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検証旅行

 収入が減る事無く余暇の時間が増えるという嬉しい状態になって間もなく、俺は実験を兼ねて2泊3日の国内旅行に出る事にした。


 行き先は、かつて俺の親戚が東京に移住する前に住んでいた所――福島第一原子力発電所付近の、立ち入り禁止区域のすぐ外側だ。


 あの忌まわしい東日本大震災と福島第一原発事故が発生した当時、俺は10歳の誕生日を迎える数ヵ月前だった。その時の騒乱は、強く印象に残っている。


 あれから20年近く経つが、廃炉作業は未だに完了していない。全工程の半分に達しているかどうかも、怪しい状態だ。廃炉作業にこれまで要した費用は既に50兆円を超えている。


 廃炉作業が滞っている最大級の原因は、放射能汚染規模が未曾有の大きさである事と、未曾有の大きさゆえに終息に向けたコントロールがほとんどできない事、そして、放射線防護服必須の環境で作業できる作業員の深刻な不足。


 あくまで作業員の安全と健康を配慮するのであれば、一定量以上の放射線を浴びた作業員を、二度と高放射能環境に(さら)させてはならない。さもなければ、放射線障害を発症したり、癌の発症率が跳ね上がったりする。


 現存するいかなる放射線防護服も放射線を完璧に防げるわけではなく、放射線による影響はそう簡単に消え去るものではない。

 従って、一定量以上の放射線を浴びた作業員を現場から退場させたなら、新たな作業員を動員しなければならないのは自明の理だ。当然、作業員は足りなくなってくる。


 原発事故の処理が始まった当初、暴力団やその関係者が色々な意味で弱い立場に在る失業者を違法に事故現場に派遣して賃金をピンハネする、という事例が横行した。


 その後法改正され、それによって違法派遣業者が逮捕され、実刑判決を受けて出所した後、行き場所に困った元・違法業者の人間が、今度は原発事故処理作業員として志願する、などという事例まで出る始末である。

 それでも、違法業者は減らない。中には、収益悪化に苦しむ小規模の建設会社や人材派遣業者などが、違法な人材派遣に手を染める事例も増えている。


 そういった違法な人材派遣に手を染める小規模の建設会社や人材派遣業者は4次以下の孫請けとして原発事故処理に作業員を提供している事がほとんどであるが、発注者――津波対策を怠った事によって原発事故の原因を作った張本人である東都電力――は、これらの違法な人材派遣について「孫請けが勝手にやった事」として知らぬ存ぜぬを続けている。


 ちなみに、「東都電力が津波対策を怠った事が原発事故の大きな原因となった」という事実は、原発事故の翌年である2012年の6月に発表された事故調査委員会の報告書において、公式発表されたものである。


 原発事故前後の一時期与党から転落し、その後与党に返り咲いた民自党は、与党に返り咲いた後、移民政策を熱心に推し進め、移民に係る規制を緩和した。

 その理由について色々と憶測されているが、理由の1つは「日本人より不利な条件でも働いてくれる外国人に、厄介事を押しつけたい」という思惑であろう。


 一応、高放射能環境で作業可能な遠隔操作ロボットや人工知能搭載ロボットの研究開発は今もなお継続中である。俺自身、末端ではあるが、その様なプロジェクトのごく一部に関与した事も有る。


 それらのロボットは技術的には充分実用に耐える水準に達しているにも関わらず、同量同水準の作業をこなせる人間の作業員と比して運用コストがまだまだ高い為、廃炉費用増大を嫌うお偉方は、相変わらず人間の作業員を高放射能環境に投入したがる。


 まったく、考えれば考えるほど、不愉快な話だ。


 そんな不愉快な話の元凶たる場所に、何故俺が敢えて向かっているかと言うと、それは「俺が放射線すらも知覚可能かどうか検証するため」である。


 その為に、小型高性能のGM計数管 ( ガイガー・ミュラー・カウンター ) を内蔵した放射線測定器を、原子力関連の技術職に就いている大学時代の親友から借りて来た。


 この測定器、単に現時点の放射線量を計測するだけでなく、GPSによる位置データと標準報時電波からの時刻データを併せて記録する機能も有り、作動させている期間内及び移動範囲内の任意の時点及び地点の放射線量データを蓄える事ができる。


 放射線測定器というものは較正(キャリブレーション)を入念に行わないと正確に測定できないが、もちろん、今回の検証に当たって、先述の親友の手を借りて入念な較正を済ませてある。


 レンタル費用と較正の手間賃、それに親友におごったメシ代を合わせるとけっこうな額になったが、今の俺に払えない額ではなかったので、少々ためらいつつも、払った。

 ――ためらいよりも、我が身に起こった超常現象の詳細についてもっと知りたいという欲望の方が上回った。


 果たせるかな、検証結果は俺にとって費やしたカネと労力に見合う以上のものだった。


 2030年現在の『帰還困難区域(実質上の立入禁止区域)』は福島第一原発からおおよそ半径10kmであるが、その区域に近づくにつれ、肌が微かにピリピリする様な感覚が生じ始めた。


