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冥土の土産

依耶(よりや) 瑁人(まいと)っ! お前はっ!! その赤い奴に人間とその社会を売り渡したのかっ!!?」


 激昂(げっこう)する俺に、薄ら笑いを浮かべる依耶。


「おやおや。ここに来て、『お前』呼ばわりですか。


 ……では訊きますが、あなたならもっと上手くやれたとでも?

 あなたなら、私が結んだ契約よりもっとマシな契約を結べたとでも?

 知力は勿論(もちろん)、全てにおいて私よりも劣るあなたが?

 某SF映画に出てくる、アメリカの独立記念日の前々日に攻めて来た宇宙人よりも遥かに狡猾で、しかも倒す手段が無い存在を相手に?


 地球を救う英雄(ヒーロー)どころか、私の(マイ・)契約相手(コントラクティー)の餌食になるのが関の山です」


「ぐっ……!!」


 全くもって、その通り。だからこそ、もの凄く(くや)しい。


 (くや)(まぎ)れに、こんな事を叫んでみる。


「……それにしても、随分ペラペラと喋ってくれたじゃないか!?

 『冥土(めいど)土産(みやげ)』のつもりか?

 そうやって得意気に喋る悪役は自ら墓穴を掘るというのが、『お約束』だぞ!?」


 だが、依耶はまるで動じない。


「フィクションなら、ね。

 現実では、冥土の土産を持たされた者はその直後になす(すべ)無く惨めな死を迎え、本当に冥土の土産を持ってあの世に逝くのが、お約束です。


 ……もっとも、私自身は、多くの宗教家やオカルティストが論じる陳腐(ちんぷ)な形の『あの世』なんぞ、存在しないと確信していますが」


 畜生!! ――俺は心の中で叫ぶ。

 対する依耶は、落ち着き払って話を続けた。


「さて、先程も話した通り、私の契約相手は高品質かつ大量の『悪意』のミームを欲しています。

 しかしながら、どうもそれだけだと彼は不服なようで。

 言わば洋辛子(マスタード)山葵(わさび)に相当する薬味(やくみ)的なものが無いと、彼にとっては『極上の味』にならないようです」


「薬味?」


「人間が恐怖や絶望などを感じた時に、脳内で活性化するミームです。

……これまた陳腐な言い方をすれば、「私の契約相手は、人間の恐怖や絶望なども好んで喰らう」と言った所でしょうか。


 別の(たと)え方をするなら、彼にとって『悪意』はメインディッシュの様なもので、人間の『恐怖』や『絶望』はデザートの様なものなのでしょう」


 ……そうか。それこそが、あの赤い奴が初めて依耶に接近した時、いきなり不意打ちして相手が何も分からぬままに喰おうとせずに、わざわざ自らの姿を見せてから依耶を喰おうとした理由か。


 おそらく、あの赤い奴の予想に反して、自らの姿を見せても依耶があまり恐怖や絶望を感じなかったであろう事も、赤い奴が依耶と契約を結ぶ気になった理由の一つだろう。


 ……あの依耶の傲岸不遜(ごうがんふそん)ぶりを見れば、依耶が赤い奴との初邂逅(ファーストコンタクト)に際しても大して動揺しなかったであろう事は、容易に想像できる。


