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ある日の朝

 ――俺は、夢を見ていた。


 何か巨大な生物の背に乗って、大空を飛ぶ夢。


 その生物は、全身から穏やかな白い光を放っていた。

 背に乗っていても眩しくはなく、その光にむしろ心地良さを感じた。

 その生物の体の(ほとん)どは、鳥の羽毛とも獣の体毛ともつかない質感の、ふわふわしたもので覆われていた。

 ふわふわしたもので覆われていない箇所は、光沢のある白い硬質な鱗で覆われていた。


 そして、角。その生物の背中側から見た頭部に、力強さと優美さを兼ね備えた、7本の角が放射状に生えているのが見える。


 背中から想像できる全体の姿は、鷹や鷲、あるいは隼などの猛禽類の様でもあり、西洋の竜の様でも、東洋の竜の様でもあった。


 背中に乗っているのは、俺だけではない。


 俺の右側には、白いローブに身を包み、ローブと一続きになった白い頭巾(フード)を目深にかぶり、大きな杖を持った若い女性。

 そのさらに右側には、板金鎧(プレートアーマー)で身の護りを固め、外套(マント)羽織(はお)り、金属製の長大な両手棍を持った、髭面の(いか)つい初老の男性。

 俺の左側には、肩に軽くかかる長さの艶やかな黒髪に小麦色の肌と琥珀の様な瞳を持つ、長身の若い女性武闘家。

 そのさらに左側には、見るからに魔力を帯びていそうな短剣と茨を思わせる鞭を持ち、牧童(カウボーイ)風のいでたちで、濃い茶色(ダークブラウン)の髪と色白な肌と濃い紅茶色の瞳を持つ、少しだけキザに見える美形の青年男性。


 力強くて優美で白金(しろがね)色に光る生物と、その背中に乗った俺達の眼前に、黒く巨大な影が現れた。

 禍々しく、黒い影。それは急速に濃度を増して闇となり、さらに、何らかの生き物の様な姿を形作り始めた。


 腕は2本、脚は4本。一対の巨大な翼と、太く長い尻尾。

 そして、2本の拗じくれた巨大な角。

 顔の輪郭は、人間の様にも爬虫類の様にも見えた。


 距離が縮まるにつれ、闇で形作られたその存在は、天を衝くかのごとく巨大に見えるようになった。


 だが、力強くて優美で白金色に光る生物と、その背中に乗った俺達は、怯む事無くその闇を打ち破らんとして突進して行く――



 ……そこで、目が醒めた。


 もちろん、俺が今いる場所は、あの力強くて優美な白い生物の、背中の上ではない。

 ここは、見慣れた俺の寝室だ。


 俺は起き上がり、ベッドの上で胡坐をかいた姿勢になる。そして俯き、右手を額に当てた。


「…………はぁぁ」


 思わず溜息をつく。さながら、自分の中に充満する憂鬱(ゆううつ)な気分を少しでも吐き出そうとするかのごとく。だが、大して気は晴れなかった。


 今日の仕事をせずに済むものなら、そうしたい。

 だが、仕事をすっぽかそうものなら俺に対する職場の評価は確実に悪くなるし、リストラ枠に一歩近づくだけだ。


 体調は悪くないはずだが、気分は重い。俺は、重い気分を引き摺ったまま、体を無理矢理ベッドから引き剥がした。


 まだ頭がぼーっとするが、それでも無理矢理体を動かして身支度(みじたく)をする。

 こういう時は思考速度が鈍っているせいか、少し油断するとどんどん時間が過ぎて行きやがる。……ああ、畜生、もうこんな時間だ!


 朝メシは申し訳程度でも食う主義だが、今日はバナナを1本(かじ)るのが精一杯だった。

 バナナの皮を始末して直ちに、俺はアパートの自室を出て施錠し、最寄りの駅に向かって走る。


 職場に向かう列車には、どうにか間に合った。


 ようやく一息つける状態になったところで、俺は今朝目覚める直前に見た夢の内容を思い返した。


 かつて読んだことが有る児童向けファンタジー小説『はてしない物語』。

 そしてその映画化である『ネバーエンディング・ストーリー』(原作者のミヒャエル・エンデは、ラストシーンが原作と違う事に大激怒したそうだが)。

 その映画の日本語吹き替え版を、俺は昨夜寝る前に某有料動画配信サイトで見ていた。

 その映画には、『ファルコン』と呼ばれる幸運の白竜が出ていた。


 俺が見た夢に出ていた力強くて優美で白金色に光る生物は、映画で見た幸運の白竜に良く似ていた様な気がする。

 しかし……あの生物は『竜(もしくは龍)』だったのだろうか? 全体的なイメージは、むしろ鷹や鷲あるいは隼などの猛禽類に近かった様な気がする。


 何にせよ、あの夢の内容は映画に出て来た『ファルコン』に影響されているのだろう。

 俺と一緒にあの生物の背中に乗っていた者達は……たぶん、仲間達なのだろう。しかしその顔ぶれは、俺の現実世界での友人・知人の誰にも似ていなかった。

 あの仲間と思しき者達の姿も、過去に見た映画か何かから俺の脳が紡ぎ出したのだろう。


 それにしても、夢の中の俺と仲間達のいでたちと言ったら。さながら『日本人受けする西洋風ファンタジー』の典型例とも言えるいでたちだった。その手の物語の読み過ぎだろうか。