 JR常盤(ときわ)線富岡駅でバスに乗り換えて更に近付くと、辺りの風景がごく微かな淡い青色の光を帯びている様に見え始めた。


 そして、普通の人が双眼鏡で福島第一原発を辛うじて視認できる所で、バスの中から俺の眼を福島第一原発に向けると……福島第一原発が、チェレンコフ光を連想させる様な、淡い青色の燐光を放っている様に見えた。


 もちろん、実際にチェレンコフ光が見えているわけが無い。仮に、こんな離れた距離で原発からのチェレンコフ光が直接見えているのだとしたら、俺の体には直ちに重篤な放射線障害が起こり、間もなく死ぬはずである。


 この時の測定値を測定器と連動しているスマホ内の専用アプリで改めて確認すると、毎時5・8μSv ( マイクロシーベルト ) であった。最近の改定で政府が帰還困難区域の基準として定めた空間線量である毎時6・8μSv(年間約60ミリSv)の、約8割強。

 俺が測定値を確認した地点は、改定前なら間違い無く『帰還困難区域』に指定されていたはずである。


 原発事故発生直後にお偉方が繰り返した「直ちに健康には影響しない」という言葉を連想して嫌な気分になったが、実際、今俺がいる地点の空間線量は、1年かそこら滞在した程度ならば、放射線障害が起こる程の強度ではない。


 今、俺が自らの強化された裸眼を通じて見た淡い青色の燐光は、俺の五感が俺の中で統合された結果生じた、『幻影』であると思われる。


 この『幻影』現象は、以前に本か何かで読んだ、『共感覚』という現象と酷似している様に思える。共感覚――見えた色に音の感覚が伴ったり、聞こえた音に色の感覚が伴ったり、という、あれだ。


 おそらく、俺の網膜の視細胞が、可視光線を捉える時と同じ様な仕組みで放射線を捉えているわけではないのだろう。可能性は否定できないにせよ、俺の視細胞がX線やガンマ線などを吸収する視物質を含有する様になったとは、考えづらい。


 しかし、視細胞に限らず、とにかく俺の細胞に放射線が当たると、何がしかの物理的・化学的反応が起きる(例えば、活性酸素の増加とか)。

 その副次的に起きた物理的・化学的反応は、たとえ無意識の段階であっても、俺の鋭敏化された五感が捉えている様だ。


 放射線に伴って副次的に起きた物理的・化学的反応の情報が、無意識的ならびに意識的な『感覚の統合』によって既存の五感の上に重ね合わさり、それを俺が認識する。

 俺の体内で起こっている現象は、その様なものであるらしい。

言わば、『AR(拡張現実)( オーギュメンテッド・リアリティ ) 』の様なものだ。


 ARの利用例として、患部の透視画像を執刀医の視野に投影したり、スマホ用ゲームにおいてゲーム内のキャラクターや物品を実在の風景や位置情報に重ね合わせたり、等の例が有る。

 先述の原発事故処理用遠隔操作ロボットにも、ARが利用されている。


 1週間か2週間ほど前に俺が獲得したサーマルビジョンの能力においても、ARと同様の仕組みが多分に働いているのだろう。


 念の為に、俺が

「肌が微かにピリピリする様な感覚が生じ始めた」

「辺りの風景がごく微かな淡い青色の光を帯びている様に見え始めた」

「福島第一原発が、チェレンコフ光を連想させる様な、淡い青色の燐光を放っている様に見えた」

それぞれの時間をメモした紙を、アプリに表示された測定データと照らし合わせると、メモ用紙の時間とデータの推移には明白な相関が見られた。


 学会か何かで発表するには不十分な内容の実験ではあったが、俺一人だけが確証を得るには充分な実験であった。

 俺には、放射線すら知覚できる能力が備わったのだ。


 俺は自分がここ数週間で獲得した超常的な知覚能力について口外する気は毛頭無かった。下手にそんな事をして狂人扱いされるのは御免だ。

 仮に信じてもらえたとしても、それはそれで厄介な事になる。

 平穏な生活を送れなくなる。それは、超能力者が活躍する様なフィクションを連想するだけで容易に思い至る事だ。


 ヒーローになるつもりも無かった。確かに俺は超人的な知覚能力を得たが、身体能力は常人の域を超えない。

 知覚能力の増大に伴って身体能力もいくらか上昇した様ではあるが、百メートル走で金メダルを獲れるわけでは無いし、猛獣を素手で屠れる腕力が身に着いたわけでも無い。


 闇討ちに来た奴を返り討ちにする事はできるかもしれないが、自分から積極的に自らの知覚能力を闇討ちに使おうとは思わない。

 自分の中での倫理的問題が有るし、知覚能力のみならず隠密ステルス能力も増大したのでなければ、闇討ちが成功するとは思えない。必殺仕事人の真似事など、もってのほかだ。


 それに、俺の知能が上がったわけでは、断じて無いのである。

 下手に俺の超人的な知覚能力が露見したなら、俺より知能が高い奴にいいように利用されるオチが待っているかも知れない。


 能力の検証は終わった。もう帰ろう。


 俺は引き返す事にした。その際、福島第一原発の方角をもう一度振り向く。

 チェレンコフ光を連想させる淡い青色の燐光が、福島第一原発の方角に近づけば近づくほど濃くなって見えるのを、俺は確かに認識した。

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