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異世界にてぶん回す!  作者: 窟古ロゼ
新米冒険者たち
9/9

はじめての殺し合い

 足下をキョロキョロと見回し、見つけた数本の枝を拾うと《アイテムボックス》へと収納。

 今度は同じように見つけた枯葉の山をガサッと両手で抱えあげると、また《アイテムボックス》へと収納。

 次に目についたのは樹木に巻き付いていた1cmぐらいの太さの蔓。容赦なく引き千切って《アイテムボックス》へ。


 さっきから何をやっているかといいますと、ずばり生活用品の確保です。

 解体してる時に思ったんだけど、ただの枝や枯葉でも案外使いようはあるんだよね。

 枯葉はタオルやティッシュ代わりに。たくさんあれば簡易なベッドにもなる。

 枝は箸や串代わりに。野宿するときは薪にしてもいいし、太くて頑丈なやつなら武器にもなる。

 蔓は使うか分かんないけど、まあロープ代わりに。


 こういった自然物は、道具として利用するには些か使い勝手が悪いし、あえて持ち歩く人は少ないだろう。

 だけど俺には《アイテムボックス》がある。

 大量に収納出来て嵩張らず、必要な時は瞬時に取り出せる。

 この条件下でなら枝や枯葉も生活用品の代替品として十分に利用出来ると思い至ったのだ。

 なんせ今の俺は貧乏だからね。使える物は何でも使わなきゃ。

 これぞ異世界式生活の知恵!


 そんなわけで片っ端から《アイテムボックス》にぶち込んでいるのだ。

 まあ無限に収納できるって事は無いだろうし、スキルの性能を知るための実験も兼ねている。


 で、これまでに分かった事がいくつか。

 まず、生物は収納できない。

 ダンゴムシみたいなヤツを収納しようとしたけど無理だった。

 ただし、死体は収納できる。

 そう、さっきのゴブリンだ。ダメ元でやってみたらできちゃった。今も《アイテムボックス》の中で永遠の眠りについてます。

 これはかなり嬉しい誤算。

 なんせ倒した魔獣をその場で解体する必要がなくなる。一旦収納しておいて、後で安全な場所に移動してからまとめて解体すればいい。それに、他の冒険者たちがその場でちまちまと解体し、限られた物だけを選んで袋に詰めて持ち帰らなきゃいけないところを、俺は何体でも丸ごと持ち帰れる。これはかなり大きなアドバンテージだろ。

 まあ考えてみれば、昼食用の串肉2本が《アイテムボックス》に入ってる。これだって謂わば死体の一部なんだし、死体その物を収納できても可笑しくは無いわな。


 そしてもうひとつ、スキルの射程と効果範囲。

 結論から言うと、直接手で触っている物しか収納できないし、出すときも必ず手元に現れる。

 これがもし遠距離射程のスキルだったら、超強力な攻撃手段になったんだけどね。

 例えば、相手の真下の地面を消したり、頭上から岩や大木を降らせたり、相手の体内に刃物や毒物を送り込んだり、とかね。

 これが可能なら俺TUEEEどころかMUTEKIIIだったんだけど、残念。

 ちなみに枯れ葉は1枚1枚触ってなくても両手で抱えた分だけ一気に収納できた。

 たぶん《枯れ葉の山》とかいう感じに1つのアイテムとして認識されてるんじゃないかと思うんだけど、確かなことは分かんない。


 今のところ《アイテムボックス》の検証はこんな感じ。

 あとは収納した物の状態の変化も確かめたい。温度変化や酸化はするのか、それとも時間が止まっているのか。

 これはかなり大事。主に食料的な意味でね。


 お、いい感じに太くて真っ直ぐな枝みっけ。収納っと。

 お、きれいな落ち葉の山が。収納っと。

 お、長めの蔓発見。あーでも完全に乾いててロープとしては使えないか。まあいいや、とりあえず収納っと。

 

 フンフフーン、もっと良いもの落ちてないかなぁ~。



 はっ!

 

 イ、イカン。 

 楽しくて目的を忘れてる。 

 俺はゴブリンを討伐しにきたんであって、ピクニックをしにきた訳じゃなかった。

 枝や枯れ葉をいくら拾っても金にはならないしな。

 といっても、ちゃんと迷子防止用の目印はつけて歩いてるし、最低限の警戒はしてるけどね。

 

「むっ!?」


 臭う、臭うぞ。

 間違い無い、こいつはさっき嗅いだゴブリンの臭いだ。

 臭いで相手の正体を看破するとか、なんか冒険者らしくなってきたんじゃないか? 俺。

 だが、ここで油断するのは素人。

 たとえ臭ってくるのが死臭だと分かっていてもな。

 これまでの俺とは違うのだよ。

 

 ナイフを構え直し、見様見真似の忍者歩きで進むこと数十メートル。


「うえぇ………」


 そこにあったのは、ゴブリンはゴブリンでも首無しゴブリンだった。

 首の方は数メートル先に転がっている。

 これはビジュアル的にかなりキツイ。


「うっし、上等上等。ビビんな俺」


 明らかに死んではいるけど、一応《鑑定》でチェック。

 《状態:死亡》を確認。よし、安全確認完了。

 中腰でそろりそろりと近づく。

 なるべく首の方を見ない様にしながらそっと左手を伸ばして、ゴブリンの足先にソフトタッチ。


 そして収納っ!!!


