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核滅

※まえがき:

 正直なところ、今回の話で描く状況のように、

『核兵器が何の役にも立たない』

『それどころか、核兵器を持つ事が直ちに自滅につながる』

という状況にならなければ、

人類が核兵器を捨てる事は永遠に有り得ないのではないかと、

私は考えます。

 その時、最初に月の異変を捉えたのは、日本のJAXA (宇宙航空研究開発機構) の月周回探査機『かぐや4号』だった。

 かぐや4号の宇宙探査用高精細度カメラは、白く光る巨大な物体がコペルニクス・クレーターの中央から土砂を巻き上げて浮上する様子を、鮮明に捉えていた。


 遠目には尾羽が長い白金色の隼のように見えたが、直径93kmのコペルニクス・クレーターとの比較により、それが全長10kmを超える巨大物体である事は明らかであった。

(ずっと後になって行われた画像分析により、全長13km・翼開長16kmにも及ぶ事が判明した)


 ――その時カメラに捉えられた巨大物体こそが、メルリンの本体である『ヴァクトゥール』であったわけだが、その映像を俺が見る事ができたのは、だいぶ後になってからである。

 なぜなら、俺はその時メルリンの手によって味方と一緒にヴァクトゥールの体内に避難していたからだ。


 地球上にも、かぐや4号が捉えた映像を時差2秒未満で見る事ができた人間はいなかったはずだ。

 なぜなら、依耶(よりや) 瑁人(まいと)とガーデスの融合体が更に成長するための『滋養』として、(わず)か数分で地球上のおよそ半分の人間が文字通り身も心も喰い尽され、人類社会の至る所が未曾有の大混乱に陥っていたからだ。

 かぐや4号を運用していたJAXAでも、約3割の人間が見る見る内に消え去り、到底、本来の業務を遂行できる状態では無かった。


 ともかく、地球上の人間が大混乱の真っ只中にあっても、かぐや4号はヴァクトゥールの姿を可能な限りカメラに収め続けた。

 ヴァクトゥールが浮上を始めて数十秒後、ヴァクトゥールの姿が蜃気楼(しんきろう)のようにゆらめき始め、それからさらに数秒後、コペルニクス・クレーターの真上から忽然と消え失せた。


 次にヴァクトゥールが現れたのは、伊豆大島の南東約40kmの海域、高度約20km。

コペルニクス・クレーターの真上から消え失せて数秒後の事だった。

 この時点でもヴァクトゥールの姿を見た人間はまだ少なかったが、軍民問わず、各国の各種レーダーや偵察衛星はヴァクトゥールの姿を捉えていた。

 そして――依耶とガーデスの融合体の姿も。


 その時、融合体は伊豆大島の南南東約20kmの海域に(たたず)んでいた。

 融合体の姿形は、ヴァクトゥールが月から地球に空間転移(テレポーテーション)する直前と比べて変わっていないが、大きさは段違いに変わっていた。

 角と尻尾を含めた全長は10kmを優に超える。頭頂高約6km・翼開長約9km。

 水深が100mほどの海域であるため、四つの脚はせいぜい爪が隠れる程度にしか水に浸かっていない。


 俺達が中に避難しているヴァクトゥールの方を見て、奴は唐突に哄笑した。


「〈ハァーッハッハッハーーッ!!