 そんな事をあれこれ考えているうちに、列車は俺の職場の最寄駅に着いた。

 俺は溜息とともに夢についての思考を打ち切り、列車から降りた。



 情報通信技術が進歩した西暦2030年(令和十二年)現在の日本においても、全ての仕事が場所の制約を受けずに遂行できる様になったわけではない。

 いや、むしろ半分以上の業種や職種で、現代でも『通勤』を必要とするだろう。


 俺の勤め先には、職種や役職によっては毎日出社せずとも仕事できる立場の者もいるが、あいにく俺はそうじゃない。

 ある種の研究職の様に重宝される職種に就いているのでもなければ、出社についてある程度の自由が許される役職に就いているわけでもない。


 俺は出社すると、いつもの様に同僚や上司と挨拶を交わし、本日の予定について上司からの確認を経た後、予定の場所に向かった。


 本日の予定は、顧客訪問。俺の勤め先が提供するサービスに係るサポート業務だ。


 俺の勤め先が提供するサービス。それは、人工知能技術全般の商用提供。


 俺の勤め先の正式名称は、『MAGIソリューションズ株式会社』と言う。


 社名の中の『MAGI』は『マギ』と発音し、“Mighty Artificial General Intelligence”(強大な人工汎用知能)を略した頭字語(アクロニム)と、新約聖書に記された東方の三賢者達“Magi”を指す単語の、二重の意味を持つ。


 前身及び前々身となった会社の時代を含めてもその歴史は10年に満たないが、2度買収され、4年前に現在の社名になって以後、まるで宇宙のインフレーションのごとく急激な成長を遂げている。


 人工知能技術の商用提供の市場において、日本では約1/3、世界でも約1/4のシェアを誇り、業界トップのG社――誰もが知ってる世界最大のネット検索事業者の、グループ会社――を遠からず追い越しても可笑しく無い勢いだ。


 俺が自分の勤め先の名前を言うと、決まって羨望や妬み僻みの視線を浴びるが、俺は下っ端も下っ端、ペーペーもいいところなので、羨望・妬み・僻みの視線を向ける者が思う程の良い目に遭っているわけではない。

「隣の芝生は青く見える」という(ことわざ)の通りである。


 社内における俺の肩書きは「AIトレーナー」。

 名前だけ聞くとちょっと凄そうに聞こえるが、何の事は無い、顧客の要望に合わせて人工知能の動作を調整するだけのお仕事である。

 やってる事は、既存の業務用OA機器のメンテナンス要員や、業務用ソフトウェアあるいはシステムのサポート要員と大差無い。

 技術の成果を売りたい会社と技術に疎い顧客の板挟みに遭うお仕事という点では、何ら変わりない。


 「人工知能(Artificial Intelligence)」あるいはその頭字語である「AI」という言葉を見聞きして、いくつかの分野で驚異的な成果を上げた人工知能システムを連想する人は、近年では珍しくないだろう。


 人間の世界チャンピオンに圧倒的実力差を見せつけて勝利したチェス・将棋・囲碁等のゲーム専用AIや、人間の雇われ相場師のほとんどをお払い箱にした金融取引専用AI、人間の医者が発見できなかった有効な白血病治療法を膨大な組み合わせの中から発見した医療支援AI……等々。


 それらの専用AIは各々の専門分野においてはもはや人間を遥かに凌駕する実力を持っている。

 しかしながら、「人間にできる知的作業は全てできる」AI、即ち「強いAI」とか「AGI(人工汎用知能)(Artificial General Intelligence)」とか呼ばれる存在(もの)は、(おそらく、人間一般にとっては幸いな事に、)まだ誕生していない。


 だから、先述のいずれの分野でも、今のところはまだ「人間とAIの二人三脚」が成立している。


 ゲームの分野では定跡・定石の研究にAIが用いられる一方、実際のゲーム競技においては「AIのみ・人間とAIのタッグ・人間のみ」といったカテゴリー分けが厳格に守られる様になった。

――誰も、AI運転車のレースと人間が運転する車のレースと人間の陸上競技とをいっしょくたにしないのと同じ理由だ。


 金融市場で生き残っている人間の相場師は、それ自身がAI技術者でもある。また、金融取引専用AIが高速売買を実行する条件の妥当性を吟味する事は、今はまだ人間にしかできない。