 瞬時にゴブリンの姿は消え去り、あとに残ったのは血痕のみ。

 

「ふぅ~………」


 うん、なんか今のはすごいいい感じだった。

 死体を前に狼狽えていたさっきとは違ってすぐ行動に移れたし、やるべき事をやれたって感じだな。

 

 そしてすかさず周囲を見渡す!


 ……………………よし、周囲の安全を確認。


 フッフッフ、これは思ったより早く新米を卒業できるかもな。


 と、転がっているゴブリンの首に目をやる。

 

 んー、一応アレも回収しといた方がいいか。

 誰かにこの場を見られたら変に怪しまれるかもしれないし。

 首だけが残された現場、消えた胴体の謎。みたいな。

 まあたかがゴブリンで大袈裟かもしれんけど、不安の種は払拭しておくべきだな。


 落ちている首に近づいて、ひとつ深呼吸する。


 生首に触るのは流石に抵抗あるなぁ………。


 いっその事籔の中にでも蹴り飛ばそうかと考えるも、日本人としての倫理観がその選択を拒絶する。


 なんて逡巡している俺の姿は、きっと隙だらけに見えたんだろう。いや、実際隙だらけだったんだろう。


 ソイツは驚くほど近くに潜んでいた。


 右前方5mほど先の籔の中。


 俺が気づいた時には、もうソイツは大口を開けて目の前まで迫っていた。


「うおおっ!!!?」


 とっさに顔を庇う様に右腕を前に出す。考えてそうしたんじゃなく反射的に体が動いただけだ。

 結果、位置的に見て俺の首筋を狙ったであろうソイツの牙は、俺の右腕に食い込んだ。

 

「いっづぁっ!!!」


 激痛に顔が歪む。

 肉を突き破って骨まで達したんじゃないかと思うほどの感触が腕から全身に伝わってきた。

 反撃しようにもナイフは右手にある。左手に持ち替えればよかったのだが、そんな考えすら浮かんでこないほど俺の頭の中は恐怖と混乱で埋め尽くされていた。


「んぬぁあらあぁぁ!!!」 

 

 すっぽんの様に噛みついて離そうとしないソイツを、俺は右腕ごと振り回した。死ぬほど痛いが気にしていられない。

 見た目より軽かったソイツの体は俺の力でもブンブン振り回され、堪らず口を離し空中へと投げ出されるも、猫の様にくるりと身を翻し華麗に着地してみせた。


 そこでようやく俺はソイツの正体を知る。


 ゴブリンだ。


 なにか恐ろしい魔獣にでも襲われたのかと思ったのだが、相手はただのゴブリンだった。


 俺は恐る恐る噛みつかれた右腕をみる。

 意外にも肉が裂けるどころか出血すらしていなかった。

 頑丈なデニム生地のジャケットのお陰でなんとか助かったみたいだ。もしこれが綿生地やナイロン生地だったりしたら、腕ごと食い千切られていたかもしれない。そう思うとゾッとする。

 だが、出血はしていなくとも骨折ぐらいはしてるかもしれない。それぐらい強力な顎の力だった。


 ヤバい……。この世界のゴブリン、めっちゃ強い!


 どうする、逃げるか、逃げ切れる相手か?

 逃げるにしても闇雲じゃ駄目だ。もうかなり森の奥まで入ってる。目印を見失ったら確実に迷子になる。こんなヤツが徘徊する森で迷子になんてなったらそれこそ生きて帰れない。

 じゃあ目印を確認しながら逃げるか? 無理だ、そんなトロ臭い相手じゃない。絶対に追いつかれる。

 逃げるのは無しだ。コイツはここで倒すしかない。


 右手に力を入れようとすると激痛がはしった。骨に異常が有ろうと無かろうと、しばらくは使えそうにない。

 俺はナイフを左手に持ち替えた。


「ギキキギキギィィ………」


 ゴブリンがギィギィと不快な声で鳴く。威嚇だろうか。

 四つん這いで立つその姿はまるきり猿だ。


 でも倒すったってどうする?

 左手じゃまともにナイフも振れやしないぞ。

 いや、アレがあった。《アイテムボックス》。

 中には枝や枯れ葉が大量に入ってる。

 正直これらを武器として使うのは無理があるけど、突然目の前に出現させれば目眩ましやハッタリぐらいにはなる筈だ。

 そうやって相手の動きを制限して、隙をついてナイフで刺す。

 これだ、これならきっといける!

 て言うかもうこれ以外思い浮かばない。

 

 俺は痛む右腕を持ち上げると、手のひらをゴブリンに向ける。左手にナイフを持つ以上、右手を使うしかない。痛いけど、これぐらいはまだなんとかなる。


 ゴブリンは隙を伺うように、俺を中心としてじりじりと横移動しながら少しずつ間合を詰めてきている。その距離はもう5、6mほど。いつ飛び掛かってきても可笑しくない。

 恐怖心が膨らんで、俺の心臓は恐ろしい速度で脈打っている。きっとヤツの牙が俺に届くまで1秒もかからない。コンマ数秒のタイミングを外せない。


 その時、ゴブリンの腰が僅かに落ちた。


 来る………!


