開拓地のお仕事
………………………。
あれ、もう終わり?
オッサン黙っちゃったけど、冒険者としての心構えとか諸注意とか仕事のやり方とか新人へのサポート的なものとか、なんか無いの?
「あん? まだなんか用か?」
相変わらず機嫌悪そうに言う。このオッサン、絶対受付に向いてないと思う。
「えっとぉ……。クエストはここで受ければいいんですかね?」
とりあえずなんか質問してみた。
「はぁ? なんだそりゃ?」
んん? 俺また常識外れな事言っちゃってるか?
「あの……冒険者って依頼を受けて仕事をするもんじゃないんですか?」
「……………、開拓地における冒険者の仕事は魔獣と魔獣の巣の討伐、これだけだ。一般の依頼は余程緊急なもの以外は受け付けてねぇから基本斡旋もしねぇ。何でそんな事も知らねぇんだよ、お前は………」
へー、そうだったのかー。
アトラさんが言ってた開拓地での冒険者デビューは危険ってこういう意味だったのかな?
まあ別にいいけどね、最初からそのつもりだったし。
あれ? 確かアトラさんたちってギルドからの依頼であの森に入ったって言ってなかったっけか?
あれって何か緊急の依頼とかだったのかな。
そういえばそんな事も言ってた様な気がしなくもない。
「それじゃあ適当に森とかに入って魔獣を倒してくれば報酬が貰えるって事ですか?」
「なんでだよ! 倒した魔獣を解体して肉なり皮なり魔石なり持ち帰ってきて此処で換金するんだよ!」
ふむふむ、成る程。
そして出ました、魔石。やっぱり在るんだね。
きっと魔道具の材料とかになるんだろうね。わくわくしちゃうね。
「だがいいか、森の奥には絶対に入るなよ。浅いとこでゴブリンの相手だけしてろ。いやゴブリンが相手でも逃げろ。お前はゴブリンの死体だけ漁ってりゃいい。少なくとも10等級に上がるまではそうしろ。いいな?」
はい出ました、ゴブリン。
世界一有名な雑魚モンスターの代名詞。
しかしこのオッサン、とことん俺を舐め腐っとるなぁ……。たかがゴブリンだろうに。
「死体を漁れってどういう事です? 他人が倒した獲物を勝手に持って帰っちゃっていいんですか?」
「棄ててあるもんは誰のもんでもねぇよ。ゴブリンには素材としての価値がない。肉も臭くて食えんしな。唯一金になんのが魔石だが、ゴブリンから取れるのはちんけな黒魔石が精々だ。普通の冒険者はそんなもん一々相手にせん」
つまり切って棄てられてるゴブリンを探して、そのちんけな黒魔石とやらを取って来いと?
オッサン、俺にも一応プライドってもんがありましてね。
たがしかし、俺には必殺《鑑定》がある。
「茸や薬草なんかを採取してくれば買い取って貰えるんですよね?」
「そっちは狩猟ギルドの管轄だ。まったく取っちゃいかん事は無いが、やり過ぎると睨まれる。止めとけ」
はい、残念。
やっぱり冒険者はモンスターと戦わなきゃ駄目って事ね。
でもこのオッサン、なんだかんだ文句言いながらも結局色々教えてくれるんだな。
買い取りの爺さんが言う様に悪い人じゃないのかもしれない。口は悪いけど。
「ちなみに言っとくが、西側の森には入るなよ。あっちは巣が多い。行くなら北側の森にしとけ」
北の森ってどっち?