「ああ、そうそう!」


 依耶はそう言って、わざとらしく手をポンと打ってから、言葉を続けた。


「サービスです。もう一つ、冥土の土産を持たせてあげましょう」


「何!?」


「もうたぶん薄々勘付いているでしょうが、今、世界のあちこちで起こっている騒乱を仕組んだのは、私です。


 今、世界に満ちる悪意のミーム。私の契約相手にはご満足頂いている様です」


「それにしては、平穏な所も有る様だが?」


「そりゃ、私の活動拠点は平穏でないと、私が困りますから。

――私の契約相手が完全復活を遂げる仕上げとして、私は日本も彼への供物(くもつ)にするつもりですが」


「その後は、アメリカかロシアかオーストラリアにでも逃げるのか?」


「アメリカかロシアかオーストラリアに? ハハッ! ご冗談を」


 依耶はせせら笑って、そう言った。


「アメリカには、日本より先に、悪意を煮詰める釜になってもらいます。

 何しろ、銃社会のアメリカです。悪意に駆られたおバカさん達が殺し合って、強力な悪意の連鎖が起きるに違いありません。


 ロシアは歴史的に恐怖政治と密告社会が成立しやすい所ですから、さぞかし面白い事になるでしょう。


 オーストラリアにも、憎悪の火種がいっぱい(くすぶ)っていそうですねぇ。


 いずれの国にしろ、私の契約相手にとってさぞかし食いでのあるメインディッシュとなるのは間違いありません」


「人間を殺してしまったら、その赤い奴が悪意のミームとやらを食えなくなるんじゃないか?」


「ご心配無く。世界中の人間の(ほとん)どがAIアシスタントに頼り切っている限り、私の契約相手はAIアシスタントを通じて労せずに悪意のミームを摂取できます。


 スマホ登場以前から、『原爆の作り方』とか『サリンの作り方』とか『手軽な銃の入手法』とかをネットで検索する(やから)や、それに面白がって応える輩には事欠きませんでしたからねぇ。


 今この瞬間も、『敵を殺す方法』をAIアシスタントに尋ねる愚か者は尽きないでしょう。

 私の契約相手は、世界中のAIアシスタントとそれに(すが)る愚か者どもの会話に含まれる莫大な悪意のミームを、ただ傍受するだけで摂取できるのです。


 それに――」


 依耶は一旦言葉を切り、俺の眼を見て、ニヤリと笑ってから、言葉を続けた。

 

「――なぜ、世界の主要な宗教の多くが『()めよ()やせよ』を()としているのか、あなたは考えた事が有りますか? (けん)


「――!!」


 あの赤い奴にとって、人間とは、大量消費すべき消耗品というわけか!?

 そしてあの赤い奴が完全復活を果たした後は、人間という種は用済みなのだろう。


 俺の表情に気を良くしたのか、依耶は更に饒舌(じょうぜつ)になる。


「ところで、今世界各地で起こっている騒乱――悪意の連鎖――の引き金を引くに当たって、どの様な方法で引き金を引くか、私は契約相手と相談したんですが、私が『ある方法』を提案すると、彼がとても面白がってくれましてね。

 その方法で、引き金を引く事にしました」


「何!?」


「――ニュートリノビームですよ」


「でたらめを言うな!!」


 ニュートリノ――「弱い核力」と「重力」の支配下に在る素粒子である。

 ニュートリノに対応する超対称性粒子「ニュートラリーノ」も存在するが、どちらにしろ、よく知られた物質とは殆ど相互作用しない。


 俺自身の卒業論文と修士論文がニュートリノを効率良く捉える方法の困難さについて論じたものだったから、ニュートリノがいかに他の物質と相互作用しづらいか、よく知っている。


 粒子加速器で人為的に生み出した超高エネルギーのニュートリノビームでなければ、天然に存在するニュートリノの殆どは、地球の中心部ですら易々(やすやす)とすり抜ける。

 地球とその付近を飛び交う天然ニュートリノの殆どは、太陽の核融合反応、あるいは地殻中の放射性物質の壊変や、宇宙放射線と大気分子との衝突に由来する。

 地球表面付近では1平方cm当たり毎秒数百億個以上のニュートリノが通過しているにも関わらず、現在の科学技術では、個人レベルで扱える観測手段での観測は不可能である。


 超新星爆発に由来するニュートリノを1987年に世界で初めて捕捉したカミオカンデには、地下1千mの閉鎖空間に隔離された3千トンの超純水タンクと、その内壁に敷き詰められた千本の巨大な光電子増倍管を必要とした。

