神滅剣 ~ God Slayer ~
※まえがき:
『なろう』の章管理では章名にルビをふれない仕様っぽいので、
不本意ながら、最終章の章名にかな表記を併記しました。
気が付くと、俺は奴に剣を突き立てていた。
俺の姿は、大きく変貌していた。
俺の全身は光輝く白金色の外装に覆われていた。
その外装は鱗とも羽毛ともつかぬ質感を持ち、輪郭は虹色に彩られている。
俺は真っ直ぐ前を向いていたが、奇妙な事に、まるで全身に眼が有るかのように、あらゆる方向の鮮明な光景を一度に視る事ができた。
それらの光景が統合される事で、俺は今の自分の全身像を把握する事ができた。
白金色に光輝く鎧武者。鎧の全体的な意匠は隼の様でも竜の様でもあった。
俺の真後ろには、方舟の上に立って防御障壁を張り続けている蒼穹の天使がいた。
俺の後ろ斜め上には、大鎌を構える死神の騎士がいた。
俺の後ろ斜め右には、次なる攻撃のタイミングを見極めようとする蒼い神狼がいた。
俺の後ろ斜め左には、百本以上の半透明な茨をたゆたわせるかのように広げた黒い鬼神がいた。
そして――俺の目の前に奴がいた。
俺が持つ剣は、白熱して白金色に輝き、確かに奴の胸に突き立っていた。
しかし奴は、俺の剣を両手で挟み込み、まさしく『真剣白刃取り』の要領で、剣が深く食い込むのを防いでいた。
白熱する俺の剣を挟み込む奴の両手と、剣が少しばかり食い込んだ部分は、僅かずつ蒸発し、剣が放つ白光の光圧に押され、黒い蒸気となって拡散していた。
「ちっ、浅いかっ?!」
思わず叫ぶ俺の頭の中で、メルリンの声が響いた。
〈いいえ、そうでもないです〉
その途端、俺の剣が触れている部分から、奴の体が急速に硬化し、石のような質感へと変質し始めた。
その『石化』とでも言うべき変質は瞬く間に奴の全身を覆い尽くすかのように見えたが、奴の頭部にまでは及ばす、やがて止まった。
「〈……へぇ。やってくれたじゃないか〉」
奴は――依耶 瑁人とガーデスとの融合体は――それでもなお不敵に笑っていた。
「〈ひょっとしたらこういう手を打ってくるんじゃねぇかなぁ、とは思ってたよ。
だが、失敗の確率が半分以上有るこんな手を、まさか本当に打って来るとは思わなかった。
……確実な手を好むお前さんにしちゃぁ、ずいぶん大胆な博打だな? ヴァクトゥール〉」
奴の表情はむしろ愉しげですらあった。
「〈裏を返せば、不確定性の大きい手であっても打たざるを得ないほど、追い詰められているというわけだ〉」
〈……それは、お前とて同じ事です〉
「〈ハハハッ! 違い無ぇ〉」
奴は愉快そうに笑う。腹立たしくなるほど嫌味も屈託も無い笑いだった。
「〈イキがっているバカを圧倒的な暴力で蹂躙するのも、絶大な戦力を必要最小限の力で封殺して相手を虚仮にするのも、俺は大好きだ。
だが……〉」
奴はそこで一旦言葉を切ったかと思うと、石化した部分を内側からいきなり爆散させた。
――石化したのは頭部以外で尚且つ表面に近い部分だけだったようだ。
石化しなかった部分は急速に変形し、馬と思しき朧げな姿となる。
奴が初めて巨大化する過程の中にも現れた、悪夢の黒馬だ。
奴は更に変形し、(通常の時間流速の空間から見て)数秒後、初めてこの世界に顕現した時と同じ姿になった。
但し、大きさは顕現直後とは全く違う。奴は今の俺とほぼ同じ大きさだった。身長約6km半。
オリハルコンの様な光沢の角と日緋色金の様な光沢の髪、赤い輝線の紋様が刻まれた漆黒の地肌と装甲と長大な尾、漆黒の巨大な翼、そして赫灼たる三つの赤眼。
変形終了直後、奴は一旦切った言葉の続きを吐き出した。
「〈『神』すら滅ぼせる力を持つ者同士、一対一の真っ向勝負! 勝負の行方は誰にも分からぬ五分と五分! これこそ戦いの醍醐味だろぉっ!?〉」
満面の、狂喜の笑み。
「〈お前らが俺の中の一部のミーム群に『反乱』を引き起こしやがったおかげで、邪魔になった部分を切り離さざるを得なくなった。
これで、勝率はお互いに掛け値無しの五分五分だ……〉」
そう言って、奴は掌を上に向けて左腕を上げた。
掌の上に、深紅の稲妻を紋様の様に纏わせた闇の真球が現れる。直径はおおよそ500mといったところか。
その闇の真球の中から、奴は一振りの剣を引きずり出す。その剣は闇を結晶化させて造ったかのように見え、刀身が絶妙な曲率で湾曲している。刃渡り約3km。
闇の剣が完全に引きずり出されると、奴は闇の真球を消し、闇の剣を両手で構えた。
「〈世界の命運を賭けた、剣と剣のぶつかり合い! 良いねぇ!!〉」
俺は無言で剣を構え直す。
