~プロローグ または エピローグ~
薄暗い部屋の中で円卓を取り囲む13名の人の姿。
円卓の中心に置かれた、一冊の本。
円卓を取り囲む者達の姿と円卓の上は、淡い光に照らされており、読書には丁度良い明るさだ。
だがそれらの領域以外では、部屋は徐々に濃くなる陰影と闇に満たされていた。
円卓の席のうち1つに座る者は、大学教授が儀礼の場で着用するような丈の長い礼服――いわゆる、アカデミックガウン――を着用している、老境に達した男性であった。
ガウンの色は紫色を基調とし、アクセントとして白い生地と黒い生地が使われている。
ガウンと対になるはずの角帽は見当たらない。今は脱いでいるようだ。
頭髪の生え際は後退し、すっかり銀髪となっているが、まだまだ豊かである。
肌の張りも失われてはいない。顔は頭髪と同じ銀色の豊かな髭で覆われ、鼻は頑固さを思わせる鷲鼻。
その一方、その濃い灰色の双眸は穏やかさと老練さを湛えている。
紫のガウンの男性は、言葉を発した。
「本日、この場にお集まり頂いた皆様は既に御存知かと存じますが、改めて、この会議の議題を申し上げます。
――今、円卓の中央に置かれた一冊の本。
その内容を、いつ、どこまで公にするか? それが議題です」
紫のガウンの男以外の参加者は、色々な服装をしている。
緋色を基調とした礼服を着ている白髪の翁、
黒いローブに身を包み気品を湛える嫗、
黒い服に白いターバンを着用した長い黒髭の中年男性、
モーニングコートに身を包む壮年男性、
白衣に身を包む20代と思しき女性、
両肩に金色の装飾が施された濃紺の軍服を着た中年男性、
何の変哲も無いスーツを纏った青年男性、
……等々。
「……それにしても、驚きでしたな。あの大事件の真相が、この様なものだったとは!」
緋色の礼服の翁が、いつの間にか自席の卓上に現れた淡く光る板状のものを、慣れた手つきでなぞった。
すると、円卓の中心に在る本の上に、光る平面が現れた。
その光る平面は、本の内容のうち1ページの拡大画像であった。
光る平面はゆっくりと回転し、参加者全員にその内容を伝えた。
参加者は皆、それを一瞥したが、凝視はしなかった。
単に、既に知っている内容を確認するだけであるかの様に。
この場にいる全員は、円卓の中心に鎮座する本を、少なくとも一度は読んでいた。
「理解に苦しむ章も有りますわね。人間とは異なる知性体の思考とは、この様なものでしょうか?」
黒いローブの嫗が、緋色の礼服の翁と同じ様にして、自席の卓上の淡く光る板をなぞる。すると、虚空に浮かび上がる光る平面が、別のページを映し出した。
「いやいや、それらの章はその知性体が語った事を、人間である筆者が回想して文章にしたものですから、人間ならではの先入観や誤解が含まれている可能性が多分に有りますぞ?」
白いターバンの男性が、自席の淡く光る板をなぞると、虚空に浮かぶ光る平面はまた別のページを映し出した。
「状況を卑近な比喩を用いて記したものが、第5章の冒頭ですか」
モーニングコートの壮年男性が、別のページをなぞって映し出す。
「しかしそこだけ公表しても、誤解を招くかもしれませんわよ?」
白衣の女性が、別のページをなぞりながら、言葉を発する。
「いっその事、全部公表した方が、一番誤解が少ないと思うが……」
「今全部公表したら、長年かけてようやく平穏を取り戻したのに、また大混乱を招きますよ?」
「では、本の存在自体を、まだ厳重に秘匿するべきか?」
「しかし、それはそれで……怪しまれそうです」
「執念深いジャーナリストの中には、薄々、真相に勘付いている者もおるようですからな」
円卓を囲む者達は、ページをなぞりながら、各々の意見を述べる。
話す声はなかなか途切れなかったが、しばらくしてつかの間の沈黙が訪れた直後、モーニングコートの壮年男性が口を開いた。
「……口を封じますか?」
「謀殺、という意味ですかな!? それは絶対御免ですぞ! その様な不穏な手段を取らない事は、この場にいる全員に共通した方針ではなかったのですかな!?」
緋色の礼服の翁が全員を睨むと、緋色の礼服の翁とモーニングコートの壮年男性以外の全員が、無言で頷いた。
「言葉が過ぎました。前言を撤回します」
モーニングコートの壮年男性は、ばつが悪そうな顔で前言を撤回した。
「うむ」
緋色の礼服の翁は、安堵して頷いた。
翁が頷くのを見て、紫のガウンの男性が口を開く。
「何にせよ、
『秘密が漏れる可能性を完璧にゼロにはできない』
という事を忘れてはなりませんな。
本に記述された知性体、もしくはその知性体と同等の存在が、未来に再び現れないとも限らぬですし、その様な知性体が過去を覗き見た結果、何らかの行動を起こさないとも限らぬのですから」
その言葉に、全員が頷いた。