はじめての解体
Tシャツ、ジーパン、ジャケットという現代っ子のスタンダードファッションに身を包み、腰にナイフを差し、肩に皮袋を背負うという奇抜な装いの少年が1人、草原を歩いていた。
彼の名は冒険者セイジ。いずれ伝説となる男。
とか脳内ナレーションしてみた。
いや流石にね、俺もこんな格好で魔獣退治とかどうかと思うんだけどね。もっと冒険者っぽい格好したかったんだけどね。
悲しいかな、現在所持金が6000オウルちょっと。
金が無いんですよ金が。
昨日町を回って見つけたボロい安宿の宿泊費が、夕食付きで一泊700オウル。
朝食と昼食用に屋台で買った串肉が4本で400オウル。
食費と宿代だけで1日1100オウル。5日程で所持金が尽きる計算。
ゴブリンから採れる魔石の値段次第だけど、決して無駄遣い出来る状況じゃない。
武器屋、防具屋、雑貨屋も一軒ずつ回ってみたけど、生活用品以外は軒並み値段が高かった。まあ生活用品も安いってほどじゃないけどね。
特に武器が高い。一番安いナイフで5000オウルから。剣は20000オウルからだった。
防具屋には金属製の鎧自体売ってなかったから、金属の加工品は高級品扱いなのかもしれない。
地球だと機械で簡単に加工出来るものでも、こっちの世界じゃ全部手作業だろうからね。加工費が高く付くのはまあ納得できる。
そんなわけで、購入したのは皮袋を3つだけ。道具袋用と素材入れ用と水筒用。ごみ袋で言うと30リットルサイズぐらいの物が2つで1400オウル、水筒用が2リットルぐらい入るサイズで500オウルだった。《アイテムボックス》があるから道具袋とかは要らないんだけど、手ぶらじゃ怪しまれるからね。
というか問題はアレだよ、《ガチャ》の野郎だよ。
今日も1回試してみたけど、ウンともスンとも言いやがらん。
マジで何なんだよこのスキルは。
ちゃんと使えてれば武器とか防具とか取り放題だったかもしれんのに。それらを売れば余裕で生活費を確保出来たかもしれんのに。
これ間違い無くチートスキルだと思うんだけどなぁ。
神様ー。使い方教えてー。
なんて益体も無い事を考えていたら、森の入り口に到着した。
クレナイの森。
北門から出て真っ直ぐに歩くこと30分程の場所にある。
宿屋の女将さん曰く、入り口から5kmぐらいまでは危険な魔獣は出ないが、そのぶん雑魚が多い。野生動物の数も多いので、冒険者よりむしろ狩人が好んで利用する森なんだとか。
しかし周りを見渡しても、狩人どころか人っ子一人見当たらない。
朝日が昇ってから起床し、屋台で朝食を食べてから町を出たんだけど、冒険者としてはちょっとのんびりし過ぎたのかもしれない。
明日はもう少し早起きしてみよう。
というわけでレッツゴー!
今日の目的はまずゴブリン。一応受付のオッサンのアドバイスに従ってゴブリンの死体を探す。が、出来れば生きているゴブリンと戦いたい。
今の自分の力がどこまで通用するものか確認したいし、武器や防具の必要性なんかも確かめておきたい。
勿論無理をするつもりは全く無いけどね。危ないと感じたら即逃げる方向で。
いやぁそれにしても実に清々しいね、この森は。
真っ直ぐに伸びた樹木が多くてオドロギの森とは雰囲気が全然違う。
地面は土肌が見えていて歩きやすいし、湿気が少ないからか変な茸も生えてないし、なにより木漏れ日が射し込んで明るいし。すっかり気に入りました。
買い取りの爺さんが「あの森は魔境」とか言ってたけど、本当にオドロギの森って特別な場所だったんだな。あそこが異世界の規準じゃなくて良かったよ。
とはいえ森は森だ。
猪とか熊とか、魔獣でなくても危険な野生動物はいるだろうし、考え無しに歩いていたら迷子になるかもだ。一応迷わないように木に目印となるキズを付けながら進むことにする。まあこれは森探索の基本ですな。
それでもちょっぴり不安だけど。
で、適当に20分ほど散策していると、
「臭っ!」
なんだこの匂い。
なんか生温いような生ゴミっぽい匂い。
不安を感じながらもその匂いを辿ってみると、
あった………。
思った通り、そこにあったのは獣の死体だ。
体長1mちょっとで一見猿っぽいんだけど、それにしては体毛が薄くて頭がやけにデカい。
ひょっとしてコレがゴブリンか?