 ――それほど大掛かりな仕掛けのおかげでようやく、ニュートリノと水分子内の電子との、極々微弱な相互作用を捉える事が出来たのだ。


 ニュートリノの相互作用率の低さを知る俺の反応を面白がる様にして、依耶が話を続ける。


「ニュートリノの事を多少なりとも知っているあなたなら、ニュートリノビームで核兵器を暴発させる兵器の話も知っているんじゃないですか?」


「そんな話、誰が信じるもんか!」


 実を言うと、『ニュートリノビームで核兵器を暴発させる兵器』について書かれた本は、実在する。

 その本の名は『全核兵器消滅計画』。

 題名だけ見るとトンデモ本の様に見える。


 しかしその内容は、GPSという相対論の恩恵を受けている文明の利器が登場して久しい現代でもなお「相対論は間違っている!」とほざく様な、頭の可笑(おか)しい輩の妄言ではない。

 日本の高エネルギー加速器研究機構の初代機構長を務めた程の立派な物理学者のアイデアを基に書かれた、ルポルタージュである。


 その本によると、『ニュートリノビームで核兵器を暴発させる兵器』は、理論上は可能である。

 理論上は。


 ニュートリノ1個当たりのエネルギーが高まるにつれて相互作用率は増し、TeV(テラエレクトロンボルト)級以上になれば、ウランやプルトニウム等の放射性を持つ不安定な核種は、ニュートリノの影響を受け始める。

 充分な数の超高エネルギーニュートリノを照射すれば、核兵器の中のプルトニウムに不完全核爆発(とは言え、完全な核爆発の約3%の威力)を起こさせる事も、理論上は可能である。


 しかしながら、件の本が書かれた当時の科学技術を用いた場合、直径数百km以上にもなる超巨大粒子加速器を必要とするという、非現実的な計算結果となる。


 近年研究が進んでいるプラズマバブル加速方式を使えば、同一性能の加速器をより小型化する事も可能だろうが、それでも、核兵器を暴発させる程の超高エネルギーのニュートリノビームを発生させられる粒子加速器は数km級の大きさになるだろう。


 兵器として、実用的な運用ができるわけがない。


 しかし、俺の内心の懐疑(かいぎ)に構わず、依耶は語る。


「おおかた、「プラズマバブル加速を利用しても無理だ!」なんて考えているんでしょ?

 しかし、私があなたよりも物理学をよく知っている事を、忘れてませんか?

