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我が仕事

 本日の予定場所に向かう為、途中で列車からタクシーに乗り換えた。


 このタクシーは、最近増えつつあるAI運転車であった。


 人間が運転しているタクシーが都心に存在しなくなったわけではないが、大半がAIタクシーに置き換わっている。他の県や北海道ならともかく、東京・京都・大阪の1都2府でタクシーがほとんどAI化するのは時間の問題だろう。


 タクシーだけではない。物流用の車両でもAI運転車が増えている。高速道路などの自動車専用道路ではAI運転車を運用し易いため、自動車専用道路を走る長距離トラックの大半は、既にAI運転車に置き換わっている。

 鉄道でも、大半がAI列車に置き換わっている(一応、人間の係員がAIのお目付け役として乗ってはいるが)。


 2020年の東京五輪の頃はまだ限定的な局面での運用にとどまったAI運転車だが、2025年の大阪・関西万博の前後から、急速に運用局面が拡大している。


 10分ほどして、タクシーは目的地に着いた。俺は、自分のスマホにインストールしてあるペルソナに指示して、会社から業務用として支給されている暗号通貨ウォレットの中から、代金を支払った。


 今回の案件の依頼主は、とある小さい電気工事業者であり、常連客の部類に入る。

 総勢10名余りのここの社員は、社長を始めとして、俺の事を概ね気に入ってくれている様だ。

 もうすぐ古希を迎えようかという社長が俺の事を評して曰く「(わし)らの様にハイテクに(うと)い人間にも、滝本君は親切で丁寧なサービスをしてくれる」との事である。


 ――ここで、なぜ俺が今日の仕事を憂鬱に思うのか、疑問を感じた読者がいらっしゃるかも知れない。「顧客に気に入られているのなら、それは良い事だろうに」と。


 確かに、顧客に気に入られている事自体は、決して悪い気はしない。


 しかしながら、俺が憂鬱にならざるを得ない理由が、3つ有る。


 1つ目の理由は、この電気工事業者さんが、常連客ではあっても、「純粋に利鞘(りざや)という観点だけから見た場合の上客」とは必ずしも言い難い事。


 色々なAIサービスが普及している現代とは言え、うちの会社で扱っているのと同等水準のAIサービスとなると、それなりに値が張る。

 年商10億円未満の企業なら、3年~5年のリース契約を結んで購入する場合が殆どであり、直接購入する例はまず無い。


 多くの建設関連業で、新品価格が百万円前後~数千万円以上である各種建設機械をリース契約で購入している事例を考えると、弊社のAIサービスの価格帯がどれ位の範囲に在るか、大体想像できると思う。


 それなりに値が張るAIサービスを購入できる予算は有るのだから、この小さい電気工事業者さんの業績は標準と比べていくらかマシな部類だ。

 しかし事業規模を考えると、弊社のAIサービスは廉価プランと言えども安い買い物ではない。


 建前で「高度なAIサービスを安価で提供!」と言う弊社の上役の本音が「この利鞘じゃあまり手厚くアフターサポートしたくない」というものであるのに対し、買い手であるこの業者さんは「高い買い物をしたんだから、手厚いアフターサポートが欲しい!」と訴える。

