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伝染する戦慄

 それは、1つの不可解な事件から始まった様に見えた。


 21世紀に入ってから核武装を実行に移した、某独裁国家。

 その国家が突然に、自国の国営放送で、『未曾有の非常事態宣言』を発令した。


 例によって耳障りな抑揚の大袈裟おおげさな言い回しで、その国営放送のアナウンサーは、発令の理由を読み上げた。


 それによると、

「悪の米帝が中性子爆弾による卑劣な攻撃を仕掛け、我が国に甚大な被害をもたらした」「我が国は悪の米帝に対する報復戦争を実施する」

「手始めに、悪の米帝の尖兵と堕した隣国に対する懲罰を行う」

との事だった。


 ……ムチャクチャである。


 件の独裁国家が非常事態宣言を発令した時、日本は午前10時頃だった。

 俺がそれを知ったのは、ちょうど某公共放送による同日正午のニュースの時間帯だった。


 別のニュースを読み上げていたアナウンサーが、慌て顔を隠しきれない番組スタッフが急遽差し出した原稿を見て、あからさまな困惑の表情を浮かべ、

「たった今入ったニュースです」

と言ってニュースの内容を読み上げる光景を、俺は今でもはっきり覚えている。


 ずっと後になって、俺の知人のうち高齢者に放送当時について尋ねてみると、

「まるで、2001年のアメリカ同時多発テロ事件で世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ瞬間が生放送された時のごとく、現実か虚構か直ちに判断できない光景だった」

との事である。


 件の独裁国家の非常事態宣言を報じるニュースの最後で、一般庶民に名が知れ渡っていない某陸軍大佐が『元帥代行』を名乗り、暫定(ざんてい)的に国家の全権を握った事を、アナウンサーが告げた。


 日本はもちろん、周辺諸国や、件の独裁国家に『悪の米帝』呼ばわりされたアメリカでは、当然、蜂の巣をつついた様な騒ぎになった。


 件の独裁国家の動きは思いのほか迅速で、実は国営放送のアナウンサーが非常事態宣言のニュースを報じ終わった瞬間、懲罰対象として名指しされた隣国に電撃的進軍を開始していた。


 隣国に比べて通常戦力が弱いにも関わらず、件の独裁国家の軍勢はあっという間に隣国の首都近くにまで侵略の手を伸ばしてきた。


 ――ずっと後になって判明したのだが、隣国には件の独裁国家への内通者が数多くいた。

 それらの内通者達が、隣国軍の指揮系統を混乱させたり、前線の隣国軍人の投降を誘発したりしたのである。


 大急ぎで、件の独裁国家の進軍を阻止する為の多国籍軍派遣決議が、国連安全保障理事会(以下、『国連安保理』と略)で成された。


 議案は満場一致で可決。件の独裁国家の進軍開始から僅か2日後の、スピード可決であった。


 そして多国籍軍派遣決議から1週間後。件の独裁国家の軍隊はあっけなく壊滅した。

かの独裁国家の『元帥代行』は自殺しようとしたが、多国籍軍指揮下の特殊部隊によって生きたまま捕縛された。


 攻めた独裁国家は滅亡し、かの国が在った場所と攻め込まれた隣国には多国籍軍が駐留し、調査が開始された。


 攻めた側の動機が不可解であったし、持っていたはずの核兵器を最期まで使わなかった理由が謎であったからだ。


 アメリカとしては、同国大統領(いわ)く所の「事実無根の極めて悪質な言いがかり」が確かにその通りである事を証明したいという動機が有った。


 多国籍軍派遣決議の直前、ロシアと中華人民共和国(以下、『中共』と略)が、

アメリカに対して

「中性子爆弾を世界で最初に開発した国として、より詳しい説明を行うべきだ」

との当て(こす)り的主張をした事が、潔白を示したいというアメリカの動機を強めていた。


 中性子爆弾――水爆の一種で、爆発力を弱める代わりに、放射線の一種である中性子線による殺傷力を高めた爆弾。

「中にいる人間だけを殺傷する兵器である。従って、建物や乗り物は殆ど破壊されずにそのまま占領できる」などと間違った解説がなされる事も有るが、そんなわけはない。


 水爆の一種なのだから爆発力はTNT等の通常の爆薬よりはずっと大きいし、確かに被爆した建物や乗り物が原型を留める事も有るが、それらの建物や乗り物は中性子線によって放射能を帯びてしまい、使い物にならなくなる。