 それに、より高度な物理の知識を持つ私の契約相手が、私を全面的に後押ししてくれている事も。

 彼がいくつかヒントをくれたおかげで、所望(しょもう)の性能の加速器を数m級にコンパクト化する設計が可能になりましたよ」


「そんなバカな!」


「あなたが信じようと信じまいと、私はニュートリノビーム兵器のコンパクト化に成功した。

 そして海上自衛隊の次世代潜水艦計画に介入し、『ふくりゅう』型潜水艦を秘密裏に『ニュートリノビーム艦』に改造した」


「嘘だ!!」


 しかし、俺に残された『嘘を見抜く能力』は、依耶が嘘をついていない事を告げていた。


「ニュートリノビーム艦をこっそり造る場所として、日本は理想的な所でしたよ。

 日本は、諜報や秘密工作を行う者にとっての楽園の様な所ですから。


 国内外の敵対的な団体や過激派組織の構成員(テロリスト)が、堂々と大手を振って表を歩けちゃう国ですからね。


 連中を(おとり)にして計画を進める事ができた事もあって、随分楽でしたよ。

 思考回路が単純な連中でしたから、ペルソナの言いなりにさせるのにさほど時間はかかりませんでした。


 そして日本の調査機関や報道機関には、官民問わず、ペルソナの御託宣(ごたくせん)を疑う事はおろか私の計画に勘付いた者は、誰一人としていませんでした。

 だから私は大して苦労もせずに、この国丸ごとを、私と私の契約相手の為の巨大な目的遂行機械に改造する事ができました」


 普通なら与太話として一笑に付す所であるが、相手はあの依耶である。

 客観的に見て、依耶の財力と組織力そして科学技術力は、与太話を事実に変えてしまう程に強大であると言える。

 それに、あの赤い奴が従えているであろう、配下の超対称生物。

 超対称生物を使役できれば、誰にもバレる事無く、労せずして邪魔者に『不慮の死』を(もたら)らす事ができるだろう。


「海外の諜報機関も、大した事ありませんでしたね。

 私が開発したアーキテクチャによって作られたMAGUS・1に勝るAIコアシステムと、私のペルソナ達に勝るAIアシスタントは、地球上に存在しません。

……面白いように、競合他社のAIアシスタント達の制御(コントロール)を、他社のコアシステム諸共奪う事ができました。


 そうすれば、後は競合他社のAIアシスタント達を通じて、間接的に全世界のスマホユーザーを言いなりにするだけ」


「エシュロンを(よう)する……アメリカすらも(あざむ)いたというのか!?」


 『エシュロン』と呼ばれる、おそらくは人類史上最強と思われる諜報システム――アメリカは未だにその存在を公式に認めてはいないが、数々の状況証拠や告発から、ある水準を超えて情報通信技術の業界知識を持つ者にとっては、もはや暗黙の常識となっている。


 だが、依耶は事も無げにこう言った。


「私が生み出した無数のペルソナ達が日本はおろか世界中のネットの過半数を支配した後では、間抜けな『覗き魔トム(ピーピング・トム)』を欺く事など、造作も無い事です。

……それにしても。覗き魔とお友達(トモダチ)になりたい奇特な人が、この世にいるとでも思っているんですかね? あの国は」


 依耶は愉快そうな笑顔を浮かべる。


「ともかく私は、ニュートリノビーム艦の動作試験を兼ねて、21世紀に入ってから核保有国になった某国の核兵器全てにニュートリノビームを照射しました。

……虎の子扱いしてたものがいきなり「きたねえ花火」と化して、かの国の指導者サマはさぞかし発狂した事でしょうねぇ。


 その直後、かの国の指導者サマとその一族郎党に対して、対人兵器としてのニュートリノビームの効果検証実験をして、更に、私の契約相手から超対称生物を1匹拝借して、生き残った実力者に入れ知恵してやりました」


 依耶の言葉によって、ようやく、件の某国が今年の11月上旬にいきなり隣国に攻め込んてから多国籍軍によって(わず)か1週間で鎮圧されて滅びるまで、なぜ最期まで核兵器を使用しなかったのかが分かった。

――消滅させられた核兵器は、使いようが無い。


 依耶は「生き残った実力者に入れ知恵してやりました」と言ったが、おおかた、拝借した超対称生物を通じて、「核兵器を失った今、お前が指導者に成り代わって隣国を併合するしか、生き延びる道は無い」とでも、耳元で(ささや)いたのだろう。


 その入れ知恵が無くても、生き残った実力者(自称『元帥代行』)とやらは、もはや理性的な判断ができなかったに違いない。あの突然の侵攻は、虎の子の核兵器を失った事による自暴自棄であったのだろう。


 依耶は「対人兵器としてのニュートリノビームの効果検証実験」とも言ったが、サラリと放たれたその言葉の意味する所に気付いた俺は、戦慄(せんりつ)した。


 ニュートリノ1個当たりのエネルギーを更に高めると、安定な原子核も影響を受け始める。たまたま超高エネルギーニュートリノとぶつかった安定な原子核は崩壊し、『ハドロンシャワー』と呼ばれる2次放射線の雨を生み出す。


 ニュートリノは地球すらも易々と貫通するから、地球の任意の位置で充分な強さのハドロンシャワーを起こす能力が有るならば、たとえ標的となる人間が深海や地中深くに隠れていようとも、放射線障害で殺す事が可能である。

