その数学者はかく語りき
闇の真球は俺達に『その疑問』を投げつけて来た。
「〈もしもこの世界が自我を持つ何者かの創造物なのだとしたら、この世界をどこまでぶっ壊せばその造物主を目の前に引きずり出せるんだろうなぁ?〉」
「「「!……」」」
あまりにろくでもない『その疑問』に、俺達は暫しのあいだ絶句した。
「〈人類史上、世界に災いを齎した人間って、いっぱいいるよなぁ?
ガチで殺り合う直前の言い争いで引き合いに出したヒトラーとかスターリンとか毛沢東とかは有名人の例だが。
有名人じゃなくても、人が人を死や破滅に追いやる行為が絶えたためしは無い。
人間だけじゃない。人間が絶滅させた生物は個体数・種属数ともに夥しい数にのぼっている。
リョコウバトとか、特に酷い例だよなぁ?
数十億羽を皆殺し! アッハッハ!〉」
奴の言葉には、嬉々として込められた悪意が満ちている様に感じられた。
「〈ところが、有名どころの宗教の信者どもが信じているような『神』が、そういった虐殺や破滅や生態系の破壊を止めようとして出張って来た例は、ただの一度も有りはしない。
聖書とかの中じゃ、神を崇め奉らない者、いわゆる「不信心者」をぶち殺したり苦痛を与えたりするためにしばしば現れては力を行使するし、ノアの洪水に至っては生態系を滅茶苦茶に破壊してやがるくせに、な。
人間の場合は、前に俺様が戯れに披露したような『仮説』が正しければ、『神』とやらが躍起になって自ら人間を殺しまくったり殺し合わせたりするのも道理というものだが。
生態系にしても、『気に入らない箱庭の中身を廃棄して作り直す』ぐらいの感覚で『神』が破壊してるのだとしたら、少なくとも話の辻褄は合う。
人間にとって都合が良いか悪いかは全くの別問題だがな! ハハハッ!!〉」
闇の真球からの言葉が、少しのあいだ途切れる。まるで、聴衆の反応を伺っているかの様に。
「〈有名どころの宗教の信者どもが信じているような『神』って、つくづくひっでぇ奴だよなぁ。
あくまでも『神』を人間のように自我を持つ存在として考える限り、どう見ても、『神』とやらは気紛れと些細な動機で人間を処刑する独裁者そのものじゃねえか! ハッハッハッ!
かつてポール・エルデシュっていう数学者は、皮肉と諧謔を込めて『神』の事を『サプリーム・ファシスト』と呼んだらしいな? 略して『SF』。
ヒトラーとかスターリンとか毛沢東とかなんぞ足下にも及ばない、最上位の独裁者って意味だが、実に的を射た表現だ! 素晴らしい!〉」
闇の真球から今放たれているメッセージは、依耶 瑁人とガーデスとの融合体が遺した『遺言』に過ぎない。
融合体の奴は間違い無く滅んでいる。
それは、今も俺と同調しているメルリン――即ちヴァクトゥールの事象干渉能力によって確定しており、疑う余地が無い。
だが俺達は、世界中の核兵器と原子力艦が消滅した直後の、融合体の奴との舌戦を思い起こし、俺達の誰もが、不愉快に思う気持ちが表情に出るのを隠しきれなかった。
「〈……まあ、それはともかくとして、俺様の構成要素となった依耶 瑁人は、ある時、疑問をいだいた。
『この世界が神の箱庭なのだとしたら、箱庭ごとぶっ壊せば、神が現れるだろうか?』と。
依耶 瑁人とガーデスが融合して俺様になった後、その疑問は、俺様がお前たちにプレゼントした疑問へと、若干形を変えたわけだが。
即ち、
『もしもこの世界が自我を持つ何者かの創造物なのだとしたら、この世界をどこまでぶっ壊せばその造物主を目の前に引きずり出せるんだろうなぁ?』と〉」
数秒の沈黙の後、奴の遺言の続きが発せられる。
「〈人間の独裁者ごときが人間を何千万人虐殺しても、造物主とやらは現れない。
人間がどれだけ生物を絶滅させても、造物主とやらは現れない。
ならば、地球ごとぶっ壊したら? 宇宙ごとぶっ壊したら?
もしかしたら、造物主とやらが慌てふためいてノコノコ現れるかもしれねぇな〜?
そう、俺様にとって『世界の破壊』とは、
造物主とやらを目の前に引きずり出すための、
『召喚の儀式』でもあったのさ!!
あーっはっはっはっーっ!!!〉」
「そんなくだらぬ事のために世界を……っ!
叶う事なら、お前を八つ裂きにしてやりたいでござる!!」
ヴァクトゥールの翼の力で巨大化した死神の騎士と一体化したままのゴズモフ先生が、闇の真球を睨んで、叫びと共に憤怒の感情を吐き出した。
「〈もしかしたら、俺を倒した奴らのうち1名でも生き残ってこのメッセージを聞いてるとしたら、俺を無理矢理復活させ、地獄とやらに叩き落としてでも怒りと憎悪をぶつけたいと思うかもしれねぇなぁ。
だがそれが仮に可能だとしても、そんな事したらこの世だろうがあの世だろうが今度こそ滅ぶかもなぁ〜?
