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平穏

 俺がメルリンの姿を目視できなくなり、人間の域を超越した超感覚を失って以後、俺はどうにかこうにかやっていた。

 「口止め料」として残された知識と力のうち、『嘘を見抜く能力』のおかげで、俺は以前に比べ少しは世渡りがうまくなった。


 超感覚と多感覚統合の副産物として(もたら)された読心能力に比べれば、目の前の相手から得られる情報は格段に落ちるが、それでも、『嘘を見抜く能力』は凄く役に立つ。


 この能力は、相手の表情・声の調子・体から発散しているにおいの原因分子といった、超感覚が無くてもある程度把握可能な情報を統合した結果から真偽を吟味する能力であるので、やはり相手が眼の前にいる時にしか、完全な効力を発揮しない。

 電話越しなどの場合は、把握可能な情報が限られる分、精度が落ちる。


 それでも、「はい/いいえ」形式の質問と組み合わせれば、かなりのレベルで相手の心理を解読可能である。

 意識的であるか無意識的であるかに関わらず、相対(あいたい)した相手の『悪意』の罠から逃れようとする時に、充分役に立った。


 『嘘を見抜く能力』を活用できる事以外に、もう一つ、嬉しい事が有った。


 今までに俺がMAGIソリューションズで携わって来た仕事のうち最も大きなものに、再び携わる機会(チャンス)に恵まれたのだ。


 それは、新型の『ニュートリノ捕捉式走査システム』の最終調整。


 このシステムは、あらゆる方向から地球に降り注ぐニュートリノの、方向による強度分布を割り出したり、その情報に基づいてシステム自身とニュートリノ源の位置関係を割り出したりするものである。


 元来は恒星由来のニュートリノの観測あるいは超新星爆発の兆候判別を目的として作られたものだが、充分な解析能力さえ得られれば、理論上は、地球のどこに核兵器や核物質を隠しても探し当てる事ができる。


 俺自身の卒業論文と修士論文がニュートリノの効率的な捕捉方法に関するものだった事と、たまたま俺以外にニュートリノの工学的利用に詳しい人間を制限時間内に確保できなかった事が理由になって、幸運にも、学者崩れの俺が参加する機会(チャンス)に恵まれた。


 その後色々あって、プロジェクトから遠ざけられていた。

 しかし、かつて俺が担当した走査制御AIの最終調整に当たって、納期より前に上手く調整できる人間が俺以外に見つかりそうにないという理由で、プロジェクトリーダーからお呼びが掛かったのだ。

 プロジェクトリーダーは、部長よりは大きな権限と社内政治力を持っている。

 表面上は偉そうな態度で命令してきたプロジェクトリーダーだったが、内心を察するに、実の所は「俺に泣きついて来た」というのが正解らしい。


 そういうわけで、期間限定ではあるが部署を異動する事になり、反りが合わない係長や課長や部長の顔を見ずに仕事できる様になった。


 ニュートリノ捕捉式走査システムに関する仕事を無事完了した後はどうするか……正直、俺の頭には良い処世戦略がまだ浮かんでこない。


 考える時間はまだ有るので、自宅に帰ってゆっくりできる時に思案を重ねているのだが、そんなある時、ふっと思い出した言葉が有る。


 それは、10年以上前に永眠したある有名な劇画原作者が、この世を去る5ヵ月ほど前に(のこ)した言葉だ。


 正確な全文は覚えていないが、その言わんとする所は、

『いかに魅力的な職場であっても、あなたが惨めに感じる場所であるなら、そこにはあなたに疎外感を与えている悪意の人が必ずいる。

 そんな場所に無理にしがみつくことはない。あなたを肯定してくれる職場に、移った方が良い』

という旨の事だったと、記憶している。


 俺にとって、MAGIソリューションズは魅力的な職場である。

 しかしながら、そこで働く限り、「悪意の人」と関わらずに仕事をする事はできないだろう。


 簡単に逃げるつもりは無い。だが、俺は人間に過ぎず、それも、凡人の域を出ない人間だ。

 依耶(よりや) 瑁人(まいと)の様な大天才ではないし、ましてや、メルリンの様に人間を遥かに超越する存在ではない。


 常勝無敗を望めない以上、全ての悪意を消滅させられる力の持ち主でない以上、『引き際』というものも、意識の片隅に置いておくべきなのだろう。


 まあ、焦る事は無い。

 ニュートリノ捕捉式走査システムに関する仕事が完了するまで、あと何日かある。


 それに、元の部署に戻ったとしても、より上位の役員の命令を受けてそこそこ大きな仕事をした俺に対し、係長も課長も部長も、そうそう雑な扱いはできまい。


 手を打つ時間は、どうにかできるだろう。


 ともかく俺は、平凡な、しかしながら以前よりは憂鬱さが減った、平穏な日常に帰って来た。

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