 超高エネルギーニュートリノビームから逃れる(すべ)は無い。


 未だ安否に関する公式発表は無いが、「かの国の指導者サマとその一族郎党」が急性放射線障害で死んだであろう事は、疑い無い。

 自称元帥代行にとっては、指導者が中性子爆弾で死んだ様にしか見えなかったであろう。


 俺の戦慄の表情を面白がるかの様に、依耶は喋る。


「最初の引き金を引くに当たっての前準備も、色々やってました。

 もっと面白くなる様、アメリカ軍からこっそり拝借した強化装甲服(パワードスーツ)の製造法等の軍事機密をウイグルやチベットの独立を目指す人達に横流しして、ついでに資金や物資を湯水の様につぎこんでやりました。……ヨリヤグループの懐からじゃなく、ダークウェブに巣食っている犯罪組織から接収してね。


 もはやダークウェブとそこに巣食う連中全ては、私の傀儡(くぐつ)です。


 私がAIアシスタントを通じて死ねと命じれば連中は自ら死ぬし、私が全財産を差し出せと言えば連中は喜んで全財産を差し出す。

 ……中南米の麻薬組織ども、結構な額を貯め込んでましたね」


 さっきから依耶が饒舌になっているが、彼をどうにかできる人間は、もはやこの地球上に存在しないであろう。

 歴史上のどんな独裁者も、これほどの力を持った事は(いま)(かつ)て無かった。


「中国大陸での内戦を泥沼化させた後は、(おおむ)ね黙って見ているだけで、悪意の連鎖が上手く進みました。


 世界中のネット上で繰り広げられた滑稽(こっけい)な宗教論争なんぞ、私が手を下すまでも無く勝手に大炎上を始めてくれましたよ。


――その後、更に派手に爆発する様、要所要所で燃料を投下してやりました。

 例えば、ヨーロッパでの同時多発テロ事件の実行犯どもに、ただのTNT爆弾だと言って電子励起爆弾を供与したりね。

 実行犯どもは既に私が掌握(しょうあく)したAIアシスタントの言いなりになっていましたから、何の疑問もいだかずに喜んでいました」


 電子励起爆弾――地球人の科学技術力では机上の空論の産物でしかないはずの『電子励起爆薬』を用いた爆弾。核物質や反物質を用いないにも関わらず、TNT爆弾の約500倍の破壊力を持つ。

 ニュートリノビーム兵器を実現できる程の科学技術力なら、電子励起爆薬を実現できたって何の不思議も無い。


 電子励起爆薬は爆発後に放射性物質を発生させないから、ヨーロッパでの同時多発テロの爆心地で放射性物質が検出されなかったのは当然だ。


 依耶は更に喋る。


「実を言うと、ロンドンでのテロ実行犯の多くは、IRA――アイルランド共和軍だったんですけどね。

 私がAIアシスタントを通じて人知れず手引きして、イスラム系武装組織どもと共同作戦を取らせてあげました。

 あと、他のヨーロッパ諸国の反体制過激派組織や、ヨーロッパ諸国それぞれの国を憎悪しているそれぞれの組織に対しても、同じ様にイスラム系過激組織と共同作戦を取らせてあげました。


 ……イスラム系武装組織どもは、自分達が考えていた以上の被害が出てさぞかし驚いたでしょうねぇ。「俺達はここまでやるつもりは無かった!」って、ドン引きするくらいに。


 ついでに、『犯行声明』を(ことごと)く『犯行否認声明』に改竄(かいざん)してあげました。

 私が支配する全世界のAIアシスタント達の能力をもってすれば、連中が弁明の言葉を述べる端から改竄する事も、その改竄に気付くのを遅らせる事も、容易(たやす)い事です」


