冒険者セイジ爆誕!
「早くしてくれない?」
俺より少し背の低いその少女は、苛ついた様子でそう言った。
「は? え、何………?」
ぷちパニック!
「だから次待ってんのよ、こっちは」
いや、だからなんだよ!?
今は俺がオッサンと話をしてるんだろうが!
まだ俺が話をしてる途中でしょうが!
後そんなに怖い顔をしないで下さいこのヤロウ!
「ちょっと駄目だよ姉さん、そんな乱暴な事言ったら。ちゃんと待ってようよ……」
少女の背後からちっこい少年が顔をだした。
姉さんという事は姉弟か? 全然似てないな、性格が。
「あんたは黙ってなさい」
弟君の常識ある言葉を軽く一蹴してこっちを睨み続ける少女。
うん、もういいわ。無視しよう。
この女は話の通じない相手と見た。
俺にはオッサンを説得するという重要なミッションが、
「で……、そっちは何の用なんだ?」
オッサンは少女の方を見て言った。
おいコラちょっと待てオッサン。俺との話を勝手に終わらそうとするな!
「登録したいの。後ろの弟も一緒にね」
「…………はぁ、ここはガキの遊び場じゃねえんだぞ、ったく」
盛大にため息を吐くオッサン。
そうだそうだ! お前みたいな常識知らずのガキンチョはとっとと帰ぇれ! ここは俺の様な熱き魂を滾らせる漢の聖域だ! 女子供はお呼びじゃないんだよ!
「ん」
その少女は自分の手の平をオッサンの前に差し出した。
どうやら俺とオッサンのやり取りを見てたらしい。
「私ほどじゃ無いけど、弟も其れなりに使えるわ」
自信ありげにそう言い放つ。
オイオイオイ、勘弁してくれよお嬢ちゃん。
俄仕込みの剣術なんぞがオッサンの眼鏡に適うなどと決して思うな。不快だっ!
「……………チッ、登録料2000オウルだ。身分証が無いなら4000。1人な」
えええぇっ! 何、合格って事? 嘘だろぉ!?
オッサン、あんたの目は節穴か!
てか登録料って何?
「あの……、ギルドへの登録ってお金が要るんですか?」
「あぁ? 当たり前だろうが」
マジかー。
「すいません、知りませんでした。俺、金も持ってなくて………」
「ああぁん!? てめぇ金も無ぇのに登録だけさせろっつってたのか!!?」
ヒィィッ、ごめんなさい! そんな怒んないでぇ。
てか実際どうしよう。
例えオッサンを説得出来たとしても登録料が払えない。
俺は身分証を持って無いから4000オウルだよな。
オウルってのが通過単位か?
4000オウルってどれぐらいなんだ?
日雇いの仕事が見つかったとして、5日以内に稼げるのか?
そもそもギルドに登録せずに仕事とかしていいのか?
あーどうしよう。分かんない事が多すぎる………。
あっ、そうだあれがあった! 毒キノコ!!
「あの! あそこの買い取り窓口って冒険者じゃなくても利用出来ますか!?」
「あん? あぁ……、出来るぞ。割安にゃなるがな」
やった!
割安でも何でも、とりあえず登録料分になればそれでいい。
俺は早速買い取りカウンターの方へ。
「すいません、買い取りお願いしたいんですけど」
そこには受付のオッサンよりも更に年上、初老ぐらいの眠そうな目をした爺さんが居た。
「あいよ。あんちゃん、何か受付で揉めてたんかい?」
爺さんは何が面白いのかニヤニヤと笑っている。
「まああんま気にすんなや。アイツは口は悪いが悪いヤツじゃあねえ。ちょいと無愛想で融通は利かんがよ?」
そんな人を受付にしないで下さい。
「えっと……、これ等の買い取りをお願いします」
俺は爺さんの話を軽く流すと、上着の内側から出す振りをして《アイテムボックス》から茸を取り出し、カウンターへと並べていった。
全部で8種類。とりあえず1個ずつ出してみた。
すると爺さんの顔色が変わる。
「こりゃあ………。あんちゃん、こいつは全部オドロギの固有種だろ。アンタあの森に入ったんかい?」
「あ、はい。迷い込んじゃいまして……」
「しかもこりゃ全部毒だ。とびきりドぎついのもある。アンタ何でこんなもん取ってきたんだい?」
なんだか爺さんの目が真剣で怖い。
「何でと言われても、お金になるかなぁと思って、適当に………」
「………はぁ、あんちゃん。知識も無ぇのに下手に手ぇ出すなや。特にあの森は魔境だ。指一本触っただけで死んじまう様なモンも生えてんだぜ?」
そ、そうだったのか。危ねー。
今度からはちゃんと《鑑定》してから採取するようにしよう、うん。
「買い取れんのはこの2つ。ナニーニ茸は800、タトヨエ茸は500だ」
おおぉ! 売れるのがあった。
しかも思ったよりいい値段。取ってきといて良かったー。
懐を弄って全部出していく。ナニーニ茸11個、タトヨエ茸16個。
「オ、オイオイ、そんな沢山どこに仕舞ってたんだよ」
うっ、流石にちょっと不自然だったか。もう遅いけど。
後で誤魔化す用の皮袋でも買っとこう。
「全部で16800オウルだ。ギルド員じゃねえから2割引いて、えーっと……13440オウルか。ほれ、確認しろい」
爺さんはカウンター脇のトレイにジャラジャラと硬貨を置いた。
銅貨が4枚、銀貨が4枚、大きめの銀貨が13枚あった。
銅貨が10オウル、銀貨が100オウル、大きい銀貨が1000オウル、かな?