「〈いざ尋常に……勝負っ!!〉」
奴の掛け声と共に、一瞬の間に膨大な数の刺突と斬撃が襲いかかって来た。
その数、数億か数兆か。
時間加速能力も相俟って、当事者以外のいかなる存在も割って入ること能わぬ『剣の絶対領域』を生みだしていた。
その領域の中、数億はおろか数兆を超える全ての攻撃を、俺は悉く剣でさばき、受け流していた。
その剣さばきは確かに俺の両腕から繰り出されていたが、俺の意識の一部はその光景を信じ難いという感覚と共に認識していた。
〈俺……奴の攻撃を凌ぎ切っている……信じられねぇ……〉
〈そりゃ、私が技能を増強してますから。
僅かなりとも下地が有った分、全くゼロの状態に対して技能を付与するよりは、ずっと楽でした〉
俺の思考にメルリンの思考が応える。この思考の応答は、外界から見ると1フェムト秒(10のマイナス15乗)未満の間に完了していた。
〈これでもまだ、彼我ともに準備運動の延長みたいなものです。
彼我ともに全力に近付くにつれ、こうやって思考の超高速応答をする余裕すら無くなってくるので、特に注意すべき三つの点を、今のうちに伝えておきます〉
これでまだ全力じゃないのか!? 超高速の世界の中ですら一瞬の驚きの後、メルリンは注意点を伝え始めた。
〈特に注意すべき点は三つです。まず一つ目。こちらであれあちらであれ、先に一撃当てれば、戦いはそれで終わります〉
〈一撃で、か。そりゃあ、「達人同士の戦いは一瞬の明暗で決する」といった類の言葉はよく言われるが……当てたら、一体何が起こるんだ?〉
〈たった一つの事象が不可逆的に確定し、いかなる手段を以ってしても改変不可能となります。
……こちらかあちらか、どちらか一方の、復活すら能わぬ『滅び』という事象が〉
〈……分かりにくい。端折った箇所を必要最小限だけ補って、順を追って、頼む〉
〈ああ、失礼。では、その様にして話します。
……私の中で全ての事象は『拡張複素無限次元空間』の中のベクトルの集合として認識されます。
その空間の中で、単一のベクトルは単一の事象に一対一対応します。
あらゆる事象を認識できる事はもちろん、認識の過程を逆に辿ってその事象に干渉する事も可能です〉
〈『拡張複素無限次元空間』?〉
〈量子力学で事象の記述に使われる『複素無限次元空間』を、量子重力をも扱えるように拡張した概念です。
ここで言う『複素無限次元空間』の事を、あなた方地球人は『ヒルベルト空間』と呼んでいます。
ですから、『拡張複素無限次元空間』と言うのは『拡張ヒルベルト空間』と言うのと同義です〉
ヒルベルト空間の事なら、大学時代の物理学の講義でさんざん苦労して学習したので、どうにか理解できる。
『拡張ヒルベルト空間』の事も、メルリンと同調している間は理解できていた。
……が、ずっと後になって回想録を書こうとした時、その時点で地球人が知る数学体系が拡張ヒルベルト空間を記述するのにいささか力不足である事に気付き、頭を抱える破目になった。
回想録の初稿を書き終わった直後の時点でも、拡張ヒルベルト空間について誤解の余地無く正確に伝える数学的記述を、俺は見出していなかった。
〈とにかく、私は任意の事象1つを拡張ヒルベルト空間内の1本のベクトルとして認識し、認識の過程を逆に辿る事でその事象に干渉できます。
私から見て現在の事象にとどまらず、過去や未来の事象に干渉する事も可能です。
仮に、物理法則の異なる世界の存在が我々の宇宙の事象に干渉してきたとしても、私との因果関係の強さに応じて、逆干渉可能です〉
メルリンの言葉を聞いて、もうたいていの事では驚かないと思っていた俺は、改めて驚嘆した。
俺がかつて「君は人間を遥かに超える力を持つが、決して全知全能の存在ではないし、無謬でもないという事だな」と問いかけた時、彼は確かに「はい」と答えた。
だがついさっきの彼の言葉は、俺にとって「控えめな全知全能の告白」に思えた。
〈……メルリン、君、ほんとうに全知全能ではないんだよな?〉
〈……さあ、どうでしょう。仮にそうだとしても、少なくとも私自身はそれを証明できません。
無矛盾なシステムがそれ自身の無矛盾性を証明できないのと同じ様に〉
珍しく、メルリンがはぐらかすような答えを返した。
メルリンの答えの後半部分は『ゲーデルの不完全性定理』のうち『第二不完全性定理』に該当する。
因みに、乱暴に要約すると、
第一不完全性定理は『自然数論を扱えるいかなる無矛盾な形式的システムにとっても、そのシステムの枠内では真偽を決定不能な命題が少なくとも1つ必ず存在する』、