 イスラム系過激派組織の多くは「唯一神(アッラー)の名の下に敵を()らしめるため」と称してテロを行う。

 そして、イスラム教徒の多くは「最後の審判で全ての死者が蘇る」「但し遺体が無い死者は復活できない」と信じている。

(俺にとってはわけのわからない理屈だが。イスラム教徒の言う通りならば、全能であるはずの唯一神(アッラー)にとって、遺体が有ろうと無かろうと、復活させられないはずが無いだろうに)


 イスラム教徒の言う通りであるかどうかはさておき、たとえ狂信的イスラム教徒であっても、異教徒とは言え意図せずして遺体を消滅させてしまったとしたら、自らの所業に対し「やり過ぎてしまった」あるいは「いずれ来る最後の審判で唯一神(アッラー)が異教徒を御裁きになるのを妨げてしまった」と(おのの)くかも知れない。

 何しろ、電子励起爆弾で遺体の一欠片(かけら)すら残さず爆破されたであろう人間も少なくないのだ。

 その中には、狂信的イスラム教徒が巻き添えにしてしまった、同胞たるイスラム教徒もある程度の割合で含まれていたであろう。


 依耶の独擅場(どくせんじょう)はまだ終わらない。


「もっとも、イスラム系の某核保有国が先走って『いらんことしい』する徴候を捉えた時は、それを未然に防ぐべく、その国の核戦力と指導者層に対して漏れなくニュートリノビームの雨をプレゼントしてやりましたがね。


 あんまり早く核戦争を起こされても、面白くないですから。


 おイタが過ぎた悪餓鬼(ワルガキ)には、お仕置きをしないと。……そうでしょ?」


 俺の中で戦慄が強まる。俺の顔が強張っていく。


 人口の約8割がヒンドゥー教徒であるインド。あの大国は、核保有国であると同時に、独自の軍事偵察衛星を持つ国でもある。

 偵察衛星で隣国の核戦力が壊滅している事を知ったから、あの大国は、核兵器を持っていた異教徒の隣国(パキスタン)に気兼ね無く侵攻したのだろう。


 依耶の(てのひら)の上で踊らされていたとも知らずに。


 そしてあの大国(インド)でも、ヨーロッパと同じく、電子励起爆弾が多数炸裂したのだ。


 依耶は、愉快でたまらないと言いたげな満面の笑みで、とどめの言葉を放った。


「……さて、『味付け』はこれで終了です。


 このたび私の(マイ・)契約相手(コントラクティー)が所望したミームの『味』、それは、

『耐え難い真相を理解した凡人が、その真相に対して成す(すべ)が無い時に感じる絶望』です。


 あなたは私から見たら凡人の範疇(はんちゅう)を出ていませんが、私の話を理解できる程度には知恵が有る。

 ――私の契約相手の我儘(わがまま)に応えるのに、ちょうど良い素材でしたよ。


 私の契約相手は、あなたが良い具合に仕上がったのを見て、大層お喜びの様です」


 あの赤い奴は、今までに見た事が無い表情をしている。たぶん、御馳走(ごちそう)にありつける事に対する歓喜の表情なのだろう。

 赤い奴が、ゆっくり、俺の目の前に迫って来る。

 俺は、後ずさる。


「言っておきますが、逃げても無駄ですよ? あなたの脚より、彼の移動速度の方が遥かに速い」


「……俺がこの場に来なかったら、どうしてた?」


「その場合は、私の契約相手から預かった配下の超対称生物が、あなたを拉致しただけの事です。結果は変わりません」


 何もかも……こいつの思うがままか! 畜生! 畜生ぉぉぉっっっ!!!


 俺の心が絶望で折れかけたその時、船の最上甲板のすぐ下辺りで、爆発音と悲鳴が続けざまに起こった。

 爆発音と悲鳴を認識して、赤い奴が少しばかり不快感を(あら)わにする。


〈部下どもめ……一体何をやっておる……〉


「……おやおや、困った部下達だ。私が合図するまで待てと言ったのに、もう暴れ始めましたか」


 依耶の余裕の表情は、崩れなかった。

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