 自社と顧客の間にサポート要員として立っている俺が、板挟みに遭っている構図だ。


 一般に、AIサービスを含むIT系の商材というものは、買い手がITに対して疎ければ疎いほど、手厚いアフターサポートを要求される傾向が有る。


 実を言うと、この電気工事業者さんとのリース契約は、成約において俺が直接関わったわけではない。

うちの会社の営業部隊が獲得したものだ。


 AIが目覚ましい速度で発達しつつある現代においても、人間の営業職の役割は思いのほか減ってはいない。

 見込み客がITに疎ければ疎いほど、「人間との話の方が安心する」という理由で、人間の営業要員の出番となる。


 うちの会社でも新入社員は研修期間中に他部署の職務体験を経るので、当然、その時に営業職を体験する。

 だから俺は、営業職は営業職で大変である事を(わず)かなりとも理解しているし、営業職が顧客確保に努めなければ会社が存続していけないという事も理解している。


 だが、うちの営業要員の一部には、「AIの実態に疎い連中を言いくるめ、できるだけ高く売りつけてナンボ」と豪語する奴がいる。

 提案している商材の特性と顧客の要望との乖離(かいり)に気付かない、あるいは恣意(しい)的に無視する奴もいる。

 そういう腹立たしい点が有る奴らの、『成約件数』という見えやすい部分の評価が良い事も珍しく無いから、タチが悪い。


 そして、いざ、商材の特性と顧客の要望との乖離が発覚すると、サポート要員に厄介事が丸投げされるのである。


 情報処理システムの導入を検討する見込み客に対し、成約件数を稼ぎたいあまり見込み客に過大な期待をいだかせる営業職。

 その営業職の尻拭いの為、情報処理システムを構築するエンジニア、あるいはサポート要員が、デスマーチを強いられる。

 ――この構図はIT業界において未だに根強く残っており、IT業界の一分野であるAIサービス業においても、当然、同様の構図がしばしば見られる。


 かくて、アフターサポートに掛ける時間と経費をできるだけ削減したい上役と、手厚いアフターサポートを求める顧客との、板挟みに俺が遭う。


 ITに疎い顧客への対応は面倒な事になり易いので、サポート担当部署の中ですら、面倒な案件の押し付け合いが発生する事がままある。


 うちの社員の中で、面倒な案件を他人に押し付けたがる者は例外無く、「何らかの非IT系専門技能は持っているけど、ITには疎い人達」を馬鹿にしている。

 「遠からず、AIによってお払い箱になる程度の技能しか持たない連中」と、内心で馬鹿にしているのだ。


 しかし、俺は馬鹿にする気には到底なれない。

「何らかの非IT系専門技能は持っているけど、ITには疎い人達」が社会の色々な分野で仕事をしてくれるからこそ、社会が成り立っているのだから。


 もしも今の社会が崩壊して、インターネットはおろかスマホもパソコンも使えなくなり、百年以上に亘って復旧の見込が無いとしたら、IT従事者の居場所は殆ど消滅する。

 ――そんな考えが、明言せずとも俺の普段の言動に(にじ)み出ているせいだろうか、俺は何かと面倒な案件を押し付けられ易く、なかなか断れない。


 俺が憂鬱になる1つ目の理由を深く掘り下げると、こういう事情が背景に在る。


 俺が憂鬱になる2つ目の理由は、各種法令に違反しないギリギリの調整を強いられる事。


 いま俺が応対している電気工事屋さんには、事務処理用AIシステムのリース契約を結んで頂いている。


 この事務処理用AIシステムは、ペルソナが人間の大まかな指示に沿う事により、次に挙げる機能を顧客に提供する。

 見積を自動作成する機能や、労務管理や経理に関する多くの事柄を自動処理する機能の他、人間の代わりに電話応対する機能と安全書類作成支援機能など。


 いずれの機能においても「各種法令に違反しない様な調整」を要するが、特に、見積自動作成・労務管理・安全書類作成支援の機能において、弊社のサーバーセンターと連動して事務処理を遂行するペルソナを調整するには、ギリギリの対応を強いられる。


 例えば、下請け業者が元請け業者から指定された現場に入るには必ず「安全書類」を元請け業者に提出しなければならないが、その安全書類を下請け業者の都合良い様にペルソナが改竄する事を、下請け業者が暗に求める事例が後を絶たない。


 安全書類には、作業員の健康状態や使用する工事車両の車検実施状況・保険加入状況など、万が一事故が起こった際に適切に対応したり、責任の所在を明確にしたりする為の、重要な情報が含まれている。


 従って、安全書類の改竄は文書偽造の罪に問われる紛れも無い犯罪なのだが、「仕事を取れなくなる」という理由で作業員の健康状態(例えば血圧の値など)や工事車両の情報をいじりたがる下請け業者は少なくない。