あっさり見つかったな。それだけゴブリンが多いって事かな?
だけど想像していた姿とは違う。なんせ肌が緑じゃなく焦げ茶色だ。やっぱりゴブリンと言えば緑でしょ。緑じゃないゴブリンなんて認めないよ俺は。
なんて事を考えながらも、さっきから目の前の死体に近づけないでいる。
だってね、もう…なんか………凄惨でね。
胴体を両断せんばかりに横一文字の大きな切り傷があって、そこから内臓がちょろっとはみ出ている。半開きになった口からは牙が覗き、舌が垂れ下がっていた。
コレを解体しろっつーの? ナイフでザクザクと切り刻めって? マジで? 無理じゃない?
いや待て。まだこれがゴブリンと決まった訳じゃない。
もし解体して全然別の獣だったりしたら無駄骨だしね。可哀相だしね。ここはスルーがベターなんじゃないかな、うん。
と、ここで閃いてしまった。
《鑑定》使えば分かるんじゃね?
そう言えば生き物にも使えるのかはまだ試して無かった。
ぶっちゃけ効果が無いことを祈りつつ《鑑定》と念じる。
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名称 ゴブリン
原形 ラットモンキー
危険指数 11等級
状態 死亡
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あぁ………、ゴブリンだったぁ。
てか《鑑定》って生き物にも使えたんだね。今度受付のオッサンとかにも使ってみよ。
原形って項目が気にはなるけど今は置いておくとして。
よし………、帰るか。
いや、冗談ですよ。やりますよ、解体。どうせいつかやんなきゃいけないんだからさ。だからやるけどさ。
「はぁ…………」
俺はナイフを構えると、慎重にゴブリンへとにじり寄る。
《鑑定》で死亡とあったから死んでるのは間違い無いんだろうけど、突然ガバッと起き上がりそうで怖い。
足下に落ちていた枝を拾って手の先をツンツンと突いてみるも反応無し。
うぅ………、おっかねぇよぉ………。
全身が薄い毛に覆われているが、頭と手足は地肌が剥き出しでちょっと人間に近い見た目なのがなんとも。
そういや魔石ってどの部分にあるんだろ………。
やっぱり胸の辺りか?