第二不完全性定理は『第一不完全性定理で言うところの形式的システムは、無矛盾である限り、自身の枠内のみで無矛盾性を証明できない』、
という内容である。
俺は、ゲーデルの不完全性定理を「数学者が永遠に退屈しない事を保証する定理」と解釈している。
それはさておき、俺とメルリンは、敵との激しい剣戟の最中に在っても、思考の超高速応答によって複雑かつ高度な思考伝達を可能としていた。
これは、彼との『同調』によって齎される効果の一つであった。
〈そう言えば、マリさんが君の極々一部を材料にしたペンダントを俺に渡した件について、
君は「予知した未来に対して行動を変えた後、別の未来が見え、それに対して更に行動を変える……それを何回か繰り返しましたね」と言ってたな。
……それも、『事象への干渉』の結果か?〉
〈はい〉
〈そんな事ができるのなら、何も怖くないんじゃないか?〉
〈そうでもありませんよ。事象への干渉という行為には、危険を伴いますから。
例えるなら、膨大な数の因果関係の糸で途方も無く複雑に編まれた網を、編み直すという事です。
仮に事象干渉能力の持ち主がこの宇宙で私だけの場合でも、因果関係の糸の中には私自身も含まれますから、下手に編み直すと、自滅しかねません。
別の例えで言うなれば、自分自身を手術するかの様な難しさが有る、とでも言えましょうか。
同等の事象干渉能力を持つ他者が存在する場合なら、尚更危険です。〉
〈そんな危険な事を、奴とやりあっていたのか〉
〈はい。……実を言うと、今まさに繰り広げている剣戟でも、一太刀ごとに互いに事象干渉能力を駆使しています。
全事象を含む確率空間は拡張ヒルベルト空間内の全ベクトルの集合と同一視できます。
こちらとあちらが一太刀ごとに削るのは、容易に観測できる物理的な事物だけではありません。
確率空間の中から『相手が存続する確率』を削り去っているのです。
言うなれば、この剣戟は『事象の削り合い』であり、『可能性の削り合い』なのです〉
〈そして、どちらかが先に一太刀当てた時、もう片方が存続する確率はゼロとなり、『滅び』の運命は覆せなくなる、と〉
〈はい〉
事象を削り合う剣戟の最中はメルリンと同調していたので恐怖心をあまり感じなかったが、ずっと後で回想録を書こうとしてこのくだりを思い返すたびに、俺はゾッとする感覚に襲われて身震いした。
〈……ここまでが、特に注意すべき三つの点のうち一つ目です〉
〈二つ目は?〉
〈奴を倒すのに手こずれば手こずるほど、あなたが元に戻れる確率がゼロに近付きます。
……この後、剣戟が激しくにつれ、思考の超高速応答をする余裕すらなくなります。
余裕がなくなるにつれ、『同調』を通り越して『同化』と呼ぶべき状態に近付かざるを得なくなります〉
〈依耶とガーデスが融合したのと、同じ状態にか?〉
〈はい。同調を始める直前にも大体同じ内容を伝えましたが、大事なことなので二度言いました〉
〈それは……仕方が無いな。俺の選択の結果だ。そうなったとしても、受け入れざるを得ない〉
彼との同調のせいも有るだろうが、普段からは想像もできないほど、俺は淡々と冷静に答えた。
〈そして最後の一つ。基本的に防戦に徹しつつ、最善の機会を見極めて、あなたの全身全霊を賭けた一撃を奴に叩き込んでください〉
〈それはまた……えらいざっくりした注意点だな〉
〈『考えるな、感じろ』って事です〉
とある映画俳優にして武術家のセリフを引用したメルリンが、いたずらめいた微笑を浮かべたような気がした。
〈……分かった〉
今は、彼の言葉を信じよう。
そこからは、無言で戦った。
剣戟が激しくなるにつれ、俺の意識が薄れていくと同時に限り無く明晰になっていくような、奇妙な状態を自覚した。
正直、このくだりについては俺がどうがんばっても充分に言語化できない。
人智を超えた領域を既存の人間の言語で完全に記述しようとする試みは、『大海を湖に沈めようとする試み』のようなものだ。
その時、俺の意識は「防戦に徹しつつ、最善の機会を見極め、全身全霊を賭けた一撃を奴に叩き込む」というただ一つの事だけで占められていた。
俺の意識が完全に消滅しようとしていたその一瞬、俺は文字通り全身全霊の一撃を繰り出した。
薄れていった意識が再び萃まったその時。
俺は奴の剣を弾き飛ばし、奴の喉に剣を深々と突き立てていた。
※あとがき:
今回の話は『ガン×ソード』のオープニングBGMと『スーパーロボット大戦T』に使用されたBGMを聴きながら執筆しました。
――この物語も最終章に入りましたが、ブックマーク登録や評価ポイント投入を頂ければ幸いです。




