可能性が高くとも、俺は最後まで足掻いて見せる。
「こんにちは。ご紹介に預かりましたシュウと言います」
だから社会人精神全開でやるまでだ。この時は大人気なかろうが関係無く気合いが入っていたのは間違い無かった。
結論から言おう。俺は見事就職が決まった。
あの後、直接面接する事になり担当の方と話をしていた。しかし、何か含みがありそうな表情をした現場の親方みたいな人とも一緒に面接する事になった。
その時に今のゴーストの立場をどう思うかと聞かれたので、こう答えたのだ。
「自力でのし上がるしか有りません。その為に自分は今此処で足掻いています」
ゴーストの立場は非常に弱い。それは女、子供関係無いと言えるくらいだ。だから一部の賢い奴が下の連中を喰い物にする。其処から更に一部の賢い奴が正規市民になる為に足掻くのだ。
それから暫く問答を続けたら即決採用された。どうやら思ってた以上に賢い子だと判断したらしい。そして俺を採用したのが親方だったのに吃驚したのは秘密だ。
暫く部屋や作業工具を用意する為に一週間が欲しいと言われたので了承。後は孤児院に怪しい引取人が来ない事を祈るだけである。
「一先ずは一難去った訳か」
夜。女児達が居なくなり随分と寂しくなった部屋で残った子供達が寝ている中、俺は静かに月明かりと都会の灯りを見ていた。
この世界で俺が目覚めて二年程経つ訳だが、結局殆ど何も出来ないと言う事実しか残ってはいなかった。
孤児院では大人組の機嫌を見て過ごし、子供達の面倒を見ていた。しかし圧倒的な力も無ければ、何かの力に目覚める事も無かった。精々目覚めたと言えば俺自身が覚醒したのと、三秒先を未来視出来る程度だ。然も三秒先を見続ければ頭痛に見舞われる始末。
もし、ギフトの能力がもっと有意義な物だったらどうか?水や炎を自在に操る能力、電子ネットワークへの高いハッキング能力、重力を自在に制御する能力。そう言った素晴らしいギフトがあれば可能性は充分にあっただろう。
しかし自分が持っているギフトは実にチンケな物。精々使えるのはジャンケン無双しか無い。
「然も極上美少女との出会いが無いのはどう言う事だ。廃棄場から美少女アンドロイドも冷凍カプセルに入った亡国の麗しいお姫様も見つからなかったし」
ヒロインらしい人物がひとっ子一人も居ない始末。え?ミーちゃん?アレは唯の子供だよ。それに俺は年下派より年上派だからな。
「はぁ……地味過ぎる」
結局、今出来る事と言えば今の境遇に不満を独り愚痴るしか無いと言う事だった。
それから瞬く間に一週間が経つ。最初は女児達が居なくなった子供達は不安気な表情をしていたが、院長とイリアお姉さんが上手く誤魔化したので落ち着いている。しかし目敏い子供は大人組に不信感を抱き始めたのも事実だ。
そして俺は朝早くから荷物を持ちながら正面ドアから堂々と出る。と言っても荷物は殆ど無く、精々お金を入れた袋をリュックサックに詰めてる程度だ。
因みに朝の厨房ではイリアお姉さんが朝食の準備をしていた。なので俺はいつも通り廃棄場に行ってくると言ってから出て行った。
誰にも不審に思われる事無く孤児院から出て行く。そして、もう二度と来ないであろう孤児院をもう一度見る。どんな理由であれ、記憶が蘇る前から育てられた場所。一応故郷と言える場所なのかも知れない。
「いや、無いな。人身売買する場所が故郷だなんてな。皮肉にもならない」
口で否定しても育てて貰った事実は変わらない。それでも俺は何も言わずに孤児院に背を向ける。
誰も救う事無く、自分勝手な考えで独り出て行く。果たして、残された子供達は俺を恨むだろうか?それとも恨む前に俺の事を忘れるだろうか?