怒りとか憎悪とかは俺の大好物だから、俺は前より強大になっちまう。地獄とやらは俺の活力源にしかならない。
よって、圧倒的大多数の者が俺様の復活の阻止を選び、いかなる者であろうとも俺様を裁く事はできない! ……フハハハハッ!!〉」
闇の真球が放つメッセージはただの遺言に過ぎないはずだが、まるでゴズモフ先生の感情を見透かしている様に聞こえた。
その言葉を受けたゴズモフ先生は奥歯を噛み締め、射抜かんばかりの視線で闇の真球を睨んだ。
闇の真球のメッセージはなおも続く。
「〈このメッセージが公開されている以上、『召喚の儀式』が失敗したのは確かだ。
だが、その一連の過程と結果は、地球上の多くの人間どもにとって、どうあがいても周知の事実となる。
俺様が全世界生放送を派手にやっちまったから、全ての人間が黙殺する事など不可能だ。
『ここまでの事をやらかしても、造物主とやらは現れないし何もしない』
それだけは、この世界においてまぎれもない真実だ!
数学の定理に匹敵するレベルの、真実だ! ハーッハッハッハッハァーッ!!〉」
「何が『数学の定理に匹敵するレベルの、真実』よ!
お前が滅んだ以上、生き残った人達は『神が悪魔を滅ぼした』としか思いはしないわ!!」
闇の真球のメッセージに込められた主張を否定しようとして、神狼形態のままのキョウコが吠えた。
「〈……俺様を倒し得る力はヴァクトゥールの力以外に有り得ないが、生憎、ヴァクトゥールの奴はこの宇宙の造物主でもなんでもない。
奴自身も、自分が被造物だという『仮説』を『偽』と結論付けている。
俺様の構成要素となったガーデス同様、ヴァクトゥールの奴もこの宇宙において全く無作為の過程から自然に生じたに過ぎない。
天体と同じ様にな。
嘘だと思うなら、ヴァクトゥールの奴自身に尋ねてみな?
間違っても、『神』そのものとか『神の使い』だとかの陳腐な自称はしないはずだ。
従って、ヴァクトゥールの力が俺様を滅ぼしたのだとしても、それは造物主の存在証明でもなんでもない〉」
まるでキョウコの叫びを予期していたかのように、闇の真球はメッセージを放った。
「〈もちろん、俺様が宇宙すら破壊したとしても、造物主とやらは現れないかもしれない。
元より造物主とやらが存在しないのであれば現れるはずもないし、
たとえ存在したところで、俺様がやりたい放題やっても『造物主は現れなかった』『造物主は何もしなかった』という事だけは、この宇宙におけるまぎれもない真実だ〉」
そこで一旦区切られたメッセージは、数瞬後。再開した。
「〈さて、この期に及んでかくも無慈悲に人間をほったらかしにする『造物主』にすがりたがる人間が、果たして何人残るかねぇ?〉」
それは……かなり望み薄である様な気がする。激減するのは間違い無いだろう。
ヒトラーが自殺した後、ユダヤ教を棄教して無神論者になってしまった『元ユダヤ人』がかなりの数にのぼったと言われる。
(この話は、直接的証拠にはならないにしても、『ホロコースト虚構論』に疑念を呈するには充分である様に思われる)
ユダヤ教を棄教した人間は、少なくとも本来の意味でのユダヤ人ではなくなる。
今回の大事件の後、棄教して無神論者に転向する者の数は『ホロコーストの後にユダヤ人である事をやめてしまった人達』の数の比ではないだろう。
ふと気が付くと、闇の真球は急速に小さくなり始めていた。
「〈俺様は倒された。だが後悔はしない。
俺様は造物主とやらの召喚には失敗した。だがその一連の過程は、数学者のラプラスが言った所の『造物主という仮説』にすがらねば生きられぬような、弱っちい人間どもに絶望を齎すには充分だ。
造物主が元々存在しないにしろ、造物主が極度に無関心であるにしろ、
『造物主とやらは人間どもの祈りに応えはしなかった』という真実は揺るぎようが無い。
そもそも祈りが通じていれば、最初から俺様は世界に顕現しなかったはずだからなっ!! ワハハハハハハハァーーッ!!!〉」
闇の真球は今にも消えそうなほど小さくなっていたが、メッセージを撒き散らす輻射のエネルギー強度は、メッセージが撒き散らされ始めた時と殆ど変わっていなかった。
「〈……さて、そろそろ未来永劫お別れの時間のようだ。
この様な結果も、全くもって俺様の想定内。
結局どう転んでも、造物主とやらにすがるアホどもにとっては『どうあがいても絶望』ってやつだ!
生き残ってこのメッセージを聞く者がいるとしたら、果たしてそいつらは俺様が撒き散らした絶望の種の後始末を完遂できるかな?
せいぜい、頑張れや。
……フフフフフッ!
ワハハハハッ!!
アーッハッハッハッハッハァーッ!!!〉」
誰もが苛立ちを禁じ得ない大哄笑を最後としてメッセージは終わり、それと同時に、闇の真球は完全に消滅した。
俺達は少しのあいだ無言のままだったが、やがてマリさんが、ついさっきまで闇の真球が在った虚空を憂いの感情を滲ませて見つめながらも、我が身を奮い立たせるようにしてつぶやいた。
「私達人間は……あいつの思い通りになんかにはならない!」
※あとがき:
――この物語もたぶんあと3話で完結すると思いますが、ブックマーク登録や評価ポイント投入を頂ければ幸いです。