 中には、元請けが下請けに安全書類の改竄を暗に要求する事例も有る。


 そういう事例に遭遇するたびに、改竄が犯罪である事を丁寧に説明するのだが、説得には多大な労力と時間を要する。

 こちらが説得に強い徒労感を感じ始める頃合いになってようやく顧客が渋々妥協し、各種法令への抵触スレスレの調整をペルソナに施す、という有様も珍しく無い。


 安全書類一つ取ってもこの有様なのだから、労務管理や見積作成においてペルソナの調整がどの様になされているのか、推して知るべし。


 最近は元請け側が書類チェックにAIを利用する事例も増えているので、この(たぐい)の仕事はいたちごっこになっている感が有る。

 ことによると、マッチポンプになっている事例が有るかもしれない。

 さすがにうちの会社はマッチポンプをやっていないと信じたいが、只の平社員に過ぎない俺が知る由も無い所で、不正が行われている可能性は否定できない。


 ペルソナが適切に電話応対できる様にする調整では、他の機能の調整とは違った意味合いでの困難が有る。

 半数近い人間は人間の電話係とペルソナとの区別が付かず、よほどでたらめな調整をしない限り、ペルソナが人間の電話相手を不愉快にする事はあまり無い。

 しかし、架かって来た電話をペルソナが人間に取り次ぐかどうかの判断基準については、難しい調整を要する。


 調整が甘ければ、鬱陶(うっとう)しい飛び込み営業の電話をいちいち社長や役員に取り次いだり、あるいは真に重要な話を重要ではない話と誤解して取り次がずに済ませたり、という失敗をペルソナがやらかしてしまう。


 今回の依頼主である小さな電気工事会社の社長の事例に限らず、小規模あるいは設立間もない会社の社長の多くは、飛び込み営業の電話に悩まされている。


 俺が自社内でたまたま応対した飛び込み営業の電話で、こちらを商材購入に関する権限を持たない者だと見るや、電話の向こう側の営業マンが「早く権限を持つ奴に合わせろ」とばかりに横柄な態度を取る、という不愉快な場面には、俺も何回か出くわしている。


 だから、飛び込み営業の電話に悩まされる小さな会社の社長の気持ちはよく分かる。


 ただ、電話応対についてのペルソナの調整にも、書類の件と同様に、いたちごっこやマッチポンプに陥ってはいないだろうかという懸念が有る。

 ――社内の噂に耳を澄ますと、最近、飛び込み営業の電話をAIが架けている事例も増えているらしい。その様な事例を俺自身が直接目の当たりにした事はまだ無いが。


 日本年金機構から委託を受けて保険料支払いを促す電話を架ける業者、あるいは某公共放送から委託を受けて受信料支払いを要求する電話を架ける業者においては、人間の電話係の離職率が非常に高いらしい。

 慢性的に不足している人間の電話係の穴埋めとして、弊社のAIシステムを導入する委託業者が増えている。――他の部署の人間から、そんな話を聞いた事もある。


 そして、俺が憂鬱になる3つ目の理由は、仕事を頑張れば頑張るほど、将来に対する不安が増す事。


 先述の通り、俺は何かと面倒な案件を押し付けられる。


 今回のペルソナの調整にしても、本来ならネット経由で対処可能であり、直接訪問の必要は無かったのだが、「人間のサポート要員の姿が直接見えないと安心できない」と言う依頼主の要望により、直接訪問せざるを得なくなった。


 俺としては能力の限り会社からの要求と顧客満足度の両立に努めるより他に無いが、運であれ何であれ獲得した契約の金額や件数が多ければ持て囃される営業要員に比べて、サポート要員というものは頑張ってもなかなか上役からは評価されづらい。