 医療の分野にしても、巨大な情報(ビッグデータ)とその膨大な組み合わせの中から条件を満たす治療法を見つけ出すのは人間よりもAIの方が圧倒的に得意だが、その治療法の倫理的妥当性を判断したり、その治療法の選択に伴う責任を取ったりするのは、今はまだ人間の医療従事者にしかできない。


 2030年現在、「強いAI」あるいは「人工汎用知能」と呼ばれる存在(もの)に最も近い存在(もの)達は、先述のG社の『ENOS』(イーノス)やIBM社の『ワトソンⅢ』、そして俺の勤め先が擁する『MAGUS・1』(メイガス・1)と言った所だろう。


 これらのうち、IBM社の初代『ワトソン』は、クイズ合戦で人間のクイズ王に勝利したり、日本のみずほ銀行にコールセンターの支援要員として「雇われ」たりと、人工汎用知能の開発競争黎明期から話題になる事が比較的多かった。

 先述の「人間の医者が発見できなかった有効な白血病治療法を膨大な組み合わせの中から発見」したのは、実は初代ワトソンの仕事だ。


 これらの人工汎用知能に近いAI達は、人間を上回る知的作業能力を発揮する分野を今もなお広げ続けているが、「大学卒業相当の標準的な人間」にできる事を全てできる程の、総合的な知的能力はまだ持たない。

 人間を上回る仕事ができる事を実証できた分野を除けば、総合的な知的能力は、おそらく、標準的な10代前半の人間と同程度ではなかろうか。


 これらの「やや強いAI」達は、「普通の人が難なくできる知的活動に困難を伴う事が時々有るが、その一方、特定の分野において常人をはるかに上回る知的活動能力を発揮する」というサヴァン症候群の人達に近いかもしれない。


 世界の最先端を行く「やや強いAI」達が普通の人間にまだ敵わない事柄は、他にも有る。それは、「エネルギー効率」だ。


 「やや強いAI」達のコアシステムがいずれも数kW ( キロワット ) ~数十kWの消費電力であるのに対し、人間の脳の単位時間当たり消費エネルギーは、消費電力に換算するとせいぜいその数百分の一から千分の一(約20~30W)で済む。


 やや強いAI達を商用に供するに当たっては、コアシステムだけでは話にならない。

 コアシステムが生成する知的作業過程(プロセス)を、分散処理によって多くの人間に供給する為の『サーバーセンター』が不可欠である。

 サーバーセンターのおかげで、ネットにつながっているパソコンやスマホなどを通じて、やや強いAI達が何万何億もの人間の質問に答えたり、情報処理・情報管理能力を提供したりする事が可能となる。


 サーバーセンターの規模にもよるが、サーバーセンター1箇所で数千kWの電力を要する。何平方kmもあるような特に大きなサーバーセンターだと、数万~数十万kWの電力を要する事例も珍しく無い。

 ちょっとした街全体の消費電力に匹敵し、その規模の電力を供給するには大型の発電所1基分以上が必要になる。


 サーバーセンターの話が出た所で、ようやく俺の仕事の話につながる。


 言うなれば、斉天大聖(せいてんたいせい)・孫悟空が大勢の敵に対して応戦する時に生み出す分身のごとく、コアシステムはサーバーセンターを通じて仮想的な『分身』を何万何億も生み出している。

(余談だが、先述の『ENOS』のシンボルマークは斉天大聖に(あやか)ったものである)


 それらの分身の能力が、何万何億もの人間それぞれが持つパソコンやスマホのアプリを通じて利用されているわけだが、それぞれの分身はそれぞれのパソコンやスマホの中であたかも違う人格を持つかの様にふるまう。


 それらの「擬似人格」あるいはそれを実現するアプリの事を、うちの会社では『仮面(ペルソナ)(Persona)』と呼んでいる。――マーケティングの分野では「訴求対象となる顧客の典型」の意味で「ペルソナ」という単語が使われているが、それとは用法が違うので、その辺りはご注意頂きたい。


 うちの会社で『ペルソナ』と呼んでいるものと同等のアプリは、より一般的には、『AIアシスタント』と呼ばれる。

 アップル社の『Siri』がおそらく最も有名なAIアシスタントの例だろう。


 競合他社のAIアシスタントと同様に、うちの会社のペルソナは、顧客の利用傾向からの学習あるいはサービススタッフが行う調整によって、顧客ごとに違った擬似人格を持たせる事が可能である。

 擬似人格の多彩さと多芸さ、そして何より取っ付き易さという点で、ペルソナは競合他社のAIアシスタントよりも好評である様だ。


 俺の仕事は、末端の利用者(エンドユーザー)の要望に合わせて、ペルソナを調整する事である。


 ペルソナの調整という作業には、人間が昔から行ってきた使役動物の調教に似た所が多く有る。

 そのため、うちの会社ではペルソナの調整を行う人間を『AIトレーナー』と呼んでいる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 下っ端だとしても、やってる事は凄い事ですよ(゜Д゜;)
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