俺はゴブリンの胸の中央に怖々ナイフを立てると、一思いにズブリと突き……刺さらない。どうやら肋骨が邪魔をしているみたいだ。
ならばと、今度は鳩尾辺りに狙いを定めて突き立てる。
こっちは思いの外すんなりと入った。
そのままノコギリの要領でギコギコと上下させ、腹部の傷に向かって一気に裂いていく。
グジュゥと音がして、僅かに血が流れ出た。
うっ………、吐きそう……。
食道の入り口まで込み上げた虹色の酸っぱいヤツをなんとか飲み込むと、ナイフを鞘にしまって深呼吸を一つ。
次はいよいよ腹の中だ。
素手でやるのは流石に無理なので、もう1本枝を拾い2本とも鳩尾辺りに差し込む。
そのままテコの要領でぐいっと押し広げると、ぬらぬらとした赤黒い内臓が露になった。その瞬間、
「ぶっ……ぅおおえぇぇ………」
胃液+消化しきって無かった200オウル分の串肉を盛大にぶち撒けちゃいました。
血と臓物とゲロが入り雑じり現場は惨憺たる状況です………。
幸い、既で顔を逸らしたのでゴブリンにも自分にもかからなかったけど、口の周りがゲロ塗れだ。拭くためのタオルも無いし。
一応雑貨屋に売ってたんだけど、薄い布を縫い合わせただけの粗末な物が1枚300オウルもしたので買い渋ってしまったのだ。ケチるんじゃなかったよ。
しょうがないので、水筒の水で口を濯いだ後その辺の枯れ葉で拭う。
あぁ………完全に心が折れたぁ………。
……………………。
俺は、胸が裂かれて血塗れになっているゴブリンの死体と傍らのゲロを横目で見ながら重いため息を吐いた。
冒険者って大変なんだなぁなんて今更ながらに思う。
だけどこういうのってこの世界だけの話じゃないんだよなぁ。
地球でだって畜産農家の人や精肉所の人なんかが牛や豚の皮を剥いだり、内臓を取り出したり、手足を切り取ったりして肉として加工してくれてた訳だしなぁ。マジで偉いと思うわ。
………よし、やるぞ。俺はやるぞ。
こんなとこで躓いてる場合じゃないんだよ。
気持ちを切り替えてもう一回トライだ。
精肉所の人、オラに力を分けてくれ!
腹に刺さったままの2本の枝を両手で握ってぐっと広げる。
歯を食いしばって吐き気を堪えながら、大腸だか小腸だかを枝で掻き分けて隅々まで確認していく。
だが、目当ての魔石らしきモノは見つからなかった。
「くっそぉ、ここまでやってハズレかい………」
どっと疲れが押し寄せてきた。主に精神的に………。
だけど腹じゃないとしたら何処なんだ? やっぱり胸か? 心臓の辺りが一番怪しいけど、肋骨なんてナイフじゃ割れないだろうしなぁ。
かといって他に思い当たる箇所も無い。頭部も怪しいけど、結局は頭蓋骨を割らなきゃいけないし。
こんな事なら受付のオッサンに詳しく聞いておけばよかったよ。
解体舐めてたな………。
とりあえず取り出せるかどうかは別にして、一度胸を開いてみるか。
自分でゴブリンを倒すにしても、結局魔石を持ち帰れなきゃ金にはならない訳だしな。
再びナイフを抜いてゴブリンの左胸にあてると、肋骨の隙間を狙って突き刺した。
そのまま脇腹に向かってザクザクザク……、
!!!!!
「あ、あった………」
ちょうど心臓を被う肋骨の一部分が、まるで真っ黒い水晶の様に変質している。
絶対コレだ、間違い無い!
魔石って骨の一部だったのか。
俺は思わず興奮してしまい、その変質している部分を指先で摘まんだ。
すると、パキッと音を立てて簡単に取れてしまった。
それを慎重に手の平の上に乗せて観察してみる。
2、3cmぐらいの大きさの黒水晶の様な結晶体。
「これが魔石か………」
一応《鑑定》してみる。
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名称 魔石
魔獣の体内で生成される魔力の結晶体。魔力濃度や質によって色が変わる。含有魔力 極小。
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うわぁ、なんか分かんないけど感動する。
自分で倒した相手じゃないってのがアレだけど、俺の冒険者としての獲物第1号だ。
これは売らずに取っておく事にしようかな、記念に。
俺はその魔石を大事に胸ポケットへとしまった。
ふぅ………、ようやく一仕事終わった。
大した事じゃ無いんだろうけど、なんかすごい達成感だわ。
と、ここで油断しちゃいけない。
血の匂いに引かれて別の獣や魔獣が寄ってくるかもしれないし、とっとと移動してしまおう。
でもこれで解体の要領は掴んだ。まだ少し怖いけど、後は数をこなして慣れていけばいい。
そうやって1歩ずつ冒険者として成長していけばいい。
今はまだ解体ひとつで四苦八苦してる新米。
その事実を忘れない様にしよう。