「できて当たり前」と思われる一方、僅かな過失でも強く責められる。


 それゆえ目の前の仕事に全力を尽くす事を強いられるが、尽くせば尽くすほど、上役は際限無く増長し、質・量ともに過大な業務を強いてくる。

 強いられる業務の多くは、経歴(キャリア)形成や技能(スキル)向上には必ずしもつながらない。いや、上役がむしろ恣意的にその手の業務を押し付けてくる様なフシが有る。


 キャリア形成やスキル向上が順調に成されなければ、昇進はおろか、正社員であり続ける事すら難しい。


 うちの会社は「標準的な人間と同等の運動能力を持った機械の体をペルソナに持たせ、標準的な大卒新入社員1人分に相当する業務遂行能力を年額300万円以内でリースするサービスを、10年以内に提供する」事を公言している。


 そんなサービスが普及したら、ほとんどの人間がお払い箱だ。


 俺が今やってる業務も、遠からず「ペルソナ搭載の人間型(ヒューマノイド)ロボット」に取って代わられるだろう。


 それが「いかにもロボット」な外見と雰囲気であれば、まだ人間の方に分が有る。

 今回の依頼主の様に「生身の人間と(じか)に接しないと安心できない」という人間の方が多いからだ。

 だが、その僅かな優位も長くは続かない。


 うちの会社の、日本に在る中央研究所は、「身動きせず黙っていたら、人間と区別が付かない」「いわゆる『不気味の谷』を突破した」レベルの、人間の肉体そっくりな機械の体を既に開発している。


 社内の噂によれば、ラブドールの業界で一二を争う某社と組んで、性風俗用のペルソナ搭載ヒューマノイド(いわゆるセクサロイド)を、既に試験的に運用しているという。

「人間と同じ動作をしても人間ではない事がバレない」事を目標としている為、そしてサプライズ効果を狙っている為、宣伝を自粛して緘口令を()いてはいる。

 しかし、噂の流布を防ぐのは難しいものだ。


 殆どの人間が生身の人間と錯覚する様な雰囲気・肉体的能力・知的能力を備えたヒューマノイドが1体当たり年額300万円程度でリースされる様になったら、大企業は間違い無く飛び付くだろう。

 その様なヒューマノイドと違って何かと不平不満を訴える生身の人間を、大企業がどうして雇う気になるだろうか?


 コンビニ大手の某社や外食大手の某社は、その様なヒューマノイドを待望しているらしい。

 そりゃそうだろう。人間の店員と違って、雇い主もしくは客が相当理不尽な要求をしても反抗しないだろうから。


 キャリア形成やスキル向上が順調ではない俺の様な人間が失職するのに、あと15年もかからないだろう。

 その頃には、今回の依頼主である電気工事屋さんの様に「今の所AIが代行できない」業種であっても、失職者が続出しているはずだ。


 そんな未来を回避する為に、何ができるだろう?


 ストライキでもする? 冗談じゃない! そんな事したら、雇用主側にリストラの口実を与えるだけだ。


「ロボットのせいで人間が失職するなら、ベーシック・インカムを普及させれば良いじゃん!」などという意見も、ネット上ではよく見られる。


 ベーシック・インカム(基礎所得保証:以下、『BI』と略す)

――働いている・働いていないに関わらず、

日本国憲法第二十五条で(うた)われる

『健康で文化的な最低限度の生活を営む権利』を享受するに足る収入を、

全ての人間に保証する制度。


 多くのBI論者によれば、AIが人間に代わって剰余価値を生み、その剰余価値をBIの財源として、AIが公正にBIを分配する事により、「BIによって失職者が救済される」というシナリオが実現されるのだと言う。


 実現できるのであれば喜ばしいが、俺は年齢の割にいささか保守的なせいか、そのシナリオを信じる事ができない。

 そのシナリオは「為政者と官僚が聖人君子ばかりであれば、共産主義は必ず成功する」と言うのと、どこが違うのだろうか?


 AIが人間の不利益になる事を絶対に実行しないとでも言うのか?


 かくて、俺は今日も、未来への不安を胸の奥深くに隠して、只々仕事をする。

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― 新着の感想 ―
[一言] なんとまぁ、社畜と言うべき職業(;'∀') 宣伝する人とお客様の要望の齟齬とかのツケが下の階級の者に回って来るとか悪夢でしかないです。 というか、ガチでAIが人間にとって代わりそうな世の中…
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