 おまけに、兵器としての性能を維持するには、約12年毎に半減して行く高価な三重水素(トリチウム)(水素の放射性同位元素)を定期的に補充する必要が有る。


 その様な使い勝手の悪さと維持費用の高さゆえ、アメリカはもちろん、かつて中性子爆弾を保有していた国の全てが、中性子爆弾を全廃した旨の公式発表を四半世紀以上前に行っている。


 ロシアと中共の当て擦りはアメリカを苛立たせたが、有りもしない大量破壊兵器を口実にして某国を滅ぼしたアメリカの前科が、アメリカ自身の苛立ちを余計に強めたに違い無い。


 それはともかくとして、

「調査が終われば面倒な戦後処理が待っているが、事態は終息に向かっている」

と、周囲の人間の誰もがそう思った。


 そんな中、更なる事件が起こった。


 つい先日滅びた独裁国家に係る調査が開始されて間もなく、中共のウイグル自治区で「独立戦争」と称する内乱が勃発した。


 2009年にもウイグル自治区のウイグル族が中共当局の苛烈極まる弾圧に耐えかねて『ウイグル騒乱』を起こしたが、中共の人民解放軍の数の暴力により、約1週間で鎮圧させられた。


 「どうせ今度も長続きしない」――周囲の人間の誰もがそう思った。


 しかし、後に『ウイグル独立戦争』と正式に呼ばれる事になるこの内乱は、1週間経っても終わらなかった。


 中共の偏執狂的な自国ネット検閲は多くの人々が知る所であったが、それにも関わらず当局の検閲をかいくぐり、衝撃的な動画が中共の外のネットを駆け巡った。


 その動画の中では、どう見ても強化装甲服(パワードスーツ)にしか見えない物が、人民解放軍を蹂躙(じゅうりん)していた。

 強化装甲服――前世紀の高名なSF作家ハインラインが自らの小説で描き、『軍人が乗りこむ戦闘用人型兵器』が出てくるSFアニメ群が多数作られるきっかけとなったもの。

 今世紀に入り、最近になってようやく米国のみが強化装甲服の実戦配備を始めたが、常識的に考えると、どう考えてもウイグル自治区に強化装甲服が有るはずが無い。

 動画の強化装甲服は米国の物に似てはいたが、一目で違うと分かる相違点も有った。


 最初、動画の強化装甲服を本物と信じる人間はいなかった。


 俺の職場でも、休憩時間に

「さすがにありゃネタだろw」

「いや、もしかして……」

などと駄弁る声が飛び交ったものだ。


 中共以外の世界中のネットでは真偽について喧喧囂囂(けんけんごうごう)たる議論が交わされたにも関わらず、中共のネットでは件の動画についての議論が厳しく取り締まられた。

 中共当局は件の動画について「我が国の平穏を乱す不穏分子がでっちあげたCG」との公式発表を貫き続けた。


 しかし、中共当局が検閲しきれずに徐々に漏れて来た情報が、ウイグル自治区に現れた強化装甲服が本物である事を告げる状況証拠となっていった。


 最初の動画から数日経ってネット上に拡散された動画や文字情報によると、どうやら強化装甲服だけではなく、高度な電子戦に対応していると見られる装甲車両や攻撃ヘリも有るらしい。

 そして、それらの装甲車両や攻撃ヘリが司令塔となって、大量の戦闘用ドローン――歩兵を殺傷するに足る兵装を持つ無人の小型飛行機械――が動員されている様であった。


 強化装甲服や装甲車両、攻撃ヘリの戦闘力も目を見張るものであったが、それ以上に戦闘用ドローンの戦果が凄まじく、それまでウイグル族の民を蹂躙していた人民解放軍兵士が、(またた)く間に一人また一人と倒れていった。


 誰が裏で糸を引く黒幕なのか分からないが、その黒幕は、強化装甲服の単純な戦闘力よりも、むしろ攻撃相手あるいは事態を注視する者達に対する心理的衝撃を狙って、強化装甲服を投入したと思われる。


 かくて、『ウイグル独立戦争』は早くも長期戦の様相を呈し始めた。

 それだけでなく、今度はチベット自治区でも同様の内乱が勃発し、これも後に『チベット独立戦争』と呼ばれる様になった。


 常識を覆す相次ぐ異常事態は、世界中の人々の間に、得体の知れぬ戦慄(せんりつ)をじわじわと伝染させ始めた。

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