 お久しぶり、かな? それとも、初めまして?〉」


 ご丁寧にも奴はそのメッセージを、哄笑の部分も含めて、盛大に周囲にばら撒いた。

 俺がメルリンから付与された超感覚でなければ捉えられないような伝播手段のみならず、地球人が通信に使っているあらゆる周波数帯の電波でばら撒いた。音波は言うに及ばず。

 電波の場合、周波数帯を少しずつずらして、複数の主要言語で同時に同じメッセージをばら撒いていた。

 音波の場合は依耶の母国語である日本語だけだったが、音量がバカでかかった。奴の口の間近で奴の声を聞いている人間がいたとしたら、即座に鼓膜が弾け飛んでいたであろう。


〈……どちらでも良いですよ。どの道、今日がお前の最期です〉


 静かな怒りを込めて奴に向けられたメルリンの声が、俺の頭の中にも響く。


「〈へぇ~? まさか「今度も勝てる」って、思っちゃってるわけ!?〉」


 奴はまた哄笑する。


〈……お前こそ、私の力を過小評価してませんか?〉


 メルリンの言葉に、奴はくつくつ笑いながら言葉を返した。


「〈確かに、純粋な力比べならまだお前の方に分が有るかもなぁ〉」


 そう言って奴は身構え、そして言葉を続けた。


「〈だけど、こーゆー事されたら、どうかなぁっ!?〉」


〈……くっ!〉


 メルリンが奴の意図を察したのか、短く声を上げる。

 それと共に周囲から振動を一瞬感じた。何らかの力を使ったのだろうか。


 一方奴は、ただ単に、走った。東に向かって、爆走した。

 さっきと同じく、音波・電波・その他の伝播手段で、哄笑を撒き散らしながら。


「〈ハハハハハハハハハーーッ!!!〉」


 『()()()()』。ただし、超音速で。

 奴のあまりに巨大な肉体は、ただそれだけで地震と津波を巻き起こした。


「近くの島が!!」


 月を離れる前から引き続いて外界の様子を映し出している光る平面の1つを見て、マリさんが叫ぶ。

 だが、突如として現れた半透明の光る障壁が、島を津波から守った。


〈……私の13枚の翼のうち2枚を分離して、防御結界を張る分身達を新たに作りました。

 地球の中心核に巣食っていた奴の旧い本体を滅ぼす時に動員した分身達も、全て呼び戻しています。

 しかしそれでも、さっきの津波の被害を全て防ぐ事は不可能でした……〉


 光る平面の1つは、たまたま奴の進行方向に在った軍艦の群れを、奴自身と奴の起こした津波が一瞬にして蹂躙(じゅうりん)する様子を映し出していた。


「あれは……アメリカ海軍第7艦隊……」


 蹂躙された軍艦の群れがどこに所属していたかを認識して、グレイは愕然とした。


「〈アーッハッハッハーーッ!!

 脆い! 脆いぞ!! アメ公どもぉ!!〉」


 奴は愉快でたまらないと言いたげに、哄笑を撒き散らした。

 ひとしきり笑った後、奴はおもむろに左手を伸ばし、掌から無造作に何らかのエネルギーを放った。

――俺達がヴァクトゥールの中に避難する直前に、奴が俺達を攻撃するのに使ったのと同じ『闇の奔流』だ。


 闇の奔流は約50km先に着弾し、半径数百mに渡って、海を爆ぜさせた。――あれでも、奴は推定最大出力の100万分の1も出してはいないだろう。


「〈ぅおらぁっ! 出て来いっ! その近くにいるんだろぁっ!?〉」


 奴は左手を人差し指だけ伸ばした形にし、今度は人差し指の先から小刻みに闇の奔流を何十発も放った。1発ごとが、対艦ミサイルや魚雷の1発を上回る威力を持っていた。

 小刻みな闇の奔流――闇の砲弾の雨がまばらに降り注いでいる海域には、アメリカ軍の戦略原潜と護衛の攻撃型原潜が潜んでいた。

 例によって光る平面のうち1つが映し出した情報により、俺達は原潜の群れがその海域にいる事を知った。


「〈どぉしたぁっ!? 撃ってこいよ!!

 お前ら、戦友が()られても反撃しない玉無(No Balls)し野郎どもかぁっ!??〉」


 奴はその巨大な口から英語で挑発の言葉を吐いた。

 奴は翼の一部を即席の音響装置に変形させ、一応そこからも水中に充分な音が伝わる様にしてはいたが、そんな物が無くても、原潜のソナー係には巨大な口からの音波が充分聴こえた事だろう。


 さて、原潜の群れに奴の挑発の言葉が届いた後、原潜の艦長が反撃を命令するとしたら、この状況でどんな兵器を使うだろう?