その事実を知る前に、俺は人影の無い街中を歩いて行くのだった。
新しい生活。新社会人として自立した一人暮らし。これから輝かしい夢と希望が溢れる生活。
しかし、今の俺はそんなのとは無縁に近い生活だが。
株式会社バッファローに入社して暫くは宇宙空間に慣れる事を会社から指示された。因みに主な業務内容は宇宙空間のデブリ回収を主に行なっている。そこで使えそうな部品や破棄された物を回収するのだ。
バッファローから支給された宇宙服と簡易型パワーアシストを身に纏い初めての宇宙へと飛び立つ。他の先輩方はさっさと自分達の作業に入りテキパキと動いて行く。レーザーカッターを使ったり、作業用MWを使ったり色々だ。
宇宙空間で最も危険なのは何か。宇宙線による被爆は勿論だが、一番危険なのは勢い良く流れてくるデブリだ。特に戦闘宙域では弾丸やミサイルの流れ弾が高確率で飛んで来る。つまり神に祈る時間がやって来る訳だ。
その為、宇宙空間では作業用MWや専用の宇宙服が必要になる。
しかし今の自分の格好は普通の宇宙服に簡易型のパワーアシストが付いてるだけ。何かの破片が飛んで来たら一瞬で死ぬのは間違いない。
「早くMWに乗れる様に頑張ろう」
とは言うものの、この辺りの宙域はまだ平和な物だ。今一番熱いのは地上戦なのだからな。現在二つの企業が本格的に地上での資源戦争を行なっているからだ。
しかし無事に就職出来たのは間違いなく運が良い。給料は安いが貯金が出来無い訳では無い。そもそも娯楽にお金を使う余裕が無いのも事実。
「俺、正規市民になったら食べ物屋のメニュー表を指差して此処から此処までってやるんだ」
俺は遠い目でデブリを眺めながら、AWに乗る道のりは非常に遠い事を改めて実感するのだった。
そして株式会社バッファローに就職してから数年の年月が経つ。何度も現場での作業に従事して行けば、慣れも合わさってベテラン並みの速さで仕事を手際良くやって行く事も出来た。
「此方三番機、これより作業開始します」
『分かりました。ロック解除しました』
「了解。さて、今日も手際良くやって行くよ」
この頃になると作業用MWの操縦も思いのままだ。しっかりとした向上心を見せながら真面目に仕事をやれば、自然と先輩方が様々なノウハウを教えてくれる。
その一つが作業用MWの操作方法だ。本来なら決められた場所で講義を聞いて、実技試験を行わなければならない。しかし、此処はゴーストだらけの会社。基本的に先輩が後輩に色々教えて行くスタイルなのだ。
お陰で念願の一つでもあるMWの操縦が出来る様になった訳だ。
『シュウ坊、今日は待ちに待った給料日だな』
「そうですね。タカハシ先輩は女の所に行くんですか?」
『当たり前だろ!それに俺と会う時はいつも笑顔で出迎えてくれるんだよ。絶対俺に脈があるのは間違いないんだよな』
「じゃあ告白しちゃえば良いじゃないですか。そうすれば無料で好き放題出来るでしょう?」
『いやいや、俺は彼女からの告白を待ってるんだよ。分かるか?男が簡単に女に媚び売る訳には行かんのだよ。ま、ガキのお前にはまだ分からんか。大人の駆け引きってやつがな』
それから何故か自分が如何に恋愛上手なのかを自慢し始めるタカハシ先輩。俺から言わせれば唯の良い鴨として金蔓にされてるとしか思えないけどな。
タカハシ先輩の話をBGMに作業用MWでの操作を続ける。そして目の前に有る艦船の残骸をサーチする。
「タカハシ先輩、この艦船の動力機関生きてますね。状態も悪く無さそうです」
『それでなぁ、お?そうか。なら俺は中に行くから外部装甲を取っちまえ』
「了解しました」
『機関を傷付けるなよ。それからレーザーカッターの出力は随時気を付けろよ。中から見てるからしっかり頼むぜ』
「勿論です。俺はこんな所でタカハシ先輩を焼き殺したく無いんでね」
タカハシ先輩は此方にハンドサインを出しながら他の社員達と一緒に残骸の中に入って行く。そして互いにデータリンクを行いながらタカハシ先輩の指示に従いレーザーカッターを展開する。
作業用MWの両手からレーザーカッターを展開する。そして外部装甲に当てながら出力調整を行う。
『良し、その出力だ。今丁度こっからレーザーカッターの先端が見えた。ルート指示出すぞ』
「了解。ルート指示確認。作業開始します」
タカハシ先輩から送られて来たデータを元に作業用MWを動かして行く。動力機関を取り出せる大きさに装甲をゆっくりと切り裂いて行く。