「北の森ってどっちです?」
「ぐっ……、向こうだよっ!! 北門から出て正面に見える森だ、分かったかっ!!?」
また怒られちったよ。しくしく………。
これ以上余計な事を聞くのはよそう。必要な事は大体分かったしね。もう怒鳴られたく無いしね。
あ、最後にもう一つだけ。
「あのぉ……等級ってどうやったら上がるんですか?」
「………明確な規準は無い。仕事振りを見て実力有りと判断したら昇級させてやる。お前はそんな事気にせずに生き残ることだけ考えてろ」
えー、ギルドのさじ加減次第かぁ。
昇級テストとかあれば分かりやすかったんだけどなぁ。
「いいか? 北側の森の入口付近だけだからな。奥にはまだ未処理のでかい巣が1つ残ってる。絶対に近づくなよ」
なんか行くな行くなと言われたらよけいに行きたくなっちゃうよね、人間だもの。いや行かないけどね、今はまだ。
さて、情報収集はこの辺にしとくか。
まだ色々聞かなきゃいけない事がある気もするけど、日が暮れる前に宿を確保しなきゃいけない。あと出来れば雑貨屋とか武具屋なんかもチェックしときたいしね。
で、ばっちり準備を整えて明日から本格的に冒険者としての活動を開始すると、うん。
俺はオッサンに礼を言い、買い取りの爺さんにも軽く会釈してギルドを出た。
日は傾きかけていたが、広場はまだ活気に溢れている。
よく見れば、狩猟ギルド、農業ギルド、建築ギルドと、この広場に面している建物の殆どには⚪⚪ギルドと書かれていた。
この町のギルドは全てこの広場に集まっているのかもしれない。
差詰め町の経済の中心地といったところか。
俺は暫くその場に佇み喧騒を眺めていた。
慌ただしく走り去っていく商人風の男。何かの肉を焼きながら大声で呼び込みをする屋台のオヤジ。大量の荷物を積んだ荷車を2人で引いている夫婦らしき男女。そして、腰に剣とナイフを差しぱんぱんに膨らんだ皮袋を担いで歩く冒険者が数人。
そこには間違い無く人々の営みがあって、人生の一幕みたいなものを感じた。
まるで『これはゲームなんかじゃないぞ』と訴えかけてくる様で、また少し怖くなってしまう。
って、今更びびってる場合でもないか。
どのみちこの世界で生きていく以外に選択肢はないんだし、冒険者も自分で選んだ道だ。
うん、頑張ろう。
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
セイジがギルドを後にしてからしばし、受付のオッサンことバルドは難しい顔で書類整理をしていた。
時間は日暮れ前、ぼちぼち仕事を終えた冒険者たちが獲物を担いでやって来る頃合いだ。
とはいえ忙しくなるのは買い取り窓口の方で、受付の仕事はそう多くない。
ジヴリスタにおける開拓地の冒険者ギルドは自由を重んじる気風が特に強いため、『新たな巣の発見、及び掃討』『特異個体の発見、及び討伐』『パーティメンバーの死亡』、これ以外の報告義務は無い。
情報収集も専ら冒険者間でやり取りされており、わざわざギルドを通すものは少ない。
冒険者とギルドの関係は概ね淡白なものであり、お互いに依存意識は低いのだ。
そのため大抵の冒険者にとって受付は素通りするだけになっている。
バルドが整理していたのは先程登録していった3人の新人に関してのものだ。
全員が年若く肉体的にも精神的にも未熟さが見えた。
なかでも最後に登録したセイジという少年の事が気掛かりだった。
他の2人は曲り形にも剣を修めている様で、最低限の戦う術は心得ているだろう。
だがセイジという少年は違う。アレは完全な素人だ。魔獣どころかその辺の悪ガキと喧嘩しても普通に負けるだろう。
おまけに冗談かと思うほどに常識が欠けている。他国の生まれという事だが、いくら何でも酷すぎる。
どうしてあんな常識知らずの小僧が開拓地にまでやって来たのか、どうしてよりにもよって冒険者という危険な仕事を選ぼうとするのか、バルドにはまったく理解出来なかった。
書類を片付けると一つため息を吐き、その原因を作った人物へと目を向ける。
その人物はバルドの視線に気づくとニヤリと笑ってみせた。
買い取りの爺さんことガンダル。このギルドの副マスターでもあり、バルドが頭の上がらない数少ない人物の1人。
「おう、なんだよ。何ぞ言いたい事でもありそうじゃねぇの?」
ガンダルは楽しそうにバルドの前までやって来ると、ドカッとカウンターに寄り掛かった。
どうやらバルドから話し掛けてくるのを待っていたようで、また一つため息が出る。
「んなため息ばっか吐いてっと禿げっぞ」
「アンタが言っても説得力ねぇよ」
ガンダルの髪は薄かった。
「カッカッカ………。まあよぉ、お前の気持ちも分からんでもねぇがよ? ここは俺の我が儘聞いとけや」
バルドは遠慮無くガンダルを睨み付けた。
「…………どうしてです? あの小僧死にますよ、絶対」
「へっへ、そいつはどうかな。俺の見立てじゃあのあんちゃん、ただの小僧じゃねぇぜ?」
「俺にはただの小僧に見えましたよ」
珍しく不貞腐れた様な態度のバルドを見て、ガンダルはこの日一番のニヤケ顔をみせた。
「いやいやいや。あのあんちゃんなぁ……」
ガンダルば顔をぐいっと近づけて声を潜めた。
「ひょっとすると、天職持ちかもしれんぞ」
その瞬間、バルドの顔は驚愕に染まった。