 ゴブリンが地面を蹴って飛び出すのとほぼ同時、俺は目の前に大量の枯れ葉を出現させた。


「ギャキャァッ!!?」

 

 ヤツは驚いて転げる様に背後に飛び退くが、このチャンスを逃しはしない。

 宙を舞う枯れ葉を払いのけてゴブリンへと追い縋ると、もう一度ヤツに向けて右腕を突き出す。

 出現させたのは枝でも枯れ葉でもない。俺が最初に解体したゴブリンの死体だ。

 突然現れた同族の死体には流石に面食らったのか、ヤツの動きが一瞬止まった。

 俺は死体の左側をすり抜ける様にしながら左腕を振りかぶる。

 そして逆手に持ったナイフを渾身の力で降り下ろした。


 ズブリッという感触が手に伝わる。

 肩と首の間、鎖骨の辺りに刃渡り20cmほどのナイフが半ばまで突き刺さった。が、


「ギィィィッ!!!」


 致命傷にはならなかった。


 ゴブリンは捨て身とばかりの体当たりをしてきた。

 小さな身体に似つかわしくない強烈なブチかましが、狙ったのか偶然かピンポイントで俺の鳩尾を捕らえ、体が浮くほどの勢いで後方に飛ばされた。


「お……え………」


 尻餅をつく形で倒れる。

 肺が詰まって息ができない。

 唯一の武器だったナイフは、ゴブリンの肩口に刺さったまま。

 こうなったら流石にもう打つ手無しだ。


 ちくしょう……なんでゴブリンがこんなに強いんだよ…………。


 舐めてた。

 うん、この一言に尽きるな。

 俺は色んなモノを舐めてた。

 

 冒険者として生きるということ。

 受付のオッサンの言葉。

 森の危険性。

 生き物との命の奪い合い。


 この世界の事を何も知らないガキのくせに、無根拠に『何とかなるだろう』なんて軽く考えてた。

 本物を知らずにイメージだけで適当にやってた。

 形だけ真似して出来てるつもりになってた。

 

 その結果がこの様だ。まったく自業自得もいいとこじゃないか。


 だけどまあ、ただのガキにしちゃよくやった方なんじゃないか?

 だって俺、ほんの2、3日前までは普通の高校生やってたんだよ?

 学校で勉強して、ラーメン屋でバイトして、家に帰ってゲームして、そんな15歳の男の子だよ?

 そんな俺がたった1人でモンスターと戦って、剰え一発食らわせたんだからさ、上出来でしょ。

 

 ゴブリンのヤツは思いきり牙を剥いて激昂している。

 ただのガキに一発してやられたのが相当頭にきているらしいな。ざまあみろ。

 俺はニヤリと笑ってやった。


 瞬間、大口を開けて飛び掛かってきた。


 その動きがやけにスローに見える。


 あぁ………死んだな。


 俺はせめてもの抵抗としてヤツに左手を向けると、1本の枝を出現させた。


 曲がりなりにも冒険者の俺が最後に持っていた武器は、その辺に落ちていた棒切れでした……とか、他の冒険者に見られたら笑われそうだな。だけどこれが今の俺の限界だ。剣1本を買う金すら稼げない俺にはお似合いだろ。


 

 ズンッッ……………。



 俺の手に嫌な、いや最高の感触が伝わる。


 それは全くの偶然だった。奇跡と言い換えてもいい。


 俺が出現させた棒切れの先端は、狙いすましたようにゴブリンの口先数cmにあった。


 流石にその距離では回避するどころか気づく間も無かったらしい。ゴブリンは自らの力で自らの喉から後頭部にかけてを貫いた。


「ゲ………ゴ………………???」


 ゴブリンは何が起きたか分からないという表情で目をパチクリとさせている。

 俺だって一瞬何が起きたか理解できなかった。


 ドサッと地面に倒れてビクビクと痙攣した後、動かなくなる。


 数秒の間をおいて、思い出したように《鑑定》を使ってみると、


 《状態:死亡》


 間違い無く、その表示を確認した。


「ハ………ハハハ………………マジかー………」


 なんか笑えてきた。


 いやもうこれが笑わずにいられるかっての。


 俺なりに策を弄して、死ぬ気で戦って、本気で死を覚悟して、最後の最後に勝負を決めたのが何の考えも無しに出した1本の棒切れとか………。


 奇跡ってあるんだなぁ。

 それともチートの神様が助けてくれたのかな。

 だとしたらお礼言っときます……あざす。


 

 その後、ナイフや枝、枯れ葉、ゴブリンの死体なんかを淡々と回収していった。


 一旦帰ろう、町に。


 考えなきゃいけない事がたくさんある。


 ズキズキと痛む右腕を庇いながら、俺は町へと帰路についた。


 ゴブリンに出会わない事を祈りながら。


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