「しかし、この切れ方ですと軍用では有りませんね。簡単に切れてますもん」
『そりゃあ簡単には軍用は手に入らねえよ。それよか少しレーザーカッターが出過ぎてるぞ』
「了解」
『でもまぁ、軍用と言ってもピンキリだからな。結局、軍、民間問わず新しい物が一番だがな』
「確かにそうですね。でも新しい物は今以上には転がっては来ないでしょうけどね」
『違いない。それにしても、この艦船結構死体が浮いてるな。遭難したヤツか?』
「死体はいつも通りに回収しときましょう。遺留品は事務に丸投げですかね」
『そうだな。お?中々良い時計持ってんじゃん。これ貰い』
デブリ回収作業中には死体なんかも沢山見つかる。ゴーストなら死体なんて放置すると思うだろう。しかし死体を放置したり粗末に扱えば良くない事が起きると言われている。
例え科学が発達している世界と言えども迷信を信じる所もある。特に宇宙での作業が多い職業は、この手の迷信を信じている。正確に言うなら余計な不安要素を入れたくないのが本音なのかも知れないが。
(貯金もある程度出来たし、そろそろ此処も潮時だよな)
何気に今の会社は悪い場所では無かった。頼りになり人情家でもある親方を始めとした社員達。そして待遇もマシな分類に入る為、心に余裕がある。その為、変に犯罪行為に走る事は無いのだ。
正直言って株式会社バッファローを紹介してくれた串焼き屋のおっちゃんには感謝している。親方が人情家で無かったら今の環境には成らなかっただろう。
ゴーストにも知性、理性はある。そして真っ当な場所に行けば品性も身に付く。もしかしたら親方もおっちゃんも似た様な事があったのかも知れない。
『もう良いぞ。外装を外してくれ』
「了解。さて、此処からが本番だな」
後は他の社員達と一緒に機関部を外して行く。このくらいの規模なら数人単位で作業が出来る。勿論大型の代物があれば集まって協力していく訳だ。
それから暫くは同じ様な作業の繰り返しになる。使える物を回収して別の業者に転売するか、必要としている人に売り払う。
勿論売る相手の殆どの素性は不明だ。偶に明らかなペーパーカンパニーに売る時もあるし、直接手渡しで行う時もある。
色々と危険は付き物な仕事ではあるが、充分幸せな人生を送れているのでは無いか。
(いやいや、ゴーストで居続けるのは無理だよ。遅かれ早かれ正規市民になる為に行動しないと。今のままだと後何年……いや、下手したら何十年掛かるかも)
その間何も問題無く行ける保証は無い。仮に作業中に宙賊に因縁を付けられるかも知れない。反撃するにしても武装も殆ど無いし、報復される際に迎撃する力も少ない。
結局、ゴーストはゴーストのままなのだ。正規市民の様な義務も権利も無い分、自由なのかも知れない。しかし自由なのに何処にも救いが無いのが現実だ。
(今日、親方に辞めるって言うか。正直ちょっと怖いけど)
当時七歳の俺を理由も聞かずに雇ってくれた。勿論子供なので色々ピンハネされてはいたが。それでも多少の貯金が出来たのは間違いない。
時々、タカハシ先輩みたいに小物で売れそうな物をポケットに忍ばせたりもしたが。
そして作業を終えて作業用MWを点検してから報告書を書き上げる。そして作業用MWに必要な消耗品をリストアップしてから親方を訪ねる。
「親方、失礼します」
「おう、シュウじゃねえか。どうした?こんな時間に」
親方は机に座りホログラムで浮かび上がっている画面を見ながら作業をしていた。
「作業用MW三番機の消耗品のリストアップしました。誤魔化し続けても遅かれ早かれなので注文の方が良いと思いまして」
「そうか。じゃあ、そこの机に置いといてくれ」
「分かりました。それから親方、そろそろ株式会社バッファローを退職させて頂きたく思います」
俺が本題を言うと親方の手が止まり視線を此方に向ける。
「そうか。まぁ、そろそろ言ってくる頃だろうなとは思っていたが。理由は正規市民になる為か?」
「はい、そうです。足掻いて足掻いて、何がなんでも正規市民になってみせます」
「はぁ……参ったなぁ。正直に言おう。此処に残らんか?給料を今の倍にしても良い」
「親方、理由を聞いても?」
まさか親方に引き止められるとは思わなかった。7歳から入り今が11歳だから4年程働いてる。つまりベテラン勢として充分活躍出来る訳だ。
そんな風に考えてると親方は椅子から立ち上がりソファーへと座り込む。そして親方は反対側へと座る様に指を差すのだった。