 敵は全長10kmを超える化け物。通常兵器が通用しない事ぐらいはすぐに分かるはずだ。

 と、なると……。


〈……くっ、間に合いますか!?〉


 光る平面に映る景色が、急速に流れ始めた。どうやらヴァクトゥールは、衝撃波による損害が地表や海上に出ないよう、高度を上げつつ奴を追い始めたらしい。

 かなりの加速度であったはずだが、重力制御で相殺しているのか、加速に伴う慣性力をほとんど感じなかった。


 しかし、ヴァクトゥールが奴に充分接近する前に、原潜の群れから百発以上の巡航ミサイルが発射された。

 ――2010年代半ばから後半にかけて、アメリカ海軍は巡航ミサイル『トマホーク』の全てを非核弾頭化していた時期が有った。

 しかし、ロシアと中共の核軍拡に伴い、後継のトマホーク2からは再び核弾頭を搭載可能にした。

 おそらく、あの百発以上の巡航ミサイルの弾頭は全て核弾頭だろう。

 それらは全て、奴の頭部に殺到した。大した誘導能力である。着火のタイミングも、極力合わせてあるに違いない。


 百発以上の巡航ミサイルが全弾着弾する直前、何を思ったか、奴は翼を変形させ、自分の頭をミサイルの群れごと包み込んだ。

 その次の瞬間、翼の隙間から強烈な閃光が漏れた。

 ――だが、それだけだった。予期されたキノコ雲は発生しなかった。

 奴は翼を元に戻す。奴の翼も、奴の頭も、全くの無傷であった。


「〈ハァーッハッハッハーーッ!!

 なんてちっぽけなエネルギーだ! 腹の足しにもなりゃしねぇーーっ!!〉」


 響き渡る、奴の哄笑。


「まさか……通常弾頭?」


〈とんでもない! 全て核弾頭ですよ! 1発当たり約50キロトン。

 そのほとんどが同時に着火しましたから、約5メガトン相当の核爆発です。

 奴が吸収しそこなったごく一部のエネルギーが、さっきの閃光として漏れ出ただけです〉


「君も奴も核兵器が効かないとは聞いていたが……実演されるとこんなにも身の毛のよだつ気分になるとはな……」


 俺は呻いた。


「〈……さぁ~て、アメ公ども。使っちまったなぁ、核兵器。

 先に核兵器を使ったからには、

 「それ以上の兵器で反撃されても、文句は言いません」

 って事だなぁ!??〉」


 奴はそう言って爆笑する。――ムチャクチャな言い分だ。

 核兵器以外になす術が無い状態に追い込んだのは、奴の方だろうに。

 奴の爆笑が止むと、今度は一転して地獄の底から響くかのような声で、奴は言葉を放った。


「〈核兵器とかいうオモチャをチラつかせてイキがってるゴミクズども全てに……罰を与えてやろう〉」


 その言葉も、音波・電波・その他奴が利用できる全ての伝播手段で、地球全土に撒き散らされた。

 そして、奴は全ての翼を全開にする。

 いつの間にか、奴の翼の全てに、無数の青白い宝珠のようなものが散りばめられていた。

 この宝珠のようなものも、奴の翼を構成するナノマシン超集合体(スーパークラスター)が配列を変えた結果生じたものであった。


〈……! まずい!!〉


 メルリンのその言葉と共に、ヴァクトゥールが静止する。そして、俺達に画像情報を伝える光る平面に、ヴァクトゥールの現在の体勢が映し出された。

 ヴァクトゥールは、さらに2枚の翼を分離して分身を放ち、残り9枚の翼で全身を包むような防御体勢を取っていた。それだけでなく、翼が防御結界を発生させる様子も情報として表示された。


 ヴァクトゥールが防御体勢に移行した次の瞬間、海からそそり立つあいつの翼に散りばめられた無数の青白い宝珠が一斉に輝き始めた。――チェレンコフ光を連想させる様な、青白い輝き。