とりあえずそれで計算は合うので、ポケットに入れつつ《アイテムボックス》に収納。
「ありがとうございました」
「あーちょっと待てや」
ん? まだ何かあんの?
「あんちゃん、冒険者に登録してぇんだろ?」
「ええ……、そうですけど」
爺さんはニヤリと笑うと受付のオッサンに向かって声を上げた。
「おぅ、バルド! このあんちゃんの登録してやれや!」
おおっなんだ!? 俺を推薦してくれるのか?
この爺さんは素材だけじゃなくて人を見る目もあるらしいね。
俺、あんた好き。
一方、受付のオッサンはこれ以上無いぐらい怪訝な顔を爺さんに向けていた。
いや、そんなにか? オッサンそんなに俺が嫌いか?
「ほれ、とっとと行って登録してこい」
爺さんに促されて俺は再び受付のオッサンの前にやって来た。
さっきの姉弟はもう登録を済ませたのか姿はない。
オッサンは暫く俺を睨んでいたが、やがて諦めた様にため息を吐く。
「………4000オウルだ」
お、やっと納得したか。本当に頑固なオッサンだこと。
俺はポケットを弄ると大銀貨4枚を出してカウンターに置いた。
オッサンは銀貨を引っ掴むと、代わりに簡素な装飾で縁取られた金属のプレートの様な物を「書け」と言ってカウンターに置いた。
プレートには、名前、年齢、出身地、等と書かれている。
簡単な履歴書みたいなもんかな?
「すいません。俺、字書けなくて………」
オッサンはチッと舌打ちしてプレートを掴むと、「名前、歳、出身……」とぶっきら棒に聞いてくる。
いや、代筆してくれんのは有難いけど、もうちょっと愛想良くしてよ。尋問してるんじゃ無いんだからさぁ。
一通り書き終わると、また俺の前にプレートを置いて「血を垂らせ」と言ってきた。
血っ!? そんな急に言われても血なんて簡単に出せないよ!
俺があたふたしてるとオッサンが苛ついた様に「手ぇ出せ!」と言って左手を出してきた。
俺が怖々右手を差し出すと、ガッと掴んでいつの間に取り出したのか右手に持った小さなナイフでピッと切った。
ギャアアァ、痛ってぇぇ!!!
このオッサン、なんの躊躇も無く他人の指を切りよった!
ほんのちょびっとだけど………。
人差し指の先にプクッと血の滴が滲み出ている。
俺は無駄にすまいと慎重にプレートの上に持っていき、グッと指先を圧して血を垂らした。
すると書かれた文字が仄かに青白く発光し、そのまま消えてしまった。
こ、これはまさか魔道具! 魔道具というやつなのか!?
今、血によって契約が結ばれた、とかそんな感じか!?
流石は異世界。やっぱり異世界は魔法があってこそだよなぁ。
俺が軽く感動に浸っていると、オッサンはうんざりといった風にさっさとプレートを片づけてしまった。
「これでお前は冒険者ギルド預りになった。今登録した情報はこの町の全ギルド、及びジヴリスタの全冒険者ギルドで共有される。下手な事すればこの町、曳いてはこの国に居られなくなるぞ。分かったな?」
ジヴリスタ? この国の名前か?
オッサンは事務的にそう言うと5×3cm程の薄っぺらい金属板をカウンターに置いた。
手に取って見ると、そこには(冒険者11等級 セイジ)と書かれていた。
うおおぉ、鳥肌立つーー!!!
冒険者セイジ、ここに爆誕!!!!!