~Interlude 1~
闇の中、俺は、沼をさまよっていた。
膝のすぐ下の辺りまで、液体に浸かっている。
泥濘に脚を取られているせいで、足取りがひどく重い。
もの凄い疲労感を感じる。
どれくらい歩いたろうか。1時間ぐらいかもしれないし、丸1日かもしれない。
時間の感覚が狂っている。
唐突に、紫色の稲光が、俺を一瞬照らし出した。
ズドゥーーゥゥンッッッ!!!
稲光のすぐ後に、大砲の様な轟音。
俺は轟音にひるみ、ぶざまに尻もちをつく。
俺を直撃こそしなかったが、落雷は俺から50歩ほど先にある前方の枯れ木を襲っていた。
枯れ木はたちまち燃え上がり、その枯れ木の周囲にある別の枯れ木達も、ほどなく炎の洗礼を受ける。
俺がいる沼の周囲は、枯れ木の森だった。いや、今や炎の森だった。
炎に照らされ、辺りが見える様になり――
「うわぁぁっ!!」
俺は情けない叫び声を上げ、尻もちをついたまま後ずさった。
俺の右斜め前には、ローブに身を包んだ若い女性が横たわっていた。
そのさらに右側には、板金鎧で全身の護りを固めた厳つい初老の男性が倒れていた。
俺の左斜め前には、武闘着を纏った長身の若い女性武闘家が横たわっていた。
そのさらに左側には、牧童風のいでたちの青年男性が倒れていた。
全員、血みどろ。到底、生きている様には見えなかった。
辺りには、大きな杖、長大な両手棍、手甲鉤、短剣などの装備品が散乱し、半ば沼に埋まっている。
赤い沼。それは、血の沼だった。
唐突に、むせ返る様な血の匂いが鼻腔に充満する。
――おかしい! なぜ、今まで血の匂いに気付かなかった!?
良く見ると、俺がいる所は、厳密には沼ですらない。
何か巨大な生き物――おそらくは巨大な鳥――の背中だ。
無残に切り裂かれた体から、溢れだす夥しい血液。それが、血の沼の様になっていたのだ。
再び、紫電の稲光と雷鳴。
俺が思わず顔を上げると、俺の目の前には、巨大なものが立ちはだかっていた。
2本の腕と4本の脚、一対の巨大な翼と太く長い尻尾。
そして、2本の拗じくれた巨大な角と、人間の様にも爬虫類の様にも見える顔。
そいつの体は闇そのもので出来ているかのようであったが、燃え盛る炎の森がそいつを照らしだしていたので、俺はそいつの輪郭を捉える事ができた。
そいつは邪悪な笑みを浮かべ、俺に向かって両腕を伸ばす。
――かなりの距離があったはずなのに、俺はいつの間にかそいつの両手に捕えられていた。
そしてそいつは俺を丸齧りにしようとして、大きく口を開け――