 俺は不覚にもその無数の輝きに『美』を感じてしまったが、それ以上に、言い様の無い不吉さを感じた。

 そして、俺達の周囲に浮かぶ光る平面のうち一つは、無数の青白い宝珠から肉眼では見えない超高エネルギーニュートリノビームが発射されている様子を、映し出していた。

 超高エネルギーニュートリノビームのうち10%は、ヴァクトゥールに向けられていた。


〈まずいですね……私の本体や分身は、防御体勢を取っている限り超高エネルギーニュートリノビームを完全に遮断できますが、これではこちらも下手に動けません……〉


 もしもヴァクトゥールが超高エネルギーニュートリノビームを完全に遮断してくれなければ、ヴァクトゥール自身は無事でも、中に避難しているただの人間は俺も含めて、ニュートリノビームがもたらすハドロンシャワーで即死していたはずである。

 もしかしたらアジュールの防御障壁でも防げるかも知れないが、防御障壁を長時間維持できるかどうかは、未知数である。


「〈……ふん。ヴァクトゥールめ。てめえにゃやっぱり効かねえか。

 だが、てめえの周囲はどうなるかなぁ?〉」


 奴はその顔に禍々しい邪笑を浮かべ、言い放つ。

 それから数秒後、奴に核攻撃を仕掛けた原潜の群れが潜んでいる海域が、爆ぜた。

 ほぼ同時に、奴の暴走とそれによる津波で壊滅した第7艦隊が、爆ぜた。

 ――奴が照射した超高エネルギーニュートリノビームで、艦船に搭載されていた核弾頭が不完全核爆発を起こし、原子炉を搭載していた艦艇が炉心溶融(メルトダウン)を起こしたのだ。


 不完全核爆発とは言え、その威力は完全な核爆発の約3%にもなる。

 50キロトン級の核弾頭が不完全核爆発を起こせば、その威力はTNT火薬換算で1500トン分に相当し、広島型原爆の10分の1にもなる。

 増してや、原潜や空母などの核弾頭残弾数は1発や2発ではなかったはずだ。

 ……あれでは生存者がいるはずも無い。


 そして、俺達の周囲の光る平面のうち数枚が、全世界の被害を告げていた。


 世界中の残存核弾頭全てが不完全核爆発を起こして消滅していた。

 それだけではなく、原子炉を搭載していた艦艇も(ことごと)炉心溶融(メルトダウン)を起こしていた。

 人間としての依耶がまだ存在していた頃に滅ぼされた核保有国が有ったが、残りの核保有国の核戦力も、完全に壊滅した。

 アメリカ・ロシア・中共・イギリス・フランス・インド・イスラエル……いずれの核保有国も、再起不能なほどの損害(ダメージ)を被ったはずだ。


 世界中に、奴の哄笑が響き渡った。


「〈アーッハッハッハーーッ!!

 ひとつ歌でも歌いたくなるような清々しい気分だーーっ!!〉」


 それから十秒ほど笑い続けた後、奴は本当に歌い始めた。

 歌った歌は、よりにもよって、ヘンデル作曲の聖譚曲(オラトリオ)『メサイア』第2部最終曲の部分、通称「ハレルヤコーラス」だ。

 ご丁寧にも、曲自体と、収奪した数十億人分のミームと遺伝子から抽出・再構築したと思われる、誰かのバックコーラスまで付けての、全世界生放送であった。


 奴の歌の技量自体は大したものだった。しかし、とてつもなく不快な歌であった。

 そもそも「ハレルヤ」とはヘブライ語で「唯一神を(たた)えよ」という意味であるが、断じて、あの歌は人類史上最悪の大量虐殺をやってのけた奴が歌って良い歌ではない。

 俺はもちろんの事、俺の周囲の味方全員、不快感と(いきどお)りが表情に表れていた。

※あとがき:

 本作中で最悪の大量虐殺者は作中であの歌を歌いましたが、

私は『シン・ゴジラ』の劇中歌“Who will know”を聴きながら

今回の話を執筆しました。

――そもそも、今回の話における『過剰なまでの破壊と殺戮』は、

『シン・ゴジラ』から多くのインスピレーションを受けています。

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